第百六十七幕 貝(しぇる)
私は椛(もみじ)、箱舟グループの業務用スーパーレジェンディアの店員だ。
「これが箱舟本店の底力ってんなら、私達が普段やってる仕入れは良くて子供のおつかいね」
そこには、同じグループ内の流通を司るデーゼ運輸が本店から運んできた物資がピストン輸送でガンガン積み上げられていた。
今は何処で仕入れても、バレル単価で六十から八十で推移しているそれを輸送費用込みで二十で出してくる。
この世の何処にそんな油田があったんだと、騒ぎになっているが箱舟グループは全て箱舟本店の備蓄から吐き出していると発表していた。
「箱舟本店が幾つも油田を持ってて、契約してる業者からの物販もため込んでいるのはしっていたけども」
まさか内部留保ですらあれ程否定的な、上層部がこれほど物資を備えているなんてね。
しかもこれ、全てのレジェンディアの店舗に同時に全て積み上げてるってんだから。
元々セキュリティの心配はしてない、軍が徴発しようとしても契約を盾に追い払う。
無論、これだけの輸送が出来ると言う事は今日明日で建物を空にして撤収も容易だと言う事だ。
「撤収してから、理由を堂々と国際的に発表する訳だ。しかも、プライベートブランドのラベルがはってあるものは箱舟と契約してる国内の業者。だから、それについては関税すらかけられない。素材もエネルギーも本店がもってくるものは、魔国本社からだがそっちは政府と最初にした契約で縛ってる。下手に、撤収決断されたら世界企業の規模で明日には居なくなるほどの撤収速度だってんだから」
普通そんな巨大な組織が今日明日で撤収できるはずがない、しかし箱舟グループは普通じゃない。
そして、撤収した後に民衆が暴動を起こす。
当たり前だ、箱舟グループは全品大体半分ぐらいの価格でものを売ってる。
今回は、本社命令で全品全数四分の一で売れと来たもんだ。
外のガソリンスタンドが一リットル百なら、レジェンディアの駐車場横に併設されてるスタンドでは二十五で売ってるのだから。
これは、水の様な必需品も、トイレットペーパーの様な消耗品も、食料もなんでもだ。
税金を払って、利益を上乗せしてまだその価格で売ってるのである。
「流石に普通の商品は、普通の値段だけど。プライベートブランドの値段はそれで売っても利益がでるのだから、内情を知ってる私達としては同情したくなるわよ」
プライベートブランドに限れば、品切れは絶対にない。
というか、私が勤めてる間で品切れした事がない。
横の店が涙ぐましい底上げで弁当を売っている横で、同じ弁当でさえミッチミチに中身の詰まって味も殆ど変わらないような質のものをそんな値段で売ってるなんて卑怯よね。
今まさに、戦場と化している売り場を見ながらため息をついた。
「すんません、売り場Bエリア水が完売です」
内線がはいり、台車が列をなして走っていく。
瞬く間に、ピラミッドの様に積まれていく水。
それを、整列させながら売っているのだ。
横入りや転売など、行儀の悪い客は直ぐに叩き出される。
買占めをしようとしても、バックヤードにピストン輸送されている事をみんなが知っているので誰も買いしめられない。
普段なら組織的にやれば買占めできるかも判らないが、今回は本店の肝いり。
同じ組織ならデカい方が勝つ、こんなの常識でしかない。
「すいません、売り場Gキャベツが完売です」
再び内線が入り、段ボールを重ねた台車が走っていく。
段ボールがまるで積み木の様に積み上げられ、中身が出された段ボールは畳まれて走っていった台車に積まれて返ってくる。
その段ボールを、決められた場所にまるで土砂の様に投げ込む。
段ボールだって、どうやって再利用してんのか知らないけど。本店に行って帰ってくる奴は新品そのものになって帰って来てる。
それも今日一トン段ボール送って、明日には新品同様のが一トン返ってくるような速度でだ。
「我々、箱舟グループに不足があってはならないの」
頭に紫の薔薇の髪飾りをつけた、黄金の髪とブルーの瞳を持つクリスタ・レジェンディアが後ろにいつの間にか立っていた。
白いハイヒールに、不釣り合いな程短いスカート。
本店のキャリア組で、私の憧れの先輩。
女の私が嫉妬しそうな輝く美貌と、それを感じさせない程気さくな人。
頭を下げる事は不要よ、私達は皆同じ箱舟の仲間なのですから。
「価格を下げに行くためとはいえ、四分の一とは思い切った事をやるものね」
そう、元々が高すぎるのなら下げてしまえばいい。
特にガソリンなどは周辺地域の同じ販売所の価格を反映しているのだから、力技で下げてしまえばいいという。
「相変わらず、恐ろしい力技だ。普通の企業がそんなやり方をすれば一年もつまい、我々だって帳簿を見れば目を覆いたくなるぞ。あてがなければやってられん、今回は特別顧問が本店の威信にかけてやれという話だからできることよ。」
周りの店を駆逐するつもりがないのだろう、必要なら周りの店にその値段で卸す事だってしているのだから。
私も運ぼうと、クリスタはハイヒールにも関わらず凄まじい速度で台車を運んでいく。
「椛、指示を。三時の休憩までは、手伝うわ」
この店舗はクリスタ様が来たけど、他の店舗も頭や胸に花の飾りをつけた美形の本社キャリアが加勢に来ていると聞く。
箱舟本社のキャリアは偉ぶらない、現場を知らない訳でもない。全員がまるで西洋人形の様な美しさをしていて、特別顧問の意向で動く。それでいて、キャリアに相応しい有能さなのだ全員が。
「本音としては、視察の時だけじゃなく毎日居て欲しいと心から思うのだけど」
溜息とともにそんな声が漏れる、それは店内の喧噪で誰にも聞こえなかった。
「特別顧問の人形なんていう人もいるけど、私達現場の人間からしたら観賞用の人形みたいな役立たずじゃなく。軍隊よ、恐ろしく統率の取れた軍隊」
あれが機械(マシン)と言われても、私達は驚かないわ。
「一人いたら六ブロック回せるって、どんだけ有能なのよ。あれでハイヒールのままやってるって、どんなバランス感覚してんのよ。普通は、踵が折れるはずよね」
私は、流石に普通のクソ頑丈なだけの靴を履いてる。
「ヘッドハンティングで私はこのグループに他社から入社したけど、渡り歩いてきた会社の中じゃ異端中の異端よ」
どこの世界に視察員が率先して下働きをして、どんな失敗も許して定時に帰れる会社があるんだか。
提示された条件は、前の会社の年収の二倍。
前の会社で残業や朝出に出張まで含めての年収の二倍を、定時で約束する。
それも、本社から自分より優秀な援軍を幾らでも頼める状況でだ。
裁量内なら、仕入れだってレイアウトだって店長が決めていい。
おまけに、視察に来る連中はあげあしを取るどころかいつも諦めた様な顔でバカの一つ覚えみたいに不足はないか?位しか聞かれないし。
「この環境で不足があるとしたら、私らの力不足位だろうがっ」
なんて言葉が喉まで出かかるが、毎回愛想笑いでなんとか飲み込んで毎日売り場を回してる。
私がどんだけ、学生卒業してからこっち色んな会社で苦労してきたと思ってるんだ。
「過労で病院に搬送されることもないし、倒れたのに翌日出て来いなんて電話がかかってくることもない。休日に後輩のミスで呼び出される事も無ければ、お偉いさんに無茶ぶりされる事も…はここでもあるか」
そう、無茶ぶりはこの箱舟グループでもあるっちゃある。
「ただその内容が、今回の特別値下げみたいなバックアップ付きで何とかしろみたいなものだからまぁ可愛いもん」
良くこんなんで利益があれだけでるなぁと思うけど、箱舟グループは赤なら赤でいいというスタイル。
赤だから閉じようなんて、言うんじゃなく最高責任者が辞めたくなったら事業を閉じようみたいなやり方をしてる。
「これじゃぁ、普通の会社は勝てないはずだわと内部に入ってから痛感してる」
前の会社もその前の会社も箱舟グループを目の敵にして、なんとかと踏ん張ってるようなとこだった。当然バックアップも無しで、無茶苦茶言われる様なとこだった訳だ。
補給も資源も資金も兵隊も無制限に呼んだら明日には来る軍隊と、孤立無援であるものだけで目の前の敵全てと三百六十五日不眠不休で戦い続けろと言われる軍隊とどっちが生き残れる確率があるかなんて火を見るより明らかじゃない。
しかも、増援の兵士は老人や子供ではなく自分の十倍以上強い精鋭ばかり。
「なんで、自分がこの会社にいるんだろうという疑問は常に持つ事になるんだけど。本社はいらなかったらどんな優秀でも叩ききるからこそ必要とされてると納得は出来る」
売り子と運び手は完全に分業してるが、ひっきりなしに無線が入ってくる。
「Tブロックでサバ缶とシーチキン缶とコーン缶が切れました、至急補給お願いします」
流石に四分の一なら数は出るわよね、ってそろそろ本店に明日の朝便で倉庫ガン積みして貰わないと昼まで営業出来ないじゃない。
力無く運べる台車とはいえ、客の行列の横を台車の行列が補給していく。
倉庫から店舗内までは機械で運んでくるが、店内の売り場までは台車だ。
そうしないと、店舗内で運べないからだが。
今は朝、昼、夕で三便だが。情報が広がるにつれて、どこの店舗もパンク気味に人が来てるから恐らく来週には五便まで増やさないと不足が出る。
どこぞの食品グループは、その一品だけを扱いその材料を買い付ける為に一社で市場の価格に影響が出てしまう程度の規模になって仕入れに苦労したと聞くけど。
「こっちは、本店に早くよこせっていうだけなんだからどんだけ気楽なんだって話よね」
かつての、自分の職場を思い出してはため息が出る。
箱舟の出版社だって、グループ内なら印刷用の紙やインクだって値上がりしてるっていうのに本社から豚屋通販経由で買うのは品質は良くて値段は平時での半値で売ってるっていうのだから。
豚屋は条件つけなきゃ凄く安い、条件が無茶になればなるほど値段が跳ね上がるけど。出来ませんは言われたことが無い、目ん玉ひん剥いて泡ふく様な見積りが来るだけだ。
運送業者もタンス運ぶような専門職まで、扱う業者がグループ内にあるっていう。
通販なのに、扱ってない品物が殆どない。
問い合わせたら、大体扱ってるってどういう事よ。
「にしても、クリスタ先輩休憩までって。本当だったら立場上、手伝わなくても昼過ぎにくればいいのに。こっちは助かるから、万々歳だけど」
かつての、職場では先輩は怒鳴るばっかの役立たずだったな。
難題振っては上にゴマすって、社内政治がうまいやつだけ上に行く。
不足があってはならないか、私も不足を出さない努力ぐらいはしないとね。
高い給料もらってるんだし、何よりいい職場だしね。
あぁ、今度はレンジで炊ける米か。
あれも便利だからすぐ売れていく、まったく客は安くかえるからもっと種類を増やせっていうのだけど。こっちの苦労も知らずに良く言うわ、そんだけ売り上げ出してくれりゃこっちも渋々付き合うけどもそういう客に限って金を出さない。
金を出さない人間に、発言権なんかないわよ。少なくとも、資本主義って世界じゃ。
綺麗ごとじゃ、やってけないのは確かだけど。綺麗ごとで生きて居たい人間もいるのは確か、それは選択肢だものね。
落石が流れる店内で、落石が流れていたドラマを思い出す。
あぁ~、悩まない人生が欲しいわ。
あの、主人公まるで私じゃない。
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