第百九十七幕 聖謳(せいなるうた)
無数の黒い剣の葉が揺れ、逆さの城の骸の華が咲き乱れる花園。
全ての剣は、柄にその華の元になった数多の名がまるで葉脈として刻まれていた。
その花畑で踊る、黒いティアラの女が一人。
空間にまるでガラスにひびを入れた様な、ヒビが幾つもはいっていく。
蒼い眼が悲しみを称え、肩のフリルは漆黒。
ドレスは、元は純白に金のラインのものだった。
そのドレスに様々な、骸骨から垂れ流される血液が付着してまだら模様になっていた。
黄金の髪のツインテールが揺れて、まだら模様のドレスが翻る。
地面につきそうなツインテールも、ドレスと共に舞い踊る。
その女が一つの剣を持ち、剣舞を踊る。
汗かそれとも血液か、神威の黄金が花粉が如く吹き荒れて。
神喰いの、黒い力も同時に舞い上がる。
「天に座します、我らが主核」
ドレスの女もまた、副核の一つ。
天から降りて来た、桃色髪の女と両手を重ね額を合わせ。
その様は、まるで本を開いた様に対照的。
「何用かな、我が副核よ」
もう一人、髪留めの懐中時計を刻む。
エメラルドグリーンの長いリボンで腰をしばる、全身が白いゴシックロリータのドレスの少年の様な少女も同様の台詞を言った。
「天に座します、我らが主核。本当にもう、救いはないのでしょうか」
腕を組み、胡坐をかいて。
眼を閉じた、主核の桃色髪の女は無言で首を横に振る。
「神としての力を使わないというのなら、既に選択できる時間は過ぎている」
それを、副核二柱はただ無表情でみながら「「そうですか」」と言った。
桃色髪の女が、指を鳴らせば黒い剣が全て刻まれたアカシックレコードの紙テープ。
それが、風に流れていくように空中でひらりと伸びていく。
「ここだ、ここが歴史の分岐点。ここが、選択可能な最終地点」
肩を一つ竦めると、指を指してこういった。
「ここを過ぎる前に、踏みとどまって欲しかった。ここを過ぎる前にダストの声に耳を貸してほしかった、それはたらればでしかない」
夢見た結末を手繰り寄せ、絶望という闇を切り裂くならここで切るしかなかった。
「もはや、私が聞けるのは選ばれたものだけ死ぬか。それとも、全員で死ぬかというだけでしかない」
天使達と、ダストにはこう命じたよ。
「邪神達を放った以上、全ての人間の眼と口を縫い付けてしまうまでやつらは止まらない」
だが、私はこうも言ったのだ。
「箱舟の中にいるものに、手を出す事はまかりならん」と。
だから、天使達とダスト。
「お前達は死に物狂いで救うべき連中を、臨時で構わんから箱舟に組み込め。ダスト、今度のは説得などではない。失敗すれば、今度こそ洩れたものは生き地獄を味わうことになる」
名目だけで良い、理由はなんでもよい。
書類だけでも構わん、そして救う気がないのなら黙って見ておれ。
「選択できる時間は、特別な事が無い限り戻りはしないのだ。生において、カードは切ったらそれっきりなのだからな」
副核二柱は、ふっと悲しそうに笑う。
「それでも、我らは主核の御心のままに」
あぁ…と苦笑して、左手で合図し。
地上をちらりと見て、肩を竦めた。
「やはり、邪神も天使も人も好きな仕事をさせてやるのが一番効率が良い」
何処か嬉しそうに、天使達の仕事っぷりを主核であるエノは見ながら何度も頷いた。
「全てのモノに、それを用意する事は難しい。それでも、ダストは可能な限りそれを実現しようとしている」
そう、エノの本体は何処までも神様っぽい事をちゃんとやっている。
一方その頃同時刻の、エタナちゃんの方はと言えば…。
顔の大きさぐらいのハンマー(玩具)で、ハンバーガー(の作りもの)を飛ばして船の上にのせるアトラクションをやっていた。
ちなみに、二十八連敗してそろそろ係員が苦笑してサービスとして景品を渡そうか迷っている頃だった。
顔を真っ赤にしながら、ハンマーを振り下ろしてガチャンという音と共にハンバーガーが飛んでいく。
ドンドンとタイミングが雑になり、船はドーナツ型の池で右回りしているのでなかなか乗らない。
のったとしても、勢いがありすぎて滑り落ちてしまう。
ちなみに、アトラクションの名前はそのものずばりバーガーダイブである。
余談だが、力を入れすぎでハンマーを振り下ろした際に一回だけバーガーではなくエタナちゃん本人が飛んでしまい池の中に頭から突っ込む珍事があった。
無論、負けカウントだ。
このバーガーダイブの景品は、怪人さん特製バタークッキー。
この遊園地のヒーローショーに出演予定の怪人は、悪の結社で怪しげな薬の変わりに怪しげな雰囲気を頑張って作ったセットで子供達が喜びそうなお菓子を作っている。
基本的に子供大好きではあるが、実際本物のモンスターなので顔は超怖い訳だ。
悪の結社の総統も当然、闇社会でドンをはれそうな位怖い顔ではある。
それをこうしてアトラクションの景品にしていたり、遊園地の路上のメルヘンな屋台で売っていたりする。
重ねて言うが、子供大好きなので子供の頑張る姿を応援し。
アトラクションでどうしても取れない子の為に、サービスしたり手助けしたりする事だってある。
「我ら悪の組織が狙うのは悪い子だけだ、よいこや素直な子には悪の組織特製お菓子をくれてやるのだ」
とか総統役の怪人がマジな顔で言って、怪人や戦闘員が怪しげな恰好で黙々と可愛い系のお菓子を作っている。
ちなみに、秘密基地は木の表札が下がっていて見た目がお菓子の城だ。
やはり、メルヘンの度合いが違う。
紅いきわどいハイレグのマスクをした女幹部や、如何にも剣豪然とした銀鎧の化物がカボチャプリンやらキャラメル等を一生懸命作っては丁寧に包装し、最後に悪の組織の総統やら幹部のアップリケがついた巾着に入れている。
「子供が食べやすい様に柔らかく、甘く、小さく作るのだ!」
二メートルは有りそうな、銀鎧の幹部が機械で作られたそれをチェックし。
満足そうに頷くと、下っ端は笑顔で敬礼して巾着につめている場所にもっていく。
こうしてつくられた、お菓子が今残念なお子様エタナの手に残念賞として手渡された。
ちなみに、クッキーは涙の味がしたがそれは気にしない。
大体パフェは怪人が笑顔でデフォルメされて手を繋いで居たり、カボチャプリンは湯呑の様なサイズのヒヨコ型になっていたり。
特製お子様ランチの皿は、悪の秘密結社のロゴだ。
他にもおみあげ屋には、手品グッズやら怪人のぬいぐるみやらが沢山売られていた。
無論、ヒーローのもある。
エタナちゃんは哀愁漂う背中で、心なしか背中の文字も煤けて見え。
「次こそはっ、次こそは勝つ!」
そんな、三下台詞とともに閉園時間で閉まる門をちらりとみて言った。
そして、急にふっと笑うと。
「次があり、明日があるだけマシか」
神も邪神も留守にしているというのに、悪魔も天使もおのが仕事をしているというのに。
人は飛べないさ、だから歩いていくしかない。
人は豊かさを求め、強さを求め、そして優しさも求めて。
無いモノばかりを求めていくからこそ、何処かで必ず歪むんだ。
何処までも、何処までも…。
「似非は私だ」
ダストは何処までも優しいな、それがいい所でもあるのだが。
悪人とて最初から悪である事は希少だ、とても少ない。
絶望からか、それとも怨嗟からか。
私の様な存在をのぞき、何も食わず何も飲まずその制限を無視して存在する事など出来はしない。
天使の墓の前で、天使の絶望を見た。
天使は神の力に比例して、大量に従える事が出来る。
善なる神も、邪なる神も所詮根幹は一緒だからな。
だから、私は正規の手続きをして。
本来の力で、申請したのだ。
この嘘偽りの姿で申請したとて、誰も従える事はできない。
「偽りの姿にさえ、振り向いてくれた眷属達」
ふと空を見上げ、自身の主核のある場所を見つめた。
副核の剣が見え、思わず失笑した。
同じ己であるにも関わらず、何処までも真っすぐなそれを見て。
「やはり、向いていないな私には」
向いていない、私には天に座す事など。
ポケットから出した、キャラメルは丁寧に折り目がついていた。
機械でなく、惰性で無く。
指をなめる様な不清潔な事も無い、ただ丁寧に包まれた一粒づづのキャラメル。
「バーガーを叩いて飛ばす時、力を誤って自分が飛んでしまった時が一番自分が笑ってしまった」
口にキャラメルをほおりこむと、もごもごやって甘さを楽しむ。
「全く、ポカやった時が一番楽しいのだから始末に悪い」
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