第百八十七幕 蒸機逃渦(じょうきとうか)

そこには、手を突っ込んだまま大路を見上げるエノが居た。


「ほほう、新しいアトラクションをやるから邪神を貸せと。どんな、アトラクションをやるかお聞きしても?」


大路はにこやかに尋ねる、エタナの時と違いドスの利いた女の声で幼女は口を開く。


「お前より弱く、貌鷲の二十倍か四十倍位強いのが望ましいが。適任はいるかと思ってな、仕事とは別に条件を満たせばボーナスもある」


大路の邪悪な笑みが深くなり、明日とは急ですなと続く。


「無論、やりたくないのなら断ってもいい。やって欲しいのは、ドワーフとエルフが死にもの狂いで作った列車を追い回す事だ。ゴールまで逃げ切られたら邪神の負け、反対に電車が大破したり捕まったら電車側の負けというルールでだ」


勿論、呪術、魔法、スキル…。まぁ攻撃と呼べるものはフルパワーで何でも有りで、悲鳴や絶叫等の感情がふれたらその分もお前達の報酬に闇エネルギーとして報酬を上乗せしようじゃないか。


「ワシがやりたいですな、その追いかけまわす仕事を…」


お前や私じゃ、アトラクションにならんのだ。

勝負の見えたものでは、テストにならん。


残念じゃのぉ、と大路がため息をつく。


「それならば、有栖(ありす)では如何でしょうか」


そうだな、ではありすとやらに頼むとしようか。


そうして、決行日当日用意されていたのは石炭をぶち込む所が先頭車両に二つ付いた。


「ほほ、これはまた凄まじい」


どうみても、黒いSL(つまり蒸機機関車)の形状をしたそれ。


外側には黒の外装が見えなくなるほど複雑怪奇な術式がびっしり書き込まれ、石炭の変わりに魔石が砂利の様に積まれていた。


「どうじゃ!ワシらドワーフの鋼の技術をふんだんに使い、エルフ共の術式をかきこんだアトラクション用の乗り物はっ!!」


でかい声と、やり遂げた感のオーラを出しながら親方衆が仁王立ちで立っていた。


「出陣じゃ!」


汽笛の変わりに、虹色の煙を巻き上げて。

大路とエタナと黒貌と親方衆と試験運転に呼ばれたもの達が乗り込み、徐々に加速していく。計器の速度がデジタルで、上昇していくのが判る。


「ありす、行かせて頂きます」


いきなり、ドンという衝撃波とともに音速一歩手前まで加速し魔法を連射した。


「黄金郷(エルドラド)を起動っ!!」


ばちんという音と共に、術式に一瞬でラインが走り後部に抜けていく。


なんとっ大路が眼をみはれば、ありすの連射した魔法が明後日の方向に弾かれて霧散した。


親方衆とエルフが全員で両手の親指を立てながらハラショーと叫ぶ、龍のブレス並の攻撃を連射してもびくともしていない防御機構。


「さーせん、親方っ。今ので90%もってかれやしたっ!」


その瞬間親指を立てたまま、技術者たちが脂がキレたブリキの様な音を立てて機関室を見た。


機関室の助手が、泣きそうな顔で頷く。

エタナは、大爆笑しながら指を指した。


そこで、黒貌が呟いた。


「次が来ますよ」


全員が慌ただしく、あたふたと車両の中で走り回り。

機関室では、魔石を全力でほおりこむ汗だくのエルフとドワーフがいた。


連射ではらちがあかないと判断した、ありすの極光が車輪を狙ったのが見え。


「極星っじゃ!」


極星(ぴんぽいんとらいと)を起動して、極光が四十五度に折れ曲がり線路の外の景観を焼いて穴を空けたのが見えた。


「親方ぁぁ、次当たったら装甲盤いかれちまいますぜ!」


悲壮な顔で、必死に魔石を手動で魔導炉にくべているが機関室で管理している防御メーターが上がるより速く魔導装甲が削られてしまっている。


「実動させるなら、もうちょっと弱い邪神にやってもらわないとダメそうだなー」


そんな事を脚気に思いながら、指を指してゲラゲラ笑っているのがエタナだ。

もう、機関士さえ全力で魔石をくべる事に参加しているが全然足りないのが判る。


車両が線路から、外れそうなほど傾いた。


「しまったっ、俺もくべるのに参加してたら誰がハンドル曲げるんだ!」


もう、列車が倒れ始めてからそれに気づく。


「緊急浮上、ホバースラスター!!」


ボタンを押した瞬間倒れた車両が、風の術式によって押し上げられて無理矢理線路に戻った。


技術者一同が全員でぜーぜーいいながら、助かったぜちきしょー等とガッツポーズしているのがみえた。


「おぃぃぃ、樽共どうして魔石くべるのが人力なんだよ。バカかおめぇらは、これがアトラクションじゃなかったらオシャカポンだろが」とエルフが怒鳴れば、ドワーフも。


「蒸気機関車といったらこれじゃろっ!黙ってくべんか死にたいのか!!」


「遊園地用なんだから見てくれだけに決まってんだろ、魔石くべて黒煙も吐かずにロスゼロなんだぞこいつは!」


必死に手を動かしてはいる以上、全員状況は判っているようだ。


「えぇぇい、術式の強度的には邪神のそれなりの奴の攻撃でも防げとる。燃費はひどいもんじゃが強度は抜群じゃ!これなら、魔力が続く限り死にはせん」


エルフ達がその美形の顔を悪鬼羅刹に歪ませながら、ドワーフの一人の胸倉をつかんだ。


「じゃぁ、魔素バッテリーでいいだろが。炉にするにしても自動化するとかもうちょっと考えろアル中が、お前らの脳みそ入って無くて体の中身は酒しかつまってねぇんだろがこの樽野郎が」


そう言ったエルフの頭を掴みながら、ドワーフも負けじと叫ぶ。


「ロマンっちゅうものもあるじゃろが、判らん人が。機能美もそうじゃが遊園地用なら子供に楽しんでもらう事もだいじじゃぞ、そんな事も判らんのかもやしが!」


顔を突き合わせながら、急に真顔になる二人。


「「そんなこと言って直すのも、文句言うのも後だお前らズラかるぞ!」」


白髭青ズボンのドワーフの親方の高木と、背中に和彫りの双頭の鷲を背負ったエルフ白衣の西田が叫ぶ様に窘める。


「今は逃げ延びて、安全性とか生産性を証明しなくちゃいけねぇんだ。今の施設を使いまわして作れるかどうか修理や点検が迅速にできるかどうか、これはまだテストなんだよ。つめんのも文句言うのも後にしろっ!」


(へい!!)


技術者全員の声が重なって、再び全力で魔石をスコップで石炭が如く突っ込んでいく。


「西田ぁ、想定よりエタナちゃんが連れて来た邪神さんがやべぇ」


「んなこたぁ、減ったメーターみりゃ判るぜ高木。ドラゴンブレスでも二百発は耐えれる採算度外視設定にしたはずなのに、削られるのが速すぎだ」


二人とも、製造で使って居る機械の動きを想定しながらどこを対処すれば強度をあげられるか。消費を下げてパーツを流用し、費用を抑え込めるか悩みつつ。


しかし、文句を言いながらも誰よりも率先してシャベルを動かす。


ちなみに、ガンガンぶち込んでるがこの魔石も外で買えば一個がアルカリ乾電池四本程度の値段にはなる。


それを湯水のように、炉にほおりこまなければ直ぐに術式装甲がはがれてしまうのは明白だった。


何故、アルミに液体金属がダメなのか。

それは、例えば水銀なら金属の中に浸透しあっという間に腐食。

金属がかかっていない部分にすら、結晶の隙間に入り込んで破壊する。


(それと同じレベルの術を、戦艦の主砲レベルな極光で連打してくるアリス)


魔力が尽きない限り、新しい結晶装甲を瞬間再生させる驚異のアトラクション用装置との限界バトル。


「こりゃ、アトラクションで運用する時にはもっと弱いやつにやってもらうか。もしくは、燃費をスコップひとすくいで同じ強度がでねぇとダメだわ」


「それか、線路から供給するかですねぇ。ただそうすると、この速度と減衰の問題がでてくる。低燃費は難しいですよ」


汗だくになりながら、長年連れ添った夫婦よりも息ぴったりで文句を言いながら魔石をくべるその様に大路は大満足だ。


「素晴らしい!素晴らしい仕事だ」


左手でフィンガースナップを決めながら、老人が機嫌よさげに後方に叫ぶ。


「ほれ、もっとうちこまんか!ボーナスは眼の前じゃぞ」


全員が無言で、何余計な事言ってんだクソジジイと睨みつけつつ心を一つにした。


「はい、喜んで♪」


邪神が、人型形態の時は力ある邪神程醜い。


そのガングロ決めたLLサイズの体を揺らしながら、輝く笑顔で接近しながら呪法やら呪いやら魔術を連発しながら迫る壁の様なありすを指さして大路がエタナちゃんに言った。


「いかがでしょうかな、特別顧問これならスリルとサスペンスと一体感を味わってもらえるステキなアトラクションが出来そうです」


そりゃー邪神側からすれば、必死で逃げる技術者たちの悲鳴や苦悩の感情は良いエネルギーになる。


そうでなくても、箱舟の労働である為ちゃんと給料もたっぷりでる。


何より、闇の長老である大路公認なのでこの後有給で捕まえたらボーナスまであると言う。


箱舟は報酬はガッツリ出る、満足のいく待遇と労働環境もそろえて貰える。

はいよろこんでーという、居酒屋の様な掛け声が魂から出る程度には素晴らしい環境なのである。


ちなみに、電車側のテンションはいつもの事。


「ご注文通り、ある程度体格が小さく魔法や呪いなど飛び道具に優れ扱える種類が多くそれでいて迫られる事に危機感が出る程度には強い邪神をご紹介させてもらった訳ですが」


輝く笑顔で、満足げにしながら大路は身振り手振りで黒貌やエタナちゃんなど箱舟の遊園地のアトラクションを増やそうと企画した側に説明していく。


その横で、汗だくのつゆだくで作業着と白衣がべっとりで体の中に着てる服が透けて見える。


「おおじぃぃぃぃ、もうちょっと弱い奴にしろよぉぉぉぉ」

と一人のドワーフが泣き言を言えば、大路は優しく微笑みながら否邪悪に笑いながら。


「いやなに、テストなのじゃろ。テストはより過酷で、かつ何度でもやった方がよいじゃろう?。お主らが、いつも自分達で言っとるじゃろが」


そう、不備というのは大体極限で出る。

テストはその為にやるのだし、どんな条件で壊れるのか悲鳴を上げるのか。

設計段階や、仮想AIに考えさせたり匠の技術力を結集しても作って動かさねば判らない事は世の中沢山ある。


だから、テストはより正確で厳粛でかつ丁寧にやってデータを取り次につなげなくては進歩がない。


技術者はどこぞの屑神などでは決してない、何度でも挑戦し何度でもくじかれ学ばなければならないのだ。


やる前から、全ての結果も欠陥も改善策まで判るなどと言う事はありえない。

だから、決死で必死でテストを行うのだと。


「ワシはお主らを信頼しとる、仮にもお主らは箱舟本店の技術者なのじゃから当然じゃろが」


じゃなきゃ、あんなアホみたいな予算など誰が払うかヴォケが。

春闘なんかさせん、箱舟本店はいつもにこにこ満額回答以外にあるわけがないからの。箱舟は我らが神の労働者が集う場所ぞ、一片の不足も許さん。


研究にも開発にもテストにも予算はかかるが、その本店の予算を用意しているのは一部の闇の邪神一族と一部の天使達だ。


「努力と改善!今ダメなら、今後につなげてなんとかせぇよ。時間は沢山ある、予算も用意しよう。知識は図書館行けばよかろう、何が不満じゃゆうてみ。箱舟本店に不足があってはならんのだ、向上心も材料も何でもじゃ!」


大路は叫ぶ、箱舟に不足があってはならないと。


「おうよ、何とかする為に今を頑張るのが我々の仕事だからなっ!」


エルフとドワーフの表情は明るい、汗だくになりながら魔石を投下し。ハンドルを左右にきっては用意された術式を起動しては攻撃をしのぐ。


黒貌はシートベルトを締め、その横でエタナが腕を上げ下げしながらはしゃいでいた。ありすの攻撃をしのぎながら、線路を走り抜けいよいよゴールが見えて来た。


……が、ここで再びトラブルが起こる。


タイヤの車軸が真っ赤になって火花をあげ、最悪緊急制動で止まれば良いとはいえ速度の出し過ぎて摩擦熱で線路が溶けかかっていた。


未だに何とかなっているのは、術式の中に摩擦軽減も簡易時空保護も付与してあるからだ。


簡易時空保護は、燃料の魔力がゼロにならない限り時空魔法によってメッキ上に広がり車軸やタイヤ等の心臓部を保護する安全装置。


だが、安全装置が起動しっぱなしになっていると言う事はそれだけ魔石を更にバカ食いしていると言う事でありいよいよ限界が近い。



物理的な無茶を、魔法と回路で。

魔法的な無茶を、技術でねじ伏せる。


警告がなりっぱなしであり、機関室上部に取り付けられたアラームは常に真っ赤である。


「テストで過酷っつったって限度があらーな、安全装置起動しっぱなしで良く動くなこれ」


箱舟に不足があってはならない、だから安全装置も四十五十にかけられている。

子供が遊ぶものだから、より安全でなければならない。



スリルはあっても、事故はダメだ。


安全第一、それだけは両種族に共通した心得なのだから。

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