第百九十八幕 屑乃碇(くずのいかり)

それは、かつて。

地獄の日の、前日の事を頭を下げている幼女の前でクリスタが思い出していた。


※回想


ざーざーと雨が降り、幼女が一柱無表情で牛乳瓶にさした花を置いて手を合わせる。


「ありがとうございます」


後ろで、嗚咽を漏らしながらも礼を言う天使が居た。


「すまんな、クリスタ」


そっと、幼女がその場で立ち上がる。


「私が間違っていた」


それは、過労死した天使達の墓。


「言えば判ると思っていた、言えば控えると思っていた」


所詮は愚物の類か、真に恐怖がなければ聞けんというのか。

言葉と心を尽くしても、話が通じないのは人も神も変わらんというのか。


「ならば、お前らは神ですらない」


クリスタ、悪いが首座との約束もある。


タダでこいつらの黄泉がえりをやるわけにはいかない、ただこいつらをただ蘇らせても再び使いつぶされて墓に逆戻りになるのも見えている。


白いグローブと白いスニーカーに、何処までも雨が降り注ぎ幼女がうつ向いていた。


「それは、どういう…」


一度だけ悲しそうな顔で、ちらりとクリスタの方を見た。


「他者を貶めねば生きていけないのは邪神の領分、神がそれをやってはならぬ」


私は、この偽りの姿と力で侮られる分には構わない。

それは私が好き好んでやっている事、だが同じ神としての苦言も聞けぬというのなら力に訴える他はない。


「幾度も、私は言葉をかけてきた。説得を続けて来た、にも関わらず何も変えず何としてでもと手を変え品を変え搾取の果てがこれだ…」



ずっと、世界中を歩き続け。

ずっと、天使達がくたびれては死んでいく

ずっと、必要でもない苦しみと死が積み上がっていく


成長を喜び、努力に惜しみない賞讃を送る。

それが、神として当然。


「同じ目に合わねば、判らんというのなら判らせてやる…」

小さく震える、幼女の声に。叩きつける雨に、響く拳を握る音。


クリスタは幼女に何が出来るのかと、でもその気持ちは何より嬉しい。

天使何かの為に、涙を流し怒る神が一柱でも居た事に感謝した。


「もう、お前らの謝罪の言葉も命乞いの言葉も一切きかぬ!!」


(テット(力)を起動。ラメド(正義)を起動、へー(皇帝)を行使、ぺー(塔)よ全てを引きちぎり喰らいつくせ。


(メム(吊るされた男))を行使、全てを掴み。そして、溶かし引き裂け。



(ヨッド(隠者)を停止…)



隠者を停止した瞬間、まるで幼女の姿が壊れたテレビの様にジリジリと砂嵐の様に消えていく。


凄まじい速さの貧乏ゆすりの度に、一回足が地面につく度に力の権能で存在値の桁が上がっていく。


ただ怒りを言葉に込め、その言葉を世界に向けて叫んだ。


それは、咆哮。

それぞれの副核が、明滅しその姿がエタナに背を向けて円陣を組む。

一気に黒い翼が、雨を切り裂いて伸びきりそれは全て蠢く手。

背中を覆いつくす、和彫りの百鬼夜行が歓喜に震え。

隠していた、全てのパーツが体に浮かび上がる。


「全ての存在に告ぐ、全ての力を束ね私と戦え。何物でも構わぬ、どれだけでも構わぬ。私を、止めてみろ。我が名はエノ、全ての存在に宣戦布告する!!」



(メモリアルソルジャー:万物改竄(ばんぶつかいざん))

(メモリアルソルジャー:三千斯界門(さんぜんしかいもん))

(メモリアルソルジャー:連環象翔(れんかんぞうしょう))

(メモリアルソルジャー:穿罪天墜(うがつつみはてんをおとす))



この次の日こそが、地獄の日。

全ての存在がエノに挑み、数多の存在が塵も残さず消えた日。


三千斯界門で、全ての時間と世界に同時に顕現。

世界の権能は原子元素を思いのまま改竄、意思さえ向ければ全てエノを増殖出来た。


連環象翔で、攻撃されても攻撃しても足がついても何をしても力の権能によってすべての判定が発生する度に存在値の桁数が上がっていく。


万物改竄で、天界だろうが魔界だろうがお構いなしに己の都合で存在そのものを変化させて敵を屠っていく。


連環象翔で上げた力を使い、己の正義を相手に強制。

防御しても攻撃しても足がついても何をしても桁数はあがるのでいとも数多の神の存在値を追い抜いて、それを一柱の言葉を現実と真実に強制的にしていく。


命や世界、神域等全てがお構いなしにまるで零れ落ちる薬莢の様に。

砂時計を滑り落ちる砂の様に、全てが砕けて落ちて溶けていく。

そして、その全てをエノは死の城によって積み上げ。

連なる全てを喰いつくし、スキルもステータスも一を六万五千五百五十六倍にして積み上げて加算していく。


影響範囲も、時間空間も一切関係なく。

ただ、全てを破壊すべく膨大に桁数と出力を上げ。


あらゆる所に塔が顕現し、髪一本一本につけられた神獣の生首が一斉に眼光鋭く咆哮を轟かせる。


死を積み上げる度に、塔の周りの髑髏の華が増殖し絨毯の様になり花吹雪の様に死と破壊が舞い上がり。


黒い花粉と、華の花粉全てがあらゆる兵器軍に変わって文字通り瞬く間に視界全てを覆いつくし。城の表面全てがレーザーの砲台となり、シャレコウベの眼からガトリングで撃ちだす神殺しの弾丸がまるで奈落に落ちていく滝がごとく。



それを一度保留する為に、運命の輪の権能を起動した。

現実に存在したものなら現在過去未来にある全てをデータベースとして読み込む。

それによって、強制的なロールバックを起こして幾度も痛めつけた。


苦しむ時間を与える為には加減しなくてはならない、それほどの速度で出力が上がれば直ぐに殺してしまう。


全ての、存在がエノであるためエノの権能を振りまきながら。

防御も回避も、エノは己の正義を強制する権能で許さず破壊した。


邪神の前に現れるのは、神威を纏い。

聖神の前に現れるのは、邪気を纏い。



あらゆる武器の模倣さえ、滝から落ちる水のようにばらまいてそれがエノが殺そうと思ったものにだけ有無を言わさず。


全ての武装が、散弾が如く分かれても。

確実に正確無比に、命を狼の群れが獲物に向かっていく様に喰らいつくしていく。


文字通り、全ての存在に楔や碇を力任せに。

ただし、滅多打ちになっているのは主にエノに立てついた場所だけ。


元素の一粒があれば、エノはエノとして機能顕現でき。

エノ全ての存在値が、判定の度に桁数が上昇し。

その膨大過ぎる存在値が、正義と死神等の権能の力を保証し干渉を受け付けない。そして、自身の力の結果を保証する。


その判定に使われるのは、全てのエノの合計の存在値。

プロミネンスより速く増大し、閃光より速く蹂躙し。

ブラックホールよりも、逆らう事を許さない。


この世に、水素や酸素だけでどれだけ空中に飛び交っていると思っているのだろう。


全ての原子現象に干渉、入れ替え、改竄可能とはそういう意味。

生物を構成する原子元素も好き放題に改竄し、運命やその想いごと砂嵐の様に吹き飛ばす。


その数で、その質で、その権能を無制限に振るい。

死神でデメリットを殺し、正義によって強制し。

塔によって簒奪し、力によって押しつぶし。

世界によって、何度も痛みをやり直させる。


「お前達は言葉で聞かなかった!」


ただ、搾取する対象が欲しかったのだろうよ。


「ならば、私がお前らの命ごと全てを搾取しよう。お前達がやってきたことを、全てその身で支払わせる」


(この世の全てを管理する、管理システム命の樹)


クリスタは、その姿と力を見て眼を見開く。


お前達が言った言葉だろうが、弱肉強食と。

弱者はただ糧となれと、ただ黙って搾取されておればよいと。


「その理屈に付き合ってやるとも、お前達が全てを束ねて私一柱を倒せるというのならやってみるがいい。無視し続けた、報いを受けるがいい。己が私より強者でない限り、私は全てを搾取しようじゃないか!!」



(ただ、耐えて来たものたちの悲しみと怒りを知れ!)


「この世でもっとも邪悪なのは暴力、お前達が権力を駆使し言葉や知恵を絞るのなら私は暴力でその全てを握り潰す」



(私には、それが可能だ)



「権力は権力基盤が、言葉を重ねるならば信用が。知恵を絞るのなら経験が必要、だが私はこの力を用いればその全てを瞬時に覆せる」


(我が、権能をもってすればそれは成る!)

(他ならぬ、私が自身のこの力を気に入らないだけ)


「見せてやろう、醜悪で下劣で邪悪で陰湿なこの私の力を」

「支配と簒奪と暴力を極めた、位階神がどういうものかを判りながら死ねっ!」


(正義の出力を一パーセント上昇)


天使達の墓場の前で、幼女が右手人差し指を真っすぐ正面を指した。


「万物改竄、全ての罪深き神の神威を全てゴキブリに改竄。ゴキブリにアイン(悪魔)の権能によって悪食と暴食の力を創造付与、内側から喰い破れ」


現在過去未来のデータベースから読み取り、一切の誤爆を許さずそれは瞬時に現実と化す。運命の輪という権能はこの世に存在したものならば、データーベースとして記録しコマンド全てを使う事が出来る。それは、何者も如何なる現象も例外ではない。


(これによって、悪魔の権能で対象に創造を強制付与する)


エノがその意志を向けた全ての神の神威が同時に瞬時に、ゼロになって口や目や翼から砂の様にゴキブリがあふれ出した。


神威とは神の根幹、存在値は人で言う血液や水分。

それさえ、エノにとっては出力さえ上げてしまえば改竄の対象になりうる。


「対象が複数だろうが世界全体だろうが、私にできない事などない!」


その力をもって、私が好きなだけ殴る為。存在を、生かす様に改竄した。


「簡単には死なせん、その為のロールバックだ。楽に…、死ねると思うな。幾度でも、何度でも、擦り切れても私が許すまで繰り返させる」


世界を蹴破り、時間をもすだれが如く。

彼女にとって全ては弱者、それはその言葉通りの意味。

存在する全てを改竄する、その力こそ正に邪悪な位階神。


その強制する権能の名が、正義とは何と滑稽だろう。


ゴキブリが滝の様にあふれているそれを、ワザワザ原形が留まる様に殴り飛ばす。


「貴様らには、その姿がお似合いだ」


※ここまでがクリスタが見た地獄の日の回想


そう、そのかつての姿を思い浮かべながらクリスタは目の前で頭を下げているダストとエタナを見ていた。


(貴女は必ず救いの道を示し、それでも曲がらぬものだけを壊して来た)


「頭をお上げください、主神に頭を下げさせる神など居てはなりませぬ故」


そっと、肩を寄せて苦笑した。


「しかし、私は…」


クリスタはダストの方を向いて、目つきを鋭くした。


「この、饅頭が説得できなかったことが原因です。貴女は、悪く無い」

かつて力ある天使だったクリスタは、時を経て聖神に昇神した。


そして、この怠惰の箱舟の天使達のまとめ役となっている。

ゆるふわのウェーブもかつては干からび、うるおいをなくしかさかさのぱりぱりだった。


「貴女に落ち度があるとすれば、邪神を放つ前に知らせて欲しかったというぐらい。しかし、それもダストの連絡不良といえばそれまで」


そっと、エタナの頭を抱きしめてクリスタの爆乳でエタナが窒息しかかって顔を蒼くし。幼女が必死にタップして、それにクリスタが気づいて手を放す。


「それに、貴女はちゃんと釘を刺して下さった。ならば我々がやるべきは、一刻も早く一人でも多く箱舟に迎え入れる事」


かつての、過労死した同僚の様なものをもう二度と出さない為に。

下界の救われないもの達が、少しでも減る様。私達は、今一度羽ばたこう。


地獄の日の前日に、まだ私が天使だったあの頃。

貴女は、私達の墓の前で両手をついて慟哭していたのは昨日の様に覚えている。


「ダスト、主が頭を下げるからこそ今回は許します。もう少し、厳密につめなければなりません」


ダストは粛々とただ、ひたすら平謝りをしていた。

手を二回、クリスタが叩くと側近の天使達が一斉に現れる。


「聞いていましたね、当分箱舟の仕事はお休みです。箱舟のルール通りにしながら我らに可能な限り、箱舟に迎え入れるのです。邪神達はもう経済の破滅をスタートさせていますよ。崩壊が始まれば、純粋な失業者だけで六十パーセント以上いくでしょう」


我らに許された方法で、我らに可能な限り尽力し手を差し伸べるのです。

仕事も生活も希望も夢も、我々に許された範囲で手を尽くすのです。


「全ては救えません、それほどまでに邪神達の手は早い。欲望を持つものの意識を誘導し、己たちが望む結果に持っていく。奴らは、その事についてプロです」



(全てを救えないからこそ、我々の手が届く範囲で守りなさい)


「これでよろしいですね、エタナ様」


エタナに対しては、何処までも優しくクリスタは微笑んだ。


「我らは、貴女に救われた。だからこそ、我らは我らの手の届く方法で貴女が救ってくれたように間に合うものだけでも拾い上げてみせます」


エタナはクリスタを見上げ、よろしく頼むと言った。


クリスタは微笑んだまま、地面にエタナを下す。

そして、帰っていくダストとエタナを見つめながらぽつりとクリスタは呟く。


「我らを使いつぶした神達の所で、ただ只管無意味な終わらぬ残業を繰り返していたあの頃と比べればこの仕事は我らの望むもの」


貴女を、エノにしたりはしない。

エノはこの世に居てはならない、そうでしょう?。


そして、我らが望んで始めたことだ。

我が主神は、いつでも投げて良いとはおっしゃるが…。


「私はもう神となり、天使を使う側になりましたがだからこそ言える。もう二度とあのような目にあう労働者が居てはならないと」


そして、力を振るう度に叫ぶ様に泣いていたあの方の表情を知っている数少ない者として。


「救い見守る事が、神の本分ですか。ならば私は偽物で構いません、そんな力ありませんし。それに、私は自分がそうだったからこそどうしても救う事を諦める事ができません」


顔の半分以上ある丸いレンズの伊達眼鏡をすっと取り外し、ポニーテールになるように髪をしばった。


「最後まで、抗ってみせましょう。世の流れも邪神達の味方でしょうが、人の企業としてならばまだやりようもある」


そこには神としての、クリスタはいなかった。


箱舟連合に所属する一企業の最高責任者、その一柱としてのスーツを着ているクリスタが居た。


箱舟の天使をまとめる、女神クリスタ。



翼もなく、伊達眼鏡も無く。

引き連れている天使達も皆、人の姿を取っていた。


「行きますよ、我々の戦場(しょくば)に。優しい我らが神をエノにしない為に…」


そして、それでも届かぬ時は今あの方が私の目の前でやったように頭を下げて謝るとしましょうか。


「私は、所詮あの方がいう似非の一柱(ひとり)に過ぎません。だからこそ、似非なりにやれることをやるまで」


そこで、ただ拳を握りしめて前を向いた。


「似非にだって、やれることはある」



※タイトルの碇(いかり)は怒り(いかり)の間違いではなくワザとそうつけてあります。

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