第百七十二幕 臣之丞(しんのすけ)

「皆の衆、よう集まってくれた」


屑という習字の額縁の前で深々と頭を下げているのは、闇の長老達。

その音頭を取っている、大路は習字を背に全員にソファーに座る様に促す。



皆のモノ、今回の赤字をしてでも全品を下げろと言うエノ様のご命令に協力してくれたこと感謝する。


意図的にデフレとインフレを起こしてコントロールして、己の敵だけを経済的に削りぬいて破滅させる。


人間にほぼ不可能な事を、大路達デットベースマネタリーシステムズの闇の邪神一族達はその能力と感性と統制能力で可能にしていた。


これもまた、箱舟グループが何でもありのグループなどと言われる所以だ。



とある国が、いや政治家が暴発したとはいえエノ様がおられる箱舟本店にミサイルを九千発以上向かってぶっ放した件での報復。



「その国の経済を揺るがす、その為の値下げでしたな。経済基盤ごとへし折りに行くのは、割とその歪で死ぬものが多くて我らは楽しめますが」



と幹部の一人が言えば大路が頷く。



「そうじゃ、それは後三か月程続ける。経済制裁程度で済ます、エノ様は実にぬるい。いや、お優しい。しかしじゃ、それに伴ってボーナスは全員期待していいそうじゃぞ。のちに、正式な通達がくるじゃろ」



おぉ~、と部屋がどよめいた。



「しかし、大路。確かエノ様はそのミサイル全てを握り潰してその威力だけを、その政治家とともに不正をむさぼっていた連中の頭上に他に威力を伝える事無く落としたのだったな」


と、幹部の一人が言えば大路は満面の笑顔で頷く。



「そうじゃ、エノ様はお優しい。しかし、あの方は我らが神に相応しい力を持っておる。そして、それを容赦なく振るうだけの丹力もある。単純に好き嫌いの問題じゃよ、笑える程に」



我らが神の道楽故に、我らも又楽しませる努力をせねばな。

お主ら、エノ様の為にも三か月きっちり値下げをやりきろうぞ。


神の怒りを買ったのじゃ、本来なら値上げで苦しめても良いがそれでは関係ない連中が困るだろうとの配慮。


「対岸の地獄が凄惨であり、こちら側が天国であればあるほどに対岸からの怨嗟の心は膨大となるのじゃから」


そうそう、もし外で雪かき等している箱舟グループのモノがおったら温かい飲み物とカイロ位はワシらの予算で配る事にしよう。


「さすれば、配られない所で働く労働者どもは余計に苦悩するじゃろ。どんな些細な事でも気を利かせぇよ」



そりゃ、いいですね大路さんと闇の幹部たちが手を叩く。



「エアコンも、ガンガンきかせぇ。箱舟グループは全員が我が神の臣下とも言えるのじゃからな、どれ程の役立たずでも報われてもらわねばならん。努力と研鑽を、我らが神は常にもとめておる。そこに、結果は含まれない。利益など、我らが幾らでも用意すればよい。それを、支えよりよい環境を作りそれを見せつけ。もっともっと対岸が地獄に見えなければ、我らは報われん」



クリスタ達光の連中はぬるいんじゃよ、頑張れば報われるなど頑張らせる方の戯言じゃ。


「儲かる時は儲かる、そこに才能や運などという要素はあっても。努力や苦労という要素があるとすれば、そう感じぬ所にこそじゃ」



しかりしかりと、全員がうなづいた。


「それと、全員にこれを渡しておこう。これが、今日のメインの要件ともいえるしの」



大路様、これは?


「これは、もしも先日の様にミサイルが飛んできた際の防衛施設の要件じゃよ。あの方に神としての力を使わせないために、人の考えられる方法での防衛を可能にする」




それこそ、箱舟本店の殆どはミサイルや核弾頭ごときは一人一匹一柱居れば事足りるじゃろう。



エノ様は、ワザワザ昔の秘密基地宜しく自分で警報鳴らしているほど余裕があるのじゃからの。



国土を他国の人間が買える、こんな危ない事は無い。

じゃから我々は、かつそこに我ら闇の一族を一定数配属する。



「表向きはただの左遷じゃ、表向きはの。基地も武器も船も置かず、まさかレーダーよりも優れた感知能力と高い迎撃能力を兼ね備えた人材(人化できる邪神達)がおるなどと夢にも思うまいて」


さらに、それとは別件で箱舟グループとして買えるだけ土地を買う。


「もちろん、表向きは別荘地や中継地。港や空港等として整備し、その通り使うぞ」



大路殿、別荘地しかあっておりませんが。


「そうじゃな、別荘として使うのが邪龍や悪魔や邪神というだけじゃがな」


全員が低い声で笑い、くつくつと楽しそうな声が会議室に響く。


「光の連中にも使いたいものがおれば、ガンガン許可せぇ」


全世界共通として、自国民以外が土地を所有する事は難しい。

しかし、箱舟本店は多国籍企業かつ妖怪や悪魔なんぞ世界中にいるからの。


その国の、人間のふりさせとる優秀な連中を責任者に据えてしまえば大分ハードルはさがるじゃろ。


まさか、宇宙戦艦や宇宙ステーションより打撃力も移動速度も出る邪神や悪魔達を配備している等夢にも思うまい。


普段は人として生活させ、いざその時が来たなら殲滅に向かえば良いのじゃ。



「箱舟グループに不足があってはならん、それは軍事力であってもじゃ。それらの保険をつけつつ、更に迎撃ミサイルやレールガンを配備する」


箱舟グループの開発力と、技術力があればレールガンを平時は発電施設に改造しておいて有事に変形させて使うなど造作もない。

「我々は武器を売ってないし、流していない。しかし、作れない訳ではなく。作ってはいるが、それはあくまで技術を育てる為に作るに過ぎん」


(色と武器は、技術を育てる)


連中は技術者として、別荘地を暮らしやすくするために働いてもらおう。

そして、箱舟の労働者の福利厚生施設の一つとして機能させておく。


まさか、技術者全員が一流の戦士であり武装等という事を想像できるモノ等おるまい。


箱舟グループ内全ての労働者を救う、全ての労働者に不満を与えてはならぬ。



「その時がくるまで、我らは箱舟グループという企業連合体で無ければならんぞ」



もちろんですよと、会議室に邪悪な笑いが漏れる。


「戦争は死と苦悩、怨嗟などの宝庫。であれば、それにちなんだ悪魔や邪神は当然おる。箱舟グループ所属のそやつらが人のフリなんぞしておるのは、我らが神の労働者だからじゃ。流石の連中も、エノ様の怒りを買うよりは号令を待つ方が賢い事を知っておるからの」



あのお方の力を知って尚、あれに逆らいたいものなどおりませぬよと会議室から失笑がこぼれる。



「所が暴発とは言え、人間はそのお方に武器を向けた。まぁ、仮に当たっても効くわけ無いがの」


ワシらとて、核弾頭の五・六十発貰ったところで火傷程度じゃろうよ。

人化して、ある程度弱体化しておっても星が砕ける方が早かろうて。


「星が砕けて困るのは、人ばかりというのに。まぁ、恐らくエノ様は例の居酒屋や箱舟グループの連中だけはその力でどうにかしそうじゃが」



仮にどうにかできたとしても、主を働かせる臣下など恥ずかしいと思わねばな。



「現実にミサイルをうちこまれて影響があったのは、あの方を攻撃した政治家の仲間と判定された者達だけ。いかに、ワシらとてあれを苦も無く一瞬で全員同時にあの箱舟の底からやられれば対処は不可能じゃ」



かつて、地獄の日に大路は見下ろされながら言われたあの言葉を大路は噛みしめる。



「私に挑戦するには、まだまだ足りんな。その程度で、のぼせ上がるから私に謀られる。緑の大地に血の花が咲き乱れる様に、生きると言う事は己や他者の血の上にしか咲けぬのだよ。ならば、愛でるも摘むも己が選択出来ねばならん。全てを愛でる事は出来ない、全てを摘む事も難しい」



まぁ私にはどちらも難しくない、それでもそれを私はやろうと思った事は無い。



「大路、私が求めるのは幸せな労働者だ。それになるもよし、それを作り出すもよし。対岸が天国であればあるほどに、反対側の闇は濃くどす黒くなる」



ワシは、あのお方の足元に光の園を築き上げねばならん。

幸せな労働者、幸せな連中を増やさねば。


対岸の地獄をより凄惨なものに変え、対岸の地獄からあらゆる怨嗟や悲鳴や死の香りを一身に浴びながら晩酌できる環境を作らねば。


貴女が幸せな労働者を求めるのは、地獄は対岸つまり視界にあってこそ楽しめるものだということじゃろが。


「位階神、その三指の力とはかくも偉大なり」


年甲斐もなく、惚れたその強さとあり方に。

地獄の日、余りの絶望と強さと死と苦しみをまき散らす凄惨極まるあの化け物に惚れた。



「我ら長老衆は、貴女こそ我らが闇の頂点である事を疑わない」



貴女様が、欲するものは例え幸せな労働者であろうとも必ず用意せねばなるまい。

それこそが、我らが絶対神に対する信仰に他ならん。



「我々は、洗脳されるでなく操られるのでもなく。ただ、己の欲に従い幸せを目指す環境を作っていかねばならん。それを邪魔するのなら、何者とて我々の敵じゃよ」



ダスト、クリスタ。


お主らの様に言葉だけでは、欲に目がくらんだ老害共を説き伏せる事など出来はせん。


我らが神すら、言葉でおさめて欲しいと言うのが本音じゃろ。

我らが神とあいつらが違うのは、我らが神は言葉でどうにもならんと知っておる事。


そして、対処が光の速さよりも早く正確で文字通り圧殺する決断をすると言う事。



「力無き、実行力無き決断など無力!!その行いこそが、我らの神への忠誠じゃ」



経済だけではなく、三か月後ワシらはそれ以上に国ごと壊してやろうぞ。



「皆のモノ、三か月は辛抱せい。部下の暴発など許すな、我らが神は三か月待つとおっしゃったのじゃから。それ以上は、待たぬとおっしゃったのじゃからな」



全員が、楽しみじゃと邪悪な笑顔になる。

唇が渇き、渇望がどす黒く湧き上がる。


「その時、不足がない様に逃げ道を全て塞いでおけ。不足がない様に、備えるんじゃ。不足がない様に、防衛設備を強化せい。三か月待つと言う事は、三か月で備えておけと言う事じゃ」



にやりと大路が言えば、長老達が頷く。




「その時、死の花園がこの世に出来上がる訳ですか」



大路は、眼を閉じエノの拷問城の花園を思い出す。


しゃれこうべの両目から、無限にながれる様々な色の血。


「死の花園というより、精々庭先の雑草ぐらいが丁度じゃろ。花園というのはな、天を覆い視界全てが死で彩られるものにこそ相応しい」



大路様、それを貴方は見たことがあると。



「エノ様の本来の姿はの、死と怨嗟と苦しみとそう言った闇の要素が固まり凝縮しそれを可視化して城と化したものなんじゃよ。それが十三権能のうちの一つ、お主らもポイントがたまったなら会ってみると良い。ワシらが、何故無条件で従うのかが良く判ろうて」


その華一本で、ワシら長老格の邪神の百億柱分の死の力が凝縮しておって実に美しい。


天も地も、その狭間ですら負の力に満ち視界は埋まる。

全ての華は、闇の真に黄金の茨が巻き付いて。

数多の色の血涙を、しゃれこうべの華から天に向かって垂れ流し続ける。


「文字通り、かつてのワシは身の程知らずだったというわけじゃ。幼女姿をしたあれが本当の姿だと思い込んでおった」


大ウソつきの詐欺師めが、その姿で現れておったら平伏し歯向かうなど絶対せんわ。


「その話が本当なら、我々は…」



途端に複数の長老がどもる、しかし大路達一部は苦笑するだけだ。



「くれぐれも暴発だけはさせんでくれ、ワシはお主らの頭上に地獄の日が再来したとしても責任は取れん」


全員が無言で頭をさげ、会議室が静まり返る。


「しかし、大路。その話は本当なのか?エノ様の本当の姿が死の城とシャレコウベの花園というのは」



大路は、膝をばしばしたたいて笑う。


「そう、そうさの。ワシも最初見た時は腰を抜かして顎が外れひっくり返ったもんじゃわい。年甲斐もなく、感動であふれ出る涙が止まらない程にな」



拷問器具が衛星の様に付随し、あらゆる武器防具魔法を再現する花粉。

終末の笛の星型エンジンに、あらゆる元素を凝縮し力に変え。

あらゆる神獣の生首が、城の髪の毛の先端に無数にとりつくあの城。



あれをしって、まだ挑戦せよとは酷なことを言いなさる。




あの力を使いたくないからこそ、幸せな労働者を使って己が働かん努力をしとるんじゃろが。



大した詐欺師じゃよ、全く。

ならば、その部下である我々は貴女にならい嘘をつき続けるとしましょうや。


「幸せという幻を創り出し、その幻を維持するための力と金を何処までも提供しましょう。それでこそ、我らは忠臣足りえる」



そうさの、そうでなくてはな。



「己らの最下層にすら気を配れ、細心の注意を払え。この世に天罰は無くとも、この世の支配者の怒りはあるのじゃからな」



あの詐欺師が、一柱の女としてじゃと?


無理に決まっとる、無理を通すためにあらゆるものを曲げとるんじゃろが。



ふと、憂い顔で苦笑した。


「知らんと言う事は哀れに過ぎる、知らんと言う事は恐れも知らんと言う事。若者ならば微笑ましいが、己の欲で挑むには余りに格差がありすぎる」


浮いている飛沫一つで核弾頭や水爆の威力を再現する、邪神達が束になっても勝てん相手を人程度がどうするというのだ。逆に知りたいわ、あの詐欺師にどの様な言葉や力を用いるのかとな。



「特に、貌鷲や。お主が、同期に良くいいきかせぇよ。我々は、我々の信ずる神に従う。その命令に、背く意味をな」



その力と恐怖を知り、何故我ら邪神の長老が人間の会社なぞやっておるかを。


それを知る者が一斉に、立ち上がり敬礼した。



「従わぬのは自由じゃ、責任を己一柱で取るならば一向に構わん。それが、箱舟のルールじゃからな」


挑みたいなら勝手にせい、挑む事は成長につながるしの。


我らが神は、成長や努力を喜ぶ。




そこに結果は問わない、何故なら彼女は結果を知ろうと思えば知れる。

そして、己の想いのままに結果を捻じ曲げる事ができるからじゃ。


その部分だけを隠して、成長や努力を喜ぶ。


「真実等、クソじゃよ。現実なぞ、もっとクソじゃ」


勝利の女神は、サボりでニートなのじゃからな。

故に、己にない輝きを魂から喜ぶ。

欲望を、希望を、夢見る事を心から。


「邪であろうが、正しかろうが結果は求めない。その道に生涯邁進する事を求められる、我らは邁進しようぞ。我らは邪神なのじゃから、邪悪に、より醜悪に不幸を振りまき続けようぞ!!」



大路達は、邪悪な顔で高笑いし。

会議室にこだまする、ひと時の狂嵐がごとき邪悪な笑い声。


もしその部屋の様子が人に見えたなら、どんな凄惨な裏社会で生きて来たものすら怯える幼子の様になるだろう。

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