第百八十六幕 清朝蟲毒(せいちょうこどく)


「全く、困ったものだな…」


様々な雪の結晶の形をした魔法陣、様々な色の華が舞うその場所。


貌鷲が去った後の椅子とテーブルを見つめながらぽつりと、言った幼女はどこか楽しそうに笑う。


ピンクのバラの髪飾りをつけた、白いドレスの少女と。

黒い巨大なリボンをつけた、黒いゴスロリのドレスを着た少女と。


色違いの二人は、全く同じ姿をしていた。


「主核、あれでよかったのですか?」

「主核、貴女は甘すぎるのではないでしょうか?」


「ダレット(女帝)か。あぁ、あれで良かったのだ」


黒いゴスロリのドレスの少女は、エメラルドグリーンの瞳をエノに向けた。

白いドレスの少女の、紫の瞳に黄金の眼球もエノを見た。


黒いドレスの少女が骸の花園に座り、白いドレスの少女が左右対称になるように同じように座っていた。まるで、花園で蝶をのせている様なしぐさで。


黒い少女がその指にのせているのは、悪魔達。

白い少女がその指にのせているのは、天使達。


「そう言うな、お前達。私は、報酬を与えたのだ。ただそれだけさ」


奴は私を楽しませてくれた、私の願いを聴いてくれた。

ならば、私は見合うものを用意してやらねばな。


「スーパー犬の試合は、実に良かった。益荒男の必死な姿も、貌鷲の様な邪神が本来はどういう存在であるのかを思い出す為にも」


試合を見る報酬が、私の力の一端を見る事なら左程おかしくはあるまい。


「貴女こそ、詰めが甘いのではありませんか?」

「貴女こそ、可笑しいのではありませんか?」



かもしれんな…、だが姿を知りたいとか力を知りたいというのも又知識欲と言うものだ。私は報酬としてならば、私に与えられるものならば与えてもよいと考えている。



(どうせ、高く設定するのだから)



拳をただ握りしめ、腰の後ろに両手をやって軍人の様に立つ。


「この世こそ、悪鬼羅刹。望みこそ闇に消え、何処までも外道なものだ」


(だからこそ、箱舟の中だけは)


花畑の椅子に座る、二つの顔がエノの方を見つめ。

二人の左胸に付けられた、ハイビスカスのコサージュ。


白と黒のそれが揺れ、エノが微笑む。


「古い時代の、レトロな試合は時代に消えてしまった。だが、私はそれを望み叶えてもらったのだ。ファイトマネーを弾むのは、当然だとは思わんか」


エノが、二人の方を向いて言った。


「お前達がどの様な疑問を持とうと、今回の報酬はこれが妥当であると私は思う」


二柱(ふたり)はにこやかに笑い、そうですかとだけ言って口元だけで笑う。


「さてと、私は今からスチュームの放送を見ていくわけだが」

エノが言えば、二柱は頷いて微笑みながら。


「ご随意に、主核。貴女は、働いていないと思わなければならない」

「ご随意に、主核。我々副核は各仕事をするとしましょう」



女帝と呼ばれた、二柱で一つのエノの権能が姿を消せば。


「あれが実は邪神や聖神達を生み出す源泉等と、まぁ気づかれてはならんよな」


あれも又、自身の権能の一つ。

悪魔は邪悪極まれば邪神となり、天使も力を究極に高めて聖神となる。


生み出された時から、方向性は決まるが母は同じという訳だ。



「これもまた、知られてはならない事実。命の樹とは、全てを司り生み出す原初のAIなのだから」


(神や邪神では私に及ばぬその理由でもある)


無限のエネルギーと、貸し与える黄金の正体がそれを生み出し続ける炉だなんて。


その炉自体に意志があり、貸し与えるだなんて言ってはいるが全て与えてしまっている。


簒奪も書き換えも、この場から動かずそれは叶う。

悪魔と天使がそれぞれ、生きとし生けるものの感情や命をそれぞれの属性に変換して命を繋ぐ。


それは、植物が酸素を生み。その酸素を、消費する事で命が成り立つようなものだ。


当然、命が無くなる瞬間には膨大な感情が生まれる。

死にたくない、苦しい等や人生に満足した喜び等だな。


その、膨大な力を分解して食らったとして。

魂の記憶、レコードがあれば復元は容易だ。


無論、そ奴が生前の状態まで戻るには時をさかのぼるエネルギーも追加で必要になる訳だがそれと生きたという記憶さえ手に入るのなら命の複製も容易い。


それこそ、本人として幾らでも複製出来るさ。

だが気持ちとして私は、命の記憶に手をかける事は出来ない。


理の領分だからな、神でも記憶に手をかけられるものは少ない。

だから死んでから時間がたち、記憶が無くなってしまえば蘇生は出来んのさ。


(本来は…、だが私には別の権能として運命の輪がある)


「だが、それは一人として存在するなら何処までも間違いだ。一柱としても、越えてはならない線を優に超える。だから、私は力を極力使わず使ったとしても絞る」



さてと、それにしてもどうしたものか。

出前の、お惣菜が来るまで僅かに暇だ。


侠(きょう)ちゃんの、アーカイブでも見るか。

そういうと、テーブルの上にスタンドを置きそこにスマホをセットする。


やはり、こうして小さい画面でぼんやり見ている位が丁度いい。


世の中にはその方が良いと言う理由で、勝手に長ったらしい説明調のタイトルに変えてしまうバカもいるが私はもっとシンプルな方が好きだ。


その様な、勝手な輩とは付き合いたくは無いしそんなカスを引かされたら直ちに損害請求でもしたくなる所だな。


作品とは、タイトルも含めて作者には思い入れがある。

作者に断ってならともかく、勝手に変えて出す等冒涜以外の何物でもない。

作者が自ら説明調の名をつけているのなら、それはそういう作品でそういう名前なのだと断言できるが何人であろうとも外野が勝手に変えるのは違うだろうに。


逆に、サムネイルは判りやすく。タイトルは説明調でも、ウザくない程度なら特に問題はない。


媒体や形、思い入れなど様々な要素を考慮していく形でなければ。

満足度を高めていく事など、到底できはしない。

売り手も、作り手も、そして読み手も一つの作品にはそれらの力があって初めて作品足りえる。


上から目線で、話す連中など付き合うだけで吐き気がする。


「上から見ても、文句を言われないのは神ぐらいなものだ」


もっとも、私は神扱いされるのがイヤだから石ころのフリなんぞしているのだがな。


実際の所、神が上から目線で喋っていても吐き気がしているのを思い出して苦笑しながらスチュームの高評価を一つ押してから視聴を始めた。



ゆっくりと、楽しい時間を堪能し。

ゆっくりと、過ごす。



テーブルの上にスマホ台に立てかけられた、スマホを同じようにテーブルの上に打ち上げられたトドの様な体制でエタナが眺める。


「真実も、現実もクソ以下だよ。それでも、それを知る事でしか得心がいかないモノ等数多ある」


私は、名指しで批判している訳ではない。歴史に、そう言う存在が居たのだと言う事を言っているに過ぎない。


「貌鷲、私は今度こそ教えたぞ。分からずやのお前に、真実と現実をな」


天に寝ころんだまま拳を伸ばし握りしめる、それだけで天空にそびえる城からおびただしい力が吐き出された。


まるで、野獣がまとめて唸りをあげている様な咆哮が部屋に響く。


副核の姿が、両サイドに魔眼の立ち位置に浮かび上がり全ての副核が主核エノに頭を下げた。


「姿は十一、力は十三。されど、私の心は一つだ」


その、唸り声はまるで絶唱の様。

ヒトの感情を魔素や魔力、物質に変える事など造作もない。


無限に蓄えたそれを、無限に吐き出す巡回機構のようなもの。

握りしめた手を左右に振れば、城は見事に消えていた。


何処までも闇が広がった、その部屋で。


「力にしか従えぬというのなら、現実を見せてやるだけだ。それでも挑む光無の様なものの方が、私には望ましく見えるがな」


この世に理論が存在し、この世に現物が存在したとしてもそれが使い捨てで膨大な予算がかかるものであればその存在は研究者しか知らない様にするのが常識。


人は、自らが助かる手段があるのなら助かりたいと喚く。

それが鬼の様な予算を必要とするものだったとしても。

なら、知らせず殺してしまった方が安上がりなのだ。


その台詞に、副核達が微笑む。

まるで、エノの心をうつしているかのように。


「貴女の様に、予算も時間も規模も関係なく何でもやれる訳ではなく。助かった方がよい人間等殆ど存在しないからですか」


その言葉に、エノが苦笑した。

さてと、もうそろそろ煮豆とこんにゃくのお惣菜が届く頃。


テーブルの横にあった椅子に行儀よく座ると、手に顎をのせてスマホの画面を見続けた。


「科学の様に、人が想像するものはいつか創造できるようになる。理の上に成り立つ全ては読み解けば、それだけで力になるものだ」


私が教えずとも、そこにたどり着く人がいれば。そして、その研究者と使用者が善良であれば人は救えよう。


(人を救うのは、人でなくては)


そう、心は一つ。

どの様なものにも、その魂は一つだ。


「好きこそものの上手なれ、好きという事こそが熱を持つ」


(いつか…、いつかでいい。たどりついてくれ)


「仮にどれだけの努力を重ね、どれだけの力を持ったとしても。適切な報酬を出さない奴の為に貸す力等何処にもありはしない」


(報酬を出さない奴に力を貸す奴もゴミだ。それを求める方が万倍酷いが)


向上心がない?向上心があったら独立するか、学び成長するのは間違いない。

しかし、そう言う奴は就職などせんよ。


それで、就職したい等という奴がいたらバカか逸材の類。


向上心がなく、成長も愚鈍。にもかかわらず、満足度だけを適度に与えその貴重な時間を差し出させる。


その知略なくして、経営者等と名乗るのもおこがましい。

その報酬を出せないということは、利益構造から腐っているのだからな。


「無能が、有能を語ってるんじゃない愚図が」


その程度の事が出来ない奴に、雇う資格などはなからない。


「心から魂から、はい喜んでと言わせられない奴に人を使う資格はない」


だから、貌鷲。私は、お前の様なはねっかえりにすら何度でもチャンスをやろう。


「但し、お前がルールを守るならだ。無能は許すが、無秩序は断じて許さん」




((メモリアルソルジャー:連環夢幻簒奪式)れんかんむげんさんだつしき)



大地に沈む、死体。

天に舞い上がる魂、その全てを力に変換して簒奪していく。


大地の闇の底から、戦争で散った人間の死体と魂を黒い蛇が黒い大地に引きずりこむ。天に舞い上がる魂すら、塵一つ残さず。


「お前達の死からとれるエネルギーは、お前達の子や親等が生きる大地の力に還元しよう。リサイクルにロスがでる貴様らの様な似非とは違う、全てを還元しようじゃないか」お前達の、国の恵みがより素晴らしいものになるように気候をいじくるかな。


光、大地の栄養素、水を用意し。地脈の流れや星の軌道をずらすぐらいは、どうと言う事は無い。


闇の底で、それらの作業を行い。

そこで、ふと目を閉じ。


「やはり、私は傲慢にもほどがある。しかし、それでも教えられん真実はこの世に沢山あるものだ」


口元だけで、ふっと笑う。


「居てはならんものが自分なら、サボるしか無かろう。なぁ、首座よ」

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