第百七十八幕 無職の敵は暇(むてきのてきはひま)

「あぁ~、暇だぁ…」



両手をグーに直上まで掲げて叫ぶ、ご存知エタナ。




暇なのは素敵だなっ!



彼女は、無敵の神(エノ)。

彼女は、無職の女(エタナ)。


読み方はどちらも同じ、「むてきのひと」。

随分と、意味も字面も全てが違う。


神の三指、その頂点に君臨する暴君にして数多の邪神やら精霊やら神やらを配下に持つ正真正銘万物の支配者。


世界総資産ランキングは常時五位以内(人の国の金を持ってる分だけで)、箱舟グループの実質的な総帥。

箱舟の最高責任者達にとっても、魔国の全ての魔族にとっても唯一神。


その立場、とは別に。


ゴミの中のゴミ、キングオブクズ。

転移が出来るのに、階段を走ってしまい。財布やティッシュを当然のように忘れ、自分のミスは謝らない。



掃除はせず、髪以外ロクに洗わず出かける時だけちょいちょい体裁を整え。

自分の想い人に、遊園地やらゲーセンやら水族館やらと連れてってもらっているのにさらにそこから自分の事をほぼせず。夕食をデリバリーで済ますわ、他人のカードでサブスク登録するわ。(しかも、自分で言えば無料になるものをわざわざ)

更に、他人には無表情で愛想笑いさえしたことがないという。


並べていけばキリがない程のゴミ要素しかない、この幼女。

何と、同一の女である。



極限まで人が良い、黒貌やダストがかいがいしく世話をやいているからかろうじて生活出来ている程度には酷い塩梅。



今日も、そんなエタナが体を揺らしながら体をぐるぐると回している。


「二月十四日と言えば、スマホゲームの新しいシナリオ追加の日だなっ!」


※世間ではバレンタインデーだが、エタナの頭の中ではスマホゲームの事しか頭に入ってない。尚、リリースが遅れるとゲドに文句を言っているのでゲドの一族は不憫。




「人間の国でも見に行ってみるかっ、暇だし戦争ぐらいしてるだろあいつらアホだし」



※古今東西そんな理由で、戦場を見に行くのはエタナ位である。



騎馬や重装兵等が入り乱れ、魔法と弓が飛び交う戦場の真上。丁度、空中を背泳ぎする格好でふよふよと飛んで。


腹の上にのせた、お菓子をラッコの様に貪りながら空中で腹ばいになったり平泳ぎしてみたりしている。



下で今まさに命のやり取りをしているその真上、その様子をまるでテレビでも見ている様に四枚目の煎餅を口にくわえた所でクラウに見つかった。


「何やってんだっ!あの屑神めぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」



傭兵として、アルカード商会の運ぶ食料を運んでいる護衛の最中空中の警戒に引っかかった。


「クラウさん、何かありましたかっ!」


ここが戦場なだけに、仲間の一人が警戒レベルを上げた。



「いや、大丈夫だ。大丈夫、ちょっと嫌なもんが見えたが無害だ無害」



クラウは手をぱっぱと振った、仲間は胸をなでおろす。


クラウは、これでも高ランク。それが大丈夫というのなら、大丈夫なのだろう。



直ぐに、自分の配置に戻っていく傭兵の仲間を背にクラウはもう一度空中を見た。


腹だして、汚ねぇ色の鼻ちょうちんをぴこぴこ言わせながら寝ていた。


「あいつ、マジで殺してぇ」



戦場でやむえず、風呂に入れないのはまぁ判る。

野営の時トイレなど、特にクラウは中身が女なのに男として生きている為にかなり気を使っている。



「それが、出来たら誰も苦労しないと誰よりも知っているハズなのに。俺の黄金のオーラを無限に貸し与える無敵の神だと嫌という程理解しているハズなのに」



それでも、ムカつくものはムカつくのである。


あれを殺すどころか、あれを傷つける事すらこの世の全てが手を取り合ってミサイルやら核兵器ぶち込んでも髪すらこげない事はクラウがイヤという程良く知っている。



それでも、殴りたくなるのは仕方ない。



こっちは、死に物狂いで命がけで神経すり減らしながら食料の護衛なんて御大層な仕事をしてるってのに。




あいつは、その戦場の上で鼻ちょうちんでごろ寝しながら煎餅かじってるのが見えたなら。



「すまねぇ、ちょっと手旗信号の練習するが気にしないでくれ」


仲間に断りをいれて、ばっばっと旗の風斬り音を響かせて信号を送った。



「な・に・し・て・ん・だ」



それに気が付いた、エタナが赤と白の旗を持った。


赤にはゴミ、白にはクズと書かれていてエタナの頭位の大きさがあった。


「さ・ん・ぽ」


それに、青筋を浮かべながら更にきれっきれの動きで旗を振る。


「か・え・れ」


それを、小ばかにしたような顔でエタナが返す。


「い・や・だ」


クラウの、青筋の数が倍に増えた。

そして、溜息をつくと小隊の護衛に戻っていく。



空中であかんべーしながら、お尻ぺんぺんして更に小ばかにしているのが見えた。


クラウの怒りマークが、まるでボーフラの様に増えていく。


「全く、あんなのが自分の守護神だと思うと死にたくなる」




誰にも聞こえない声で、そういうとポケットに手を突っ込んで地面の石を蹴とばした。


「クラウさん、結局何だったんすか」



あぁ、報告しなきゃな。

くそぉ、あのアマ。




「あぁ、これから通るとこは戦場だろ。最近は兵器も銃とかヤベェのがでてきてるからもし何かあっても連絡とれるように練習してたんだ」



まぁ、あれが手を貸してくれたらそんな心配は毛の先どころか花粉一粒レベルで存在しないけど。


「そうっすか、急に叫ぶからみんな心配してたんすよ」



そういって、列に帰っていく同僚に。

クラウは全員に休憩時間に謝っていく。

たとえ自分が悪く無くても、円滑に人付き合いする為には必要な処世術だ。



「結局嫌なモノって何が見えたんすか、クラウさんが大丈夫って事は外れて飛んでったんでしょうけど」



本当の事が言えたらどんなに楽かと思いながら、クラウはおどける様なしぐさをした。



本当は今も頭上でスマホゲームの周回しながら、自転車のペダルをこぐようなしぐさで空中を縦横無尽に泳いでやがるがそんな事は言える訳ない。



「あぁ、本当だぜ。消えてくれてよかったよ、まぁ良くない類の幽鬼というか呪いというか」


みんなが納得した横で、クラウが右手で仮面を押さえながら天を仰ぐ。



今も去ってなんかいなくて、全力バリバリで遊び倒しておやつ貪ってるけどなっ!

アイツが守護神とかもはや、呪いや幽鬼の方がまだ可愛げがあるわ。



にしても、基本性能は本当にヤベェなあの幼女。



クラウには、敵味方入り乱れ。魔法やら投石器やら戦闘機やらが空中を飛びまくってるのに小指で耳ほじりながらスマホゲーム触って慌てる事も被弾する事もなんなら気配さえ自分レベルの感知がなければ気づけないとか。



しかも、明らかに命中しそうなミサイルが来た時は足をミサイルにそえてくるりと柱に蛇が巻き付いていくような動きでミサイルの動きを邪魔させずそのミサイルの軌道だけ変えて狙った所に全部軌道を変えて落としながらゲームの周回してやがる。


それをみて、クラウは思う。


「働けっ!!」


金平糖をまるで砂を口の中に注ぎ込んでいる様なペースで食べながら、ポケットから缶コーヒーを取り出してもしゃもしゃやってやがる。


さっき、クラウに対して振った手旗を箸みたいに使って飛んできた矢を挟んで反転させて飛ばした奴の足元にぶっささったのが見えた。



「あいつ、あれでまだ権能を起動してねぇ。頑丈さ以外は幼女と同等のスペックに落としているのにあの動きが出来るとか本当変態かなんかだろ」



適当に、空中を飛び交っている。極炎魔法と水魔法を握り潰して圧縮して沸騰したお湯調達してカップラーメン作り始めてその待つ間カップラーメンの周りでコサックダンスを踊ってやがる。



それも、ぐるぐると楽しそうにだ。



ふざけんなよ、その魔法うつのにどんだけ修行がいると思ってんだ。


クラウは剣林弾雨を弾き飛ばしながら、護衛をこなしつつそのコサックダンスをチラ見した視界で捉えていた。


仮面を外したなら、きっと悪鬼羅刹の顔をしていただろう。




「ムカついてたって、攻撃は減るわけじゃないか」



そういうと、仲間の傷を癒しながら懐から投げナイフを持って黄金を込めて投げる。

苛立ちのせいか、ナイフは勢いよく飛んで全てが別の騎馬兵の馬の眉間に当たった。


さらに、同時に風の魔法で横殴りの風を起こして軌道をそらし。


敵の突撃が割れる様に、道脇に崩れ落ちる。


「こっちは、これほど必死だってのにっ」


仲間、そして護衛している物資どちらも守りきるっ。


「貰った金額位は、仕事しねぇとなぁぁぁ!」


気持ち的に、叫ばずには居られない。

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