第百八十三幕 うっかり幼女

ここは、軍犬隊用フロア第四十五番区画。

そこで、益荒男に向かって土下座している幼女が居た。


「しゅみましぇん……」


涙と鼻水で、ぐっちゃぐちゃになっている。それを、益荒男は優しく笑いかけながら背中をさすりつつ何があったんだいと爽やかな顔で声をかけた。


重ねて言うが、この益荒男。

黒いブーメランパンツで生活しているが、常識人でイケメン。

角刈りで、いつも優しい顔をしている。


「実は、先日スーパー犬(ワン)の試合をしてもらったじゃないですか。一度限りの約束で、そしたら興行主から問い合わせが殺到しまして」


最高の試合、エンターテインメントとして凄く盛り上がった激突壱零は益荒男もおぼえている。


※七十五幕参照


「あぁ、覚えているよ。零虎とかいう選手は、凄く強かった。おかげで俺は凄く励みになってさ、今でも夢に見るんだ。軍犬隊として、あのレベルの敵を取り押さえるならもっと鍛えないとってね」


百八十七センチの身長の益荒男からみて、少し身長は低かったが鍛え抜かれた技に確かな信念。


「そうしたら、余りの人気と盛り上がりとグッズバカ売れと色々あって零虎は出ないのか?スーパー犬は出ないのか?って観客から山の様に問い合わせがございまして」


益荒男は微笑みながら、優しい顔でゆっくり話してごらんと幼女の話を聞いていた。


「先日、遂に圧に負けた興行主達からポイント使って申請された訳なんですよ」


法外な請求をしたはずなのに、全ての興行主が力を合わせて支払ってしまったのだ。


「ですから、こうしてお願いしに来ました」


はぁぁぁぁぁ、と深いため息をつく益荒男。


「貴女は、命じれば良かったのでは?」


結局、約束を反故にする事になる為命じる事無く頭を下げに来た訳か。


「そうですね、では俺から出場するにあたって一つお願いがあります。それは、対戦相手が零虎かそれに準ずるほど強い相手を用意してもらえますか?」


軍犬隊として、より鍛えぬく事が目的なのだからショーなどごめんだという意味で俺はその約束をしたんです。


そんな、人気取りなど俺には無意味だ。

でも、あれほどの相手と報酬付きで戦えると言うのならそれは良い修行になる。


「判った、必ず用意しよう。スキルや魔法はどうする?、魔術や召喚。武器の使用などルールもつめて試合を組もう」


益荒男は、眼を閉じて考える。


「今回も無し無しで、例によって対戦相手も可愛い覆面してるんですか?」


興行の時につけていた、覆面のレプリカは再販する度に品切れて子供達にバカ売れしていた。


「それは、相手しだいになる。もちろん、スーパー犬は前回と同じ覆面でなければ困る訳だが」


益荒男は、二回頷くと幼女の両手をとって立たせた。


「俺は、構いませんよ。その変わり、ちゃんと強い相手と報酬を約束して下さいね」


相手が男でも女でも化け物でも、神様だってかまわない。


「最高の対戦相手さえあれば、最高の修行ができれば。俺は、一向に構いません」


頭上げて下さいよ、今の貴女にそんな格好させてたら外聞も良くない。


「必ず、お前の満足する相手を用意する」


……で、当日その対戦相手を見て度肝を抜かれたスーパー犬。


「エタナちゃん?!これはちょっとヤバすぎるんじゃないかな!いや、確かに希望通り強い奴は出来て来たけど。限度って言葉を、覚えようね」


そこに青コーナーに仁王立ちで立っていたのは、全身がひび割れた緑色の肉体をして。グリフォンの様な獰猛類の、紅の翼のついた全身がバキバキの筋肉。


マスクはデフォルメされた、ピンクのもこもこの縫いぐるみの様な耳がついた兎。

リングネームは、脱兎(だっと)。

首には黒に金縁でエリマキトカゲだかシャンプーハットだかみたいな飾り、蒼と黒のひし形を鱗の様に重ねたマント。


余りにも不釣り合いな、紫色の愛らしいふりふりエプロン。

兎の左耳に、紅いリボンが小さく一つ。

黒と金の縞々のタイツに、カボチャ色のスリッパ。


ちなみに、中身は貌鷲が人の姿を止め本来の邪神の姿に戻って覆面しているだけである。余談だが、貌鷲は一応女の子で人の姿をしている時は白い髪の毛のストレートにお菓子の形をした髪留め。黒いチャイナドレスを着ていて、本来の姿とは程遠いかわいらしい姿をしている。


邪神の闇の一族は、人の姿になった時容姿が醜ければ醜い程に本来の姿の力量や力が上昇する為ここまでかわいらしいからこそ一兵卒程度の力しか持たないといえる。


人にとっては、水爆と原爆を比べる様なものだが。


しかし、今日この日エノたっての願いで本来の姿と力で加減しながらリングの上にあがっているのである。


どうみても、その大きさが五十メートルは越えてそうな巨体の化物。

両足は蹄になっており、立っているだけで体から立ち上る邪悪な闇のオーラが天を焼いている。


「箱舟の何処にこんなヤバそうな奴が居たんですかねぇ?!」


零虎も、後で聞いたら飲食店の店長だっていうし。

この箱舟、非戦闘員の方がヤバい奴多いってどうなってんの?。


「我らが神、エノ様立っての命を受け対戦相手を務めさせて頂く事になった。リングネームは脱兎、安心しろ精々盛り上がる様に努力する」


マイクパフォーマンスで、想像以上に礼儀正しく礼をしつつ挨拶をする。


「ちなみに、普段は何をしてるかお聞きしても?」


益荒男は、余りの威圧感に尋ねてしまった。ダメもとで、そしたら帰ってきた答えは。


「ふむ、我の仕事か。我は、闇の邪神一族。長老達の元で荷物の運搬などを請け負っておるよ。転送するとマズイ外との取引などではいまだにトラックやこの鍛え上げた肉体で運ぶのが通例となっておるからな。後は、直属の上司の雑用に命じられた事を中心に様々な対人間相手の商売などをしている」



※嘘はいってない、クラウの手伝いをしているという意味では。



幾らなんでも鍛え抜き過ぎだろ、修行馬鹿の俺から見てもヤバさしか滲んでこねぇぞ。


「えぇ、あぁ。闇の連中の一派かぁ、すげぇ納得したわ」


あいつら、女神エノに対する忠誠が天元突破してる上。

基本的にあいつら邪悪でも神だけあって、男女にかかわらず飛び抜けて凄まじい。


「我はその末端、つまり一番下の階級。はねっかえりだったのを、エノ様に叩き伏せられてここにおる」


これで一番下なの?本来の力と姿だとこれがマジで一兵卒なの?

闇の邪神一派の連中、もしかして……長老衆はこれよりヤバいの?

っていうか、あの幼女。こんなのを、昔ダース単位でまとめて相手にして一日で滅ぼしかけたの?


「嘘やろ、嘘だっていってくれや…」


零虎が本当にただの、そう普通の人間の中では強いだけであったのだと思い知る。

前回はただのエキシビジョンマッチ、つまりエンターテインメント。

だから、用意されたのはあくまで盛り上げられる人。


だが、今回は益荒男が強い対戦相手を。実力がある相手を、自らが報酬として要求した。


だから、こんなのが来てしまった。


「あいつ、マジでルールさえ守ったら職業自由かよ。適正無視して、こんなヤバそうなのが戦闘員じゃなく運ちゃんかよ」


未だに変な笑いがこみあげてくる益荒男に、貌鷲はにこやかにその手を差し出した。


「さぁ、スーパー犬。簡単に倒れてくれるなよ、簡単に終わってくれるな。我らが神が、見ておられるのだ」



素晴らしい、戦いをお見せしなければ。

技を一つ、二つ重ねていけば。


「あらゆる希望すら、踏み躙る。闇の一族は、力の信奉者」


我らは魅入られたのだ、真なる黒き夢。

我らの絶対神に求められたなら、それは我らには誉れに他ならぬ。


瞬間…、力が更に膨れ上がり筋肉が隆起した。


「本気でこいっ、我はこの会場を盛り上げねばならんのだからな!」


やけくそで、突撃していく益荒男は思った。


「強いっていっても、限度があるだろうがっ!!」


突き出した拳が、貌鷲の胴にラリアット気味に命中し凄まじい衝撃波が会場にこだまする。


そして、リングに張られた結界をまるで銅鑼の様に衝撃波が叩く。


「マジかよ…、全然効いてねぇ」


そう、僅かに踵がずり下がっただけで蒼い尾を引く益荒男の攻撃はびくともしていなかった。


「いえ、そうでもありません。才能なく努力だけでなかなかどうして邪神の我をスキルも魔法も無しで純粋な力のみで動かした」


もっと、誇っていい。

貴方は確かに、あの方に認められるだけのものを持っている。


「全然、嬉しくねぇ」


さてと、次は俺の番。


「ショーはお客が楽しめなくてはならない、ド派手で交互に攻撃をしあい受けきるそれでこそ会場は盛り上がる!」


そういうと、その巨体に似合わず姿が消えた。

いや、消えたように見える程早く益荒男の左下に回り込まれてた。


「来るっ!!」


低空飛行で体ごとワニのロールの様にスピンしながら、益荒男の足を脚で挟み手の筋力だけで振り回す。


体中の闘気を絞り出し、集めても踏ん張れず簡単に宙を舞う。

そのまま宙で体制を直し、腕を捻るようにして構え直し。

その様子に、会場が歓声につつまれ。ちらりと、脱兎が会場の一点を見れば黒貌と一緒になって喜んでいるエタナの姿が見えた。


それを、覆面の下からでも判る様に満足げに脱兎が頷く。


「さぁ、人間としてはお強い方。もっと、凄まじい攻撃をお願いしますよ。もっともっと観客に喜んで頂かなくてはね!」


その様子に、会場は最高潮に盛り上がっていた益荒男以外は。


「次からは、人間で用意してくれって言わなきゃなぁぁぁぁ!」


あの土下座で、すみましぇんとか言っていた幼女の姿が頭をよぎる。

文字通り、スーパー犬の伝説としてこの試合は語られて行く事に。


その後、やはりスーパー犬は大人気になったが。

何故か、脱兎も大人気になった。


それはきっと、試合の最後に脱兎が覆面を取って人の姿に戻ったからであり。

力無き邪神は、プリティでキュートなのだ。


死闘を繰り広げて青色吐息になっていた益荒男がガチで項垂れていたのも、一役買ったのかもしれない。

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