第百九十九幕 弾痕(だんこん)

「頭が痛い、いや結局選無き事か」


エノは胡坐をかいて、ただ闇の底で目を閉じていた。


「どの様な事を言って、どの様な行動を取っていたとしても。言葉の対象は私とその目の前にいるアナタでなくば、どの様な言葉も差別や区別につながるものだ」


神がやっても邪悪な事を、人がやって邪悪でない筈がない。


「はぁ…、面倒だ」


箱舟連合グループが決して沈まないのは、本店の力に支えられているからだ。


「本来高級食材は専用問屋がある、鮮度と品質を担保するのが難しいからだ。高級故に、品数を揃える事さえ本来なら難しい。箱舟は、それを生産フロアで作りたい放題しているだけだ。捨てる事無く、永久に保存できる倉庫さえ好きなだけ用意してな」



それに、店舗を展開せずとも自社で運輸系を抱えているからこそ運搬の品質もドライバーの待遇も担保出来ている。


どこぞの国の様に残業の協定が運送や建設業界だけにないなどあるものか、箱舟は如何なる仕事にもルール順守だ例外はない。


「債権と預金、預金の額乃ち現金が多ければ債権が幾ら焦げ付こうとも預金者に払い出す業務は滞らない。運用しなければ、普通は利息で首が回らなくなる。結局預金者から借りた金を運用しているからだ」



その運用で、私は未来も過去も見えていて負けを知らずに運用できるのだ。

負けを知らないAIが、回線スリップやシステムダウンを知らないシステムで運用してどうやって負けるというのだ。



本来は勝率が三割もあれば、損切りさえきちんとできればこの手のモノで利益を出す事は容易。


損を切れず、自棄になる。

だから、結局潰れて負けるものが後を絶たないだけで。

負けたゴミ屑が言い訳に、運が無かったというのが世の常。


(足りないのは運や才能ではない、知識と自制それ以外ない)


「箱舟グループ金融機関において、もっとも大口の顧客は私。私が引き出さなければ、全ての債権が紙くずになっても、箱舟グループの金融は盤石」


もっとも、逃げ道にならない様に口座を作れるものは制限させてもらっているがな。

ここで、魔国の地位が生きてくる。


魔国に正面からモノ申さない限り、箱舟グループである金融機関に口座は作れん。

だから、私は思う存分その金融機関をフル活用できる。


(才能が必要、運が必要だというのはもっと極限だ)


関税等で確かに国は毟ろうとするだろうが、私達は世界企業グループ。

本店が消えなければ、全てを本店に移すだけでその国から消えても運用する事が出来る。


国とは人、人の力こそが国の力。

金が動く時に取る税金が取れぬから、動かぬ取ろうと躍起になるようでは…。


(賢い奴は国から出ていく、だから残るのは無力なものとアホばかり)


家族も友人も、人間関係すらも審査に受かったものしか箱舟グループの就職はできない。


だから、最悪本店に家を構えてもらい。

借家とゲートを繋げてしまえば、学校を変えずにも済む。


違うのは、借家は会社の持ち物で箱舟グループはそれを門としか使わない故に家賃は取らない。水道も、光熱費もとらない。


どうせ、本店から無料でもってこれるもんばかりだからな。


無限のエネルギーに、無限の金。

無限の土地に、天災など知らぬ地。

最高の報酬に裏付けされたモチベーションとルールに裏付けられた研鑽が頑強な人材を育成し続ける。


用意出来ぬものが無い通販、誰でも知ろうとすれば大体の事は知る事が出来る情報ツール。


図書館と名はついているが、仮想からアクセスすれば広告や陰謀等のノイズなく情報を調べられる。


箱舟グループの社員証がカギになっていて、故意に誰かがいる状況でそれを使えばアウトになる仕掛けがしてはあるが。


間違った情報や他所から引っ張った情報はそもそもアップロードさえできない、そういうものが本店にだけある。


「知らないお前が悪い」


知る為の手段は用意し、それに規制をかけている訳ではないのだから。


「どこぞの国や検索サイトの様に、自分の都合で検索結果を曲げたりはしていない。流石にマズイ情報だけは、伏せさせてもらうが。プライバシーに関してとか、渡してはいけない相手に個人情報等とかはな」


制限がなければ、昨日の下着の色や七年前の夕食まで調べられるからなあれは。

にしても、やっぱり大路は抗議を入れて来たか。


「クリスタ達は業務用スーパーや百貨店等の運用をしているが、基本赤でなければその最高責任者の責任において自由を許している」


乃ち、幾ら箱舟グループに臨時雇用していても自らの裁量の範囲であれば少なくとも私から何かを言う事は無い。


「箱舟グループは企業連合体だ、内部企業の数だけ最高責任者が存在する。なら、その裁量範囲を越えない限り。すなわち自分の領分を越えなければ、例外を除き自由」



例えば、少し前にやった私からの値下げ指示等が例外にあたる。


「ダストといえど、本店の最高責任者というだけで外部に嘴を突っ込めるわけではない。ただ、本店に支えられている部分でダストの決済を通さなければならないだけだ」



その全ての例外の権限は私にあるが、私がその権利を行使する事など。


「ずっと私は、行動せずに居たいというのに…」


大路には、クリスタがそう出る事は判っている事だろうが。


「それでも、奴は抗議だけで済ますか。今頃きっと、下からは突き上げを喰らっているだろうから私に抗議をしたという形だけでも必要なんだろう」


頭を抱えたまま、床をごろごろとあちこちに転がる。


「うぉぉぉぉぉ、めんどくせぇマジでめんどくせぇ」


まぁ、流石に私に抗議したというだけで。少なくとも長老衆の結束は出来よう、下からの突き上げもまぁいつも通りの所までで押さえられよう。


その様子を見ていた光無が無言でエノの首を掴んで持ち上げる、貫頭衣の首を丁度持っていてまるで猫のぬいぐるみを首を掴んで持ち上げている様な形だ。


「少しは、働け。大体、闇の連中これがダストや俺だったら今頃殴り込みかけてくるぞ。相手が貴女だから、抗議文一枚で済んでるんだ。ちょっとは、自覚とか配慮とかしてくれ」


じたばたと手足を動かしながら、エタナはこうのたまった。


「私はっ、レトロゲームのブロックくずしで忙しいんだ!!」


光無が首を掴まれたままじたばたするエノを見て、クソでか溜息をついた。


「これが、箱舟グループの最高権力者。これが、我らが主神…」


そして、俺の師。


はぁぁぁと、二柱(ふたり)でクソでか溜息をつくとエタナになっているエノを座らせた。


「抗議文の、返信位しといてくださいよ。おやつ食べてからで、いいですから」


諦めた様に、苦笑して頭をなでるとまた元の場所に光無は戻って行った。


「黒貌んとこで、ラムネ入りアイス貰ってくる♪ついでに、ガチャだけのフロアでおもちゃの運試しでもするかな」


それを、じと眼で光無が見ながら言った。


「太りますよ」


そこで、輝く笑顔でエタナが言った。


「そのための死神(権能)DA!」


瞬間に、光無の顔に血管が浮き出る。


「そうでしたね、貴女はデメリットの削除なんていう権能が使えるんでしたね」

うんうんと笑顔で頷くエタナ、それを呆れたようにみる光無。


「だったら、あの対象になった国の内部でクリスタと大路の勢力でぶつからないように事象や運命そのものをいじったら良かったんじゃないです?」


その瞬間、エタナ顔面に切子の様にぴしぴしとヒビが入った。

そして、頭を抱えて一言。


「ガッデム!」


光無は、ガッデムじゃねぇだろうとさらにクソでか溜息をついた。

そんな、お前天才かみたいな顔で振り向かれても。


「取り敢えず、熱くて叶わないからアイス貰ってくる」


そういって、今度こそ転移で消えたのを確認すると光無は元の門番の位置で座った。


「本当、熱いからって」


おつむの具合や温度を感じるとこまで幼女ボディにあわせなくてもいいでしょうに、全く賢いんだかアホなんだか理解に苦しむ。


(まぁ、でも…)


「それが、貴女だと思えば。何処までも、素敵だと思いますよ」


まぁ、その下で働く労働者(れんちゅう)は苦労が絶えないでしょうけど。


※一方その頃転移先の居酒屋エノちゃん


いつも通り、黒貌がスプーンと小鉢の様な皿にアイスを二段に重ねて出していたのをモリモリと食べているエタナがいた。


「甘い~、旨い~」


エノちゃんでは、樹や竹をつかったスプーンでアイスが出される。

握りのグリップには紐がびっしりと巻かれて、良い感じの滑り止めになっていた。


それを、ホットココアで流し込む。


「凄く、おいしい」


にっこり笑ったエタナに、思わずほほが緩む黒貌。


「それは、ようございました」


食器を片付けながら、ニコニコ二人で楽し気に過ごす。


がらがら……ぴしゃ!


引き戸が開いてしまると、そこに立っていたのはアクシスだった。


「おい、エタナちゃん」


ずんずんと歩いてきて、エタナのほっぺたを両方つまんでびよいんびよいんと伸ばしながらアクシスがおこっていた。


「なひぇ?(なぜ?)」


エタナが、マヌケな顔でアクシスを見ながら言った。


「おい、駄女神。あの、絶好調で暴れてる連中何とかしろ」

それを、エタナはイヤそうな顔でアクシスを見ながら言った。


「だっひぇわたひにみはいるうっへきはんは(だって、私にミサイル撃ってきたんだ)」


アクシスは指で柔肌ほっぺをつまんで、麺の様に伸ばす。


「これに、ミサイル撃ったなんてアホ過ぎんだろ。話はわかったよ、俺が悪かった悪り悪り」


エタナはアクシスをみて、早とちりめとつねられて紅くなったほっぺを撫でながら言った。


「流石の私もミサイル撃たれて何も言わない、行動しないって訳にはいかんのだ。全く、アクシスは乱暴だな」


うるせぇよ、とアクシスはごまかした。


「まぁ、報復ってんなら我慢はするさ。仮にも、認めたくねぇけど。アンタは、魔国の神様だしな。ただ、そのなんだ。俺達みたいな零細の為に、いつ報復を終らせるかとかだけ教えてくれると助かる」


そこで、幼女はぶすっとふくれながら。


「そんなもん、私に聞くな。魔王に聞くもんだ、あっちが王様だからな」


そうしたら、アクシスも苦笑しながら。


「国家元首に合わせろって言ってすぐアポなしで会えるのはおめぇーぐらいだよクソバカが…」

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