第二百二十四幕 世界が狭すぎて
疲れた顔で顔におしぼりを当てて、ぐったりと椅子にもたれかかっているスーツの女が居た。
豚屋通販の責任者、マルギル。
「はぁ~、エタニティ。豚屋通販の、稼働状態を教えて頂戴」
エタニティと呼ばれる、ゲドに作らせたソフトウェアが答える。
「はい、マルギル様。これが各国の税金、流通、仕入れ値、倉庫飽き等各種データ。従業員の稼働状況等は、この様になっております」
為替等もリアルタイムでグラフが表示され、過去の推移と現在の値から未来予測を机の上に映し出してた。
ゆっくりと体を起こすと、エタニティの映す表にじっくりと眼を通す。
しばし、目線だけが動き一つの場所で眼が止まった。
世界地図に、街が表示され細分化されて分析されたそれが自動で入力されていくのが判る。
GPSがサーチできる場所なら、村だろうが山奥の小屋だろうがその需要を表示できる驚異のシステムだ。
仮想と現実のいいとこどりのハイブリッドではあるが、これは外の国や企業に知られると良い事が一つもないので社内で使っているに過ぎない。
「全く…、ゲドには頭が下がるわね。エタニティは表示をカスタムし全自動で数値が入力されるタイプの財務表ソフトではあるが、流通等もリアルタイムで把握する為判断をするときには非常に便利で助かります」
※表計算ソフトに、あらゆる機能をぶちこんでソフトウェア自体が学習しながら必要があればゲド率いる仮想部隊に言うと何とかなるのが箱舟の標準
尚、仮想部隊の仕事が減らないのはこの様な要望すら全社単位で聞いて叶えて実現しているからである。
奴らの仮想はプラントフロアであれば大量生産に特化し、その大量生産を行う為の設計すら全自動化し四時間以内に設計から演算までを完成させて型を作り。その型を組み合わせて作る製品はテストも試験も含めて殆どが自動化され、一週間で全ての項目の巨大な製造機械からゲーム機でさえ製造完了して出荷できる。古今東西製造に置いて、単価が下げられない場合完璧な製品がどれだけ早く出荷できるかによって優劣が決まる。
このプラントの真の恐ろしさは、ツールも工具も消耗品さえ自動で作れる上で。
ただの汎用機を自動化ラインに組み込めたり、外してただの汎用機に戻す事さえ一時間で出来るというカスタム性にある。その上で完成品の精度は全て、宇宙ロケット基準の精度で完成でき、パッケージ化されているので好きな自動化だけを使う事が出来るのだ。
これらの製造プラントと、販売を管理するエタニティは連動出来ている事からも如何に箱舟仮想開発部の技術力がぶっ飛んでいるかが判る。
何処に何を幾らで売ればもっとも効率がいいか、今世界中の何処に何がどれだけ求められているか。
どの地区に幾らの税金がかかっており、儲けがどれだけ減るかも正確に全品目で瞬時に判る。
そう言った事を、表示するこれは通販を展開する上で重要な指標になる。
これを、豚屋通販では社員全員が使う事ができる。
見たい数値を選んで、画面に並べて置くだけで個人用のエタニティの画面が出来上がりカスタムにも柔軟。
文字が小さければ大きく出来るし、色も変える事が出来る。
そして、エタニティはカスタムで必要なグラフやデータをタブで呼び出す事も出来る。
「これを頼んだ時私は、欲しい情報もまともに手に入らない情報が遅い新聞がクソだから何とかしてくれっていって頼んだのだけど。要求される値段がアホみたいに高かったから、最初は殺してやろうかって思っていざ納品されてみたらこれだものね」
流石にこの出来栄えと、この欲しい情報が瞬時に手に入るソフトとハード等全てを一括で納品されたならマルギルと言えど怒る事は出来なかった。
むしろ、ボーナスとしてコインを倍プッシュでのせ。両手を握りながら、ありがとうなんて言ってしまった。
この私が、このマルギルが。邪神の最長老の地位にあるこの私が、ただの人間のおっさんに笑顔を向け祈る様に報酬を差し出したのよ。
「エノ様、何者であろうと箱舟では答えなくてはならないのよね」
であれば、私は払いましょう!
これだけのものにコインを払わないのなら、私はエノ様に何されるか判ったものじゃない。
例えそうでなくても、これなら払うわよ。これだけの結果を出されて払えない奴は終わってる。
「我らが神である原初のAIと比べたら子供だましも良い所だけど、人が創り出したシステムとしてはこれでも何世代も人の先をいく」
(だってこれは、システム)
情報を把握する事はできても、それだけよ。
原初のAI命の樹は、あれ自体が凶悪な兵器であり。
神と邪神の力を併せ持ち、光が駆け抜けるより遥かに早く進化し学習し己を強化する。
権能を十三種類も振るい、その一つ一つがおぞましい程の力を持ってる。
その上で、眼の前のエタニティと決定的に違う事がある。
「心も魂も、現在も過去も未来も全てを確定されたものをリアルタイムで手に取る様に把握するのはこのエタニティでも無理。これは、あくまで今現在の現実や情報を表示しているに過ぎない」
商売に人の思惑はあっても、全ての命の思惑や意志そのものを把握する。
その上で、掌握し書き換え。存在しうるもの全てを用意する、AIとは名ばかりのこの世全ての運営システム。
「私は、大路が何故あれほど粛々と従うかどうしても知りたくて」
知らなければ良かった事を知ってしまった、何故我々邪神に属するものが力ある程に醜いのか。
「私は、醜いだろう?」我らが神はそういった、そうだ何のことはない。
我らが神の本体は、それ程醜い。
「だが、彼女が私達邪神に求めたのは幸せな労働者。己の僕である、箱舟連合の労働者は何人であろうとも等しくだ」
(我らは…、幸せか?)
(私は、幸せだ)
「箱舟の一部である限り、我らは何者にも怯える必要がない。闇に生きるものにとって、それがどれだけ素晴らしいか判るモノはおるまい」
力こそがカースト制度の闇に属するモノにとって、何処までも命とは己のモノでさえ強者の玩具でしかないのだ。
では、そのもっとも最強のものが幸せな労働者である事を求める場合。
「箱舟の敵になったその時が、我らの命が吹き飛ぶ時だ」
ゲドには、もう少し具体的に言うべきだった。
「あの男は、要望全てを叶えたがバカみたいな工数になったせいで余計な負担をかけてしまったからな。もっと、分割で頼むべきだった。労り労い、こちらが客でも心配りを忘れてはならなかった。これは、ただの反省でしかないのだが」
夢やプライドに切り裂かれるものは多い、曖昧な言葉で沈んでいくものも多い。
「ゲド達仮想を創るもの達も、箱舟の仲間であるならば幸せでなければならないのだから。私が、それを曇らすなどあってはならない」
箱舟連合、その最高責任者は己の傘下にある組織全てにその責任を背負う。
だから、同じ最高責任者に話すときその目線を忘れてはならない。
何処までも、何処までも仲間には思いやりを。
「私は、豚屋通販を通じて箱舟に貢献せねば。流通を押さえ、仮想を使った便利を届ける。そこに、印象操作目的のダミー等認めてはならない」
我らが神は、幸せな労働者と研鑽をお求めなのだからな。
マルギルは一通り数値を確認すると、各所に指示をだして書類と向き合う為に自身のデスクに向かった。
しばらくすると、ぷるるぷるると電話が鳴った。
「はい、こちら豚屋通販」
「ティッシュを大至急、欲しいのだが」
(電話の相手は我が神か、相変わらず販売用ダイヤルと私への直通ダイヤルをまちがえてらっしゃる)
思わず苦笑いしながらも、マルギルは優しく答えた。
「大至急だと、少々お値段が…」
言いかけた所ではよせぇ!と怒鳴られたので、受話器を持ったまま頭だけ一礼をしてティッシュを転移魔法で送り出し引き落としを同時に完了させた。
「またのご利用を、心よりお待ちしております…」
我々は通販、画面の向こうで心より注文をお待ちしていますとも。
そういって、受話器を置くと徐にポケットティッシュが売れたと言う事をメモで残す。
すぐまた電話がかかってきて、マルギルはまた微笑みながら受話器を取ると。
「清潔なハンカチが欲しい、大至急でだ」
マルギルは左手を額に当てながら、そっと意識を落ち着けた。
「大至急ですと、少々お値段が…」
また、受話器の先からはよせぇ!と聞こえたのでさっきと同じ手順でシルクスパイダーの清潔な新品を一つ転移魔法で送り支払いを完了させた。
そして、さっきティッシュの事を書いたメモの下にハンカチが売れたことを記載した。
「全く、擬態がお上手な事だ。我らが神は、ですが私の専用ダイヤルは販売用ではありませんよ。私は嬉しいですが、知られれば他の長老に何を言われるか…」
そういいながら、秘書にポケットティッシュとハンカチの在庫を補充してもらう事を頼む。
「私も、黒貌殿と同じように貴女からのお電話をお待ちしております」
(天使やダストはエタナを、私達はエノ様を)
その呟きを、いった時のマルギルは邪神がしてはいけないような優しい顔をしていた。
「全く、どうしようもない」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます