第二百五十五幕 白黒姫(ものくろひめ)

「まったく…、どうしようもないな」


幾度幾万と繰り返しても尚、何も進歩がない。



((メモリアルソルジャー:獄炎聖誕曲(ごっかおらとりお)))



エノが呟いた瞬間に大地から、まるで桜吹雪の様に精霊たちが舞い上がる。



その様子を、ホフノンは眼を限界まで見開いた。




まるで、花畑で綿帽子を優しく吹いている様で。



「何を驚く事がある?」



黄金の林檎を口に添え、優しく微笑む。



「私にとっては、精霊や聖神ですらこの様に綿帽子の一欠片に過ぎん」



更なる影へと身を隠し、命の終わりからこの世を見届けよう。



「天使達よ、主たるエノが命ずる。ただ己で考え羽ばたいていけ、私の道をさえぎらないのなら全てを許そう。どうか、命あるもの達を祝福したまえ」



両手を優しく広げ、左手に黄金の林檎を持ったまま。





がばりとダンボール箱の中から目覚めたエタナが眼でごしごしと眼をこする。



「自分が生み出していない天使達は、過労死するほどひどい目にあったのだったな」


過労死した天使達、生き地獄を味わい続けた天使達。


ヒエラルキーに閉じられた檻、怨嗟がつまった牢獄。




地獄の日以降、その仕組みごと粉砕し天使も精霊も自身の管轄とし今はこの箱舟の労働者。



「そうする前に、世の方を正して欲しかったのだがな…。これでは、独善や独裁と変わらぬ」



さてと…、今日は体感映画館の試験運用だったか。




黒貌と手を繋いで、ベータ版の完成した場所に行ってみればそこには「禁忌的体験遊戯」と札が下がっていた。




例によって、エルフとドワーフが角を突き合わせて文句を言いながら両手を天に突き上げて親指を立てながらウィーウィーと叫んでいるのが見えた。



試験に選ばれたのは、トレジャーハンターが洞窟の罠を突破しながらお宝をげっとして最後は洞窟が崩れ去りその洞窟をお宝を持って脱出する有名映画。それを、仮想体験できるという。




仮に体験の中で失敗しても、画面の外にべちゃっとはじき出されるだけという説明を受けエタナが足と手を合わせて8の字で飛び込んでいく。



その様子を外から、黒貌が映画として優しく見ていた。




最初の罠は、トラバサミや落とし穴に天井が落ちてくるなどのオーソドックスなものだった。


しかし、そこは高スペック幼女のエタナはトラバサミの棘の上に立って足でトラバサミをぶっ壊したり落とし穴にのふちに咄嗟に掴まって凌ぐなどの運動神経を見せる。


罠をクリアする度に仁王立ちでどや顔を決めていなければ、もっと良かったのだろうがそこはエタナちゃんである。


天井が棘付きで落ちて来た時は足と両手を真っすぐにして床を転がり難を逃れ、それをみていた制作陣の表情がぇーという感じになってはいたが。



そして、お宝をゲットしてボロい貫頭衣のポケットに乱暴に突っ込んで洞窟が崩れ始める。


そこで、無慈悲な声が聞こえた。



「体験映画の中だけ、貴女を六才レベルに封じておきました。体験映画を、もっとそれらしく楽しんで下さいな。外に出たら、ちゃんともとに戻りますのでご安心を☆彡」



その台詞を聞いた瞬間、崩れる床と転がる岩に追いかけられながらエタナちゃんは叫んだ。


「首座ぁぁぁ、貴女は鬼かっ!!」



一気に体から力が抜けていく…、全身から嫌な汗でぐっちょぐちょになりながら。


六歳児ボディの歩幅で走るが、当然岩が瞬く間に迫ってきた…。




「のぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」



崩れる床の速度と転がる岩が通路を曲がる度に交互にやってきて、エタナは少し前に箱舟の非常階段を走るより必死に走っていた。



「そうだっ!転…、なんで発動しない?!」



エタナがあたふたしてから、空中を睨む。



ふと気が付くと自分が一枚のメモを持っている事に気がついて、走りながらそのメモを一瞬確認する。



「いぇーい、逃がしませんよ☆後、私は鬼じゃありません貴女と同じ神様です♪」とだけ、メモには書かれていた。



額に怒りマークがボーフラの様にわいた。



「戯れが過ぎる!」



数分も走らないうちに、岩に引かれてスクリーンの外にべちゃっと弾き出されるエタナ。


ぺらりと、一枚の紙が吐きだされる様に地面に落ちた。


拳をついて腕立ての様に頭を持ち上げれば、体もむくりと膨らんで元の六歳児ボディになった。




黒貌は一生懸命タオル等で、エタナちゃんの顔を拭く。



「エタナちゃん、幾らなんでも走って転がる岩から逃げるのはきつかったかな」


言葉とは裏腹に、百万ドルの笑顔を浮かべているドワーフ達。



むきーっと、足をダシダシやるも首座の事だから又入ったら身体能力も本当の幼女並に落とされそうで歯ぎしりだけした。



結局このアトラクションは何度も上映され、こういった脱出ものだけではなく。


刑事ものやミュージカルなんかも追体験でき、その上で映像を足せば中では実物で再現すると言う事が出来ている何でもありなものにしあがった。




最近は黒貌と一緒に、氷の城で踊っている様なものを体験していたり。

昔のヒーローものを体験して、楽しく過ごす。



「現実を偽物にして存在しているより、偽物を限りなく本物にして夢を見よう」



ふと、そんな台詞が口をつく。




「そうだ、私が力任せに粉砕などせずとも…。お前達全員で奇跡や魔法より、技術と知恵で叶える方が、何倍も素晴らしい」



アトラクションで箱舟のみんなが笑顔になっている様を見つめ、その中には天使達も精霊達も居た。




「たまには本当に力無く、本当の幼女として遊んでみろと言う事か」



力なく彷徨った、あの頃。

頬を寄せ合って、しわがれた手をそっと取った。

首座め…と、どこか楽しそうにエタナが笑う。



「それでも、場面は選んでもらわないとな。黒貌を、心配させてしまう」




白髪の混じった、黒貌のほほをそっと触って。




「ありがとう」といえば、黒貌は微笑みを深くして。


「いえ、楽しそうで何よりです。後で、手作りの生せんべいでもどうですか?自信作ですよ」



「整えられた奴じゃなく、切れ端がいい。千切れかけたのとかを、詰め合わせた奴な」



黒貌は溜息をつくと、しょうがありませんねと笑った。


さて、次はどんな設備を許可しようか。



その言葉の後ろで、びくりとしたのは映画用のアニメーションや仮想演出を組み込む部隊の人員だった。



「仕事と娯楽は山のようにあるのだ、この怠惰の箱舟は。そして、選択肢は己たちの手の上にある」


そう、山のようにあるのだ。選択の自由と報酬ががっちりと約束されているだけで。


ルールによって、労働時間や待遇などが強制的に守らせられるだけで。



仕事を増やす、馬鹿が一杯いるからな。



その、全ての様子を黒いローブの少女がじっと見ていた。



誰かの血と涙で描かれる、努力論より。


誰かの笑顔と優しさで描かれる、邪悪の方がマシです。


風に吹かれて、舞う姿が自由に見えて。


翻弄されて、生きているとはそんなものですよ。



タロットカードには、ニートと理不尽の神が鏡写しに。



そのカードを指で挟んで、胸元にしまう首座が微笑んで。



「貴女がいつか心から楽しめるように」


まぁ、それでも場面は選ぶべきでしたね。


優しい顔で首座が、苦笑して。


そういって、声だけ残してその場から霧の様に消えた。


「神様だって、楽しむ心は必要なんですよ。エタナちゃん」

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