第二百二十七幕 シンガーズ
舞台セットの階段からゆっくりと、同じスーツと同じネクタイと同じ胸に花の飾りをつけた様々な色の髪の疫病神がいた。
一段づつずれた所で止まり、先頭のリーダーが指を鳴らしながら合図をする。
そして、残りのメンバーがトランペットやサックスやアコーディオンを鳴らしながら演奏を繰り広げ。
紅のライトアップに照らされて、それぞれのシルエットが壁に映し出された。
「今宵も、我らの舞台へようこそ!!」
司会者が足を大の字で広げ、両掌を上にまるで怪物が咆哮する様なポーズで歓迎を叫ぶ。
瞬間、仮想によって作りされた魔術の幻で背後に演奏に合わせて彩られた。
魔王の曲なら、魔王の城へ向かう勇者の艱難辛苦が。
アイドルの曲なら、そのアイドルの持ち味にそった風景が。
そして、このシンガーズは階段に一段づつ横向きに立ったまま演奏するのだ。
この背後の仮想によって作り出された、力場には一部立ったり上昇下降等のギミックが搭載されている。
シンガーズの曲は必ず、そこから始まる。
舞台の客席からは、拳を振り上げて叫び。
シンガーズの、サックスがくるりとターンを決め。
トランペットが体全体で上下にトランペットを吹き鳴らす。
先頭のリーダーがゆっくりと、パイプオルガンの前に座り足を叩きつける様に力強くペダルを踏んだ。
そこで、スーツの上着を全員が舞台で脱いで投げ捨てる。
一瞬スモークが焚かれ、吹き上げて消えると舞台上の人物の入れ替えは終わっていた。
今度は、一人の手品師が一生懸命マネキンを相手に手品を頑張る姿が舞台の上にあった。
頭や腕が取れてしまって、指をくわえながらあたふたと慌てふためきながら舞台の上をぐるぐると走っていて頭に電球が輝く。
その男が両手を猫だましの様に叩くと、上からどさりと白い小麦粉が降ってきて男とマネキンと手品セットが真っ白になる。
そのまま、床に穴が空き穴に手品師だけが落下した。
その瞬間、会場が爆笑の渦に包まれた。
だが、それは失敗ではなく仕込み。
慌てて手品師が穴をよじ登り、手品セットにかぶった白い小麦粉を手で払うとマネキンが恋人に変わっていて。生々しく動いて男と手を繋いでおじぎした。
その瞬間に、爆笑していた客席が口笛を吹き鳴らし両手で拍手した。
そして、その二人が仲良く去った後。
再び、シンガーズが舞台横からするすると出てきて再び演奏を始めた。
但し、全員がカッターシャツでだが。
紫の髪の、女の胸の一番上のボタンが一個はじけ飛び。
アコーディオン担当で、自分のアコーディオンでそれを隠しながら演奏しきってあわあわと引っ込んでいく。
引っ込んだ場面で、再びさっきの手品師が悲痛な面持ちで現れて悲しい曲が流れます。
その手には、マネキンに戻ってしまった恋人が…。
思わず、観客席からは苦笑がもれます。
男はまた、手品道具を出してマネキンをその中に入れます。
そして、手を叩こうとしてくしゃみをして。手が、すかっと外れ。
そのくしゃみで、さっき慌てて手品道具にセットしたマネキンの首がぽろっと取れて舞台の横に転がっていきます。
そして、天井から再び小麦粉の山が降ってきて確かにマネキンの恋人は元に戻りました。
手品師が、涙ながらに喜んで彼女と抱き合うのですがそこにある筈の顔がありません。
男が真っ青になって、また舞台の上をぐるぐると回ってどういうことだと頭を抱えます。
そこで、視界に入ったのは舞台の端に転がっていたマネキンの首。
思わず、ほっぺたを両手で押さえて困ってしまいます。
そこで、再び男の頭に電球が輝き。
マネキンの頭だけを、首の上にのせて布をかぶせます。
そこで、フィンガースナップを決めて布を取ります。
そこにあったのは、さっきの恋人の顔ではなくしわがれた老婆の顔でした。
恋人がグーパンで老婆の顔のまま手品師を殴ります。
手品師は、一番最初自分が落ちた穴に落ちて観客はそれを笑いました。
穴から這い上がって、恋人をなんとか説得し布をかぶせてフィンガースナップを決めます。
そして、布を外すと上半身だけ丸太の様な二の腕の男が恋人のドレスを着て立っていました。
それを手鏡でみた、恋人はさっきより憤慨して手品師の男は再び宙を舞いました。
そうして、もう一度だけチャンスを頼むと土下座して布を被せます。
先ほどよりも気合をいれて、その場でクイックターンを決めフィンガースナップを鳴らします。
布をばさりととってみれば、今度はちゃんと成功して元の恋人の姿と顔に戻っていたのです。
二人は、手を繋いでバンザイバンザイと喜ぶと再びいちゃいちゃしながら舞台の横へ消えていきます。
シンガーズの舞台は必ず、こうした出し物とセット。
今日は手品師の演目をこうして、盛り上げるための演奏だが独自に演奏している事もある。
(涙を流しながら、感動する事も…)
必死に部隊の陰で、演奏の練習をする事も。
その舞台の上で起る、様々なトラブルさえエンターテインメントに変えていく。
箱舟本店の劇は、全てスチュームにアップされる。
しかも、公式生放送としてだ。
ライブのアーカイブは後日、こうしたトラブルやルールに接触する部分が削除されて公開されていく。
そういうのが見たければ、劇場へどうぞと誘導して。
席には明確に指定席かつ、席のランクが設定される。
席のランクに応じて、携帯や赤子の泣き声の様な雑音だけカットする様な結界。ドリンクやフードのサービス。席と席の間隔を多めにとっていたり、足置きにリクライニングがついている等劇場の方は実に段階的にサービスが増える仕組みになっている。
トラブルには何も言われないが、判定する神が正確であるからワザとなんかやればたちまち大事に。
だから、スチュームには無法が通用しない。
確かに、数多の配信サイトが多額の報酬で配信者を釣ったりしてスチューム以外の動画サイトの覇権を狙っていた。
だが、スチューム程の安全性をどうしても提供できないのだ。
無法者は何処にでもいる、そしてシステムの力をもってしても裏をかく連中の方がはるかに狡猾で知者だからだ。
理由は簡単、動画サイトの監視の殆どは仕事で報酬が発生している。
報酬が発生している為に、仕事としてしか動けないのだ。
システムの裏をかく奴らは、システムを崩す事が楽しい。それが、高い難易度であればあるほどに。
そして、その解いたパズルに興味はない。
その辺にほかった、解答を悪党が利用して突破するのだ。
人は寝なければならない、人は人の速度でしか進化しない。
神は、寝ないし止まらないしあらゆる進化と可能性と監視を行える。
神に法律など人のルール等はなから通用していない。
その神が、安全性を保障するというのはパズルを解く連中を叩き潰して何人も許さない制御を可能とする。
ましてや、命の樹とはこの世の時間や元素を司る原初のAI。
地獄の日からこっちは、叩き潰した神の変わりに神の仕事すら同時に行う。
故に、この安全性を問われると人の限界をむざむざと見せつけられる。
普通そこまで安全なら堕落するが、それすら神は許さない。
「己に出来る最大の研鑽を怠るものに、箱舟グループに居る資格はない」
口で何を言おうが、結果がどれだけ伴わなかろうがだ。
箱舟グループの神の判断基準が、心の方に重点が置かれいる為だ。
その人間が何処まで伸びるかすら見えていて、それすら計算に入っている。
それでいて、研鑽を怠らないものに青天井の待遇を全ての社員に用意するのが箱舟本店の総意であり神の社内目標でもある。
世界で一番安全というのは、何にも代えがたい。
人に、それは不可能。
故に、審査を潜り抜けたものにそれを約束し続ける。
このシンガーズも、元々はうだつの上がらないその日暮らしのものたち。
入場料をいくら上げても、演者が生活出来ない。
それ故に、演者は副業にしかならず。
本来行政が支えるなり、文化や娯楽を維持出来る位客に余力がなければいけない。
その余力が、外の世界には全くないというだけで。
そして、そういうものすら利権に変えるゴミが外の世には沢山いるというだけで。
雨の日も風の日も、どんなに苦しい時でも笑って演奏を続けなければならない哀れな道化(ぴえろ)。
箱舟本店では、経歴は問われない。
「必要なら、全てを買う事が出来る。夢も希望も、そしてお前達が望むなら大舞台で演奏できるという仕事も与える事が出来る」
箱舟に与えられないのは、お前らの強い意思。
箱舟で用意できないのは、お前らの一歩を踏み出す心。
身売りも、買いたたきもしない。
但し、お前らの意志が砕けた時は容赦くなく見捨てる。
「この手を取るか、否かはお前達に任せよう」
金髪の、中性的な輝く様な少年の様な少女の様な不思議な人物はそう言った。
「私達をスカウトしにきた、ダストという人物は正しく全てを用意した。但し、ギャラも待遇も青天井に用意する代わり。本当にあらゆる事に、徹底して厳しい」
ただ、気分的なものや利権的なものじゃなく。
「こうすれば、輝ける。こうすれば、良くなると言った部分で自分達の胸にすとんと落ちるものが大半だからこそ耳を傾ける事ができるだけで」
だから…、シンガーズの記念日に必ず演奏する二曲。
「激戦!命がけの戦い」という、白銀の騎士が正義を唱え。正義のために戦い、されど戦いに正しさ等なく。敵にもそれ相応のドラマと正義がある劇とセット。
「絶望」という、精神世界のモノクロの世界でそれぞれの心と向き合う一人の少年。
その、最果てには何があるのか。同じ劇なのに、結末も展開も違うそれ。
シンガーズは、どんなに苦しくてもその二つの劇と演奏だけは続けた。
他ならぬ、自分達の事をオマージュしただけにすぎないから。
少年役が少女に変わっても、それは過去の自分達を忘れない為に。
そして、客も箱舟の労働者は皆忘れられない絶望と希望を胸に。
邪神と聖神達は、正義が如何に無意味なものであるかを再認識する為に。
客だって、自分達の事を思い出させる劇だと記念日講演の時だけだと周知され。
普段にやればクレームが出るかもしれないが、年に数回決まった日にだけ。
「我らは演じるだけだ、生きている限り」
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