第二百十一幕 スケート朝顔
ここは、怠惰の箱舟本店スキー場。
……の横に併設された、スケート朝顔である。
このスケートリンク、氷が張ってあって定期的に氷をならして表面の傷を埋めて新品の氷の状態にメンテナンスするだけのシンプルなリンクに手すりが外周にあるだけの古いタイプのリンクだ。
外のスキー場では、ハーフパイプやらスキー用コースで初心者用、中級者用等コースがそれぞれ分かれていてリフト等もあり盛況に滑っているが。いくつか、外のスキー場と違う所がある。
このスキー場、なんと雪崩が起きない。
滑りやすいタイプの雪でありながら、魔法と技術力を併用して無駄に雪崩が起きないようにしている。
遭難等も、普通のスキーと違ってまずしない。例の腕輪か、それに準ずるものを最初に受け取るがそのものに例え何百トン単位の雪に埋もれても圧殺されないだけの結界が瞬時にはられるから後はその中で待っていれば五分以内に係に掘り出され助け出される。
普通のスキー場だと人が込んでくるとどうしても、ぶつかる危険があるがこの箱舟の技術力は群を抜いている。
磁力や空気が反発する力等を最大限駆使して、安全にぶつからず必ず止まれる様になっている。
リフトからも絶対落ちないし、スキーの板やソリは空間魔法併用で出したりしまったりできる。
そんな場所の横に併設されているのだから、さぞかしと思う読者も多いだろう。
答えを言ってしまえば、この朝顔だけは転んでも何もない。
打ち所が悪ければ以下略の、ごくごく普通のスケートリンクの様にたんこぶを作ったり骨を折ったりする。
そこで、顔を氷につけてシャチホコのポーズで滑っている桃色髪の幼女が一柱。
そう、エタナちゃんだ。
流石に今日は漆黒の襟巻をしているがボンボンの変わりに血走った、眼球が四つついている。
とある客が指を指して、あれは良いのかよ?!なんて聞けば係員はこう答えた。
「本人が心から楽しんでいて、滑っているからルール上はセーフです」
※基本的にはダメですし、真似は絶対ダメです。
箱舟では、ルールを守らせる事に関してはこの世のどんな国や機関に比べてもエグイし厳格である。しかし、肝心のルールの方はザルどころかワクなのだ。
首だけをぐるりと横に向け、しもやけで真っ赤になった顔面で楽しそうに笑っていた。
外周の外の椅子で座り込み、紙コップにはいったお茶をすすっている黒貌が優しい顔で手を振った。
エタナも片足を小さく振って、また空気を蹴って滑り出した。
黒貌はもう老人で、元気な子供と共に遊ぶには体力が足りない。
それでも、元気よく遊んでいる子供を見るのがとても好きだ。
エタナは飽きるまで滑ったあと、黒貌からココアを貰って飲んでいた。
「スケートは楽しいな」とエタナが言えば、黒貌は困った顔で言った。
「顔を雑巾みたいにして、シャチホコのポーズで滑るのはスケートではありませんが…」
(まぁ、楽しいなら何より)
二人で飲み物を飲んで、スケートリンクの真ん中を眺めていたら。
一人の男がスケートリンクに入ってきた、黒いカッターシャツに銀糸の入った衣装。
「よぉ、お二人さん休憩か?」
そう、ラストワードがブレードと呼ばれるスケートで空中で六回転半まわって着地しながら美しく滑って止まり氷の粉と服の銀糸でキラキラと輝いていた。
それを指さして、おぉ~という顔をしていたエタナちゃんが顔を下にしてシャチホコのポーズで滑る。
ずざざ~という音ともに、シャチホコのポーズのまま…。
当然、キラキラとはならずふくれっ面になった。
足をダシダシとやる度に氷にヒビが入るが、他に客がいないので係員はしきりに手でセーフセーフとやっていた。
更に、氷の精霊と共に舞い踊る様にクラッシックな曲に合わせて舞い踊っていて酷く幻想的な光景がそこにあった。
エタナは指を指して、黒貌の袖を引っ張りながらおぉ~と声をあげる。
最期に、エタナが割った氷を氷の精霊が一生懸命修復して光となって消えていく。
「エタナちゃん、気に入らないからって氷のリンクを割るのは迷惑だから気をつけなよ」
※普通は割れたりしませんが、絶対に迷惑なんで止めましょう。
それを聞いて、エタナが腕を組んで考え頭の上に電球が閃く。
(メモリアルソルジャー:万物改竄(ばんぶつかいざん))
自分の首に巻かれていた漆黒の襟巻が形を変え、二本の巨大なブレードになってその上にエタナがシャチホコのポーズで乗っかればそれはまるでソリの様だった。
その、ソリがエタナの念力で自在に氷を削りながら進みキラキラと輝く。
そのソリは華麗にターンを決め、さっきラストワードがやっていた様に空中で回って着地した。
黒貌とラストワードは、それを二人でみながら。
「「絶対なんか違うぞそれ…」」
と思いながらも、凄く楽しそうなエタナちゃんをみて苦笑した。
「まぁ癇癪おこして、リンクを割るよりはいいか…」
再び、スケートリンクの上でしゃがんで回ったり。脚を真っすぐ頭につける様にして回転して実に絵になるラストワード。
最期にポーズを決めれば、黒貌とエタナと氷の精霊以外で誰も見ていないが実に様になっていた。
…、ポーズのまま顔面が徐々に崩壊し涙目になり鼻水も少したれて来た。
(何故か?)
眼の前で氷のリンクが異常な高さに盛り上げられ、そこから滑り降りようとしているエタナが居たからだ。
「あのクソバカっ!」思わずそんな悪態が、ラストワードの口から洩れる。
このスケートリンクは、まごう事なき市民用スケートリンクのそれだ。
そんな滑り台を設置する事も非常識だが、エタナ以外であそこから滑り降りて止まれる訳もなく大惨事になりそうなもの。
しかも、勝手に自分の能力でこしらえてそこからにっこにこで滑ろうとしていたのだ。
とっさに、滑り台の出口に黒貌がうけとめようと走る。
上着がはじけ飛び、凄まじい広背筋があらわになった。
エタナは半分ぐらいまで最高速で突っ込んだ後、黒貌が出口で受け止めようとしているのが見えた為正面から風を起こして急減速をかける。
その為、ぷにぷにほっぺが風にひっぱられて凄い顔になっていたが。
足りない部分は念動で制動をかけ、最悪浮き上がる準備を整えた。
漆黒の襟巻が元に戻って、シャチホコのポーズのまま空中を舞う。
それを、上手く抱く様にキャッチしてエタナはにっこにこだが黒貌は脂汗だらだらでその場で尻もちをついていた。
「全く、危ないですよ」
困った様な顔で、黒貌が言えばエタナがぶーたれながら滑り台を元の氷のリンクに戻した。
「ドラゴン滑り台はスピードがでてかっこいいのだぞ!」
手を上下にしながら、エタナが黒貌に抗議する。
「いくらかっこよくて、貴女が楽しくても。俺の寿命が縮んじゃいますって」
エタナが、急に手を止めて憂い顔になった。
「判った、お前には長生きして貰わないと困るしな」
本当は寿命なんて判ってるけど、判ってないふりしてそんな事を言う。
「ありがとうございます、もうそろそろ閉まる時間ですし帰りましょうか」
黒貌が、エタナをおぶって夕暮れをゆっくりと歩き出す。
ラストワードが苦笑しながら、片手を頭の後ろに手をやって。
「俺達も帰ろうか、氷華」
氷の精霊に優しく手を差し伸べたラストワードの手を、その手を包む様に氷の精霊が取って静かに微笑んで頷く。
その帰りゆく姿が、路肩に懸命に弦を伸ばして咲く朝顔の様。
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