第百九十四幕 渇望
煙草をくわえたまま、アクシスが機械の前で唸る。
ゲドの技術力は遂に、線で書いた雑な紙を読ますだけでコードを吐きだして加工まで行けるようになりやがった。
もう、このコードだけで中級者レベルの加工まではやれてしまう。
吐きだしたコードで加工できる加工機やそのツールを、設計している自分が飽きれてしまう。
「ジャンルは違うがアイツは超一流、どこがその辺にいるおっさんだ。お前みたいなのがその辺に居てたまるかドアホ」
何処か嬉しそうに、秘密工場のアクシスが目頭をもむ。
早くて正確、おまけにバリなんかの処理もおおむね問題ない。
普通こういうコードを自動で吐き出す奴は余計な動きをするんだが、その余計な動きが殆ど皆無。
「くっそっ、弱小の自分からしたらあのレベルの技術者が弟子育てて好きなだけ開発費貰ってなんて夢の様な環境でやってるの想像したら腹が立って来やがる」
相変わらず、冷暖房にも事欠く秘密工場というなの洞窟。
「所詮経済は需要と供給、それがどれだけ素晴らしい技術であっても需要がないものに用はねぇ。それに、同じ中小に多いが結果が出るまでに時間がかかり過ぎるとかほざきやがるバカが多すぎる」
それを言っていいのは、ゲドみたいにあらゆる現場行って社内政治出来て。誰にでも判りやすく説明出来てなんて有能さんだけだっつーの。
あれぐらい判って、他にも何でも教えてたら逆に教えてくれっていっても反感どころか可愛げしかねぇよ。
「お前にも、知らねぇ事あったのかよってなもんだ」
まぁあれぐらいのレベルになると、今度は自分の技術とか自分に自信がつき過ぎて自慢話がなげぇとか同じ話繰り返すとか老害化してる事が殆どなんだよなぁ。
全ての技術は知識と経験で培うんだよ、例え現場に出なくても現場の話を頭に入れてれば自然と話位は出来るようになる。
現場知らねぇやつが上に立っても問題ねぇとしたら、現場以外の能力が高くて現場とツーカーの会話できる奴位だっての。
あのおっさんは「おっさんの話なんて、聞いてもらってもしょうがねぇだろ。愚痴と怨嗟しかでてこねぇから、可愛いおねぇちゃんの店の話でもしてくれ」とか口癖みたいに言いやがる。
(箱舟連合の、各社最高責任者が全員あのレベルだなんて冗談だろ)
大体人間は能力なんざ無くても類友理論で、趣味が近いとか人間性が近ければ必然と固まるもんだ。
能力ある奴が逃げる理由なんざ単純。
上司や仲間や客にゴミが居る、だから逃げる。
能力ある奴ほど仕事が増えて、増えた仕事に待遇があわねぇから逃げる。
能力がある奴は、成長を望むがその組織でそれ以上成長が望めないから逃げる。
今は、転職情報や口コミなんて調べようと思えば調べられる。
だって、あいつ等は転職さえしてくれたら成功しようが失敗しようがそいつの人生だろわっはっは手数料がウマいわってなもんだ。
「箱舟のはろわみたいに、言った事全部聞いてくれてそいつの為に親身になるなんてありえねぇ」
そして、有能な奴ほど勤勉で情報を持ってるから魅力がねぇなら逃げるだろう。
俺からすりゃ、有能なやつを連れてくるより。
程々でやる気がある奴を連れてきて、長くいて貰える努力して。
それでも、出て言ったら社会貢献だと思ってあきらめる。
その方が、余程世の中に貢献してるはずなのにてめぇの利益を社会貢献だと抜かすバカが多すぎる。
「エノ程の待遇なんざ人に用意できる訳ねぇが、それでも人に出来る最大限ってものはあるだろうが」
あいつのお膝元で、教育を怠るとか尻触るような軽いやつも含めたパワハラセクハラやってみろ。
「普通に箱舟連合から外されるなり、ペナルティ課せられるなり。待遇に響くなり、即自分に跳ね返ってくるわ」
良くなる方も、悪くなる方もとにかく対処が早くて正確。
人に、あんな真似ができるかよクソッタレが。
技術屋なんて、医者と同じさ。
失敗して、泣いて潰れてそれで学んで伸びるんだ。
世間じゃベテランと言われても上には上がいるし、匠と呼ばれる様になってもまだ亡くなった師匠の背中を追いかけてるなんてザラだ。
他の業種はしらねぇよ、俺は魔神として生まれてからずっと修理屋だからな。
修理できるものは増えた、修理する為に部品ごと設計して部品ごと作ってきた。
電子機器やプログラムなんてチップごと互換性を探して無理矢理接続してなんてザラにある、民間の修理屋なんて大体こんなもんだろ。
メーカーがもっと安く修理してりゃと思い、メーカーが直ぐに販売停止になったものを修理して喜んでもらう。
飲食店ほどじゃないが、割にあわないにも程がある。
「客だからと上からモノ言うバカが多い、無茶ばかりいうアホも多い。だから、直ぐに取引切らねぇと時間を取られて命取りになる」
そんなに言うなら新品買えよ、それかエノみたいにアホみたいに在庫積み上げて権利も買いとってそれを複製したりしろよ。
箱舟は銀行融資にその条件を組み込んでる、但し会社が潰れてからしか行使できないという一文は入ってるが。
その代わり、返済のスパンは長い利息は無いも同然。
但し、銀行の審査は厳密。なんせ、神が審査してんだ。
会社を潰して権利だけぶんどろうなんてあくどい事はしない、誠心誠意支えてそれでもだめならせめて権利だけ置いていけってレベルだ。
箱舟の銀行はすげぇぜ?、どんなに世間で暴落しても預けてりゃ利息が付いて引き出し手数料は一回百だ。どれだけの額出し入れしても、但し一人に口座は一つ。
そして、他の銀行と違って引き落とし不能になった事がない。
信用が商売の銀行で、歴史上ただの一度もだ。
ATMは二十四時間三百六十五日稼働で、メンテの時も止めずに運用出来てる。
だから、箱舟から融資してもらってるってだけで信用の担保になる。
国は箱舟に口座を作らせたがるが、箱舟は個人でなければ口座は作れない。
融資は会社単位でもやってくれる、審査に通りさえすれば。
皆が欲しがるものを持ってても、やつは自分が認めたもの以外にはそれを与えねぇ。
世間で値段が暴落しようが暴騰しようが、欲しい時に欲しいものを欲しいだけ買って揃えてみろよ。
「それ位じゃなきゃ、言う資格がねぇよ」
まぁ、エノというそれを出来てやりたい放題言いたい放題言ってるニート見ると資格はあってもむかつくんだけどな。
有能な人材がダース単位で居て、無限にも等しい資産があって。
仮に国が軍事力にモノを言わせようとしても、相手は神だぜ?そりゃ無理ってもんだろ。
財力でなんか勝負になるかよ、持ってる資産が膨大だがそれ以上に全てが知れる神が相手なんだぞ。その力を判ってて挑むのは、ただの自殺志願だろうが。
神を何とか出来るのはより上の神だけ、だがあいつより上の神は一柱だけじゃねぇか。
「ったく、世間からみりゃ俺も魔神様だってのに。どうして、神様でもこんなに違うかね」
自身の秘密工場の機械を眺めながら、煙草をくゆらせて。
何とかなれと、心で叫び。
何ともならねぇわと、現実に打たれ。
「ただ、まぁそれでも取引先としてもこれ以上はない。とりっぱぐれは無いし、納期のごまかしなんざある訳ねぇ。部品もチェックせずに大量に仕入れて、使えなかったら交換すればいいやの精神でやってる所が多い中で全ての部品に全数チェックいれてる」
耐久度が一定以上なければ、部品を製造に送り返すとこまでやってるなんざそうはねぇ。
つまり、あそこの部品を使えばほぼ間違いなくその部品は持つんだよ。
修理屋にとって自分達でのチェックは当然だが、そのチェックを信用で簡略化できる意味は大きい。
梱包されてくる段ボールが薄いとか、梱包材が少なくて衝撃で死ぬとかそんな事はみじんもねぇ。
雨だけで破れてくるような、しょっぱいダンボールなんか使ってねぇからな。
「欲しいと言った環境が全て手に出来る、それが箱舟連合って職場だ」
但し、声が大きいだけで中身がねぇとか建設的な意見もねぇのに他人の意見に文句言うとかそう言うことにすら叩き伏せられるだけだ。
「要するに、仲間として行動できない奴をどうあっても生存できねぇようにしてんだ」
正に、飴と鞭。
新人に教えても、仕事が減らなくてフォローの分逆に仕事が増えるのが普通だが箱舟連合では仕事はちゃんと減る。
教育は投資だって考えがしみついてるからだ、見て覚えろなんて絶対言われねぇよ。
ヘタしたら塾や学校より丁寧に親切に、最後まで付き合って教えてくれるさ。
朝礼なんて意味のねぇ事はやらねぇし、朝の体操もしたい奴だけしろっていう。
あの連合の基本思想は、意味があって選択しろ。本人が、やりたいと思わなきゃやらなくていいだからな。
「結果は出さなくていい、但し努力を怠ると容赦なくしょっ引かれる。優しくした分だけボーナスも待遇も上司からの当たりさえ良くなるが、他人に厳しい奴はそれだけ厳しい目線でみられる」
全てが自分に跳ね返ってくる、良いか悪いかは置いといてだ。
「それを、全ての組織と全ての労働者に徹底してやらせてるからこそ箱舟連合は組織としてはめちゃくちゃ柔軟で手ごわい」
客すら俺みたいな魔神相手じゃなきゃほぼ見透かされて、程々の条件を出される訳だ。
「世界的には冷えてないビールの方が普通だからと言って、冷えたビール以外はビールじゃねぇと言った奴が居たとして。世界企業の箱舟グループの中じゃ冷えてないビールの方が普通だぜなんて笑われたりしねぇよ、精々冷えたのが好きなんですねって言われて好みの問題として終わる」
知識の粗を探して、あげあしを取っては喜ぶような奴が箱舟連合に居たら叩き出されるのがオチだ。
「自分の好みを高らかに叫ぶなら笑顔だが、それを人に押し付けると裏社会の人間がまるでゴミムシに見える様な邪悪な連中がわんさか粛清にくる」
(どれだけ優しく慈愛に満ちて、天使さえ笑顔にする神でも奴は邪神の頂点)
全ての選択肢は己でしろ、それがルールに入っているからだ。
その選択を歓迎し、補佐し、同じ方向を向く。
互いに、選択肢や好みを強調しながら。
「本来絵空事であるようなそれを、マジでやってるのが箱舟グループなんだわ」
組織ってのは、目的があって全員がそっちに向かってる組織程強固で強い。
「だから俺は取引先として、奴らを見る度に戦慄を覚える。何処までも真っすぐで、干からびた奴は見たことがねぇ」
雪乃さん、俺はまだ道半場ですが元気でやってますよ。
「未だ、極めたと言えるものは何もなく。修理屋なんてくるものくるもの初めましてだ、幾らでもどこの部品でもモノは壊れる」
だがな…、いつかはあの人みたいにと。俺は思って、今日を生きてる。
明日に何があろうとも、今日よりはマシにしてみせるさ。
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