第二百十二幕 神の力

ラストワードと、レムオンが向かいに座ってコーヒーを飲んでいた。


「しっかし、パチンコ屋といいスケートといい。あの、アホ面さらしてるのが神だとは絶対だれも思わねぇよな」


ラストワードが言えば、レムオンは何とも言えない顔で笑いながらコーヒーをかき混ぜた。


「人生に、必要なのはパッションとミッションだろ。後は、伝える力。どんなにすげぇ奴がいたってすげぇって誰も知らなきゃそれはないのと一緒だ」


レムオンはそう言って、かき混ぜていた手を止めてコーヒーを口にした。


「奴が本当にやべぇのは、精査と改竄の力がそれこそ仮想や魂にまで及ぶ。知る手段も、知って変える事も伝える事も伝えない事も自在にやってのける事だ。情報戦を容易く制し、エネルギーと物資を無限に用意出来る。奴に無限に用意出来ないのは、精々他国の金位だ。あれは実体経済だからだが、それでもそれを使う人間の心は改竄してしまえる」


おまけに、戦争すらさせず一柱で虐殺出来る位強くて不死身だ。


「そんな、キチガイ神様がバックについてる企業連合ね。実体を知ってる俺らからすると、あの神様は力を除けばスカスカのガバガバも良い所なんだが」



お互いをみて、思わず苦笑いが出る。



「確かにな、だが奴を心酔してる部下の方も超優秀だからな。経営者にとって、一番強いのは周りから信頼されてる事だ」


(外も内側も上からも下からも信頼されるなんて事はありえねぇ、特に奴は嘘つきの改竄の神様だしな)


コーヒーと、一緒に出された小皿のナッツをつまみながら。


ラストワードがそう言えば、レムオンがすっぱい顔をしながら困ったように答える。


「憂鬱を、畳んじまった俺に嫌味で言ってんのかよ」


いいや…と、ラストワードが首を横に振る。


「少なくとも、お前は信頼されてるぜ。馬鹿になんて、できる訳がない」


そっぽ向くより尻尾振って、可愛がられていた方が何倍も良くなるさ。

尊敬できる人見つけて、見つからなくても楽しいと思える事を仕事にすべきだ。


例え尊敬なんかできなくても、一緒にいるだけで楽しくなるような奴と仕事をしなければ。


仕事に心を握り潰されて、うつ病の出来上がりだ。


「そりゃそうだ、ここじゃそれは神様が心や未来を覗いて教えてくれるが普通はこうじゃねぇ」



本当、力だけなら冗談みたいな存在だからなあれは。


「所で、お前何やってんだ」


爪楊枝で、新しく頼んだカプチーノの泡をひっかく様に絵を描いていた。


「これやるとな、芽久ってやつが喜んでくれてさ。今でも、時々こうして癖でやっちまうんだよ」


カップの中には、男二人でコーヒーを飲んでる席には余り似つかわしくない。

可愛い、デフォルメされた向日葵の泡で出来た絵が完成していた。


「これは、手早く迷いなくやらないと直ぐに泡が飛んじまってなぁ。最初は苦労したもんさ、だけど…」


それでも、芽久は俺が下手くそな頃からこれをやってやると笑ってくれてさ。


「それで、そんなに上手く描けるようになっちまったって訳か。悪魔がティーアートだなんて、箱舟以外じゃ笑われるぜ」


違いないと、その向日葵が咲いたカップに口をつける。


「「しかし、なぁ…」」とラストワードとレムオンが、顔を合わせ溜息をついた。


実はさっきから気になってる事があるんだが、と二人で声が重なった所で丁度自分達が座っている席と道の間にある透明な窓にエタナちゃんが張り付いていた。


まるで吸盤の様に、べったりと景色を塞ぐようにやや斜めに。


すっごく不細工な顔になっていたが、それを何とも言えない顔でレムオンとラストワードが声を重ねていった。


「「何してんだ、おめーは!」」


口と眼の所が若干白くなっていたが、気になる所はそこじゃない。


「暇だったから、歩いてて。それで、レムオンがコーヒーに絵を描いてて凄い上手いと思ったからじっと見てた」


ラストワードが慌てて店の前に行き、エタナちゃんを回収して席に座らせた。


二人して溜息をつくと、新しい飲み物を頼んでエタナちゃんに渡す前にレムオンが今度は百日紅の花を描いてエタナちゃんの前にすっと差し出した。


「いくら箱舟の喫茶店が、掃除が行き届いてるからって窓にはりつくのは止めような」こくりと頷くと、レムオンが憂い顔で肘を机に手を顎の下にやって外を見た。


そうしたら、大人の女性がさっきエタナがやってたみたいに透明な窓にはりついて眼が血走って凄い顔になっていた。


思わず、飲もうとしたコーヒーが鼻に入って咽る。


「めっ芽久、お前何してんだ!」


一生懸命大惨事になった色んな場所を拭きながら、ラストワードに芽久の回収も頼んだ。


手を引かれて店に入ってくる、芽久と呼ばれた女性がラストワードとレムオンとレムオンの横に座っているエタナを見てあわあわしていた。


「エタナちゃんは、子供だからまだ判るとして。おめーがやったら、軽いホラーだろが。あーびっくりした…、何か頼むか芽久」



休日用に亜紗色に染めた髪を芽久が揺らしながら、店員にパフェを頼んで空いてる席に座る。


「いえ、そちらのラストワードさんでしたっけ。一瞬余りの美しさに、女性に見えたものですからつい…」



最期は消え入りそうな声で、ちらりとそっちを見ればラストワードは苦笑した。


「そいつはすまねぇな、お嬢さん」声だけ聴けば、実に低音の男性の声。


そこで、エタナがにやりと笑って。


「メモリあぶぅ!」


それを咄嗟に、ラストワードがエタナの口を片手で挟んで止めた。

そして、樽の様に抱えてダッシュで少し離れた。


「おぃ、お前いまじゃぁ俺を女にしちゃおうかなぁとかやろうとしてなかったか?」


レムオンと、芽久に聞こえないひそひそ声で尋ねたら無言でダメ?みたいに小首をかしげていた。


片手の人差し指と親指でぷにぷにのほっぺをもにゅもにゅやりながら、ラストワードが凄みのある顔でダメに決まってんだろアホがと窘める。


「ったく、油断もすきもありゃしねぇ…」


元にちゃんと戻すよ?みたいな事を言ってるが、そう言う問題じゃねぇだろが。

ナイスバディにするよ?みたいな事も言ってたが、そうじゃねぇんだよボケナスが。


「本当、ろくな事しないな」


両手で、エタナちゃんのほっぺたをつまんで。みょいんみょいんしながら、呆れる様に言い放つ。


「全く…、ホットケーキ奢ってやるから大人しく座ってろ」


フグの様な顔でふてくされながらも、ふぁいと頷いて席に戻ってきた。


「ラストワード、ありがとな」


レムオンが、そういって苦笑した。


「気にすんな、ここは外じゃねぇんだ。神様が、悪魔助けたって文句言う奴はいねぇよ」


それを聞いて、芽久とエタナちゃんが笑った。


「そりゃそうだ、ここは怠惰の箱舟だもんな」


ホットケーキと飲み物で、楽しく雑談しながら過ぎていく休日。


「それに、ここのルールにも書いてあるだろ?休日は充実しなくてはならないってさ」レムオンははろわ職員だけに、ルールに関しては詳しい。


「あぁ、それがルールに入ってるってのがびっくり仰天だが」


ラストワードは思わず、苦笑いしてカップを傾ける。


「なぁ、エタナちゃん。だからこそ、他人の充実した休日を邪魔したらしょっ引かれるぜ?」


なんて、ラストワードが言った。


一瞬だけ、口元だけでエタナが笑う。

それは、本当に気が付かない程のささやかな表情で…。


「そうだな、その通りだ…」


そういって、また年頃の幼女の顔に戻って無表情になり運ばれてきたホットケーキをもりもり食べていた。

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