第2話・大名屋敷と大名とコミュ
屋敷の中に通された後は早かった。歓待までしばし時間がかかると言われて通された先は客間、手持ち無沙汰に何をすればいいのかもわからずただぼぅ、と天井を眺めていた矢先に中間と呼ばれる召使が俺に服を持ってきた。どうやら太郎さんは俺が頼んだことを忘れてはいなかったらしい。もしくはこちらが約束を反故にしないために先んじて向こうが義理を果たしてきたのかもしれない。無論、俺とて忘れるつもりもない。
だが、と思う。考えてみたら教えると言っても何を教えたらいいのだろうか。やろうと思えば俺は無茶苦茶ができる。MOD見たいなチートだ、限度さえわきまえなければ。しかしそれでとにかくご恩返しとばかりになんでもかんでもしてしまえばそれは面白くない。少し考えて、俺は知っているゲームをパクってこちら風にして伝えることにした。そんなことを考えるとだんだんと設定を詰めるのが楽しくなってくる。折角ならそれを使える場を用意してやるのも悪くない。やっぱり新しいおもちゃを手に入れたら遊ぶに限るのだ、それを存分に試せる場は必要だろう。と、なればやるならrpg……いや、狩りゲーなんてどうだろうか…うん、それは俺的にもいい。AI的なものを作って段階に応じて敵モンスターを作って登場させよう、後は場所だ、いきなり現実にモンスターが現れたらそれはちょっと対処しきれないだろう。結界だ、よくある異界でそこを探索するような……。
「導師殿……殿がお呼びです」
声がかかる。男のもので先ほどの中間とは違う人らしい、どこか身分の高そうな服を着ている。それにしても……殿?俺は少しばかりいぶかしんだ、殿って言うのはあれだろうか、お大名とかそう言う……。
「えっと、付かぬことをお伺いしたいんですが」
「はい、いかがしましたか」
「殿って……太郎さんのことですよね?」
「仮名呼び……?あ、いや……殿のことは信濃殿とお呼びくださいませ」
「シナノドノ?……?えっと、わかりました」
この時代は呼び方が多くてややこしい。確か子供の頃は幼名とやらがあったはずなのだが、よくみんなそれに適応できるな、と思った。多分使ってる人間はそれが普通だから何も違和感を感じていないのだろうが俺からすれば非効率だ、みんな名前統一すればいいと思うのだが所詮俺個人の感想にほかならない。
「それではこちらのほうへ……」
うやうやしい態度で道案内される当たり、どうも今VIP待遇でもてなされてると見ていいのだろう。初めての扱いは少々戸惑ってしまう。廊下を歩き、どこかの部屋に通されるかと思ったら今度はさらに庭に出て別のお屋敷に、という。なんでもこの大きな屋敷の中にもいくつか家があり、歓迎は別の場所で、とのこと。何から何まで面倒に感じるのは元は未来に生きていたからだが、失って気づくとはまさにこのことなのだろう。それともまだ上流階級の皆様にはこう言った面倒なシキタリが残っているのだろうか、気になるところだがそれを確認するすべはもう持ち合わせていなかった。
「つきました、さ、少々お待ちを」
ここでも待たされる。男が声を上げて誰かを呼んだ、そしてまた別の男が取次でさっていく、今は新鮮だがだんだんと面倒になるのがわかって億劫になってくる。これは初めて会った相手が武家だからだろうか、単なる町人であればもっと楽だったのだろうか、もしかしたらこの後も大名屋敷で過ごすならこの面倒なやり取りをし続けなければならないのだろうか……変えねばならぬ、確かに文化は大事だが、ここでやらないのならば変わらないだろう、と心の中で大義名分をでっちあげる妄想の間に取次は終わったらしい、案内される。
「待っておったぞ」
太郎さんもとい信濃守さんがそこにいた。着流しのラフな格好ではない、整えられた立派な格好だ。装いが変わると受ける印象が違ってくる。侍と俺が言ったとき、言い淀んだのがなんとなくわかった気がする、この人は生まれながらの上流階級だから、下のそれと間違えられるのは嫌だったのだろう。俺が導師という建前を使ったから、たまたま何とか向こうが我慢してくれただけで。
「えっと、太郎さん…じゃなくて信濃守さんといった方がいいですか?」
「なんだ……誰かが気を使ったか……ま、導師殿が俗世のアレコレを思う必要はあるまい、太郎さんでよい」
妙にフランクだが向こうも俺との距離感を計りかねているのだろうか、なんにせよ、
「それじゃ太郎さんで……お招きありがとうございます」
「うむ、導師殿、こちらに」
俺が太郎さんの向かいに座ると控えていた家来が動き出す、すぐに食事が来る。大きなテーブルを囲むわけではなくこの時代は個人のお膳が一般的だったのか俺の分が先に配膳され、その後太郎さんの前に置かれる。
「あー、俺、作法とか詳しくないんですが」
「くはは、良い、今日は無礼講である故な」
いいのだろうか無礼講と思うがマナーなんぞ知るわけもない俺はそれに乗るほかがない。とはいっても一定のラインがあることくらいは察しが付く。流石に何でもかんでもいいわけがないならせめて食事は綺麗に食べようとは思った。しかしさらに想定外のことが起き、
(え、何コレ糞マズ)
顔には出さないが思い切りそう思ってしまった。え、何コレ、冷めてぱさぱさして味もあったもんじゃない。そしてふと思い出した、毒見という役割があったはずだ。食事に異物混入がされてないか確かめる様な役割だ。形だけうまそうに食べ物を運びつつとにかく食べ進めていく。
何もかもが美味しくなかった。飯は硬く、オカズは冷めて味がなく、酒は薄く妙な味がした。歴史の授業で教師に大名の生活は下手な農民町人よりも窮屈だったと聞いたことがあるがそれを理解できた気がする。目黒のサンマなんて落語が生まれるのも仕方がないはずだ。よくこんなマズイ飯を目の前の太郎さんは顔もしかめずに食べれるものだと思う。それが当然だからなのだろう、忍耐とはすさまじい気がする。
もくもくと食べ進め、やっと膳が空になる。現代の食事がいかに恵まれたものか、と思わずにはいられない。
「くく…導師殿はあまり口に合わなかったか?」
「あ、その……」
「よい、人払いは済ませておる」
「いいのかなぁ……でも、まぁ、はい」
「正直者め」
呵々と太郎さんが笑う。
「大名とは斯様窮屈な物よ」
「その割に着流しで外歩いてましたよね」
「ま、城持ちとは言え俺程度なら少しくらいは目こぼしされるのよ……」
太郎さんが語りだす。曰く、賄賂で少しくらいの自由は聞くのだそうだ。譜代以上ともなればガチガチだが。時には吉原に足を運ぶ大名もいなくはないという。勿論、それでも行動は大きく縛られているのは事実だ。大名と言うのは人が思うよりも大変なのだろ話を聞くと実感する。
それだけではないこれでもかとばかりに愚痴が流れてくる、どこどこの大名が見下してきてうざったいだの、町民だったらどこそこの茶屋の娘をひっかけていただの、自分の子供を心配してしまうだの。人間臭い言葉並べたてられる、どれだけ肩書があっても人は人……そう言う事なのだろう。
「ははは、詰まらん愚痴を聞かせてしまったか」
「いえ……そう言うのいいと思いますよ、だって俺は根無し草の独り身ですから」
「あぁ……導師だものなぁ」
「修業はそこそこの生臭ですけどね」
「何、それでも修業はしていたのだろう?」
「まぁ、基礎の手ほどきくらいはできるくらいには」
「おぉ、それは楽しみだ……そうだ、何時仙術のことを教えてくれる?」
「やろうと思えばすぐにでも」
と、言ってちょっと恥ずかしくなる。考えてみたら俺はゲームをつぎはぎした設定を堂々とそれっぽく説明する必要があるのだと思うとくっ……片目が疼くっ…的な感覚が背筋に走ってしまう。だが、約束は約束だ、やらねばならないのだから腹を決めるしかない。
「ほう、ほうほうほう……ならやろうではないかっ!」
ウキウキが止まらない太郎さんを眺めて俺はチートを発動した。
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