父からの試練

「私もアイドルになりたい!」

「ダメだ」


 イヤイヤ期の子どものようにジタバタと駄々をこねる私を、父は冷淡な言葉で跳ね除けた。


「なんで?!」

美波みなみには無理」


 父は顔色ひとつ変えずに言い放つ。あろうことか、日本酒を開けながら、テレビに目を向けている。私の訴えなど、テキトーに聞き流してる感じが、ムカつく。


 テレビには、今流行中の超大型アイドルグループ、ガールズ・ピンクが歌番組に華々しく映っている。フリルのついた可愛らしい衣装に身を包み、笑顔を絶やさず歌って踊る姿は、まさに王道のアイドル。

 デビューから4年。昨年、11thシングルの『TREASURE』が初のオリコンチャート1位を獲得して以来、その後発表された楽曲も次々とランキングの首位を独占し、その人気ぶりは社会現象になった。


 私は不貞腐れながらソファにうつ伏せになった。クッションに顔を埋め、悔しさを噛み締める。

 

この、たぬき親父が…!

乙女のフリして、恋心を描く変態が…!


 我慢ならないことに、アイドルになるためには、この頑固な父親を説得しなければならない。最大にして、難攻不落の壁である。


 私の父、春本晃はるもとあきらは、日本で最も有名な作詞家であり、音楽プロデューサーだ。ガールズ・ピンクをはじめ、数々のアイドルグループを輩出した張本人だ。

 

 なのに、自分の娘がアイドルに憧れることを良く思っていない。


 これまで何度もオーディションにエントリーしようとして、履歴書を出したことがあるが、父はやはり業界に顔が利くらしく、結局バレては夢を阻まれてきた。

 私も、もう14歳。ずっと憧れてきた伝説のアイドル、芝浦彩香しばうらさやかのデビューした年と同じ年齢になる。どうしても焦りが生まれる。


「バカ、バカ!お父さんなんか嫌い!夢が叶わないなら生きてる意味なんかない。死んでやる…!」


 クッションを床に投げつけて、手当たり次第の言葉を並べてわめく。そうすると、なんだか余計に虚しい気持ちになってきて、本当に涙が出てきた。


 父は日本酒のグラスを片手に無言だった。天井に目を向け、思案しているようだった。


「……わかった」

「……!」


 私はバッとソファから起き上がった。聞き間違いをしたのではないかと、自分の耳を疑った。じっと、父を見つめる。さっきまで溢れていた涙も一気に引っ込んだ。


「ただし、条件がある」

「なになに?何でもやるよ!」


私は興奮して言った。あれだけ頑なだった父が、アイドルになることを認めようとしてくれているのだ。どんなことだってする。


「学校で一番の人気者になれ」


私はキョトンとした。

 

学校で一番の人気者?

 

 きっと今鏡を見たら、私の眉間にはしわが寄ってることだろう。私は父が冗談を言っているようにしか思えなかった。だが、父はいたってまじめな顔をしていた。


「どういう意味?」

「言葉の通りだ。アイドルは、万人に好かれる必要がある。芸能界で生きていきたいなら、学校の中でくらい一番になるんだな」

「……」


 なるほど、父の言っていることは理解できるが、突然ハードルが高くないか?みるみるテンションが下がっていく。


「ひどい。そんな無理難題できるわけないよ…」

「その程度の覚悟なら、アイドルになるなんて諦めるんだな」

父はピシャリと言い切った。


ううっ…ぐうの音も出ない。


 私は下唇を噛んだ。このままだと言われっぱなしだ。

 目を瞑り、深呼吸をする。スポットライトに照らされ、華々しくステージに立つ彩香の姿が目に浮かぶ。幼き頃から夢見た、手の届かない存在。彼女に一歩でも近付きたい。簡単に諦めたら道は途絶えてしまう。


「やるよ。私、学校で一番の人気者になってみせるよ…!!」


 父は黙って頷いた。初めて父が自分を認めてくれたような気がして、ちょっぴり嬉しかった。そんな思いも束の間、父から衝撃の言葉が発せられた。


「じゃあ手始めに、学校一のモテ男を惚れさせてみろ」

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