第百九十五幕 閃喰骸(せんくうがい)

※今回少し長めです…


「なめ腐りやがってっ、許さん。我らが神が減税をしろというのならただ粛々と減税しておれば良いのだ人間共が!」


爆風と共に、傘下の邪神達が力を吹き上げて怒り狂う。


「沈まれ」


闇の底から、ドスの利いた女の声が聞こえた。


「しかしっ!!」


尚も、ありすは食い下がる。


「そういえば、話は違うが先日は箱舟の技術者共への協力感謝する」

ありすは、歯ぎしりしながらも頭を下げた。


「感謝など、滅相もございません。我が神よ」


あの欲ボケどもは御しがたい、欲を道具に使う我らより卑劣とは。


カツンカツンと闇から、歩く音がした。


ギリギリと指抜きの皮グローブが、握りしめられるその音だけが闇に響く。

その姿を眼にすることなく、その場にいた全ての邪神がただ平伏して頭を下げ。


「ダストが説得に失敗しただけだ、私には判っていたよ。ただそれでも約束したのだから期日までは待つさ、私は約束ごと滅殺できたとしても恥知らずではないからな」


その時のエノの姿は、全身が紫で全身に黒い血管が浮き出ていた。

いつも着ている、神乃屑と書かれたボロい貫頭衣等ではなく。

何処までも血の様に赤黒い、幾重のベルトを巻かれた姿。


「いつもの手さ、連中お決まりのな。金をばらまき、その有利や甘露を餌に相手から譲歩を引き出す。やっている事は我らと大差なく、卑劣極まりない。それを人がやるから、より邪悪に見えるだけだ」


邪悪なるものは、苦しめ痛めつけ殺さねば命を繋げない。

命がかかっていない、人がそれをやるから醜く見えるというだけだ。


結果が全てだ、結果こそが唯一無二の事実。


「だからこそ、私は結果を求めない。最期の瞬間まで、可能性や選択肢は各々の手にあって結果は後からついてくる」


そのベルトが、内側からの肥大だけで引きちぎられるように。

力の増大だけで、ベルトの留め具がはじけ飛び。

その力に揺られるベルトが、まるで怪物の顎の様に見えた。


そして、その力が肥大するごとに邪神達は立っていられず。

ただ、地面に縫い付けられへばりつけられて。


「おぉ、神々しい…」ありすが、それを見て僅かに眼球だけを動かし。

首をほんの僅か傾けて、その怖気が走る様な姿を見ていた。

月と空が紅に染まり、星が空から消え。



否、その星が見えなくなっただけ。

力だけで、世界が歪む。

立っているだけで…、空間ごと拉げ。


星が地上に届かんとする光さえ捻じ曲げ、この世に目覚めさせてはならない神がまるで隠蔽された戦艦が地上に浮上する様に。数多の地面を割り、石や岩盤を押しのけ。


信奉者たちは、本来の姿など見ていなくともただ平伏した。

この力と姿こそ、自分達が平伏する邪悪なる位階神エノ。


「大路ぃぃぃぃぃぃぃぃ、長老を全員集めて来い!!」


声を発するだけで、邪神がまるで枯れ葉の様に吹っ飛んでいた。


「御身の前に、既に待機しております」


エノの眼球がちらりと、そちらを向けば。

長老達が、その威風と怒りに歯をガチガチとならして怯え。


大路でさえ、拳を握りしめ脂汗を流しかろうじて受け答えが出来る有様。


「売国奴が!己の民に選ばれてその椅子に座るのなら、せめてその民に尽くさぬか」


民の未来の為に、直ぐにでも手をつけれる事はあるはずだ。


その口にする食料を、供給している従事者。数多の泥の中に、埋もれながら作物を作る連中にこそ手を差し伸べるべきじゃないのか。


「優先順位がめちゃくちゃ、その先に未来など無い」


ふざけるな、そういってエノが拳を握りしめ指抜きのグローブから凄まじい音が響く。


「大路、そして長老達よ。あの国の既得権益を貪るクズ共を捻り潰せ」


人として考えられる方法で、あいつ等を根切にしろ。


力には力、邪悪には邪悪。

金で誘惑するならば、それ以上の金で押しつぶす。

古今東西、権力者は己の意思を通さんが為に手を尽くすのだ。


己らがそう宣うならその土俵でやってやろう、金と暴力こそ他を押さえつけると言うのなら私が命じその押さえつけた手ごと金と暴力で引きちぎってやろうじゃないか。



例え国でも、国庫以上の金は捻出できまい。

それに貸す相手がいるならば、貸した相手ごと滅ぼしてくれる。

増税を喜ぶものが、自らの分け前しか眼中にないのなら許す事などせぬ。


自身の既得権益を守る為に、自身の生い先短い人生の安寧を守る為に私の邪魔をするというのなら存在ごとねじ伏せてくれる!。


「この、私こそ神々の中でも五指に入る権力者に他ならん、ならば私の意思を貴様らに強制するっ!」



大路は、脂汗をかきながらも当然じゃと頷く。

自分達が、あらゆることに妥協して従うお方はそうでなくては。


「物価の更なる値下げを実施しろ、エネルギー資源も箱舟本店からどれだけでも持ちだして構わん。但し必ず奴らの権利関係丸ごと潰せ、その関係者もそれでほんの少しでも利益を貪るゴミを許すな。たかが利上げ程度で、現金を戻せなくなる様な銀行は私の視界から一掃しろ、その上で高額報酬を受け取っていた連中を吊るし上げる。徹底的に、二度と日の当たる所を歩けないようにしろ。一人の例外もなく、一切の慈悲もなく。事実を並べて、踏みつぶせっ!」


暴利を貪る為に、債券価値の勘定も誤る様なゴミに信用等片腹痛いと言う事を全ての金融機関に見せつけろ。信用を創造できぬ、金融などこの世に必要ない!。


食料が高騰するのは生産者が明日売った方が儲かるからと、あとにずらそうとするからだ。ならば、そんな生産者が生活出来ないように箱舟本店が物量と金の両面から押し流せばよい!


「絶対に、生きる事も生き残る事も許すな」


良いものに価値をつけるのは当然だが、今まさに自分の足場が崩壊しているのにも関わらず利にしがみつく乞食共にあらゆる手段を用いて畳みかけろ。


「経済とは循環だ、とどめて良い事など一つもない。早すぎず、遅すぎず。ただ、過不足なく回す。貧困は己らの力不足だが、それを弱者ずらして救われようなど恥を知れ」



その上で、それに加担するようなもの達さえも同罪だ。

どれだけの惨劇となっても、必ず一人残らず。

骨が朽ちても、魂が朽ちても許してはならん!


お前達のせいで、他者が地獄を見るなら。本来、その地獄は己らで背負うべき。

日和見するもの、つかないものは資本主義の原理にしたがって消えてもらう。



「必ず、根絶やしにしろ」



権力者はその権力で制限をつくり、制限が利権になり。

利権の力で財を築き、その財を使って利権を盤石にする。


だから、通常中々穴はあけられず。その階段を飛び越してくる、成金を叩きたがるものだ。


だがな、私がけしかけるこいつらは手ごわいぞ。

鬼謀渦巻く権力者どもの世界といえど、人は邪神達程長くその道だけを究めた訳ではない。


邪神共は人を苦しめる為、人を型にはめて殺す事だけを生きてる間中ずっとやっている連中だ。


年季もキャパも全てが違う、自分の欲等みじんもない。

生きる為に、邪神は苦しめ続けなくてはならないのだからな。


「それで戦争になるというのなら、それこそ願ったりだ。口実になる、私が物理的に叩き潰す理由になる。最期の引き金は必ず、自分達で引かせろ」


長老衆よ、戦争は売られるという形が大事なのだ。

こちらから仕掛ければ、それはこちらが悪くなってしまうからな。


「お前達に厳命する、敵意は全て私に向けよ。どのような手段も、今回は許す。それと、戦争が売られたなら。その時は、この世に地獄を振りまく仕事がある訳だが…。箱舟の仕事は、参加表明したものだけつれていく」



大路たち長老衆の顔が、頭を下げ続ける全ての邪悪が歓喜の声をあげて大気が震えた。



(やはり、貴女はこうでなくては)


意思を一つに、長老達の顔が怒り狂うエノを見た。


「それに参加しないものは、闇の一族にはおりませんな。最高の仕事じゃ、この様な仕事をただ耐え待っておったわ!」


両手を握りしめ、天に突き上げ喜びを表現する闇達。


「多数決などという紛い物の平等を信じたなら、それは致し方ない。事実、私などやっている事は暴力で虐げ力でねじ伏せ。自分の言い分が通らなければ、あらゆる手段を講じようとする独裁者のそれに他ならない」


(神がやろうが、人がやろうが邪悪極まりない)


「どの様な手段も許す、そのお言葉が欲しかった。心の底から、いやぁ長かった。耐える時間は苦痛と苦渋の時じゃった。しかし!ワシらは許されたのだっ。ワシ等の神から破滅と怨嗟と死を振りまく事をじゃ!」



(長老衆の顔が、みるみる邪悪に染まっていく)



あの国の連中で、箱舟連合の中に無く。貴女の意思にそぐわないものは、どれだけでも何をやっても構わんと言う事。


邪悪な満面の笑顔で、長老たちが頷く。

餓えて待てない野獣の群れに、食べごろの肉を投げ込む様に。


「箱舟以外の人間を助けるなどと、天使共を助けろと言い出した時は流石に困惑いたしました…」


(我らは、貴女にのみつくしましょうぞ)


全ては布石、いやぁ成程結構結構。

成程たしかに、ここまで譲歩したのに…という誰にでも見える形は必要。


「我々は、企業連合箱舟グループとして動かなければならないのだから。大義名分、正義に見えるお題目」


「時に、今回は何をしでかす気ですかな」


「なぁに、その為に仮想を含め様々なものを我らは牛耳ってるんだ。奴らの不正と計画をそのままばらして世界中にばらまいてやるだけさ、今までメディアを監査して抑え込めば大抵の情報戦は勝つ事が出来た。だが、今回は違う」


もっとも、法を幾ら狭めた所で国ごと力で更地に変えてしまえば法等役には立たんさ。生き残る事を許さぬとは、そういう意味も含むのだから。


奴らの仮想への無知、その法整備の前に奴らの権力基盤や財力ごと根こそぎへし折る。


仮想への理解が足りないから、技術をないがしろにしてきたから。

人々の願いを踏みにじってきたから、理由は色々ある。


「だが、一番の理由は全ての傷が浅く済む救いを投げ捨てた事。そこに住む救われたい全ての人間の意志を無視し、己の利を追求したからだ」


(利を追求する事は、生きる事)

(しかし、妥協もせず協調もせず。話も出来ん愚図を私は目障りにしか思わん)


もちろん、法整備などして仮想を封じても我らの売り物は幾らでもあるのだ。

会社が死滅しても、国が滅びても。民がその辺で野たれ死にしたとしても権力と暴力はそれを持つものの味方。


民が安値に飛びつくのなら、ただで配りそれでもだめなら金を払ってでも受け取ってもらう。奴らが用意する偽りの飴玉などではなく、本物の品質の極上の飴を用意する。


「病も怒りも、怨嗟も無くなりはしない。それを、教えてやるだけだ」


(私にとって全ては弱者、私のやる事はただのエコひいき)


偽物を偽物として認知させ、本物をこちらが払って受け取らせる。

見ものだぞ、在庫を抱えて船ごと沈む様は。


しかも、その海にはお前達が手ぐすね引いて待っている。



奴らが、他の国にゴミを買わせ。買わされた国の農家は良質な自分達の製品を投げ捨てる羽目になる。そんな、アホがまかり通ってたまるか。


植民地同然、魂込めたものを作る事を喜ぶこの私が怒らぬとでも思っているのか。


質で勝負し淘汰されるなら、それは仕方ない。

しかし、謀略で勝負の土台にあがらせずゴミを押し付ける等同じ人同士であってはならんだろうが。


「そこでだ、大路。これまで以上に、力がいるぞ。物資も、エネルギーも何もかも。手を変え品を変え、民を苦しめ。そして安価で猛毒なものに飛びつく様に仕向けていた連中に、眼にもの見せる訳だからな」



お前らが金と権力で縛るならば、基盤ごと粉砕する。

お前らが、やってきたことをより大きな力を持つ我らがやるだけだ。


「やれないとは、言わせないぞ。私の敵になったのだ、精々踊って消えて貰う!」

「ご冗談を…、我々はそんなご命令こそ一日千秋の思いで待っておりましたとも!」


(この様なワシら向きの仕事なればこそ、喜び勇んで参陣しますとも)


この世が平等等と思っているクソ共に、我が怒りを知らしめよ。人の手段だけを用いてな、そしてお前ら邪神がもし人に知恵で負ける様なら判っているな。


その時は、何者も救わず以前やったミサイルの威力だけを頭上に落とした様に。


「権能(ちから)をもって、叩き潰す。その場合、お前達に報酬は出すがボーナスは無しだ」


大路以外の邪神がどよめくなか、長老達はこれ以上がない輝く笑顔で胸に手を当て騎士の様に膝をつく。


「心得ましてございます、地獄はこの世にこそあるのだと。その地獄の様から感情の力を絞り出す事こそが我らの本懐、我らはその為に存在する。せっかく、許可が下りたのじゃ。精々、たっぷりじっくり苦しませボーナスを弾んでもらわなくてはのぅ諸君!!」


(我こそはと、名乗りをあげるじゃろうな。邪神とは本来そういう存在なれば)


救う金ならしぶりもしようが、ただ苦しめいたぶりつくし金を薪にして磔にした連中を燃やそうと言うのなら喜んで幾らでも用意しよう。



貴女様の…というのなら、我らが同胞。

それを救えというのならば、ただ耐え忍ぶことも吝かではない。


「我らはその為に、商売をしているのだから。利益をあげるのではなく、来たるべき日の為にただ兵を教育し、兵の心を一つにし。そして、号令が来たのなら燃料としてくべる為の金。すなわち経済を兵器とすべく備えて来たのじゃから」



長老達がすっと立ち上がり、一斉に暗黒の神を仰ぐ。


足掻く事は許しても、生きのこる事を許すな。

大地を踏み付け、その声が染みわたる。


「必ず踏みつぶせ、骨も塵も残さず喰い破れ。悪党にルールは不要だ、邪悪に理性や慈悲は必要ない!!」



御意!そういうと、闇の軍勢は一斉に消えた。


「はぁ…、ダスト」


やはりだめだったなと、苦笑してエノが笑えば。

ダストはただ、すいませんとだけこぼす。


「お前が悪いわけではない、お前は最後まで言葉をつくし手を尽くした。ここで、奴らを叩かなければ他が付け入って更に被害者が増える」


(ダストは、知っている。最強の神の表と裏を)


「私も、タイムリミットまで我慢した。ならば、もう奴らに救われる道など無い。誰もが救われる、そんな選択肢を奴らは目先の利に目がくらんで自ら払いのけた」


(ダストは、手を尽くし。自分にはどうにもならない事があると)


「クリスタには、私とお前で謝罪にいこう」


そういうと、そっとダストの頭頂部を撫でながら悲しそうに笑った。


(ダスト、私もかつて地獄の日になぎ倒すまでお前と同じ様に…)


会社組織としての、人知の範囲の力。

全てを丸ごとねじ伏せる、神としての権能(ちから)。


「人も神も、理想や思想を通そうとすれば必ず敵を作る」


そっと目を閉じて、唇を噛みしめた。

だからこそ、この世から虐めも差別も陰口も無くなりはしないんだ。


「あの国自体、人々がどうなった所で私が知ったこっちゃない」


その持てる力で、弱者を滅多打ちに虐めるに過ぎん。


(だから、全て己の言い分を通すならば無敵でなくばならない)


「私からすれば、それは首座以外の全てに対してただの弱い者いじめにしかならん」


(お前やクリスタ達に、謝らねばな…。お前達の頑張りを、水泡にするのだから)


「言葉で曲げられないものが、世の中にはある。金で曲がらないものもある、命を賭けて権力に立ち向かう事もあるだろう。だが、それで良い」


(最後まで、立ち向かう事にこそ意味がある)


希望を燃料に魂を燃やして命は立ち上がるのだ、それが生きていると言う事。

全ての生き物がそんな自由を持てるように、そんな自由があるように…。


「努力や輝きを喜ぶ私に、それらを握り潰す様な真似をさせないでくれ」


そんな風に、悲しそうにダストの頬を触りながらエノは遠い眼をした。

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