第二百二十一幕 柳煤竹(やなぎすすたけ)

あくびをかみ殺しながら、クラウが冒険者ギルドのドアを蹴っ飛ばしてあけた。


「あん?」


そこには、体が半分以上石化し。今ももう石化が徐々に進み始めている冒険者が転がっていて、仲間が術で必死にそれを抑え込もうとしていた。


それでも、徐々に石化がすすんでいるのが遠目にも判った。


「くそ…、何で。なんでぇぇぇ」


周りの冒険者も完全にお通夜ムードになっていて、ギルドの受付嬢も何人かは嗚咽をもらし。仲間達がもう石化した左手を握りしめていた。



特に気にする事も無く、依頼掲示板の前に行き適当な依頼を剥がす。


そして、受付に持っていて「これ受けるわ」と短く言って受付嬢に睨まれた。



それでも、そこはクラウだ。


「俺には関係ねぇよ、冒険者は自己責任だろ。ドジ踏むマヌケは死ぬ、それだけだ。そんだけ、いい腕の治癒師がいてダメならギガントバジリスク辺りだろ」



そこへ、冒険者の副ギルドマスターが走ってきて睨んでいた受付嬢をドロップキックで蹴り飛ばした。


「おいおい…」思わず、クラウの口からそんな声がでた。



「クラウさん、緊急指名依頼だ。あれを助けてやってくれ、もちろん今前金でこれだけ出す」



机に金を叩きつける様にのせた、それをちらりとみて。



「指名依頼にしちゃすくねぇが?」



副ギルドマスターが、クラウの胸倉をつかんで怒鳴る。


「これは、前金で助かったら残りは必ず払う。一刻を争うんだ頼む、助かる可能性を私は捨てたくない」



クラウが肩を竦め、副ギルドマスターのハイエルフが睨む。


「全く…、しゃーねぇ。オラそこどけ、治療の邪魔だ。綺麗な布と沸かしたお湯でも持って来い、早くしろ」



そういって、クラウが腕まくりする。




(破惇:薄蜘蛛奏糸(はじゅん:うすぐもそうし))



黄金の糸が無数に出て、石化した場所に付着。


それと同時に付着した所が一気に人間の肌に戻っていく、それを仲間達は思わず息をのんだ。



「身の程知らずが、冒険者なんて命あってのものだねだろ」



怪しい仮面が、こいつばかじゃねぇのと言いながら凄まじい速度で傷を縫合し。治療魔法をかけ、魔法で造血しては血を戻す。


石化をドンドンと、足の先まで追い込んでいく。


ポケットから、体を復元させるレベルの回復ポーションを取り出し。


黄金の糸でギリギリまで小さくなった、石化の呪いの源泉をナイフで切除し素早く回復ポーションを振りかけた。



直ぐに、意識を取り戻し仲間達と抱き合う。



それを、仲間の治癒師の少女が涙を流しながらありがとうございますと何度も言った。


「俺は銭ゲバ、金さえもらって俺が納得すりゃ仕事はするさ」



そういって、受付にまだ居たギルドの副マスターに手をずいっと出して。


「残りの金、早く出せよ。ちゃんと治したろ?」


副マスターは、ダッシュで二階の金庫まで行くと直ぐに袋を袋を抱えて戻ってきた。


「ありがとう、助かる」そういって、金貨の詰まった袋をクラウに渡した。


その袋の中を確認して、一つ頷く。



「まいどあり、あぁその依頼やっぱキャンセルで」


手の中の袋から依頼のキャンセル料を支払おうとすると、副ギルドマスターが首を横に振った。



「これはまだ受理されてませんから、私がボードに戻しておきますよ」



そういって、紙をとって貼り直す。


「そうかい?まぁ、金が懐から出てかなくて俺は助かるけど。疲れたから、今日は帰るわ」


あばよと言って、ギルドのドアから出ていく。


「はぁ~、相変わらず凄腕ですねぇ」



それを、全員が視線で見送った。




「治癒師や医者より、凄腕の治療が出来て。戦闘力も、スタンピードを突っ切って人を一人助けに行ける程ある。あれで、金に汚くなかったらとは思いますがそれは高望みですね」




クラウが、ドアをでて直ぐに少女が立っていた。



「お母さんを治して」涙ながらに、クラウの足にしがみつく。



「おじょうちゃん、俺は仕事でしか治さないよ」



どっかの天使じゃあるまいし…と、言いかけてやめた。

さっき治した、冒険者がクラウを追いかけてお願いしますと頭を下げる。



「治療に必要な肝を取りに行って、肝も取れずこの様だ」



それを、一瞥して溜息をつく。



「お前さぁ、奥さん死にそうで。お前が居なくなったら、この子独りぼっちじゃねぇか何やってんだアホが」


クラウがアイアンクローで冒険者の頭をむんずと掴んでぶん投げ、冒険者が地面を転がった。


「ちっ、ついでだ案内しろ。料金はあのクソエルフに貰ってるしな、これに懲りたら冒険者つってももうちょっと安全な仕事選べ」


そういって、冒険者に案内させたボロ屋にたどり着いてまた溜息をつく。


「こりゃ、栄養失調との併発だな。おい、嬢ちゃんはいいが男は外出てろ」



そういって、追い出そうとする。



ドアにしがみついて、治療を見てようとするがクラウは素早く怪しい仮面とほっかむりを取った。


「おっ、おまえ!」


そのあまりの美しさに力が抜けた所を素早く蹴り出して、木の扉をバタンとしめた。

少女も余りの見た目の美しさに、ヒヨコの人形みたいな表情になって固まった。


「ったく、デリカシーの欠片もねぇ男だな。あれの何処が良いんだか、まぁ人の好みにケチつけたってしょうがねぇか」



白銀の髪から力があふれ、徐々に薄水色のメッシュが入って。

その間から、癒しの黄金のオーラが大量にあふれ出していく。



試験管の様な蒼い薬瓶から、薬液を黄金につたわせて素早く血流にあわせて薬品を投与する。



「栄養剤と増血剤だ、これで少しは持ちこたえられるようになる」



それで、血色がある程度戻り呼吸が戻り始めたのを確認した。



「複数の病を併発してやがるな、これじゃ赤字だぞ…」


右手と左手で別々の印を結んで、幾何学模様の魔法陣が積み重なる様に起動した。


「左肺……、は復元じゃねぇとダメだな。右肘…、これもかなりヤバい。正直、もう少し早ければ楠種みたいな病院に緊急搬送で持ってくんだが」


(こりゃ、一般的な医療じゃお手上げで奇跡や魔法がいるレベルだぞ)


次々に、魔法陣の光が照射されて患部がぼんやりと光る。

必要な、魔力を考えて一度紺鼠色の薬を一つあおって深呼吸を一つ。



「こんなになるまで、奥さんほっとくって最低かよ」



一気に、魔法陣がまるでギアの様に回転を始め歯車が一つかみ合う度に徐々に健康体に戻っていくのが判る。



「普通の治癒魔法じゃ、体力うばっちまうからな。薬品投与と併用して、じっくりいかねぇと」



額に少し汗がにじむ、流石にこれの複合起動はクラウでも堪える。

本来は医療器具や点滴等を必要とする治療を全部、魔法であがなおうとするのだから当然だ。造血剤だって、量がある訳じゃないし輸血するなら血液型があって無いとダメだ。それを、魔力で無から有を無理やり作り出す。欠けた栄養も、体力も戻しながら治療を進める。じゃないと、これは助からない。




「おい、嬢ちゃん。長くなりそうだから、これでなんかご飯買って来い。あの役立たずのお父さんと一緒にな、俺の分も忘れんなよ」



銀貨の詰まった小さな袋を投げ渡すと、両手をかざし集中した。




「全く、もっとお互い大事にしろよ。片方だけ、こんなになるまで我慢ってバカだろうが」



クラウの力は、凄まじい。

母の技術の一部を、こうして使っていると判る。



「おっと、こりゃ手ごわいな」


空中でギアが空回りする時、カタカタとなるように。魔法陣が、中々回らずに止まってしまっていた。


更に、癒しの黄金を込め。魔法陣の一部に、ポーチから取り出した別のポーションを振りかける。


ゆっくり、ゆっくりと…。それで、また魔法陣がゆっくりと回り始める。


「おっと、いけね」


いそいそと、ほっかむりと口元だけ空いている怪しい仮面をすると両手を再びかざして魔法陣に癒しの黄金を注いでいく。



説得するのがめんどくせぇから、これ取ったの忘れてたわ。


「さっきの診断術式は、色々とセンシティブだからな」



そういって、苦笑した。


こうして、塩だけの味付けの粥と水を満たしながら二日かけて完治まで持っていった。


感謝する少女をよく頑張ったねと撫でながら、冒険者の男をゴミを見る様な眼で見ながら。


そのまま、クラウは自室に帰った後で倒れていた。


「肩が、バッキバキだわ。赤字だわ、疲れたわ」


いつもの低音の男の声ではなく、元の鈴のなる様な優しい声で。

言葉使いだけが、元のクラウのまま…。



「人間の限界ってもん弁えろよ、ちくしょう。一人で救える人数なんてたかが知れてんだ、どっかの屑じゃあるまいし」



そういいながら、クラウは両手を見た。

母さんが教えてくれた、オーラや魔導の操作術と薬の知識等。

屑神が無尽蔵に貸し与えてくれる、癒しの黄金。



そして、ちらりと空になったポーチを見て。


「あぁ~、ポーションの補充も後でやらなきゃだめかぁ…」



あの子の、笑顔がなきゃ大赤字でやってらんねぇよな。


「あぁいう、笑顔は大切にしなきゃな……」


そっと、そう呟いて大の字で倒れ。

口元だけで、笑うとねむりについた。

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