第百九十二幕 その誓い

地面を芋虫の様な体制でうねうねと円を描く形で動き回り、途中で止まっては駄々っ子の様に手足をじたばたとさせてはまたごろごろと床を幼女が転がった。



「主核、あれで良かったのですか?あれ程まで大量に神を滅ぼせば、その仕事は貴女の本体が担う事になる。これでは、何のために神や邪神等を生み出しているか判りませんよ」



透き通るような白い手と白い顔、黒いベール。

黒い薔薇が二輪の髪飾り、黒いベレー帽。

まるで全身が透けるような輝くレースのドレスに、首には紅いリボン。

ルビーの様な眼、黒い長耳。まるで、その透明なドレスに紛う。薄い桃色に先端に行くにしたがって紫に染まるツインテールが揺れた。


「月(コフ)か、すまんな」


我が哀腕(あいわん)よ、光望めば眼が霞み。

抗えぬ力はすぐ傍に…、どれだけ望み続けても。


私の居る、この何もしないで小さく暗いこの部屋は冥府魔道へ私を誘う。


「いえ、主核。貴女の気持ちはよくわかる、あれはダメだ」



生き物が生きる為に、生きると言う熱が居る。

欲望も希望も、熱には違いない。



「貴女は神や悪魔を生み出して、この世に光と闇を彩る事でそう反する力で無限の原子力の様なやり方で熱を生み出し続けようとした」


そう、己が前を向いて生きんとする努力ならばと私は許容しているだけだ。


「何かを、搾取し続ける存在はそれを邪魔をする。己だけが肥えたとて、それを支えるものは苦しみと怨嗟しか生みださない」


それが、悪魔や邪神の手によるものならば役割り通りだがそれ以外が行うならば。


「ましてや、本来希望を振りまかねばならない神があれでは…」


アクシス、難しいよな。生きる輝きを見守ると言うのは、苦しむもの達の姿を見て尚手を出さず我慢し続ける事は。


「主核、貴女は本当は力を見せず使わずに手を取り合って欲しかった」


それがどれだけ無理だと判っていても、そんな未来が存在していないと知っていたとしても。



月は眼を閉じて、幼女の頭を優しく撫でた。


「存在しているモノは皆身勝手なものですよ、無論、命の樹である我々も。全ての母であり父でもあるとしても、存在しているモノは」


だから、恥じる事は無い。

冷たい闇の中で、月は幼女を抱きしめてあやす様。


「清く明るく慈愛に満ち溢れ等、私には出来るはずがない」


何処か、枯れた老人の様な幼女が変な顔で笑っていた。


「そんなものが、存在しているのは物語の中か頭お花畑の頭の中だけですよ」


また、月は幼女の頭をあやす様に撫で続ける。


「天使達はどうする気です?」


幼女は、眼を閉じてしばし口をもにょもにょやったあと。


「箱舟の仕事をさせるさ、人の企業としての仕事をやらせておく」

イヤなら出て行けばいい、望むならそれを聞いてやればいい。


「まぁ、奴にはバレてはならんが。あいつの親友ともう一度新しい天使生をおくらせる値段は格安にしてある。あくまで、自分で頑張った結果叶ったという形にしなければな」



本当は、直ぐに聞いてやりたいのだがそれは流石にマズイしな。


「直ぐに叶う願いに、それ程の価値も重みも無いからですか?」



エノは頷いて、苦笑する。


「それ以上に、煩い連中が大挙してここに怒鳴りこんできそうだからだ。それを全て滅ぼせば、今度こそこの世の神や邪神共の仕事を全て私がやる羽目になるだろうが」



全く…、いい加減理解してほしいものだ。

それを行うのが、この手を握りしめるだけだったとしても。



「神を外道と握り潰した私が、それをやっていいはずがない」


それは、かつての天使と同じ境遇を全ての存在に強いる事だろう。

誰もがそれを正しいと信じ、認識し意志の統一など容易く叶うだろう。

時間を逆行させ、世界線を入れ替え書き換え。

全てを望む結果にしてしまえば、私に出来ない事なんかないだろうさ。


「貴女はそれを望まない、どんなに醜く浅ましく身勝手な連中がのさばってもそれが正しいと貴女は信じている」



あぁ、だから天使達も今までは報われず苦しんで死んで過労で倒れていったとしても。


「誰も居ない世界で、誰の意思も介在できない世界を創り出したとしても。必要な部分だけカスタムでき、必要なだけサブスクリプションの様な極小のコストで世の中全ての原理やら理やら存在すらも金型化する様なものだ。無論、品質は担保される」


「全自動で作り、思惑の入る余地はない。儲ける為、また勝ち続ける為と言うのなら速度は圧倒的な武器になる。図体の大きさ、力の大小ではなく。ただ完璧なものや結果が即応できるというのはコストが下げられなくなった時に選ばれる理由になるからだ」



例え、それが私に可能でも。それが必勝であり続けたとしても…。

虚しいだけだ、だから世の中はこのぐらい混沌でいい。

ただ、私のうわっつらだけを見て侮り。

頭ごなしに怒鳴り、圧力をかけんとするのは感心しないな。



「まぁ、アクシスにはバレたんだけど。大した魔神だ、本当に大した男だよ」


秘密工場の、ツナギを着たぶっきらぼうな男。


「私をこの世の支配者などと言いおって、その力はあってもそれになる気はない」


そういえば…、お腹減ったな月。


「貴女はいつもそうだ、はいこれ黒電話です」



(じーこ、じーこ)


「はい、居酒屋エノちゃんです。エタナちゃんですね、ご注文をどうぞ」

途端に受話器ごしに満面の笑顔になるエタナ、そこにエノはもう居ない。


それを、あきれ顔で月が見ていた。


「ライスとふりかけ、あと味噌ラーメンを頼む」


出前でなと、何処か楽しそうに。


「ランチタイムサービスは如何しましょうか?」


受話器ごしに、老人の低い声が響く。


「サービスはたくあんで、味噌ラーメンの具はネギとハムとキャベツで頼む」


「かしこまりました、入金は確認しましたのでしばらくお待ちください」



ガチャリと電話を置くと、既にそこに半べそのエノは居なかった。

満面の笑顔の、エタナが体を揺らして楽しそうに座っているだけだ。


「貴女は支配者になる気はなくても、ごくつぶしにはなる気満々なんですね主核」

と月が言えば、肩を震わせてくつくつと笑うエタナ。


「当たり前じゃないか、ごくつぶしの方が何倍もいいに決まってる」


それに毎日、ゲームして動画見て。ごろごろして、誰がこの世の支配者なんぞやりたいものか。


双六して、カラオケ行って、駄菓子屋でくじを引いて、ビンゴをして…。

毎日デリバリーしてもらって、ガチャを引いて。

ゲーセンで金を溶かして、好きな男と遊園地や水族館。


「何もせず、世の中が回っていくのが一番いいじゃないか。みんな自由で、私も働かずに済む。ウィンウィンだ、間違いない」


副核全員が、溜息をつきながらじと眼になる。


「おぃ、何がうぃんうぃんだ。それで幸せになるのはお前だけだろうが!」


扉を見れば、アクシスが腕を組んで扉の枠に背を預けていた。


「あっそういえば、約束してたんだっけか」


アクシスもじと眼で、エタナを睨む。


「忘れてんじゃねぇよ、駄女神。ほれ、これ頼まれてた修理品だ」

丁寧に梱包されたそれを、差し出してアクシスは苦笑いする。


「大体お前の溶かす金ってのは、コイン。つまりダストが発行してる箱舟の通貨じゃねぇか、外の通貨は箱舟連合の特別顧問としての報酬。お前が働いて得たものは何もない、相変わらず図太いにも程があるだろ」


バッテリーの入れ替えと、ゲーム機の修理、後はコントローラーのスティックの修復だったな。


「働かずに遊び倒す、そういう神生(じんせい)って最高じゃないか」


全く、クソが。

輝く笑顔で、そんな事言ってんじゃねぇ。


俺も奴の事はいえねぇんだがな、好きな事やって生きてるって意味じゃ同類だ。


「それで、むかつかねぇ訳ねぇんだけどよ」

全く、大した面の皮の厚さだ。


「俺は、まだ修理品があるから帰るわ」


受け取った、魔国の通貨を握りしめて立ち去ろうとするアクシスが一瞬だけちらりと後ろを見た。


「おや、アクシスさん来てたんですか」


そこにはオカモチを持った、黒貌が立っていた。


「あぁ、いつものゲーム機やなんかの修理品の配達だな。あんたからもこのバカに言ってやってくれ、修理なんかせず新品買えって」


古くなればなるほど、部品は手に入れるのが難しくなる。

まぁもっとも、豚屋にたのみゃ部品自体は直ぐ手に入るんだけどよ。


「てめぇんとこで、部品まで扱ってるのに修理屋がいねぇってどういうことだよ」


エタナは、ゲラゲラ笑いながら。


「修理は速さもそうだが信用が第一、お前より信用出来る修理屋が残念ながらこの世の何処にも居ないんだよ。黙ってなおせ、新品は高いんだ」


(修理屋自体は山ほど居るが、それでも信用して任せられるというのならお前だけ)


アクシスが更に般若の様な顔になって、怒りだす。



「お前は世界総資産ランキングに名を連ねる金持ちだろうが、経済回す為にも新品買え。大体もっといえば、お前には、ねだるだけでモノ位幾らでも買ってくれる連中が百鬼夜行の行列みてぇにいるだろうが。ついでに言うが、融資する銀行もそれ作ってるメーカーの半数以上も箱舟連合かその取引先じゃねぇか」


俺は、新品が欲しくてしょうがなくても買えない奴の為に修理屋やってんだよ。

新品と紛うことない位、再生して返してやりゃ助かる奴もいると信じてな。



「全く、実態を知る俺からしたらなんでこんなんがこんなに敬われてんだよ理解に苦しむわ」



エタナは急に真顔になると、ふっと苦笑した。


「私もだよ、なんで私はこんなに敬われてるんだろうな」


それを見ていた黒貌が、ラーメンとライスをちゃぶ台の上にそっと置いて笑う。


「お待ちどうさま、味噌ラーメンとライスとたくあんです。器はオカモチに入れといてください、後で取りに来ます」



二柱と、一人が思わず顔を見合わせて肩を竦め。

その笑い声だけが、どこまでも響いた…。

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