恋をしたい女の子 その1


「でさ〜、うたちんはいつになったら彼氏を作るわけ?」

「うるさいっ〜! 私は別に彼氏なんていらないからいいのっ! それに彼氏作ってる余裕なんてないのが蓮美れみにはわかるでしょ?」

「余裕なくみえるだけじゃん? 実際余裕しかないくせに〜」


 東京都内のある大学にて。2限と3限を挟む昼休みの時間に、校内の芝生で座って昼食をとっている女学生二人がいた。


 笑いながら突かれているこちらの一人——清楚なブラウスを見に纏い、ベージュのロングスカートを履いているこちらの可愛らしい女の子——美箏詩みことうたは 、中高ともに女子校に在学していたため、男子がいる大学という環境になかなか馴染むことができずにいた。


「せっかくサークルに入ってるんだからさ〜? 男の子と話しなよ〜」

「いいのっ、私はそういうの興味ないから! てか、蓮美も同じサークルなんだから男の子が少ないの知ってるでしょ!」

「知ってるけど多少はいるぞ〜? それに詩ちんが男の子に興味津々なのもね〜」

「……っ! 興味津々じゃないっ!!」

「……可愛い〜!」

「……むうっ」


 よしよし〜と言わんばかりに、頬張っていたお弁当を横に置いて、詩の頬をむにむにと触る蓮美。


 真樹蓮美まきれみ。全体的にダボっとした服装で、オーバーサイズの服を上手く着こなし胸には『NEW YORK』のロゴが入っている。金髪のロングヘアで毛先は時間をかけてしっかりと巻かれている。詩とはまったく違うタイプの女の子だ。


 二人はともに同じサークルに所属しているが、女子が多いサークルのためほとんど男子との関わりがないと言ってもいい。

 また、詩は授業では、同じ班になった男子に聞かれたことに対して答えるくらいで、自分から話しにいくということは一切ない。

 故に、自分から男子との関係を切っているということだ。


 そんな詩は、男子に興味がないように見えて実際のところは興味津々である。

 周りの多くの友達が彼氏ができていくなかで、自分は慣れない環境に身を置けず、男子の友達は一人もいない。

 好きなタイプの顔の人だって居れば、話しかけたいって気持ちだってある。

 でも、それを後押しするものが詩の中には無いのだ。

 

「詩ちんさ、彼氏欲しいなら積極的にグイグイっていけばいいんだよ?」

「欲しくないし、いらないし、行かないっ!」

「そんなに意地張ってないでさ〜? 詩ちんはお世辞抜きにもめためたに可愛いんだからさ?」

「意地張ってない! でも、可愛いなんて……そんなっ……あ、ありがとうっ……」

「……っ!! ま〜じで可愛すぎるっ!!」

 蓮美はほれほれ〜と詩の頭をくしゃくしゃに撫でた。

 

 時間をかけて整えた髪も乱れてしまったが、二人の仲はそれなりに良いため、これくらいのことでは喧嘩にはならない。

 

 詩はやめてよ〜、と蓮美の手を頭から離すと、白いトートバッグからくしの入っているポーチを取り出す。

 そこから、くしを取り出して黒色の髪をさっさっと整え始めた。


「じゃあさ! レン彼とかどう?」

「レン彼? レンタル彼氏のこと?」

「そうそう! うちの友達とかにも男の子とのデートの練習とかで、使う人いるよ?」

「私はそういうのいいかなっ……」

「まっ……そうだね……。ウチもあんまりオススメはできないし……」

「……うん」

「まあ、とにかく。ウチはいつでも詩ちんの恋愛相談に乗るからね!」

「……ありがとう。でも今は恋愛とか本当に大丈夫だからねっ」

 

 その後の会話でも、蓮美のレンタル彼氏という言葉がどうしても残ってしまった詩。


 昼休みを終え、三限の講義を終えると、詩は蓮美と別れ、高円寺にある一人暮らしの我が家へと向かっていった。

 

 

 ★★★★★



 時刻は、ちょうど午後十一時を回った。

 辺りはすっかりと暗くなり、夜空に輝く月にはわずかに雲が掛かっていた。


「レンタル彼氏……」

 確かに蓮美の言う通り、レンタル彼氏の案はいいかもしれない。

 レンタル彼氏であれば一回切りの関係。

 詳しく調べていたところ、デートだけでなく話し相手や付き添い相手みたいなのも依頼できるらしい。


(これなら……大丈夫そう……?)


 大学に入りたての頃、同学年のチャラい男の子に誘われて、二人でご飯を食べにいったことがあった。

 私が少しでも視線を外すと、チラチラと胸の辺りを見てくるし、歩いているとやたらと距離感が近くて本当に怖かったトラウマがある。 

 少し胸元がひらけてた服を選んだ私も悪かったとは思うけど、私が使ったフォークとかをさりげなく使おうとしてくるし、その男の子のことを気持ち悪いと思った。

 

 そういった経緯があって、男の子と関わるのが苦手になるのが決め打たれてしまった。


(……でも、頑張らなきゃ)


 私だって彼氏くらい欲しい。

 経験値としてもそうだし、キュンキュンだって、イチャイチャだってしてみたい。


 今までのクリスマスは、友達か家族と過ごしてきた。テレビや友達の話を聞いて、今年も私も彼氏ほしーなんて嫌な思いをしたくない。

 だからこそ私にだって、彼氏は欲しい。

 いつまでも一年前のことを引きずってちゃダメなんだ。


(……レンタル彼氏、タノンデ?)


 すっすっと、画面をタッチしてレンタル彼氏検索サイトを見ていると、気になる会社が目に止まった。

 在籍人数がたったの二人で、お店のレビューは星5中の4.7。

 他の会社と比べてレビュー数は劣るものの、圧倒的リピーターからの支持率。

 口コミを見ても悪い評判は一つも見つからない。


「……かっこいい」


 二人の男の人はどちらも魅力的な人だ。

 髪をセットしている方の男の人なんて私が今まで見てきたなかでも群を抜いてイケメンだと思う。

 名前は拓弥さん。

 こんな人がもし、目の前に現れたら緊張とかしちゃうかも。


 ……ハッとなり顔を横に振った。


(……一回だけ、依頼してみようかな……)

 

 悪い評判だって一つも見つからないし、良い評判しか書いてない。

 話も上手く聞いてくれるらしいし、それなら『男の人が好きな女の子はどんな感じの人ですか?』とか相談をしてみるために、お願いしてみよう。

 

 会社名をクリックすると、専用ホームページに移動し、予約欄は平日だとどの時間帯でも空いている。

 夏という季節だからか、依頼する人が少ないのだろうか。


(当日の予約もできるんだ……)


 価格も一時間で五千円で相場よりも断然安く、指名料でプラス千円と、私のような学生には凄い良心的な値段でレビューも良いなんて相当良いものだと思う。


「……まだ考えてみよ」


 私が暇なのは水曜日。

 今日は週の始まりの月曜日だから、水曜日に相談をお願いするとしたらあと二日ある。

 やっぱり、じっくり考えることにしよう。

 


 ★★★★★



 蓮美とのメッセージ


『詩:今度男の人とご飯行くんだけど、秘訣ある?』

『蓮美:え?? まじ?? いつ?? 詳しく聞かせて!』

『詩:今は秘訣だけ教えて』

『蓮美:詩ちんは本当にメッセージになると冷たくなるよね〜。そゆところもギャップでウチはすごく好きなんだけどさ?』

『詩:秘訣秘訣』

『蓮美:分かった、分かったってば。秘訣? んー、会幕早々ボディタッチとか?』

『詩:会幕早々……会ってすぐってこと?』

『蓮美:そうそう! 詩ちんが相手なら大抵の男はそれで落ちるよ!』

『詩:……落ちる? どこに?』

『蓮美:……とりあえず結果だけ聞かせてねん』

『詩:……?』


 

 以下、蓮美の既読無視。

 その後の水曜日、悩みに悩んだ末、当日の午後一時に三時間コースで予約することになった。





 ★

 次話 13日 7時投稿予定。

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