人気レンタル彼氏の俺。彼女を作れないと言っているのに、美女たちに狙われています

ごらくくん

レンタル彼氏の拓弥 その1


 ぷるるるるっ……ぷるるるるっ……。


 東京の古びたとあるビルの一室で、今日も依頼の電話が鳴り響いていた。


 ここは、レンタル彼氏を経営する超小会社———タノンデである。


「今日は拓弥たくやの方で、指名が入ったわよ」

「は、はい……」


 タノンデの在籍人数は去年で二十五歳を迎えた女社長の一人と、大学二年生のアルバイトの一人しかいない。


「拓弥? すぐ準備しなさいよ」

「……」


 沈黙ちんもくの高校生アルバイト、このいかにも気弱そうなレンタル彼氏——赤石拓弥あかしたくやは、実はこう見えても界隈かいわいでは有名な存在である。

 拓弥の界隈での通り名はクソダサい通り名だが、彼のライバルかつ友人のレンタル彼氏から名付けられたものであり、拓弥が気づいた時にはこの名が通ってしまっていた。

 

「今日の場所は新宿よ。人が多いと思うから、あまり暴れすぎないのよ?」

「……は、はい」

「……あんた、まだじょうなの? 早く拓弥と入れ替わるのよ。一時間後にはもう新宿よ?」


 女社長である少しだけ口の強いこの女——赤石円あかしまどかは、拓弥の義姉ぎしである。

 拓弥が小学生の頃、親の再婚を経て家族となった血の繋がりのない歳の離れた姉である。


『……拓弥っ、出番だから早く変わってよ、』

『静……お前、行ってくれや……』

『無理だよっ……だって眠いだけじゃんか……しかも、今日は僕の指名じゃないからね……』

『……わーったよ』


 頭の中で誰かと会話する拓弥。

 この行動——一見変人に見えるが、決して拓弥が変人だからというわけではない。


 このように、赤石拓弥……赤石静——実は二つの人格を持つ二重人格の人間だ。


 これは解離性同一性障害かいりせいどういつ性しょうがいと呼ばれるもので、生まれつきわずらわっていた障害である。


 日常生活では主に静が表に出て担当をしていて、脳の中では拓弥とお互いに会話し、お互いが入れ替わりたいと思った時に入れ替わることができる。

 二人の人格が同時に出ることはなく、一方の人格が表にいる時は、もう一方は脳の中で過ごさなければいけない。


 また、脳の中にいる者は表に出てる一方の記憶を保存できない。


 つまり、静と拓弥のお互いの記憶は、脳の中で話さないと共有できないということだ。


 これは日常生活において不便なことの方が多いと思われるかもしれない。

 しかし、実際のところは便利な点の方が多かったりもする。


 その便利な点の一つが、今のこの状況——レンタル彼氏という職業だ。


「……しゃっ、行きますか」

「拓弥、ようやく出てきたのね」

「寝てたんだよ、姉ちゃん」

「ったく……あんたは寝る以外にすることないわけ?」

「あのな……脳の中は何も無ぇから寝ること以外にやること無ぇんだよ!」

「じゃあ静と変わればいいじゃない」

「……表に出てきたは出てきたでめんどいんだわ」


 しらけた態度ではいはいと髪を掻き上げ、かけていた眼鏡も外す拓弥。

 『はぁ』とため息をつくと、一瞬で静の時とは違う姿へと変貌した。


 この時点で誰がどう見ても静とは別人と答えるだろう。


 目に宿すものや漂う雰囲気オーラが違う。


 気怠そうにadiosの黒ジャージのポケットから鏡とチューブ型のワックスを取り出し、ヘアアレンジをする拓弥。


 三分後には静の時のマッシュヘアから、束感のある髪型のイケメンへと変化した。


 これが拓弥の姿である。静とは真逆で拓弥は、大人しくもなくはちゃめちゃな性格だ。

 何をやろうとめんどくさい。

 しかし、何をやろうと上手くいく。

 

「……ほな、行きますか。新宿だよな?」

「そう言ったじゃない。はぁ、まあいいわ。そういえば、今回の依頼はあなたに悩みを聞いて欲しいとのことよ。三時間で一万五千円、お客様の彼女からきっちり回収お願いね」

「うぃーす」

「じゃ、行ってらっしゃい」


 拓弥はソファからスッと立ち上がり鏡とワックスをポケットに入れ、あらかじめポールハンガーにかけていた白いトートバッグを手に取る。

 いつの間にか拓弥の後ろに円もいて、ぽんぽんっと拓弥の背中を叩き、拓弥は『じゃーな』と言いながら欠伸あくびをして部屋を出ていった。


 普段はいつもこんな感じの拓弥だが、レンタル彼氏の依頼の際には驚くべきほどに人が変わる。

 


 ——さて、最強レンタル彼氏と呼ばれる赤石拓弥のお手並み拝見でございます。







次話:明日の19時投稿予定です。


 

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