第百九十六幕 報酬

ありすは腕輪に向かってかねてよりの願いをいう、それは叶うか否か判らなかった為に今まで口に出して言えなかった事だ。


「我らが神よ、私の報酬として己の強さを完全に残したまま。人化した時の容姿を美しくする事は可能か?」


その解答は、紙が一枚手元に落ちて来た。

真っ白な、紙の裏表を確認し腕輪に問う。


「これは…、一体どういう事でしょう」


腕輪は、ドスの利いた女の声でこう答えた。


「その紙は、両手に持ち頭の中に思い浮かべるだけでその容姿を模写する。まず、表にはスタイルを想像し、裏返し顔をイメージしろ。それが鮮明であればある程良い、納得できなければやり直しを繰り返し、納得できたのであれば両手でそれを持って掲げこれで良いと言え」



(料金はその時に判る、払えばその容姿は君のものだ)


美醜などというものは己とも他とも基準が違って当然、これは報酬なのだから己自身が納得できるようにしろ。


「ははっ!!」


うやうやしく、紙を掲げ納得しかねてよりのイメージを固めていく。


全体的にダークエルフよりの容姿、ヒョウタンの様なスタイル。

優し気な表情が作りやすい、シャープな顔立ち…。


やや、低音の女性の声等。


思いの丈をイメージし、それを何度も繰り返す…。

長い時間、思い悩み遂にそれは完成した。


「出来ました、これでお願いいたします」


提示された料金は引換券による割引込みで、一億六千万ポイント。

それを、迷いなく払う。


払った瞬間にブザーが鳴り、みるみるうちにその紙にイメージした自分になっていく。


自室の姿鏡の前で、ありすは一筋の涙をこぼした。


「願いは聞き届けた、今後力を蓄えたとて醜くならない事も込みでその値段だ」


腕輪から、声は聞こえなくなった。そして、何度も朝が来るたび鏡を確認するが自身が想像した美しい容姿は常に保たれていた。


当然、それは他の邪神達に知られる事になる。

本来であれば暴動になりかねない程ではあるが、そこは長老衆が一喝した。


「ありすは願いを我らが神に聞き届けてもらっただけじゃろが、整形とは違う完全な形で望む姿になるという。なら己らもポイントを払って叶えて頂けばよいだけじゃろが、我らは、箱舟の労働者ぞ。働いたなら、報酬を要求するのは当然じゃ」


(働いて、請求せいバカモノ!)


働きが上位十パーセントの結果をだせば、年収とボーナスとは別にさらに特記事項として望んだ金の単位で年収と同じ額受け取れる。


つまり、ポイントを望まず金を望んだら倍貰える訳じゃ。

結果さえだせば、働きさえすればじゃ。


「羨むぐらいなら働け、そして結果をお見せしろ。それが、箱舟じゃ」


整形には失敗があるが、我らが神の場合変質と言った方が正しいからの。

高い値段ぼったくられても確実が良いなら、是非そっちにお願いすべきじゃろが。


我らが神は、報酬を低く見積もったりはせん。

至極ごもっともだが、この日から主にはろわ職員が今度はつるし上げられる事になる。



「もっと、報酬の良い仕事はありませんか?」


目が血走って、ただでさえ怖い邪神達が六割マシ位で恐怖を振りまきながら仕事をせっつく。


言葉使いだけは、慎重に選んでいる。何故なら、問題を起こせばもともこうも無い事を全員が知っているからだ。


行動を起こさないだけ、人間よりマシといえた。

それを、はろわのレムオンを始めとした職員が涙目でこんなのはどうでしょうと尋ねていく。


「コインは最低限で良い、ポイントがもらえるものを重点的に頼む」


あぁ、こいつらもラストワードみたいな事言いやがってとか思いっきり呆れた顔をしながらも仕事なのでこれなんかもいいですよと仕事や報酬や条件などを調べては出していく。


そうやって、願いは聞き届けられていく。


それを、龍弥の奥さんこと天龍は眼を真ん丸にして耳を巨大な葉っぱの様な風に幻視できる体制で聞いていた。


「容姿すら思いのままとは、邪神が人化した時力があればあるほど醜いってのはこの世の摂理。それすら、曲げるって。じゃぁ、あたいも労働者って事は願っていいって事じゃないのさ」


こりゃぁ愉快だわ、久しぶりに竜弥(だんな)をびっくりさせてやれそうだわ。


「もっとも、あたいは見た目だけ若返るとするかね」


まるで、おかんの様な容姿でのっしのっしとあるく天龍。

箱舟では、それらは一つのブームみたいな流れになっていく。


「容姿を幾ら変えた所で、中身は特別な力でも無ければ変わらんさ」


何処か、中空でそんなぼやきが。

その声は誰にも気づかれる事がなく、聞こえる事もなく消えていった…。


「ただ、整形にしろ私の力で変質するにしろ。己を気に入らぬと言うのなら、生まれた時からそうであったというようにするだけだ」


しかし、邪神が美しい容姿を欲しがるか。


「やっぱり、ありすも女か」


まぁ、構わんさ。欲しいと言うならやるだけだ、奴はちゃんと働いたのだから。

エタナちゃんは、そんな事を想いながらゲーセンでつっぷしていた。


「おのれぇ、おのれぇぇぇぇぇ!」


そこには、貸出用のメダルが尽きた空のメダル用カップが置かれていた。

腕輪での願いを副核が処理している間、主核のエタナはメダルゲームに興じていた。


巨大な涙のクラッカーをカチカチやりながら、途方に暮れ。

眼の前のスロットの横にある、巨大なスロープを見つめ。

そこで、クルクルとボールが回って抽選しているのが判る。


五段クルーンになっているそれは、一番下のヴィクトリーと書かれた穴にボールが落ちれば天井にある全てのメダルが滝の様に振ってくる。


だが、その五段クルーンは倒れかけた独楽の様にふらふらとバラバラに傾く仕掛けになっている。


外れの穴にボールが落ちる度に、体をよじって頭を抱え「ノーン」を連発していた。


「はいれっ!はいれぇぇぇぇぇ!!」


叫び声も虚しく、ハズレの穴に落ちる度ムンクになったり両手で台をバシバシやっていたり邪神達とは違った意味で目が血走っていたりした。


幼女のそんな姿をちらりとみた、龍の店員が。


あぁ、またかうるせぇな。位の気持ちで、それを見ながら貸しメダルを洗浄の魔道具に入れていく。


何故、龍がこんなゲーセンをやっているかといえば。光物の仕事がしたいと言ったからで、貸しメダルはまるで様々な宝石で作られた美術品の様になっているからだ。


形のみが統一されていて、ゲーセンの全てのメダル対応機にコインと一緒の扱いで使える。


外ではお金が改訂される度に両替機を更新したりして、利益も生まないのに余計な出費がかかり電気代や通信費や余計にかかり。


そして、ゲーム機を新しく買わなければ次のモノをメーカーが売らないという殿様商売な上で。一年以内にサービス終了して、ガラクタ化するという事が多々ある。


ここ、箱舟事業部は特別な理由がない限りサービス終了はない。

エネルギーも申請すれば無料、メダルもコインも偽物は使えずその割に改定も無し。


レトロから、最新機種までフロア別になっているから嫌なら移動しろと言われるだけの選択肢。


さっきのメダルゲームなんか天井から滝の様に降るジャックポット時に演出で、店内の天井の電気が消える。


まるで妖精や、虹の花園から色とりどりの宝石が雨の様に降っている演出になる。

といっても、他のゲーム機の左上にジャックポット演出中ですとちっちゃく邪魔にならない程度に表示されている訳だが。


でも、それだけ当たらない事でも有名なのだ。


「なんせ、店員の俺でも数える程しか当たったトコなんか見た事ねぇからな」


そんな事を想いながら、今日もクレーンゲームの品物を入れたりやたら広いゲームセンターを一族で手分けして運営していた。


そして、その幼女の対面に本物の妖精王女が妖精がしてはいけない顔でむぎぎと唸っていた。


そして、エタナは遂に最後の抽選も外れた所でとぼとぼとお気に入りのゲームの方に移動していった。


そのゲームはレバーと丸いボタンが一つの、シンプルなゲーム。


画面には年老いた聖職者が神の像に向かって祈り、その後ろでは元スリの見習いの女の子がお腹が減ったからと聖職者の眼を盗んでお供えされたフルーツやお餅を素早く取って食べるゲーム。


お供えものを空に出来たら、満腹笑顔の表示がでて景品が出てくる。

それを、なんと不謹慎なと怒りの表情で天使と聖神が見つけた。


……が、やっているのが自分達の中で一番偉い神である事を目の当たりにし。頭から崩れ落ちながら、両手と両膝を地面についてなんでや…と呟いた。


見事景品をゲットできたエタナが、少女の笑顔と年老いた聖職者の無念そうな顔の勝利画面が映し出されたその台の一番下の景品口からキャラメルが一箱落ちているのを取って満面の笑顔で掲げ。


龍の店員と神が複雑な表情で、エタナが帰っていくのを見届けた。


「しょせんゲーム、ゲームは娯楽。どんな形であれ、楽しんでもらえるならばそれで良い」


そんな、エタナの呟きなどまるできこえちゃいなかった。


「それに、これは一人用の古いゲームだ。誰にも、迷惑をかける訳でもあるまい」


実際にやれば、盗みとなろうがそういうゲームがあったとしても良いではないか。

景品であろうと、労働だろうと箱舟では報酬はきちんと払われるのだ。


それを、支える人達の苦悩などは考慮していないというだけで。


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