第百八十二幕 極光(きょっこう)

「ふふっ、そうだそれでこそだ」


救いも滅びの己の手で行え、取捨選択し捨てる方に容赦等いらん。


「救うと決めて、救うべきと定めた者達をこぼれ落とさない為に」


お前達の両手で、届く限り救えばいい。


「かつて似非神どもに使いつぶされてきた、自分達の仲間の墓を見てきたお前達にならそれが判る筈」


お前達は手を取り合え、その手の輪が大きければ出来る事も多かろう。

槍が飛んで雲に穴を空けた時、彼女は、そのとんでいく槍を見つめ。そして、こう宣う。


「その槍は発射台にしか当たらん、お前らは殺したくないのだから。その願いを組み武器だけを壊す、他にそよ風程の影響も与えぬ」


私がそう作ったのだから、当然そうなる。

お前達は武器を無力化し、数多を癒す力を欲した。

誰かを守る力を欲した、ならばそういう形で与えようとも。


「誰に従っているか…、何度でも私はいうぞ」


己に従え、誰かに従う事は依存や支配と変わらん。


「力を使わず、私は居ないと思われるには。一人一人がもっと自由であるべきだ、まぁ協調性が持てないとか加減を知らんのであれば私は容赦せんが」


箱舟のルールと規制が何故あれほど緩いのか、簡単な事だ。

私は作品そのものをダメにするような、外の世界の団体の様なゴミ共は死ねばいいと思っているからだ。


綺麗なものも、汚いものも相対的な評価であり。

ただの印象でしかない、損か得かの話でしかない。

人ならば、男女の違いや持てるものの有無でさえ差別や区別の対象にはなろう。



「が、あいにく私は神であり。好き嫌いはあっても基本的に動植物も人間も精霊たちすら同じに見えている。ただの、元素の集合体にな」


だからこそ、私がやっているのはただのエコひいき。

私が神のなかで、クズたる所以だ。


「本当に死ねばいい等といえば、嬉々として闇の長老共がじゃぁ殺しますかなんて言い出しそうだからあえて口をつぐんでいるに過ぎない」


ただ、言葉を羅列している様な意味のない下品さも私のお膝元である箱舟では認められはしない。


しかし、その想いとその努力で作られた作品まで否定する事は断じて認められない。


抜け道など存在しない、私が保証する箱舟内部だからこそ。

正しく、我が子よりも愛情を注いで作る作品ならばある程度のものは認めていかねば。


「まぁ、外で禁止されていればそれは箱舟の外に出す訳にはいかないわけだが。世界にどの様な影響も与えない、箱舟のフロアであれば思う存分研究するがよかろうて」


ダストの手伝いをしろと私が言った、それは確かに命令だ。

だが、聞くと言う決断をお前はした。

箱舟の労働者同士である限り、私は私の命令などなくても手を取り合って欲しいと考えているよ。


私は、権力者でありながらボロを着て。髪の毛以外の手入れなど殆どしない、何処かの創造主の様に美しい女神などではけして無い。


「薄汚れた、ゴミ捨て場に居た頃となにも変わらない。世界中をただ意味も無くほっつき歩いて居たあの頃と何も変わりはしない」


断言しよう、あえてはっきりと。

生きていると言うだけで、お前達は私などより万倍美しい。


この世で最も便利な道具は金さ、だがそれは道具なんだ。

幸せにするにも苦しめるにも、人をストレスであぶるのもこれ程合理的な道具はない。


道具に振り回されるな、道具は使いこなしてこそ。

そして、金が通じる相手は経済圏に居るものに限定される。


「神に通じる通貨など、この世に存在しない。神に通じる法などこの世に存在しない」


(力あるものがしくのが法なれば)


法整備で中古品の値段が変動する様に、所詮需要と供給。

私に通じる値段は、私の匙加減一つ。


箱舟本店の様に、需要の分だけ供給できるのとは訳が違う。

本気になれば質と量で、外の経済を圧迫する事すら叶う。


金利や債券で物価をコントロールするのではない、供給を過剰にすれば値段は落ちるんだよ。


それが経済の基本だが、それを続けられる存在が箱舟本店というだけだ。

欲しいものが欲しいだけ、出せば手に入るなんてのは世界広しといえど本店だけ。

土地は?、空気は?水は?エネルギーでさえ、無限のモノ等存在せんから取り合うのだ。


「ダスト、その前提なくして平等に等というのはちゃんちゃらおかしい」


石油が無限にないからと、太陽をみて太陽の原理を再現した原子力でさえ。


「己らで制御できない、力やエネルギーは己らを容赦なく焼き切る。それは、欲望といった火力でも変わらない」


抗いがたく、己の身を焼く。


「だがな、その事を使いこなす大路達にも私は言ってない事がある」


便利な道具なだけで、決して万能な道具ではないと言う事をな。


火力があり、水があり。そして、立ち休む大地があるから自然は成り立つ。

火力だけで成り立つ星に、人は住めんのだ。


大路や私なら何もなくとも、問題はないかもしれんが人には不可能だろう。


「この世で、綺麗ごとでなく。好き嫌いで生きるものが一定数居る以上金で動かぬものだって世の中にはある」



神とて、金とて。

万能でないものに、依存する事程怖い事は無い。


ぶら下がる事も、一時ならいいかもしれんが常に逃げ出す事を覚えねばな。


「かつて、浮沈艦と呼ばれた船は設計図が洩れ時代遅れの思想で建造されその船の為に数多の犠牲を払い。そして、何も出来ずに海の藻屑と消えた事を忘れてはならない」


それに、かつてで言えばもう一つ。


「如何に優れ、素晴らしく。数多の利点しかない意見や技術がどれだけあったとしてもその瞬間に出せる手札になければそれは無いのと変わらないのだよ」


例えば、それは他人の技術や成果の組み合わせでお前がえらそうにするなと非難されたとしよう。


だが、客側からすれば結果が全てであり納期に間に合い完全に動作しかつそれが安い値段で提供され法的に何も問題がないのなら次も成果を出せる所に仕事を持っていく。


非難だけして、結果を出せない場所に仕事を持っていく事は絶対にない。

私からすれば、その組み合わせを瞬時に思い付き実装できる事こそが正しい。


実装手段を思いつかない、そんな阿呆に非難する資格などあるものか。


技術者は、その瞬間に間に合わせる為に命を削っている生き物なのだからな。

その心を持たないものは、どれだけの技術力を持っていても技術者ではない。


三時間を三分にするのに、無い知恵と予算を絞る。

だが、その三分だけ使いたいものが多すぎる。


三時間を三分にする努力をしないものに、その成果を渡すなど相応のものと引き換えねばやってられんだろう。


良いかね、この世でもっとも強いのは人の心。

そして、この世でもっとも弱いのもまた人の心。


この世で一番美しいのは、人の心。

この世でもっとも醜いのも、人の心。


「だからこそ、天使達よ。お前達はお前達と共に歩む仲間と手を取り、精一杯光を浴びて生きよ」



今までは変えられん、私以外にはな。

しかし、これからはお前達自身の手で今日この瞬間から変えられるのだ。


そっとその場で立ち上がり、空になったカップラーメンの容器を手に取りアイテムボックスに投げ込んだ。


「さて、帰るか…」


紅い夕日が差し込む戦場で、下を見下ろしそして言った。


「頑張れ、希望を浴びて生きよ。苦しみも、糧になる等という戯言は不要だ。私がいうのはいつだって、同じ事しかいわん」


(ただ、生き抜け)


今度こそ、空からエタナの姿をしたエノは消えた。

それを、下から見ていたダストはそっと胸に左手を当て。


「貴女は、槍を与えた時からこうなる様にしていたと言う事。全く…、相変わらずだ」


相変わらず、貴女という神は。


「俺は、知ってますよ。そのカップラーメン、俺と最初に出かけた時、試供品でもらった銘柄のシーフードの奴」


どんなに偉大になっても、力があっても。

貴女はずっと、そんな感じだ。


「今ならもっといいモノが食べれるはずなのに、貴女はいまでも四十コインの袋麺を具ものせずにめしあがる」


貴女はいつもパンの耳を油で揚げて、砂糖をまぶした様なものばかりをめしあがる。

贅沢をしたとしても、きな粉飴や芋羊羹などだ。

だから、俺も黒貌も。


頑張り続ける、それだけだ……。


「でもね、エノ様」


貴女は少し、いやかなり。


「やり過ぎって、言葉を覚えて下さい」


それに、大路達は金を使って経済を締め上げる気満々です。


「全く、階段の時もそうだが後始末は俺に回ってくる」


(貴女の後始末は、なかなか骨なんですよ)


「まぁ、ペットは黙って主人の世話をやいてろって事ですかね」


かくも偉大なりか、貴女は偉大で強大でも何一つ変わらない。


「バカニート、貴女はただのドケチなバカニートのまま」


くるりと、戦場に背を向けてダストの分体が一つ姿を消した。


「それに、貴女は権能を使わずに己を制限しようと努力しているが。顔に血管が無数に走る事や拳を握りしめる癖は、貴女本来の力を更なる力で抑制しようとしている時に出る癖」


あれでも、相当に抑え込んでるんだ。


やり過ぎになると言うより、意識を向けるだけでも空間を神ごと両断する様な本体の力を。


「貴女がその力を制御できるようになるまでに、どれだけの時がかかるんでしょうかね。貴女の場合権能を使えばすぐ済む事でも、使わずにやろうとするから何処までも貧欲な努力が必要だ」


この世の誰より、頑張ってるのは貴女じゃないですか。


「権能を使う事すら勿体ないとか言いそうなほど、ケチでバカな最高な俺の主人」


だからこそ俺は、この箱舟をよりよいものにしていく。

必ずだ、必ず…。


この身が黄金に輝いていたとしても、俺の率いる箱舟が希望の輝きに満ちていても。


「上に立つ者は、薄汚れている位で丁度いい。貴女はきっとそう言うだろうけど、俺は上に立つものすら喜びで輝いて居てほしいんですよ」


貴女は、ずっと言い続けるでしょうね。


「でも俺は、貴女を薄汚れたエノにしたくない」

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