第二百二十九幕 豪腕(ごうわん)
ここは、怠惰の箱舟の中にあるトレカ屋。
名を、一直線。
やたら、渋めのデザインの建物で看板に腕を組んで仁王立ちしているおっさんの絵が描かれ何処の道場だというデザインだが、まごう事なきトレカショップだ。
黙示録という最近売り出されたカードゲームのコーナーの前で、一人の少年がコインを握りしめていた。
様々なカードが飾られ、その少年が見ていたカード。
それは、ウラエウスというカードだった。
六枚の翼をもつ、ヘビが描かれ。フレーバーテキストには、こう書かれていた。
古代人は、ヘビの毒と火を同一視し。燃えるように人を焼くとされ、稲妻の精霊と信じられてきた。
ウラエウスのカードは、象徴であり賛美である。
ダイスを振りなさい、出た数字に応じた祝福と呪いがプレイヤーに。
ギャンブル系のカードであり、そのカード効果は如何なる場合をもっても使い捨てでありプレイヤーのターンの最初に手札から出る形でしか使用できない。
あらゆるカードの効果で除外やカットも不可能、運命はダイスによってのみ切り開く事が出来る。
ダイスを振るのは、必ず相手が振る事。
六~四は使ったプレイヤーが有利に、一から三は使われたプレイヤーが有利になる。
このカード、レアリティの割にははっきり言って人気はない。
箱舟のカードゲームには全てシリアルと認証がある為、転売は出来ず偽造もほぼ不可能。
カードショップ各店には、認証を通して書き換えるシステムが一応置いてはある。
これも、本店の仮想を経由するので店員がもし不正を行ったとしても本店の検問に引っかかる。何故なら、この書き換え機を使う為には指紋、網膜、DNA、魔力認証を通さなければならずログも作られるので基本言い訳出来ないからだ。
それだけではなく、箱舟の支払いは前払いで一括。
払ったタイミングが判るシステムの為、もっとも支払いが確定したタイミングが早いものに優先権がある。
つまり、コンビニ決済の様な事は出来ない。
クレームを言おうものなら、ルール違反でしょっ引かれるだけである。
元々、箱舟では転送やプリペイドみたいな機能の腕輪があるので全員がクレジットカードを持っている様なものだ。
年会費もかからなければ、更新も自動で行われる。
それだけではなく、予約をキャンセルした場合向こう四か月予約使用不可能。
高頻度で予約キャンセルを続けると、四か月が六か月や八か月という風に予約できない期間が延びていく。
これは、運送の再配達なんかにも適用されるので再配送頼んで受け取れないと次から再配送使用不可能な時間が伸びていく。
コインより、ポイントが歓迎される店ではポイントでの購入は優遇措置があるが。常識の範囲以上に、優遇するとこれもしょっぴかれるのである。
オリパの当たりハズレをSNS等でみてからキャンセルなどやっていれば、直ぐに予約使用不可能となり自分で自分の首をしめていく。
(カードゲーマーたるもの、己の運で勝負しろ)
人知をつくして、戦略を練るのはいい。
人知を尽くして、確率をあげる努力はいい。
しかし、規制はなくても対処は光の速さで行われる箱舟ではルールが増える度にルールを増やした者の名前と顔は周知されるのだ。
そして、同じカードゲーマーが職場に居たらどうなるか。娯楽施設に出入りしていたらどうなるかなんて火を見るよりも明らか。
大会の賞金でさえ、本部が認める限り青天井だがカードのシリアルは大会でチェックされる。
そして、デッキはプレイヤーには見えないが客席には説明と共に公開される。
カードゲーマーたるもの、ドローとプレイングとデッキ構築で勝負しろというのは全てのカードゲームに共通している。
結果として、自分で構築したデッキなのに一枚一枚引く度に手や足が震える姿がこの箱舟では随所にみられるのだ。
カードショップの店員が、エプロン姿で話しかけた。
「ウラエウスとは、渋い趣味だね」
少年は、店員をみてまたカードの方を向いた。
「兄ちゃんが、このカード好きだったんだ。だけど、大会の決勝でダイスに見放された」
店員は苦笑しながら、まぁこのカードの効果が強烈だからね。当然、特大のデメリットが付きまとう。
有利効果では、何者にも破壊される事無く。妨害される事も無く、そして即時発動で自らのデッキをサーチしてカードのコストを全て踏み倒してエースを登場させるようなものもある。
ただし、不利効果の場合はそっくり相手がその効果を使う。
つまり、ウラエウスを使い捨てて。敵が自分でデッキをみて全てのコストを踏み倒してエースが出てくる訳だ。
敵のエースが出てくる、その時こっちはウラエウスの効果で何も出来ないのだ。
この運命のダイスを、自分ではなく敵が振る。
あんまりな効果な為に、これをデッキに入れて大会に出るプレイヤーは殆ど皆無だ。
大会では、より勝てる確率が高いロールが求められる。
「ウラエウスを使うプレイヤーはみな、その覚悟をして使うべきですよ」
どんなに辛くても、どんなに見放されても。
運命を、ゆだねるカードの宿命です。
「店長…、このカード」
と店員が指さして、尋ね店長が笑った。
「公式で認められている範囲のカードで、最も強烈な効果を持つカード。但し、不人気でレアリティが高く値段も高くてあまり使われない」
人は自分のデメリットには、敏感でリスクを避けたがるのさ。
「覚悟を口にするものは多くとも、その実が伴うものは驚くほど少ないのさ」
だからこそ、ウラエウスを使うプレイヤーなんか殆ど居ないんだよ。
「君のお兄さんは、立派だね。見放されたとしても、その条件を飲み込んでそれを使ったのだろうから。君も弟なら、胸をはると良いよ。恨むことなく、前をみて」
ここでは、いろんなカードゲームがある。
この店でも、いろんなカードゲームがある。
外で、こんな種類あつかったら直ぐに破産しちゃうよ。
だから、外では人気のカードゲームしか基本扱わないだろう?
大会も無数にあって、強ければそれを職業として名乗る事も出来る。
「でも、職業なら勝ち続ける事が出来なければいけない。そして、参入が簡単なものほどライバルが多い」
箱舟ではライバルが多くても、ルール違反さえしなきゃやってけるけど外はそうじゃないんだ。
「例えそれが出来ようができまいが、公式のルール改正に左右され。実機を売らないとメーカーにごねられ、顔色をうかがいながらやるのがデフォで。何かあれば直ぐに情報を拡散して声のデカい奴だけ偉そうにするのが外さ」
テストしてんのかと言われて、実際にテストしてたとして。
「エラーをユーザーに見つけられて、それでユーザーにあおられるのが外だからね」
まぁ、ルールの穴を見つけれないこっちが悪いと言えばそれまでだから何処までいっても知恵比べみたいなもんさ。
「俺がここに来る時に、転売無しでメーカーの言い分なんか聞かず好きにカード売りたいって言ったらその通りにしてくれたんだぜ。外みたいに細かい修正を何度も書類でやり取りして二週間以上待ってを繰り返して、やっと申請通したと思ったらユーザーに悪用されて結局システムを凍結する羽目になって…。俺が、頑張って書類書いて申請した時間かえせよって思ったりな」
ここじゃ、書類でダメな所は最初に帰ってくるときに全部赤線で引かれてる。
んで、二枚目に修正例を印刷で送ってくる。
それで、修正例の通りになおしたらそれで書類通るんだよ。
ちなみに、最初の書類がかえってくるのに最大三日くれって言われて俺の時は二日目の朝に書類が帰ってきた。
二回目の時も、同じように言われてその日の夕方に審査が通ってたのはびっくりだぜ。
普通こういう系の書類は、二週間以上待ってやりとりしてまだちびちび修正指摘されるとかザラだからな。
それだけで、どれだけ外より楽になるか判ったもんじゃない。
「少年、君にその覚悟があるのなら俺が自腹で割引してそのカードを安く君に売るよ」
ここは、外程無慈悲じゃないからさ。
もしも、そのカードがいらないとなったらもっておいで。
その時は、高く買い取るよ。
「別にうちじゃなくても良いけど、必ず売りに出してくれよ」
外は傷入ったら値段が下がるし、色が抜けたら値段が下がる。
「箱舟には、新品の状態に戻せる機械がカードショップ全店に無償配布されてるからさ。破ったり捨てたりしないで、必ずカードショップにね」
そういうと、店員に少年がもし買う気になったらこの値段でと値札を渡していってしまった。
「店長、本当にこれでいいんですか」
店員が二度見して、大声で確認するが店長は後ろ姿で手をふっただけだ。
「また、来ます」
そういって、少年もカードショップを出ていく。
店員が、笑顔で手を振ってその値札を見てぎょっとした。
店長、もしかして……。
そこには、ギャンブルカードで大会を制覇したプレイヤーの名でサインが。
「楽しさは、普及させるもんだ。カードが好きじゃなきゃ、こんなショップやらねぇって」
そんな、会話をいつもしてる店長。
「全く…、これじゃ普及じゃなくて勧誘じゃないですか」
そんな声が、店内の音楽に消えていく。
子供が少ないお小遣いで、楽しむ為に買いに来るんだ。
楽しまない愚図に、売ってどうすんだよ。
そんな、店長の心の声が聞こえた気がした。
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