side 雲居恒代
***
悪くは無かったが、良くもなかった。
それが、高校で初めて出来た「ともだち」に対する印象だった。
天真爛漫で自由奔放。優しいけど、基本周りのこと考えてない。それなのに「自分らしさ」で周りの人を惹きつける。中々憎めない人間というやつだ。
しかし「中々」憎めないというだけで、憎んでいる人も少なからずいるだろう。人の好き嫌いの話、それを否定することは出来ない。そしてその「少なからず」の中の一人が自分だった。
「恒代!! あなたまたそんな髪色して!!」
「うっさいなぁ。関係ないでしょ!!」
髪が赤く染まる。制服や顔周りが派手に染まる。その度に両親は怒った。鎖が、スクリーンが、自分の身の回りに這っていると感じる。「恒代」という人間の構成には、常に親が付き纏っているのだ。
中学生の頃までは何の疑問にも感じていなかった。テストで良い点を取れば褒めてくれたし、おさげにした黒髪を「綺麗なストレートね」と撫でてくれた。これが何よりの幸せだった。
「私、この高校に行きたいな」
自分が発した言葉の次に、熱。
この瞬間だ。決定的に何かが変わったのは。
一瞬何が起こったか分からなかった。頬が熱くて。遅れて心も痛くて。さらに遅れて「頬を叩かれた」と分かる。熱い頬とは真逆に、母の視線は冷たかった。
「前にお母さんと相談して、あの高校に行くって決めたでしょう。何で今更変えたりするの? 恒代はそんな子じゃないはずよ」
意味が、分からなかった。
ここで疑問を抱けたことだけが救いだったと思う。「うんそうだね」と頷いていたら、恒代は何かが欠落した人間であったと思うから。
初めて鎖に気づく。抑圧に気づく。自分が「親が期待する形」を映すスクリーンだったことに気づく。自分がどこにもいないことに気づく。濁流のように次々と襲い掛かった発見は、形容し難い恐怖だった。
そして同じ頃……タイミングが悪かった。
「何か……ごめん。上手く言えないけど、思ってた君と違ったから。無理して付き合うのも互いのためにならないし、別れよう」
当時付き合っていた彼氏にそう別れを切り出された。
確かに自覚はある。黒髪おさげに校則を守った真面目清楚系。親の望む見た目と裏腹、自分の性格はサバサバして無頓着な部分があったから。仕方ないことだと思う。思うけれど。
あまりに。
あありにタイミングが悪かった。
「思っていた『恒代』と違った」
「『恒代』はそんな子じゃないはず」
は?
「アタシは日向亜矢菜!! ズッ友前提にお付き合いよろしく!!!!」
両親の言うことを無視して、自分の志望でも何でもなかったバカ校に入学した先で出会ったのは、悪くもないし良くもない女子生徒。
他人が自分にどうこう言う世界、勝手に期待されて勝手に失望される世界、「他人の思う」自分から外れたら見放される世界。そんな世界で「自分らしく」なんていけしゃあしゃあと本気で言う奴は初めて見た。
バカだ、と思った。
バカにも色んな意味があるけれど、正真正銘のバカだった。
そしてそれ以上に。
「ズッ友前提って何よ、意味わからん」
バカみたいに楽しかった。
賢いにも色んな意味があるけれど、こういう奴を賢いって呼びたかった。
羨ましかった、楽しかった、妬ましかった。反転、反転、反転、感情は反転していく。もう何が何だか分からなくて。悔しかった。どうしてこの人間は、自分らしくなんて生きられるんだろう。それでどうして生き抜いてこられたんだろう。自分はそうじゃなかったのに。
自分の持っていないものを、全部持ってる。
彼女から何かを奪って満たされたかった。
尊敬だけでは、その「友だち」と付き合っていけなかった。
どうしたら良いのか、バカだから、分からない。
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