第百七十三幕 雛菊一輪(ひなぎくいちりん)
「サイは投げられたか、何故なのだ」
貴女がその力でその手を握れば、それで全て解決する事だろう。
「何故、何故だ」
クリスタは顔を覆い、バックヤードで泣いていた。
「私がその手で全てを握り潰したのなら、醜悪なあのゴミ共と何も変わらんさ。いや、もっと性質が悪いぞ。己の正義を全てに強制出来る、それは洗脳や支配などではない」
その愛も、その存在も、その理さえ書き換えて。
誰も何も気がつけない、それが当たり前だと思い込み。誰もがそれを正しいと認識し、どの様な地獄絵図でも薄ら笑いを浮かべ幸せだと感じる様になるだろうな。
感情すらも作りもの、魂すらも作りもの。光も闇もない、ただ私の意のままに全てが動いていくだろうよ。
「なぁ、クリスタ。それの何処に正しさがある?それの何処を私は喜べばよい?」
誰かに手を差し伸べると言う事は、次を期待させると言う事だ。
「一度きりといって、一度きりで済んだためしはない」
それでも、私は自身の想い故そこを曲げた事はある。
「しかし、それを万人にやってやるいわれなど無い」
私にとって国境や国等という単位は無意味だ、私にとってはただの弱者。
天使も悪魔も聖神や邪神という単位ですら無意味だ、私にとってはな。
「等しく、ただの弱者なんだよ。気に入った気に入らないの違いでしかないのだ、故に殆どの相手に私は無関心を貫く」
だからこそ、私は人の知恵で出来る事に限って干渉する事をダストに許している。
「実際に金とやる気そして、それを行う人材さえあれば叶う事なんだ。誰でも出来る事でしか、干渉していないんだ」
私の好いたもの達へ、道しるべとしてやっているに過ぎない。
「成長を喜び、共に歩む。ダストが目指したその理想を、どこまでも」
なぁ、クリスタ。
重ねていう、私が神として救う事にどれだけの意味がある?。
「私は、救う力を貸すその権利は売ろう。それは、努力に応える為だ」
相応こそが正しい、きちんとした努力を積み上げ支払うものに対してならば私は多少なりとも力を貸す。
「ただで、救って下さいなどというのは虫が良すぎると思わないのか」
私にとっては、誰が死のうが苦しもうが大して違いはない。
「水龍は払ったのだ、私はそれを聞いた。お前も払えば聞いてやる、それは報酬だからだ」
制約やら盟約やら、実に下らん面倒なだけだ。
「相応額を払え、さすればどの様にでも叶えよう。」
例え、今すぐにあの老人共と役人どもの頭の中を書き換え誠実で真面目で不正など出来ず。清廉潔白な一単位の報告書を月単位でだしながら、減税どころか滅税でもやってみせよう。残るのは防波堤代わりの、関税と法の整備も今日明日で慣行出来るようにしてやろう。
必要なら、その国に手を出した全ての国の核爆弾に手を出した国の国土を丸焼けにしてもよいぞ。自然にも星にも影響を与えず、その国民が地上から消える様な特別な病をばらまいてもよい。もちろん、症状を好き放題し治りもしないし切除もできないがな。
蔓延の速さも一秒単位にしてやれば、直ぐに死ぬだろうさ。
全員死ぬ武器の連帯責任は、全員死ぬ事だ。
それとも、今貧しい連中が一定以上の職にありついてパワハラセクハラ虐め差別のない社会でも用意してやろうか。
そいつらだけ、老化の速度を十倍位早めても面白かろうな。
「私はタダでは嫌だと言っているだけだ、難しくはあるまい」
クリスタは、自身の神に対し憤る。
「確かに、貴女はそうだ。最初から最後まで、一貫してそうだ」
全ては我が身の至らなさか、必死に回しているハズなのに。
原価率の計算を誤るようなものだ、些細なずれが命取りになる。
おつまみ一つの利益が二百あったとしよう、その二百のつまみを作るのに五十かかったとしよう。
それで、一皿百五十。これを百売ったら、一万五千。
ビール樽からとれるビールには、最初の余剰と最後の洗浄で捨てる部分が出る。
だから本来、その捨てる部分は当然計算にいれてはならない。
しかし、その捨てる部分を取れるとして計算してしまうとそのロスで他の利益を吹っ飛ばしてしまうのだ。
売っても利益が出ないのなら、商売としては続けられない。
箱舟本店の強さは、仕入れ値を自分達でコントロールできる点だ。
当然、ダンジョンは魔素や魔力等で物資を生み出す。
労働力も募集すれば、シフトを組めて。ダンジョンだから季節に関係なく収穫でき量も自分達で調整、そしてその労働者はコインを貰わずともポイントさえもらえたら生活は出来る。
むしろ、ポイントの方が歓迎されるまである。
あくまで外の商品を並べる為に、店の形をとっているだけで。
外の企業が幾ら企業努力を重ねた所で、まさか仕入れ値と量を自分達でコントロールできるなんて夢にも思わないだろう。
更に本店は、エネルギー使いたい放題。技術者は好きなものを法に縛られる事無く開発し放題、調べたい事は好き放題調らべられ、工場や設備は今日明日で土地ごと増える。
つまり、畑が足りなかったら畑を増やすのに一日どころか一時間もかからない生産力があるのだ。
これは工場や自動化設備も増やすのには二時間かからない、作業者を集めて動かすにはもう少しかかる。
プライベートブランドの菓子パンが四十で統一してまだ利益が出ると言えば、その恐ろしさが判るだろうか。酒類も、酒税込みで二百五十。
それで、物価も本店の中では安く統一されている為。暮らしは良くなることがあっても、悪くなることがない。
容量詐欺などしていないし、品質も全て普通以上を維持している。
「貴女が払うポイント、確かにそれは給料として貰っている。しかし、それでは足りないのだ。黒貌やダストの気持ちがよくわかる、欲しくても買えないのだから」
願いの内容が法外であればある程、対象の人数がふくらめば膨らむ程。
「貴女がそれをやるのに、提示するポイントは天文学的な数字になる。我らにはそれを払う事が出来ない故、我らは苦悩せざるえない」
確かに、外の世界で全世界でコンビニと同じレベルで何処にでもある業務用スーパーの利益を見ても溜息しか出てこない。
漁業や農業等の専属契約を結んでくれた所には、本店からの手厚いバックアップがついてくる。
「弱者はこれの存在で助かるかもしれないが、これでポイントが増えている訳ではないからな」
定価が四十の品は、夕方過ぎて半額シールを貼れば二十で売っている。
それでも、利益はでるのだ。
働いては嘆き、働いては苦悩し。
足りぬ足りぬと、涙を流す。
「私も、人と大して変わりはしないのだな。欲しいと願うものが買えなければ、どれ程の労働にも意味はない。どれ程払われて居ようが、どれ程優遇されていようが」
泣いては涙を拭き、それでもダストと共に進む。
「クリスタ先輩、また泣いてるんです?」
あぁ、すまない。涙を拭いたらすぐ戻る、休憩も終るだろうから。
そういって、時計を見れば。
「土曜しか開けない、ケーキ屋と兼業じゃきつく無いっすか」
きつ過ぎたら、箱舟グループじゃお咎めを受けてしまうよ。
と笑いながら、単髪の部下に笑いかけた。
「欲しいものが、買えないのはきっついなぁといつも悩んでばかりよ」
そういったら、短髪の部下の広木が苦笑した。
「ここの給料で欲しいものが買えないって、何買おうとしたらそうなるんです?あの、鬼の様な社員割で90%会社負担で豚屋通販使えるとか色々あるでしょう」
あぁ、そんなのもあったわよねとクリスタは苦笑した。
「私の欲しいものは、豚屋には売ってないのよ。だから、高くつくの」
そう、私の欲しいものはエノ様が売ってるのだから。
「うへぇ、そりゃまた。まぁ、いつか買えますって。箱舟グループで、幹部会出られるぐらいのクリスタ先輩なら」
そういって、広木がウインクして立ち去っていく。
「幹部だからこそ、見たくもない組織の実態が見えて。しかも、トップに従うつもりでここにいるのに。同じ幹部はあんなんだから、悩みは尽きないのよね」
部下で引かされて地獄を見る、そんな管理職に比べたら万倍マシだろうけど。
「箱舟の面接は、そう簡単に通るもんじゃない。なんせ、面接官の部屋を神が見てるんだから」
人が見ているより、遥かに通る難易度は高いのよね。
ずれた、顔の鼻まである丸眼鏡の位置を直してクリスタは苦笑する。
「だからこそ、箱舟グループの面接はたった一回。部屋に入った瞬間に赤子の時からの行いや心理的推移、死ぬまで未来の姿まで読み込まれる」
しかし、それを知っていて尚。
「相手が人とは言え、誰かに慰めて貰えるというのはなかなかどうして新鮮な感覚かもしれないわ」
私が慰める事はあっても、私が慰められる事など無かった。
「貴女は、こんな些細な事でも見えているのか。こんな、素敵な事でも知れているのか」
一番残酷な時を生きているのは、あの方かもしれない。
「そう思えば、私はまだまだだ」
エノはその休憩室のクリスタの様子を丁度覗いていた、そして一つ頷く。
「知りたくないものが見えるのなら、眼を閉じているほかない。そうすれば、全ては見なくて済むさ。ただ、大事なものも見落とし。こぼれ落とすが、私の様に巻き戻せないのならそのひと時はやはり君の唯一なのだよ」
樹の椅子の上で腕を組んで目を閉じ、背もたれに体を預ける。
「頑張れよ、私にはそれしか言えない。お前が、貯め切る事を私は待っている」
それは何処か、明日の遠足を楽しみに待つ小学生のようで。
そういうと、樹の椅子の横にある受話器を手に取った。
「あぁ、黒貌か。今日は、お好み焼きを頼む」
そう言って、出前を頼んで受話器を置くともう一度椅子の上で腕を組む。
そうだな、まるでお好み焼き。
苦悩で焼かれ、数多の野菜と肉を同時に焼くそれはなかなかどうして社会の縮図に見えないかね。
天カスのような、なんでもないものでさえ彩をそえ。生地とソースが、その味で包み込む。
「青のりの一枚でさえ、お好み焼きを完成させるのには必要だ。削り節だってなんだってだ、捨てる所などない。捨てる所があるとすれば、作り手が未熟なのだ」
強烈なソースだけでは下が死んでしまう、だがそれがないお好み焼きは決して完成などしない。
だから、クリスタ。
「私の様な存在が、力任せにやる事は間違いだと判って欲しいのだが」
まぁ、実際に窮地に立ち今死ぬかもしれぬのにそれを判れと言うのも酷な話か。
そういうと、業務用スーパーで働くクリスタの姿を眺め。
「お前は背負いすぎだ、クリスタ」
そっと、その様子を見る為の意識を切った。
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