第百七十七幕 使命を帯びて
珍しく、箱舟に所属する暇な天使が右腕を胸の前に水平にして拳を握りしめ。
左手は平手にして、直立不動。
その様子は、まるで一つの国の軍隊の様。
マスゲームがごとき動きで、整列した。
「傾注!!」
クリスタの叫びと共に、天使が一斉にクリスタを見た。
「我々は天使だ、神の奴隷。僕であるっ!!だが、我らの神は願いを自らの手で叶えろという。我らは箱舟の天使、エノ様のお言葉であればこそそれを今日まで聞いて来た」
その神が、珍しくこう言った。
「救えと、人を救えとおっしゃった。全てではないが、これこそが望む仕事であると私はそう考える。もしこの中に、そう考えないものがいるのであればそれも止む無し」
箱舟は、あらゆるものに選択の自由と願いを叶える権利を与える。
しかし、しかしだ…。
「皆すまない、それでも私は救いに行きたいのだ。一人でも多くを、叶う範囲で救いたい」
私一人では、たかが知れているだろう。
「それでも、私の選択を是としてくれる天使が居たなら。一人でも居たのなら、手を貸してもらいたい」
朝礼台の上のクリスタが、規則正しく並ぶ天使の軍勢に頭を下げた。
「何処までやれるか判らぬ、一国の物価を下げると言うのは我らで全ての品目を押さえねばならん。闇の連中は邪魔はせぬだろうが、手もかさんだろう!」
ダストに許可は取ってある、生産フロアとエネルギーフロアの協力も取り付けてある。
「我らに、可能な範囲で我らに出来る事を」
奇跡等存在しない、もしそんなものが存在するとするならそれは我々が勝ち得たものか。
エノ様の様な、超越存在が気まぐれに手や言葉を出してくる事位だ。
「箱舟では勝ち取る為に、ねだってはならんのだ。勝ち得なければ、何も叶わない」
しかし、こうも言える。
「法外なものにさえ届きさえすれば、どの様な不可能をも叶える事が出来る」
そして、その法外なものを目指すも目指さぬも妥協するも何もせぬのも己の意思でやれというものだ。
クリスタは言った、私は…救いたい。
「傲慢だろうが、偽善だろうが。この両手は、何と小さくか細いのだろうかと涙した事は幾度もある。それでも、人も天使も、私は己に許された範囲で救いたい」
箱舟の天使達は知っている、光あふれる城とクリスタの想いを。
全ての天使が、去った後クリスタの立っていた朝礼台の下。
影になっている部分に、胡坐をかいて座っている幼女が居た。
ただ、眼を閉じ柔らかく笑うだけだ。
誰にも気づかれず、ただチャーハンを乱暴に食べながら。
「お前が、しているのは説得だ。その想いを伝え、協力を乞う。断じて、強制などではない。故に、天使共はクリスタに賛同し心から協力していると言える」
ならいい、僕や奴隷などではなく己の意思で歩め。
「にしても、救いたい……ね」
救ってもさらなるものを求められ、救っても救われないものから恨まれ。
救ってもさらなる不幸なものは減らず、救おうとするものを利用しようとする私並の屑がいる。
「まぁ、それでも箱舟は願いを叶えんと歩む事を推奨する以上。そして、その願いが救いたいというのであれば構わんさ」
届くか、届かぬか。
己で言う分にはただの願いだ、他に強制等しなければ良い。
にしても、判らんな。
「ただの一人も、拒否するものがいないとは」
クリスタの言葉に共感し、多少のモノは姿勢こそ崩さなかったが涙をこらえ。
「お前達は、使われ震え肩を寄せ合い。それでも、まだ他者を思いやる心を持つか」
空になったチャーハンの皿をことりと地面において、腕を組む。
厳密に言えば組めて等いないが、そのポーズをしているというべきか。
「皆が貴様らの様な存在であれば、私はもう少し言い訳を減らしてもいい気はするのだが」
まぁそうはなっていないから、それはたらればの話だ。
「綺麗ごとなど、正義を唱えんとする愚か者が呪文のように唱えるものだ。世を動かすのも心を動かすのも自分を動かすのでさえ実益がモノを言う」
何かが満たされて初めて結果として認識でき、報酬として成立する。
全ては結果が大事なのだ。
心も金も、指標となるものはそのものによって違うが報酬さえあれば自然と考慮位はしてくれるものだよ。
「報酬無き、世迷言に説得力などというものはない」
「その報酬が救いたいという願いで、漫然としたイメージでも。しかと、見合ったものを渡していれば。救われた者達も、話位は聞いてくれるだろう」
なんせ、救われたと言う事は救われ続けているという事でもある。
そして、自分達の苦しみを良く知っているからこそ優しくあれる。
「他者を動かすに労力が必要以上にかかるのも、万人に通用する言葉がないのも。相手によって指標が違うのに、どうして共通化できるのかという話だ」
己の指標によってしか、評価などしない。
それは、私とて同じ事だ。
だからこそ、それで不満ならば去ればいいと私は言うのだから。
こっそり、今だけ特別割引くらいしてやるぐらいならいいかもしれんな。
「今だけ、あなただけという言葉は実に甘美だ。手の届かぬものを、手が届く様にする言い訳としては実に使い勝手がいい」
こちらは、ポイントを取った事実が残り。
相手には、ポイントはきちんと支払ったという事実が残る。
「つまり、箱舟の相手に説明する時。願いを買ったと言って、誰も疑わない」
報酬はだすさ、がっつりしっかりな。
「だが、私としてはもっと様々な遊びや己の喜びを求めて貰いたいものだが」
貴様らは真面目に過ぎ、清廉に過ぎる。
ダストも天使共も、己を削り他者を救いたがる。
私は、己らにも削らず幸せであれと言う事の何がおかしいというのか。
「箱舟は、楽しい所でなくてはな。ダスト、お前が報われる世界が欲しいと私にねだったのだから」
そういって、チャーハンの皿とレンゲを持ってアイテムボックスに入れた。
次の瞬間には、朝礼台の下には幼女はいなかった。
ただ、声だけが響き。
さて、やつらの願いは変わらぬ。
問題はどのタイミングで割引するか、できれば判りやすく透明なウィンドウに値引きシールもどきのラインでも貼ってみるか。
そうだ、それがいい。
割引率でも考えておくか、あいつは欲しいものが並べられていれば飛びつくだろうな。
ものを買わせるときに必要なテクニックだとも、今そいつが必要な情報でもモノでもしっかりとした品を用意出来ると認識でき。相手が、己の手の届く値段でそれを置くというのは。
当然、貴様らに買わない自由はある。選択肢は、常に向こう側にあるとも。
だが、私は権能を使えば機敏さえ読み取ることが出来るのだ。
「すなわち最もそいつが買いたくなる値段や欲しくなる値段というもの、利益率など常に読み切れる。己がその誘惑に勝ち続けなければ、ポイントなど溜まらんようにできている」
だからこそ、樹の湯の爺には世界さえ浄化でき。水も食料も生み出す事が出来る、世界樹すらくれてやったのだよ。
あのジジイは、その誘惑に勝ち続けた。
若さも無くなり、老人になるまで勝ち続けた。
「たまにいるんだ、ああいう奴」
それ程までに、あの爺は欲しかったのかと呆れるばかり。
「私は、約束通り叶えたぞ。お前のほぼ一生といえる間我慢し続けたのだ、それで叶わないのは人の世だけだ。私は認めよう、お前の一生にはそれだけの価値をこの私が認めよう。それに見合うだけのものを、お前の欲しいもので与えよう」
私にだって与えられないものは山ほどあるが、お前の欲するものが私の与えられるものであるのなら。お前の一生の働きに見合うものを出せずなどあってはならない、出せないのならそれは労働者を使う資格がそもそもそいつにない。
「自分が労働者の立場になってみればいい、報酬をまけろというバカが如何に邪悪かよく判る」
その位の事が出来ないのなら、喚くんじゃない。
権威や威厳などいらん、実益と結果だけあればいい。
「私はどこまでも、屑で神には相応しくない」
狂気といわれても、私がどれほどの存在でも。
結果だけを求めて、過程を削るのは二流さ。
過程を演出し、結果を用意して。
時間も約束も守りきる。
それでいて、その過程を用意した全てのものからの信頼さえ勝ち取り依存などさせない。
これができて、どや顔位は許される。
私は他に求めないが、私自身にはそのレベルを求める。
結果が欲しい、回り道だ等という言い訳をして学ばない。
勉強だけが全てじゃない?全てだよ、種類が違うだけで生きる事は全て。
ジャンルが違うだけだ、どの勉強を楽しく掘り下げて極め抜くかというだけだ。
クリスタ、楽しみにしていろ。
私は、見合うものは必ず用意する。
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