第百九十一幕 怒声狂歌(どせいきょうか)

それは、かつての話。


ボロボロの天使達、かろうじて意識があるのはクリスタのみ。


「お前達、ただここで黙って見ていろ」


桃色の髪が左にゆれて、背中の神乃屑という文字が光って見えた。


「私の管轄になったのなら、貴様らに口も手も出す権利がある筈がないっ!!」


天使は神の奴隷、神の僕。

どれ程の存在であろうと、どれ程の理由があろうとも。


「数と口だけは多い、愚図共が」


その姿が一瞬でブレた、そして舞い上がるまるで全てを埋め尽くす黄金の吹雪。

その黄金が、虹色の蝶の姿をとって視界を埋め尽くす。



空を埋め尽くされる様な、その蝶全てが彼女の神威。



癒しの黄金と呼ばれる、神の力がまるで火山の様に吹きあがる。

極端な癒しは、滅びや破壊の力となり。


その蝶たちが、眼の前で星を形成し始めてまるでそれは神威で作る球体のステンドグラス。



「貴様らは、見限られたのだ。貴様らは、ただ己らの僕に見捨てられたに過ぎない」


(死神(ヌン)を起動、月(コフ)を行使)


(メモリアルソルジャー:光香蝶雅郷歌(こうかちょうみやぶごうか))


その言葉を発した瞬間、蝶で作られた数多の球体の中に天使達を返せと叫ぶ神達が転送されてきた。中で球体を叩き喚くそれを、怒りの眼差しでみているエノ。


「己にとって都合のいい僕を欲しがり、取り上げられたら喚き散らすか。それでは、人と変わりはしない。貴様らは、それでも神か恥を知れっ!!」


その瞬間、ステンドグラスからおびただしく血のように流れ出る神威。

ただ、力を失い干からびていきミイラ化する男女の神々をただ見つめ。



「貴様らに神の資格はない、ただ滅びよ。一秒を二億年に感じる様に設定した、その間ただ力を垂れ流し干からび朽ち果てるが良い」




さて…、諸君。


振り返る女神エノは、さっきまでの血管だらけの顔ではなく女神に相応しい微笑みを浮かべていた。


髪の毛以外手入れをせずボロを着ていた神、そのブレた瞬間だけ白い美しいドレスを着ていたのを天使達は見逃さなかった。


「しばし休むといい、そうだな二か月程休暇をやろう。その後、お前達に相応しい仕事を与えるとしよう。傷を治し力を戻し、今はただ心穏やかにする事だけ考えろ」



(それだけいうと、エノは闇の中に消えた)



クリスタだけは、その一部始終をその眼でみていた。



「この世に、天罰など存在しない。ただ、この世の支配者の怒りはある」


かつて、それはアクシスに言われた言葉。

かつて、それは大路が幾度と口にした言葉。



「この世の支配者、あのボロを着ていた力なき幼い神。最初は私達を、かばってくれているだけだと思った」


それがこれはどうだ、未だ眼の前で自分達を力で押さえつけ続けた神がただ何も出来ずミイラ化して干からび神にあるまじき叫びをあげている光景。



「恥を知れ…か」



神は、存在値がある限り死ねはしない消えもしない。

だが、その源泉たる神威をあの様に絞り出し続け何も出来ないようにすると言う事か。


何も出来ないまま、ただ苦しみと痛みを与え続けるだけの檻。

ただ殺さず、絶望させ。純粋な力で滅多打ちに殴打し続ける力の檻、それを全方位の力のガトリングで設定した時間の長さで万力でねじ切る様に。



(檻なのに、何故にあれ程美しい)


まるで、美しいだけのアイアンメイデンだあれは。


「この世の支配者の怒り、我らが仕えると誓った神は屑を名乗っている」


もう一度、空をみれば満天の星空の様に檻が浮かんでいる様を見る事が出来た。

一瞬だが、あの神は力を行使した時だけ神威が見えたのだ。


(真の闇と光を共存させているからこそ位階神というのか)


「我らを支配し理を敷いた、数多の神が瞬きする間に全てがあの檻に…。僅かに見えた力だけで、その恐ろしさがよくわかる」



この世の支配者は、サボりでみないふりをし続けているだけのニートだ。

唇を震わせて、拳を握りしめクリスタは意識を保つ。


「地獄の日の前日、貴女は我らの為にただ泣いてくれた。そして、今回その地獄の日を許されたもの達も貴女に抗議した瞬間に貴女の怒りを買った」



今までの仕打ちを思い出し、自分達の仲間の墓を思い出し。

拳を握りしめて、ただ叫んで泣いた。


大地に幾つもシミをつくり、嗚咽が周囲の檻の絶望の悲鳴にかき消され。

ただ大地に両手と両膝をついて、クリスタが慟哭し。


「貴女は、ただ見ないふりをしているというのか」


(いつも、貴女は泣いてたじゃないか…)


「貴女が庇っているだけだと思った理由は、ただ優しく肩を抱いて泣いてくれたことだった。貴女はその力を決して見せる事も使う事も無く、ただゴミ捨て場でスライムを抱きしめ泣いていた幼女だったからだ」



天使の為に泣いてくれる神等、この世にいるとは思わなかった。

天使の為に怒る神など、この世にいるとは思わなかった。


(貴女は、墓の前でただ花を供えてくれた)


「貴女が本気であれば、親友は死ぬことなど無かったのではないか。それを思うと、怒りがこみあげてくる」


(それを、見てしまえば何故と思う)


「いや、貴女はただ判って欲しかったのだろうな…」


管轄を変える手続きは、正規のものだ。

私達全ての、所属をエノの下にするもの。

そこで、ただ黙って私達を送りだせば彼女はまだ我慢したんだ。



「便利な駒をただ奪われて、逆上してボロを着た幼女を寄ってたかってか。人にも劣る畜生だ、だから彼女は再び怒り出したわけか」


(その、我慢の限界を超えた先にあった結果がこれというだけ)


力無き、幼い幼女のフリをしたこの世の支配者の怒り。

ただ、凄まじい。その一言に、尽きる。

苦しみと怨嗟の叫びが檻から響き渡り続け、それを見上げてクリスタは思う。


(地獄の日を許されたのに、まだその力が理解できんとは…)


そして、この休暇が終わった時に最初に言われた事が箱舟で働けと言う事だった。

給料はコインで、私の評価はポイントで。


コインは、箱舟の金として。

ポイントは、私が可能な願いを叶える為に使う事ができる。


「さて、私の部下になったからには箱舟のルールは守ってもらう。休みを取り、報酬を与え。己に全ての選択肢がある、それが私が敷くルールだ」


(報酬…?)


クリスタは、もう一度幼女を見た。

幼女はただ、優しく笑うだけだ。


「もしも、もし死んだ天使を蘇生して欲しいという願いをしたら。もしも、天使をやめて人になりたいと願ったなら…」


眼の前に、透明な板が現れそこに数字がならんでいた。


「私が提示する値段はそれだ、それは願いを叶える値段。私にそれだけ払えという値段が書いてある。どのようなことを望んだとしてもポイントで払えば、私はそれを叶えるよ」



天使の蘇生すら、高くても値段は表示されていた。オプションで、記憶を何処からにするかとかもあった。


私は値段は変えない、その数字はお前への報酬に他ならないから。


「報酬を変動させて、その価値を変えるのは外道のする事だ」



ただ、私は働かないものに報酬を出そうとは思わないだけ。

ただ、私は努力をして上を目指す。それだけを望み、末端の天使とてそれは約束しよう。


私が、お前達に払うのは数年後にしか金に変換できないような。

似非の株式などではない、私が払うポイントは即時が原則だ。

払えば即時、叶えよう。待たされるとすれば、叶える際に尋ねなければならない事がある時だけ。



暴力も財力も権力でさえ、それはただの力。

私は屑だから、思うままにそれを振るい。私の、気に入らないものを叩き潰す。それが例え悲しい天使の宿命でさえ私は気に入らなければ髪一本残しはしない。


(叩き潰すのがイヤだから、石ころをやっている神…)


「箱舟の仕事は沢山ある、はろわにいき条件を言えばいい。但し、言った事しか聞いてくれないからそこは注意しろ」


「ありがとうございます」


エノは苦笑して、よせよせと肩を竦めた。


「私は祈られたくも無いし、お礼を言われる筋合いも無い。見ないふりをしてきた、それによって犠牲になるものなど数多いる。だがな、私は箱舟の中しか救わない」


お前達は、今その箱舟の中にいる。


(目に止まれば、鼻につけば私は手を出したくなる)


労働者を守るのは、それを使うものの宿命。

神や天使とて、それは変わらない。


私が屑で無いのなら、お前らがそうなる前に手を差し伸べる。

こき使うだけで、守りもしない奴はただの外道。

そんな奴は、他者を使う権利などない。


「お前達の悲しみも全て知っていて、辛さや憎しみも。無くしたいと言うのなら、私はそれも叶えよう。私は、何処までも働きたくないから高値を要求するだけだ」


(私は、悪い神様だから)


そう言って、エノは笑って肩を竦めた。


天使をやめたいというのなら、人を救えと言うのなら。

何かあるのなら、報酬としてのみそれを聞こうじゃないか。


望みがないのなら、働かずとも良い。

私が気に入らないのなら、いつでも去ればよい。


「屑の下でなんか働きたくない、そういって箱舟を辞めれば済む話。私の管轄である以上、私が自由だと決めればお前達は自由に生きられる」


左手を軽く上げてクリスタに背を向けて、闇の中に消えていくそれをただクリスタは頭を下げて見送った。


「貴女がいう、外道で無い存在なんてものがどれだけいるんでしょうね」

そういって、クリスタはとぼとぼ歩きだす。


その翼は飛ぶ事を拒否し、重い足取りでただはろわに向かって歩く。


「本当の貴女を見たいといったなら、どれほどのポイントを取られるのでしょうか」

思わず変な笑いが漏れた、天使がしてはいけないような複雑な表情をして。


「私は報酬を違えない…か、ならちゃんと払ってもらいましょう」


顔の半分ある、丸いレンズの伊達眼鏡でその表情を隠したクリスタは辛い事がある度にあの背中を思い出す。



我らが神は、何を思って神乃屑などというものを背負っているのか。


「高みを目指す事を望む、貴女のいう高みとは一体なんなんでしょうね…」


ゆるゆわのウェーブ髪が、僅かに揺れて。

クリスタの薄水色の髪に、翼をしまい。


いつか、人化ではなく。人になりたいと、そんな事を想いながら。

どうせ、人になっても辛いだけなら。


人生を貴女の下で、歩くのも悪くはない。

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