第二百二十ニ幕 手を振る人に
「今日も来てくれてありがとう~☆彡」
渚はそういって、配信終了のボタンを押した。
「やっぱり、配信は楽しいわね」
そんな事を言いながら、機材のスイッチをオフにした。
つい先日遂に、防音室機能付きの自分専用スタジオを手に入れた。
今日は、その初始動の日だった訳だが…。
「最高の機能ね!流石箱舟本店の漢研究所とドワーフ技師達だわ。機器のコントローラーも空調もエアコン完備で最高の環境よ!!」
但し、外が真っ白のハニワが両手でハートマークを作って夜になるとハートの所だけ電球で強調されるようなデザインで無ければ…。
そう、内部機能は全て渚の理想どうりの環境に出来たのだが外側のデザインがものすごくチープになっている。
最初それを見た時の渚は、両手を地面につけてorzのポーズでなんでこれなのぉ…。
なんて言ってた訳だが、いざ使ってみれば環境自体は最高だったわけだ。
長く座ってもきつくない椅子、足置きに手元には軽食と飲み物を置く棚。
今まで住んでいた雑荘の部屋よりちょっと大きめの個人部屋が二階以降にあって、家賃は無い。
それだけでも、この専用スタジオを買っただけの喜びはあった。
ここで、読者に箱舟本店における裏技の説明をしよう。
この箱舟本店では、選択肢は個々にあるという事はルールにうたわれているがこの選択肢をおまかせに投げる事で局所的な割引が出来る。
建物の外観という、そこに立っている限りずっとあり続ける結構な選択肢を投げ捨てる事でこのスタジオの値段は通常で建てるよりもずっと割引出来るのだ。
渚は、スタジオを買う為に頑張っていた訳だがこの裏技に飛びついた。
そして、内部は渚の注文通りのモノが全て揃っている代わりにこの外側の酷い外見のスタジオが出来上がったという訳だ。
「ふざっけんなっ!!」
変な髪の女が、スタジオの中で暴れていたがそこは注文通りの完全防音誰にも迷惑はかからない。
雑荘では隣人が壁を叩いた音すら、マイクが拾ってしまわないか不安だったがこのスタジオではそれすら関係なかった。
小さい所なんかだと、事務所とトイレの距離が近かったりして拾ってしまわないか不安になったり。
隣人に壁を叩かれたり、選挙カーみたいなはた迷惑なものが走ってくる事だってある。
隣人の赤子が泣いたり、車から垂れ流される音楽で邪魔される事も一度や二度じゃない。
それだけではなくこのハニワスタジオ、音響の跳ね返りと信号強度にノイズ削除までが計算されつくしている為。
歌枠をとっても、音量に負けない大声で力の限りうたう事が出来ていた。
更に、部屋の壁に張り巡らされたセンサーが動きを拾うので3Dモデリングすらカメラ不要で自由に動かせる所までやっていた。
しかも、部屋中がセンサーであると同時に放送事故防止機能等も搭載している。
ゲームの音を出せば、その方向や強弱まで部屋中で正確に再現する上で。
コンサート会場や、コメント欄のメッセージが邪魔にならないように空中にレーザーで映し出されて流れる仕様となっている。
翻訳済みで流れ、渚の台詞は翻訳されて渚の音声でかえす事すらリアルタイムで出来ている。
仮想事業部の一部とエルフが、光に消えるまで頑張った成果がそこにあった。
「おのれぇぇぇぇぇ、おのれぇぇぇぇ!」
今なら顔の怖さだけで、虎でも殺せそうな心底恨み節で渚が吼えていた。
「確かに割引の為に、見た目の選択肢をぶん投げたのは私よ?。だからって、これはないでしょうが!」
外観のハニワを見ながら、渚が慟哭する。
ハニワの両手でつくったハートマークが裸電球でまるで置き看板の様に強調され、そこに堂々と蓬莱 渚と表札がハート一杯の大きさで下がっているのである。
(成程、お値段が三分の一まで下がる訳である)
黒貌も屋台でやっていた様に、店側や職人にお任せする形になる為どうやっても当たりハズレがあるお任せコース。
お任せで請け負ってくれる場合も、請け負ってくれない場合も当然ある。
これは、製造者側の選択肢もまた保証されているからに他ならない。
ただ、仕様として「最初に取り決めた商品の品質と機能には間違いがない」。
…、渚は漢研究所のエルフの悲惨なデザインセンスという部分が完全に抜け落ちていたためこういう事故物件が完成するのだった。
箱舟本店の技術者は、基本的にコインには頓着していない。
弟子が欲しいと、酒を断ったドワーフの様に明確な理由があれば別だが。
だから、その技術力とは裏腹に箱舟内部の仕事は格安でやってくれる場合が結構ある。
勿論、頼み込んだり色々と付き合いは必要だが。
例えば、ドワーフに頼む場合現場で酒を飲んでいいかどうか。煙草を吸っても良いかどうかだけでも、値段が激変すると言えば判りやすいかもしれない。
酒とたばこをやらないドワーフはドワーフではない為、仕事の時だけとはいえそれを断てというのなら相応のモノを取ろうとしてくる。
酒オッケー、煙草オッケーの現場で現場の片付けまで客側でやると言えば値段はフリーフォールの様に落ちる。
箱舟のドワーフ達は、完璧以上の仕事をやるが基本的には酒のみでさっさと仕事を終らせて飲み放題に繰り出したいからだ。
だから、渚は片付けも自力でやる契約にして。煙草も酒もオッケーに、徹底的に値段交渉したのだ。
それでも、スタジオ丸々といえば結構な値段が飛んでった訳だが。
無論、渚は酒もたばこもやらないので最初スタジオに入った時はドアや窓を全開にして消臭スプレーをまきちらしながらマスクで片付けを一人でやった。
配線とかも自力でやりながら、上記の様におのれぇぇぇと吼えていたといえば判りやすいかもしれない。
「それでも、それでも私はここまで来た」天井を見つめ、一筋の涙をこぼしながら。
「雑談配信、ゲーム配信、お披露目配信、歌枠……。他にも、コラボとかやってきたわ」
趣味で始めて、何年もやってきて。
沢山の人に支えてもらった、そして私は沢山零れ落ちていく配信者を見て来た。
現実に戻っていく、視聴者や配信者を見届けて来た。
他の動画サイトが廃れて、新たな動画サイトが大頭して。
時代が次々に流れ、それでも演奏とか企画をする度に裏で頑張って練習して…。
学校に行ってた時より、頑張って闇練してた。
裏で、資金が足りなくなれば出稼ぎと言ってバイトしたりしてそれで生活切り詰めて。
それらの資金をぶち込んで、それでも足りなくて。
遂に、自分の城を持つ事が出来たんだと思ったら。
「やってきて、良かったな」
場違いの恰好で、音楽作って売ってた時もあった。
イラストだって、最初は一枚描くのに四か月かかった。
サムネだって、とっかえつっかえ切り張りして仮想マシンが停電で落ちてデータが吹っ飛んだ事だってあった。
このスタジオには、停電防止の機材がちゃんとついてるが。
仮想マシンが良くなって、スキャナーとか買えて。
マウスで描かなくて良くなってから、ぐっと早く出せるようになった。
最初はソフトも、最低限でやってたものね。
マイクもいいものじゃなくて、ワゴンの安物ヘッドセット。
「箱舟は、己に選択肢がある…か」
その選択をしたのは、私だものね。次の目標は、このクソみたいなハニワの外見何とかする事よね。
「明日も頑張ろう」そういって、カシュっと飲み物を空ける音が部屋に響いた。
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