第百八十一幕 高音(ソプラ二スタ)

俺は、三木 拓真。


箱舟の皮職人さ、今日は革靴のメンテの仕事をしている。


あごを削って整えたり、接着剤で底を貼ったりするんだがはきつぶされたものなんかは磨き上げたり踵を釘で固定したりとメンテと一口にいっても状態をみて何をしたらいいかは決める。


拓真は、汗と汚れと靴底の減り方等を見てからそれを決めていく。

相変わらず、この薬品はすげぇな。


ヤンデレの未練もこそげ落ちる汚れ落とし、「グラディエーター」の威力よ。

黒い作業着に、前掛け型のエプロンを装備した拓真がケースを眺める。


この、無駄に美しい細マッチョの男がサングラスで両手に剣と盾を構えた瓶のデザインでなけりゃもっといいんだが。


この手のバランス悪い、容器は作業中よく倒してしまってなぁ。


小指の爪程の容量を布きんに少量塗って磨くだけで、どんな薬品も真っ青の汚れだけ落として新品の輝きを約束する。


世の中にゃ汚れは落ちても、その成分が残ってるだけで皮の劣化が早まる様なものもあるからな。中性のお洒落着洗い用が俺はお薦めだ。


後、世の中には詰め替えパックの方が高いわけ判らん洗剤もあるから注意しろよ?

家で使う分にはあれだが、商売で使う奴は見積りに響くからな。


※汚れを落とすだけならアルカリ性だけど、皮製品はアルカリ性の成分残ったまま乾かすと早く劣化します。成分を残さないように落とすか、中和するかして使うかしないと。


後、ソール剥がした時にクリーニングしねぇと乾くのがおせぇんだわ。

あぁ乾かす時には、新聞紙をいれろよ。


木型もいいんだがよ、汎用的な奴は靴の形が違うからその形になっちまって履きにくくなる。


だから、新聞紙でも適当にまるめてつめるんじゃなくて。履きやすい形になるように、意識してつめる。


それに、頭に紫の花を添えられた麦わら帽子型の瓶に入れられたワックスも。


アフロ髪型の漫才師型ブラシに、規則的にヒヨコマークの形に穴の空いたスポンジ。

この皮包丁だって、刀職人がたたき上げた奴は本当に使いやすいんだ。


……、刃以外の部分で虎とか鳳凰とか彫り込まれてなきゃもっと良かったんだが。


ここでは、注文する時に飾りはいらねぇ!とか言っとかないとマジでこういうのがくるからこまる(N敗)


相変わらず、酷いセンスと凄まじい技術力。

同じ職人として頭が下がるぜ、あいつらの実力には。


「絶対、認めたくねぇけど」


このグラインダー型の研磨機も、粗さも回転数もなんなら削る角の丸みさえ直ぐに調整できるのに手が吸い込まれたり事故らねぇってだけでどれだけ助かるか。


フィニッシャーやミシンも、各種押さえてやがる。

途中でちゃんと止まるんだよな、安全装置って奴で。

これで、助かったやつも何人もいる。


ただ、修理に来る奴が酒臭くてひげ面で体が樽みてぇな連中が部屋が白くなるぐらい煙草吸いながら仕事してくだけだ。


「皮職人からしたら匂いがついちまうから、別所で吸ってくれと本気で思うんだけど」


ダンボールに煙草の匂いついただけで、返品する奴が世の中にはいるって事をもう少し考えた方がいい。

それで、結局運送会社に販売会社が責任を求めた事だってあるしな。


「そんな事で、首になったり責任取らされるのが外の世界なんだがよ。ここじゃ、喫煙室で吸う分には完全分解されるから思う存分吸える。喫煙室行きゃ、外じゃたばこ税でどんぶり飯より高くなった煙草が出鱈目な安値で売ってるしな」


まぁ、恐ろしい程正確な監視がついてるから働いてない時間はそれだけ収入減るんだけどよ。


だからこそ、不平等にはならないから吸いにいくって一言言えば問題にもならんわけよ。


「いやなら吸えばいい、いやなら休めばいい。箱舟は連絡さえしてれば、絶対文句を言われねぇ」


営業時間外や昼休憩にすら働いた分ちゃんと特別手当が出る位、しっかりしてんだからよ。


仕様変更で時間と金くれって言っても、見積りだせやゴラァって首絞められる事はあっても言った締め切り守ってる分にはちゃんとしてくれるからな。


「三倍の締め切りで出せ、箱舟はそれで許される。記録のある条件は全てが考慮され、叶うものは全部叶えてくれる。但し、連絡を怠ったり記録の無い条件は無視される」


ここの職人が口をすっぱくして、新人に言う言葉だ。

つまり、締め切り守れないと評価は下がるから締め切りの方を三倍長めにとっておけって事だ。


「職人に求められるのは、最高の仕事だ。己にできる、己の全身全霊を込めた仕事」


逆に、それを認められないようなやつはプラントで大量生産したそこそこの品ってやつでまわしちまう。


「最高のものが欲しければ、職人街フロアへ。これが俺達箱舟の常識、そうでなくては恥ずかしいと思えよ」って。


最近、外からまた一人帽子屋の爺さんがきたけど。

店と作業場ごと全く同じ道具と、全く同じ配置を再現したものに度肝を抜かれてたな。


「道具も材料も、欲しければそこにある黒電話に書いてある番号にお願いします」


俺も最初来た時は何言ってんだよ、廃番になった道具や中古品で無いちゃんとオーバーホールまで済ませた新品なんか頼んだってもう手に入らねぇだろって怒鳴ったな。


そしたら、豚屋の連中なんて言ったと思う?


「ここでは、欲しいと言ったものは出すもんさえ出して貰えれば手に入りますよ。いつも、笑顔の一括前払いが条件になります。後、特急料金や再配達は余計にお値段かかりますので腕輪でのお支払いの場合配達先を眼の前にしとくと受け取りミスがありませんよ」


どこの世界に、眼の前に配送する通販があるだって思って機械のでかいのを目の前で頼んだら本当に直ぐ顔面の五センチ前に転送されてきたわけだ。その後、その機械を設置して移動させるのに一日以上かかって後で調べたら設置も追加料金でやりますとか書かれててキレそうになったのは今だから笑える話だよな。


「マジで、そういう肝心なところも説明しとけよって怒鳴ったら。同じ職人仲間がだから言ったろうが、ここじゃ調べる事や知る事も努力で、言って記録にある事しか考慮されないんだって」


それからだよ、俺は仕事もそうだが調べまくったね。

そしたら、あるわあるわ外と全然違う所が山ほどある。


「なるほど、みんなでふざけやがって冗談じゃねぇぞ。……と、あちこちで声が聞こえるのも判る」


そんな訳で、俺はこう絵の具の筆で接着剤塗ったり。靴底のソールを貼った後で余分になるゴム部分をカッターみたいな刃物で削ったりして。


このソールも、程よく荒らされてると接着剤のノリが大分違うし塗り易さも違う。


「外じゃ荒らされてるソールと、荒らされてないソールがあって。荒らされてないソールを指定されると、職人が自分で荒らしたりしてから作業するんだよな」



ここじゃ、通販で頼むとき無料サービスのとこにソールの面部分を荒らしますか?みたいに書いてあるけどちっちぇ字で書きやがって。


俺みたいな爺は、もっとデカい字で書いてもらわねぇと見えねぇよ。


「時間早回しの靴用乾燥ボックスとかどうです?一日放置しなきゃいけない自然乾燥が三十分で終わりますよ。ヒートガンやら接着剤でも判る様に、皮製品を扱うのに温度や乾燥やグリス比率や水分なんか非常にデリケートだ」



吐き気がする程、丁寧な対応なんだがよ。



「そんな気遣いできるんなら、どうしてこの通販のプルダウンはこんなに文字が小さくてド派手で目が痛くなるような色彩のもん使ってんだっ!」


そしたら、豚屋。


「あーそれね、右上の歯車マーク押してくださいカスタマイズできますから」


マジで文字が人間の拳大まで太くデカくなるし、色彩だって黒一色に白地とか大人しい色合いからミラーボールかゲーミングかって位ド派手なもんまで選択できやがる。


「ほんんんんっとに、マジでかクソやろうが!」


他にもプルダウンの配置からかごの仕組みやらなんやら、これカスタマイズ見てるだけで一週間は終わりそうだ。


最期に、お任せで(シンプル極太)んとこ合わせたらほぼほぼ俺の使いやすい様になったし。


「お客さん、言わなきゃここじゃ何にも考慮されないんですよ」

なんて、豚屋が笑顔で言ってるのをキレそうになりながら。


「おっ、おぅ」ってかえすのが精一杯だったんだけどよ。

アイツ、真面目な顔して。


「だから、今度から不満があったら早めに言ってくださいね。はろわとかに言えば、直ぐ対処してくれますから」


かえす言葉もねぇよ、確かに直ぐにでも対処してくれるんだからな。


「豚屋がサポートや助言なんてしてたら、上司に怒られますよ。そりゃはろわの領分だって言って、だから内緒にして下さいよ」



口に人差し指あてて、可愛くポーズ決めてんじゃねぇって婆がよ。

って言ったらビンタが二発飛んできやがった、いてぇじゃねぇか。

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