第二百二十六幕 枯れ専(かれせん)
「あじぃ~、あじぃ~ぞ」
そんな事を言いながら、カウンター席にほっぺたをくっつけてほっぺただけが微妙にひんやりするのを感じる。
しかし、幼女の体温は微妙に高いので容易くカウンター席のテーブルが温まってしまっていた。
額に汗しながら、黒貌がすいませんと謝る。
「クーラーが壊れてしまって、申し訳ありませんが修理を頼んだのですが直ぐこれないとの事でして…」
シーズンで工事が立て込んでいると、流石の箱舟や魔国の修理工達も人数が足りず。かといって、新品を買うにもモノがない。
ここで力関係だが、魔国は基本的に魔王がおさめている。
つまり、魔王>六大商会&貴族達>民という力関係になっている。
箱舟本店が強く出られるのは、箱舟を動かしているのが闇属性の最高神であり魔族にとっても頂点に君臨する神が特別顧問として出てくることがあると言う事だ。
通常の命令は魔王が優先されるが、特別顧問が魔王にモノ言う時は別になる。
滅多な事では嘴を突っ込んでこないが(ニートだから)、突っ込んできた時魔王はただ粛々と聞くほかない。
それ故、エノは神として金も権力も暴力も好き放題出来る立場にあるが、その力をつかってやっている事は引きこもりのニートライフ。
エタナがエノとして闇の長老達に用意しろと言えば十秒以内にもってくるだろうが黒貌は拒否。
魔国の普通の家電量販店では、高いエアコンですら予約二週間待ちなのだから。
「お前は年寄りなのだぞ、倒れたら何とする」とエタナが言っても、いいえ私だけが優先をされるわけにはいきませんと言われ。
結果、客として来ている時のエタナはこの様なのだ。
「そういえば、お前は外で料理教室をやってきたそうだな。随分と好評だったと聞く、だがあの恰好はないだろう」
遊園地に居そうな、着ぐるみで手首から先だけ微妙に動かしやすくしてある黒い虎のファンシーな着ぐるみで料理を教えていた黒貌。
「包丁は丁寧に扱っていれば怖くありませんと、子供達に笑って聞いてもらう為にあの恰好で教えていたのですが。どうやら、俺より前に怪しい仮面が似たような事をやっていたそうで。すんなりと、受け入れられてましたよ」
その瞬間、驚きで目を真ん丸にしたエタナ。
「本業が紙芝居屋で、副業が声優に、絵師に、治癒師と傭兵に冒険者。で今度は、料理教室の先生とかどんだけ多芸なんだ、あの怪しい仮面」
黒貌が、何とも言えない顔で苦笑しながら微笑む。
(向こうも貴女の事を、どんだけ反則(チート)なんだと思ってますよ)
「流石、極神の娘だけあるな。血は繋がってないとはいえ、この世で最高の師にマンツーマンで教えてもらって伸びないならばそもそも向いてないか」
黒貌は仕込みをしたり、お皿を拭いたりしながらエタナちゃんと話していた。
「黒貌、アイスクリーム」
エタナがへばったまま、カウンターにコインを置いた。
「はい、牛乳で私が作った一番安い奴ですね」
そういって、冷凍庫から小さい木樽の形状をしたカップを一個取り出してエタナの前にスプーンと一緒に置いた。
「ぁーウマいー、このしゃりっとした余計なモノが何も入ってない感」
一匙口に入れる度に、海の中の海藻のように両手をあげて揺れる幼女がそこにいた。
居酒屋でありながら、ここに来る客は酒やつまみ以外のモノを良く頼む。
もっとも、常連のエタナちゃんに至ってはむしろつまみや酒を頼んだことがない。
幼女は元気よくおやつや、ハンバーグやオレンジジュースを頼むのだ。
「シンプルで、手作りだからこそムラがあって。お前がつくったというだけでも、十分な満足感が得られる」
何より、安い。
「だー、くそあっちーな!」
引き戸の方をみれば、魔神アクシスが手でバタバタと自分をあおぎながらはいってきた。
「うげっ、クーラーがついてねぇ」
その台詞に、エタナちゃんがじと眼でアクシスを見た。
「すいません、アクシスさん。あいにく壊れてまして、修理頼んだんですが順番待ちみたいでして…」
黒貌が申し訳なさそうに言えば、アクシスも何とも言えないように頭をかいた。
「あー、そりゃ俺も悪いわ。俺んところの秘密工場も、百台単位で修理待ちが積みあがっててほかの所も似たようなもんだろ…」
とりあえず、なんか飯食わせてくれや。
アクシスが、エタナちゃんの隣に座った。
「あー、トンカツできるかい?キャベツ大盛でな、本当は酒飲みてぇトコだが、仕事に響くからな。勘弁してくれや、店長さん」
そういって、前払いの代金をテーブルに置いた。
「了解です、まぁ居酒屋ですけど。みんな飯ばっか頼んでくのでもう慣れました。こんな素人料理ですけど、みんなウマいウマいって食べてもらえるので楽しくやってますよ」
それに、本当はブルホーンのステーキと水晶酒で一杯やっていきたいの我慢しているんでしょ。判ってますよとウインクをしながら、アクシスが注文したトンカツをやる為の油を温め始め。
キャベツをきったり、手早くパン粉や衣がつまったタッパーを出しては料理を作る音と酒をテーマにした演歌の音だけが店内に満ちていく。
「アクシス、もっと気張れや」とエタナちゃんがふくれっつらで言って、アクシスが肩を竦める。
「黒貌さんにはあれだけ労りの言葉をかけ、行動にもうつしてる奴の言葉とは思えねぇ位辛辣だな」
ムリだよ、コン達も必死になおしてるが全然おっつかねぇよ。
ったく、人間の国が戦争や小競り合いばっかするせいで職人とかも全部魔国に流れて来ちゃってるんだ。
幸いどっかのヤバい神様が間諜とか、悪人はみんなシャットアウトしてるから流民でも仕事出来る奴は受け入れる方向で魔王が調整してるからなんとかなってるけどよ。
人口流出や、ものが作れねぇ国なんて悲惨なもんだぜ?
それに、魔国の技術水準と人間の国の技術水準が違いすぎてこっちに来てから学び直さねぇと使い物にならねぇからな。
教えるのにもリソース取られて、いっぱいいっぱいなんだよ。
「お前が自然ごといじくれば済むが、それはやりたくないんだろ?」
じろりとそのどっかの神様をみれば、袖無しのボロい貫頭衣を着てあじぃ~あじぃ~いいながら安物のアイスを口にしては冷たい~と喜びつつ海の中の海藻みたいに椅子の上で揺れているのだが。
「んで、新しいのが買えねぇから修理して使ってる連中もそれなりに多いんだけどよ。結果、修理屋で腕のいい所とか公的機関の六大商会から仕事回されてるとこは大体パンクしてるって訳だ」
アイスを食べ終わったエタナが、スプーンをくわえながらきゅるりんとした目でアクシスに尋ねる。
「流民を受け入れず、シャットダウンして見殺しにする?それを決めるのは、魔王達だろう?人の範疇でやれる事とリソースで叶う事はダストががんばってるだろう?」
はぁ…と、溜息をついてアクシスがエタナを見た。
「アクシスさん、お待ちどうさまです」
ことりと、完成品が目の前に置かれてアクシスがそれを受け取るとソースを少量垂らす。
このソースも、邪神がつくったと聞くがマジでウマい。
別皿でマヨネーズが用意され、キャベツ大盛を食べやすくする。
「全く、治さなきゃならねぇのはクーラーだけじゃねぇっての」
そこで、急にアクシスの方をエタナが向いた。
いつもの、無表情ではなく額の眼もしっかり向けて。
「アクシス、お前は神様だろう?人に不可能な事をやってこそ。魂がすりきれるまで己を通してこそ、神は神足りえる。神足りえぬ神などこの世にはいらぬぞ、治す事も救う事も壊す事でさえだ」
屑は、一柱(ひとり)で十分だ…。
「判ってるよ、俺の身の丈ぐらいな。果てしなく、待つものには光は届かない。それが、何処までも現実だ」
皮の固まった、皿を持つ手に力が入る。
その手の上に、黒貌がそっと手をのせる。
「我々は、我々の身の丈にあった。それでいて、出来る事をしていくしかない。それが正しいと信じて、それが例え間違っていても未来など判りようがない」
俺を見て下さいよ、お袋にいつまでふてくされてるのと袋叩きにされて実家で疎まれながら。いざ働き始めたらことごとくブラック企業で、ゴミみたいな報酬しかよこさない事を言えばやれ働かせてやってるんだとか他にも些細なミスを問い詰められたり少しのミスで書類の書き方も判らないのかとどやされたりね。色々言われてきましたよ、そんで最後には自主的にやめるように追いやられるんだ。こんな老いぼれるその時まで、ずっとずっと永遠に続いて何で自分は生きてるのかずっと悩んで何十年も生きていたんですよ。時々その時の事を思い出してはうなされて。
これは夢なんじゃないかと、いつもこの手を見つめる事なんてしょっちゅうですよ。
「神様にだって、不可能は沢山ある。そうでしょ、アクシスさん」
そうじゃなきゃ、神様にもなれない連中はもっと悲惨だ。
「そうだな、俺達はどっかの屑みたいに。世界中の全ての未来をリアルタイムでなんて知りようがない、眼の前にある事をやるしかねぇよな」
すいませんと、アクシスの手から自分の手を黒貌が離した。
「いや、ありがとよ。これだけ食ったら、午後からも頑張ってなおすさ。人殺しの武器を作らされるより、人が助かる事にこの技術を使いてぇ」
(まぁこの幼女(バカ)がいりゃ、武器なんて作ってもホコリ被るだけだろうが)
黒貌とアクシスが、お互い笑う。
「黒貌、アイス二つおかわり」
コインを、カウンターにおいてアイスを受け取るとアクシスにずいっと一個差し出す。
「これはおごりだ、安物のアイスだが私がこの世で好きな些細な幸せの一つだよ」
アクシスはそれを受け取ると、黒貌と肩を竦めた。
「ありがとよ、まぁお互い神様には向いてねぇってこったな」
エタナが口元だけで笑い、アイスをスプーンにそっと差し込みながら言った。
(違いない)
そんな事を、黒貌もエタナも思いながら。
「食べ終わるまで、溶けないように権能で冷たく固定しといた」
にこりと、それを言った瞬間アクシスがエタナのほっぺをみょーんと伸ばす。
「そんな無駄な事が出来るなら、俺の周りだけ涼しい温度で固定してくれよ」
エタナはぱしっとアクシスの手をはたいて、ほっぺをさすりながら言った。
「全く…、お前も技術神なら両肩に浮かべて温度調整できる小型エアコンぐらい作れば問題なかろうに」
そんな暇ねぇよ、とアクシスはキャベツをモリモリ食べ始めた。
俺はどっかの屑と違って暇はしてねぇんだ、暇になったら今度はシーズン終わってるよ。
そういって、ご飯をかきこんでいく。
「そういえば、エタナちゃん。それご自分の周りにやれば、熱くないのでは?」
黒貌が笑って言えば、エタナちゃんの顔がハニワみたいに眼と口が黒い丸になった。
「黒貌っ、お前天才か!」エタナちゃんがそれを叫んで、アクシスと黒貌が笑っていた。
「やっぱり、てめぇは最強の力をもった大馬鹿じゃねぇか」
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