第二百二十八幕 勇気(ぶれいぶ)

俺の名は、ダウガス。




魔王様に命じられ、怠惰の箱舟の特別顧問。


女神に対し、使者としてやってきた魔国の官僚だ。



魔国の王が、唯一気を使う相手。



俺はその正体を、知っている数少ない例だ。




「ダウガス殿、良く参った」



にこやかに振舞う光無が、腰を折って案内する。



我らが、魔族と悪魔そして邪神の頂点。




「恐れ入ります、光無殿」



なるべく失礼に当たらないように、最大限の優雅な一礼をする。





「相変わらず、あの方は…」





遠くを見て思わずため息が漏れ、神がこんなんだから世の中はこうなんだと深い深いため息が出た。





そこには、まるで敷物の様に地面と一体化していたエタナが居た。

思わず拳を握りしめて、ダウガスの顔が真っ赤に染まる。





「我らが神よっ、もう少し自覚を持って頂きたいっ!!」



それは、心からの吐露。

顔がぐるりとダウガスの方を見て、軽く右手をあげるのが見えた。




「どこの世界に、魔王の使者を寝転がって待つ神がいるというのかっ!!」



両手の人差し指で、自分のほっぺをぷにぷにと指さしながら言った。



「ここにいる」




(居て欲しく無かった……、そんな神)




という言葉を、ほぼ毎回の様に飲み込んでギリギリ耐えた。

ダウガスは大人、だから耐えた。




「今年も、アルカード商会を通じて各種税を納めて頂きありがとうございました。箱舟本店が上げる大きな税は、魔国の財政を支えて魔国の国民達を救う事に使っており。これが念のため税金の使われる先であり、我らが把握している財務表です」



ちらりと、地面と一体化したまま目だけを動かし。



「まいど、律儀な事だな。まぁ、誤魔化しくすね弱者から絞り上げる事しか考えぬ人間の国共に比べたらマシではあるか。私には必要ないと言った筈だぞ、それを見せてやるべき相手はダストや大路やクリスタ達であろう」



それでも、貴女は我らの神なのです。

我らに出来る誠意を示さねば、それは法を破る以上にマズイ事だ。




「そもそも論でいえば、魔国は魔族の国であり。力を持って頂点を競う、その成り立ちからも本来は貴女様が君臨すべきでしょうに」



「いやだよ、面倒」



そう、寝そべったまま答え。



「居酒屋エノちゃんの美味しさに、貴族も王様もみんなでハッピーになって戦争辞めて今までいがみあっていた魔王達が団結し魔国統一を成し遂げた。と言う事にして、恨まれないのは無理でも今生きている者達が精一杯今日を楽しく生きられるようにしろと貴女はおっしゃった」



戦争の仲直りのきっかけが、居酒屋であるなんて嘘でしょいくら何でも。

何のことはない、我らが信じ続けたただ一柱の神である貴女がその口で「仲間を幸せにする為に、お互い譲歩しろと命じただけ」



「きっかけは何でもいいんだよ、争いが嫌いな連中からすれば」



偉いやつというのは、私も含めて身勝手だからな。




「そして、貴女は公的機関も含む六大商会という名の実質的な魔国をまとめる組織を作らせ。魔国に拠点を置いている一企業の特別顧問として、巨大な税金を魔国に収め。変わりに、魔国を良くする事や税率を人の国との亀裂を生まない程度に安くする事。生涯にわたって、例え孤児や家が貧しくても教育の機会や老後を憂う事のない様にした」



数だけ増えて、奨学金という名の借金を背負わせるような人の国とは根底から違う。

役人の着服すら許さず、明日も生きられるようにその補助が弱いモノに届く様にした。



「それで、貴女が欲しがるのは未来だけだ」



言い訳で財源を求める人の国と違って、貴女はそれら全てを行動で行っている。



「お尋ねしたい、ここまで聞くと貴女にまったくメリットがない様に思えます」



エタナは、寝そべったまま苦笑した。



「ダウガス、私は神だ。人でも魔族でもない、動くにはメリットが必要だ。努力にも結果にも、この世で二番目に強固な絆とは損得勘定。何より、メリット無く他を動かせる訳がない。だが、私にはまったく必要がない。なんせ、利益も結果も欲しいと言えば直ちにその手に出来る。何者かの命や人生さえ私にとってはこの手を握るだけだ」



誰かに命じられるなんてまっぴらだし、誰かに祈られるなってもっとまっぴらなんだよ。誰かに命じる事でさえ、私は面倒で仕方ない。


「加えて言うなら、例え全てが手を取り合う事になっても私は一柱で全てを握り潰せる。人が人を導く等傲慢極まる、神がやろうとそれは邪悪なだけだ」



そんな私が心より望むものは、メリットや金じゃない。

魔族の、唯一神。その私が心より望むのは、ダストが望んだ幸せな労働者。



(幸せな国民でない事が微妙な点ではあるが、破滅を振りまかれるよりはずっといい)



「この力を使わずして、特別顧問という立場の魔族として存在する事。特別顧問はただの魔国の一国民として、魔王達に意見が言える立場であり。全てを救える存在でありながら、人として見えている部分だけに手を差し伸べる」



当たり前だ、神として救えばそれは私の理想ではなくなってしまう。


例え、その手から零れ落ちるものが居たとして。その手からこぼれた者に生涯恨まれたとしても、私には何の影響もない。


私は自分の欲しいモノの為に、こうしてお前達の国に存在しているに過ぎない。



「神に相応しくない、神の力持つ俗物。それが、何処までも私だ。私は、己の望みの為に居る。お前もお前達も、望まず生きるのは難しい」


(程々の人生でいい低コストで生きようとしたところで、息もせず食べもせずというのは生物には不可能だからな)


欄干は倒した、もうスタンピートに脅える事もなかろう。

ダンジョンも西と東以外、魔国には存在せず。


人の国のダンジョンすら、私が潰そうと思えば潰せるとも。


「まさか人の国の連中は、ダンジョンすら私の管理下に太古の昔から置かれているなど知りもせず資源供給所として利用し。それを支えに経済基盤を作っている様な、馬鹿な事をやっている国もあるみたいだしな」



鉱山を掘るよりも、油田が地上近くにあった方が手間がない。

奴隷さえ、他種族から攫ってきて違法に売りさばく方が利益がデカい。

ダンジョンも、そういった資源として使っているのだろうよ。


利益なくば動けないと、私は言ったがな。

それは、私も同じだぞ?但し、私の利益は金ではないがな。

己の国で利益を生み出せない国というのは、資源を取り上げられたら滅びるのだ。

国とは人、何処まで行っても人こそが国なのだから。

人とはどんな希少鉱物よりも、どんな価値ある宝石にも勝る資源だ。


「何故なら、その資源は心と言うものを持ち。宝石にもゴミ屑にもなるからだ、そして宝石になれる人間の価値はこの世で最も尊く美しいものだからだ」


(永遠に生きる神に、その心を持つのは難しい。限りあるから人は輝く)


食料の安全性や品質を保証するのは、他でもない自分達の国でなければならないのに他の国から必要以上に買えばそれは自国の農業を潰し。いつか、立ち行かなくなる。



「それでも、己は儲けたい。そんな、損は誰かがやればいい」



皆がそう考えれば、損を被るものなんかいないだろう?。


結果参加者みんなで破滅するという訳だ、露天掘りで原子力の材料を掘る様なもんだ。見えない力で関係者も、関係ないモノ達さえも知らぬ間に焼き切られる。



「では、仮に私がダンジョンを全てこの世から閉鎖し。絶対に奴隷になるものがならぬよう保護し、油田をこの地上から消滅させ一定の深さ以上ほらなければならないように改変したらどうなるだろうな」



他にも、ことごとくそういう連中が裏目にでて商売が立ち行かなくなるようにして崩壊したとして苦しみと怨嗟と慟哭を振りまいたとして。


力に訴えようと戦争したとして、それを口実に私が完膚なきまでに叩き伏せてそれをあざ笑っても良い。



それをやっても、私には欠片のメリットもないが。やれるやれないでいえば、私は救いも滅びもこの手で行える。または、この口で命じてもいいわけだ。


聖神も邪神も天使も悪魔も私の配下であるならば、私はどちらを選択しても困らない。



「私は、私が何かをしなくても世がより良く回っていくのが。何より、望ましいと考えている」



魔王に伝えておけ、私は魔国の一国民として。

お前達に良い政治、民の笑顔を求めていく。


他の国を攻める事無く、明日を目指す事によって利益をあげていくことを強く望む。


汚職、不正や中抜きの情報が欲しくば尋ねて来い。


誰かの為に、不正をするのなら私にも慈悲ぐらいあろうが。己の為だけに、そういった事をやる輩を私は魔国で許す気はない。



完全は無理だろうが、その努力を常に求めていく。



「それが気に入らないというのであれば、いつでも立ち上がり向かってくると良い。魔族は力なくば言う事すら聴けんと言うのであれば、己の持てる力で私に挑むがよかろう」


私が望むのは、全体の未来だ。子供も、老人も、男も女も、力一杯生きる事の出来る未来。私がダストに約束した、幸せな労働者。労働者であれば、腹いっぱい食べられなければならぬ。明日も生きようと思えなければならぬ。


(資本主義でありながら、チャンスを平等にするだけだ)


「我らが神は、どこまでもそれだけを望むと…」



人の世界でそれが横行しているのは、魔国のように魔王の統制力や強制力があるわけではないからだ。


また、裁くシステムが腐り。同時に、それを窘めるものも居ないからだ。



「貴女がそれになる気はないんですよね?」


ダウガスが、薄くなった髪を撫でながら尋ねた。




「あぁ…、窘めた所で魔族以上に人は愚かだからな。箱舟の中に連れて来た人でさえ、ロクなもんじゃない」



やれ、何々主義だと唱えながら理屈をこねくり回して楽をしようとする。



楽を目指すのは悪く無い、それが原動力だからだ。

理屈をこねくり回すのも悪く無い、考えるにはそれが必要だからだ。



だが、その主義主張が労働者は平等であるという箱舟のルールに接触するなら話は別。それは、生産性や実益に直結する。自分だけ損なら構わぬが、他者に時間と言うリソースを支払わせるのは害悪そのもの。


嘘八百でも、似非でも箱舟内でルールを守れないものは容赦せん。


心で何を思っていようと、種族の壁や文化がどれだけのものであろうともだ。



魔国や人間の国では、法があるしそれを守らせるのは国だ。

しかし、この箱舟においては税はなく。法ではなく、ルールとして存在する。



「それを守らせるのは、国ではないこの私だ」



ゆっくりと立ち上がると、まるで台風の様に力が可視化できている。


ダウガス、魔国をより良くせよ。

明日をより良くせよ、己らの両手でやれる限りの事をせよ。

官僚とて足の引っ張り合いなど許さぬ、全員で全体の幸福を目指せ。


どこぞの国の様に税と名をつけずに、姑息に毟り取る様な真似をしてみろ。それをやろうとしただけで、私はそいつを一族ごと根絶やしにするぞ。


「心も肉体も、強くあり続ける事を私は君達に望む」



重ねて言う、ダウガス。



「他者だけでなく、己も同時に幸せにせよ。結果が出ずとも、己で納得できるようにせよ」



一国民として、領分を越えぬ力も貸すし。金も出そうじゃないか、口を出すとしたらそれは必要だからだ。



モノ言わず、金だけ出す様なアホではないぞ。

神として振舞わないだけだ、たったそれだけだとも。



ダウガス…、民を幸せにできない。そんな、官僚は存在する価値がない。私は、そう思うよ。利権を貪るだけの害悪を、私は魔国で許す気はない。



「閣下、それは理想論です。官僚とて人の子、魔王とて一人の人間。貴女程、瞬時になんでも可能な訳ではない」



ダウガスは、頭を下げながら言った。



「バカかお前は、理想は唱える為にあるんだよ。叶う、叶わないではない」



そういって、微笑む。



「ゆっくり寝たいでもいい、美味しいものを食べたいでも構わない。何でもいいんだ、どんなに小さくてもどんな事でもいい。どんな無理筋でも、どんな主張であってもな」



理想を唱える事こそが、愚かなる人生の第一歩だ。


「私もお前も、気に入らなければ怒るだろう?持てる理想の先が、私の怒りであるというならそいつは死よりも恐ろしい目にあうだけだ」



「では…、私の理想は閣下が君臨して頂くという事で一つ」



ぴしっと固まると、ひきっつた顔でエノが笑う。



「それは、無理だな」



ダウガスは、にっこりと笑いながら言った。



「今、貴女が言ったんですよ。理想は、唱える為にあるのだと。私めも唱えなくては、無理と判っていても。生きていく為に、理想は必要なんでしょう?」



あぁ…、墓穴だな。


そういって、二人で向かい合い腹を抱えて笑う。



魔国において、定例の報告はにこやかに行われた。


この国は、王も官僚も民も貴族も皆同じ神を信じている。


「その神の言葉に、耳を傾けないもの等おりませぬ」


王が言うなら、貴族がいうなら、同じ魔族の誰かが言うのなら反感もかいましょうが…。我らは、官僚だ。国や民等どうでもよい、魑魅魍魎の知識と利権に生きる者達。それでも、信じる神。祈る神は貴女を置いて他にない。我らとて、魔族なのだから。


「太古より、我ら魔族全てが信仰するのは貴女のみ」



(幸せになりたくない、生物などこの世にいるものか)


「貴女の怒りを買わない範囲と方法で、魔族は皆幸せの為に生きる」


(だから、本当もう少しでいいから神らしくして下さいよ…)

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