第百七十一幕 白銀一矢(はくぎんいちや)

「おぃ、ダスト。あの老害共に、減税を必ず飲ませろと言った筈だ」


樹の玉座に座るエノは不機嫌そうに唸り、それを申し訳なさそうにしている黄金が一匹。


「はっ、あれだけ啖呵をきって結果をあげられず申し訳ございません」


目を閉じ、急にふっと表情を崩して苦笑した。


「お前が悪いわけではない、あの害悪共はただ民から税を絞りたいだけだ。少しでも、余裕があれば取りたくなる。石があったらガチャを廻したくなるようなものだ、もっとも奴らがやってる事は御しがたい事ではあるが」


無茶を言っているのは私だ、そうだな後三か月やろう。


その時間で苦しんで死ぬものは出るだろうが、何もせんよりはいい。


「その三か月で減税を飲ませる事が出来なかった場合、老害共は全員死ぬ事になるだろうな。私がそういうのだ、必ずそうなる」


樹の玉座から立ち上がり、ダストを見下ろしてエノは言った。


「お前は、あの老害共すら殺したくないのだろう。それも結構な事だが、子供が飢えて泣き声すら上げられぬ状態にまでなって。働いても持っていかれ、それで生きたい働きたいと思うものなどおらんだろう。誰かを救うための税ではなく、己らの私腹に消え。修理代や部品代等名目をつけては、不必要な経費から着服する様な愚か者を許しておくことは結局間接的にお前が苦しめているのと変わりはしない」




何故、三か月なのかだけ教えてやる。



「私が手を下さずとも、お前が何をせずとも箱舟以外のとある企業が国を見限って脱出するからだ」


箱舟グループの力だけでは、到底それら全てのマイナスを埋め合わせる事など出来てもやらんぞ。


如何に巨体とはいえ、箱舟グループは連合の企業体だ。

屋台骨を倒す程のマイナスは許容できない、所属する社員たちの為にもな。


今でさえ、赤字を垂れ流している。

実体経済というのは、仮想や金融と違って膨らむのではなく積み上げるのだ。


利益も信頼も、積み上げなければならないんだよ。


法整備の不備を、突いた事を笑顔でやる様なものだ。

法整備を怠る方にも問題がある、しかしそれなら法整備をついた愚か者から没収し抗議など跳ねつけて意味を示さねばならん。


国境というのは人が決めたルールだろう、ならその国境は守られねばならんのだ。

国境のルールさえ守れぬなら政府も軍も要らぬだろうよ、それは誰も守れんのだからな。

誰も守れん、そんな政府と軍に存在価値などあってたまるか。


「あの老害共は、それでも箱舟グループが居ればと思うのだろうがそこまで事が行ってしまったのなら。私は、幹部会に決議を出すぞ」


幹部一人につき、一票としてもどれだけこの特売を続ける事に賛同してもらえるか。


「私はその時に、お前を庇えない。また、人を苦しめ貶め辱め苦しめといった事に関しては邪神一族の右にでるもの等存在しない。奴らは、呼吸のごとくそれをやりとげるのだからな。私が止めて無ければ、嬉々としてやるだろうよ。その時に、人は抗えはしない」



お前は自分の言葉と力で、幹部共を説得してくれ。

箱舟グループとして、動かすのならばと。

箱舟本店を動かすのと、そして私が叩き潰すのでは決定的に違う。


「かしこまりました、下がらせて頂きます」


そうして、ダストが消えていったあと。


エノが見下ろす先の紅い絨毯に二つの影が浮かび上がる、左が闇で右が光。


「聞いていたな、クリスタそれと大路」


「お優しい、いやはやお優し過ぎますなぁ」


まるで挑発するように、光に流し目をくれながら老人が手を叩く。


「協力してくれなどと、勿体ない。是非三か月が過ぎたのちも我々は特売を続けたい、もちろん貴女がノーと言わなければですが」


箱舟に所属する全てのものには、全て個々に選択肢がある。

私が、基本的にノーと言う事は無いよ。


私がノーを言うとしたら、それは箱舟関連の選択肢や自由を奪う事についてだ。

余り介入したくない、理由はいくつかある。


助からなかったものに恨まれるだけならまだいい、先の老害共のようにダストが手を差し伸べるならもっとむしってもと欲を出す連中もいる。


優しさ等、毒にしかならない。


「そうですな、それは真理でございますな。では何故今回は、貴女はあの国に介入することにしたのでしょうか」


もっと単純な話だ、私に向けてミサイルをうった国は何処だったかな。

そして、私は基本自分からは絶対に殴らないが報復は苛烈を極める。



大路、私は挑戦者を常に歓迎する。

私に喧嘩を売ったのだ、相応に殴られるのは当然だろう?


大路はその答えを聞き満足そうに頷く、なるほどと。


「ワシらも、後三か月は必ずご協力致します。他らなぬ、貴女様の指示ですからな。しかしの、貴女のご用命でないのならあまり赤字を許容する訳にはいかんの」


それはまるで、闇の長老たちは命令を歓迎しておらず怒り狂うと言わんばかり。

インフレやデフレを力技で曲げ、赤字を垂れ流すババをわざわざ引いて生き残るのは箱舟グループをもってしても難しい。


その膨大なキャッシュと操縦を、やってのけるからこそ闇の邪神一族は欲望を操って苦しめるプロフェッショナルなのだが。


「大路殿、我々だけではあれ程の規模で全品激安というのは難しいのだが」


クリスタが言えば、大路は急に声色も態度も変え睨みつける。


「のぉ、クリスタ。業務用スーパーは貴様の管轄じゃ、本来であれば貴様や光の一族総出で努力しその時に備えるのが常道。我らは、企業群でありただの連合グループ。一枚岩なのは、エノ様のご指示があるからこそじゃ」


ワシらは、新たにエノ様が延長してくれとでも言わない限り値下げを続ける事には協力などせんよ。



我らにも選択肢はあるのじゃからな、箱舟の労働者として。



「私が命令や指示、お願いの類などする方がおかしいのだがな。エターナルニートは、本来働かない方がいい」



大路とクリスタが、両サイドで頭をさげた。


「本来は、のぅ…」


その時、大路は凄まじく邪悪な顔をしていた。


「本来は、ね…」


クリスタも十年は熟成された、雑巾よりも酷い靴下を口に突っ込まれたような顔になっていた。


「大人しく、減税しておればよいものを。我が神のお言葉を人ごときが逆らう等、許さんぞ許されん!」


大路の両手から、握りしめすぎて血がこぼれおちていく。


「それに乗じて、儲け時と値をあげようとする連中も。我ら箱舟の商品は転売などできはしない。必要な人間に必要なだけ届け、必ず救いとして存在して見せる」


クリスタが聖神にあるまじき、憎しみに満ちた表情をした。


クリスタと大路のお互いの視線が絡み合う、そして再びクリスタと大路がエノに向かって頭を下げ。


「構わぬよ、どんな思惑があり。どんな、意見があったとしても。箱舟グループが、意思を一つにして目標に向かって邁進できるのであれば。私は、それを咎めなどしない。また、その資格もないしな」


大路がエノに向かって叫ぶ、杖に力が入り頑強なハズのそれにヒビが入った。


「エノ様のお言葉こそが正しいっ!!、エノ様の優しさにも応えぬ愚かもの共が。減税を飲まないのであれば、このワシに奴らの破滅をお命じ下さい。なんなら、ワシらはポイントを支払ってもその権利を求めるっ!」



ダストの様なやり方はぬるすぎる、言葉で説得できる程あいつらはぬるくない。


「欲望こそ人の源泉、欲望こそ人らしさ。貶め苦しめ邪悪を糧に生きる我らにはそれはイヤという程理解しておるっ!」


クリスタ達の様な対処療法で、言う事を聞かせられる訳もなかろう。


湯に水をいれ続けた所で、沸かす火を止めねば無駄というもの。


その言葉に、クリスタが悲しそうに拳を握りしめ。


「大路、それでも後三か月は待ってやってくれ。結果の出ない努力をする事も成長には必要な事だ。それに、私は待つと言ったのだくれぐれも頼んだぞ」


大路は、ハンカチで自分の手の血を拭きながらにっこりと笑う。


「はい、我が神よ。三か月後の末日、午後零時までは必ずそう致します」


クリスタの方に、エノが体を向け。


「そんな訳だクリスタ、私が命じる以外で言う事を聞かせる事が難しい以上。特売の継続は許可できても、箱舟グループの協力出来る会社の数は減る」


諦めがたい事なのは判る、しかし同じ人が同じ人を苦しめる以上。我らがこれ以上力で介入するとロクな事にはならないぞ。


「判っております、それでも尚介入を決めなければならなかった事位は私にも」


言葉の違う国の待遇が離れているのは、まだ許容できるものが居たとしても。

同じ国の隣の町とあれ程、待遇の差がつけば当然それは人の流入や過疎に繋がる。


同じ国の中で逃げられないのは、相応の原因がある場合のみ。


朝八時出社で、昼二時には帰れて月五十万。


そんな、職場が近くにあれば。


夕方の五時や六時で帰って、月十八万や十六万で募集することは無謀に近い。


それ程の差があれば、採用されなかった段階で働く事をやめてしまう。


手取りにそれ程さがあれば、ベースにはもっと差がついており保険各種の充実具合も賞与も大差になっている。


それ以上に、余裕のある企業には余裕のある客がつく。

同僚も、そこからこぼれたくないから優しくなれる。


「相応のモノを出さないのに、相応の態度を求める事はならん」


相応こそが正しい、それこそが箱舟の根幹としてあるのだから。


「ダストの結果がどうであれ、三か月後には最高責任者全員招集で幹部会をやる。といっても、私の前で意志表明をしてもらうだけだがな」


その覚悟と意思を固める様に、通達をしておいてほしい。



「「判りました」」



あぁ、それと。

思い出した様に、エノがクリスタを呼び止めクリスタが振り返る。


「外の箱舟グループの連中に、付き合わせて悪かったという意味で。冬のボーナスは給料の三倍の標準額から更に割り増しで一点五倍一律で出す事にする、これは決定だ。のちに正式な通達書類で送るから、確認してほしい」



クリスタが無言で、頭を下げる。


「赤字の上に赤字ですか、エノ様」


不服かね?、大路。


「いえ、不服など滅相もない。箱舟グループは、誰もが報われなければならない。当然ボーナスを削れば有給とも交換でき、社員優遇も無料を基本にしなくてはのぅ」


箱舟グループは貴女の臣下、ならそこに不足があればそれはワシらが能力と忠誠を疑われてしまう。


「いや、貴女は能力さえ使えば疑う必要もないのでしたな」


一律と言う事は、ワシの所もそうなると。

いやはや、そういう事なら赤字も悪くありませんな。


そういうと、その場から消えた。


金等使い捨てカイロの様なものだ、温もらなければ存在価値など無く使えば容易く消えてしまう。


「搦め手を、用意するのも面倒なものだ」



エノはそういうと、椅子に戻っていく。



「ダスト、クリスタ。何かを救うと言う事は、相当に難しい。頑張ったから結果が出る様なものでもない、様々な思惑が絡み。相応の、言い分がある故」


全く、理想が高ければ高い程に楽ではないのだぞ。


そういって、闇の奥で笑った。

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