第百六十八幕 魔肉鄙検(まにくひけん)

丁度、四十キロの肉を仕入れて焼き材を包丁で切り分け脂肪油分を削っていき計量をして磨路(すろ)は思わず頭を抱えた。


「だぁ~、引かされたぁぁぁ!」


引かされたとは、どういうことなのか。

通常肉というのは、肉塊つまりブロックで仕入れる。


焼肉でも、カレーでもこの塊で仕入れる時必要な商品に加工して販売するのが飲食店の宿命だ。


焼き材とは、この焼肉になる予定の肉の切り身の事。

さし等はともかく、油はこそぎ落とさなければ商品にはならない。

業者から仕入れた時、油を削って切り分け最後の計量を行う。


例えば、四十キロの肉から商品になる肉を三十キロ取れた場合捨てるなり別用途にする部分が十キロ出たことになる。


つまり、この商品にならない部分を大量に出してしまった事を肉屋では引かされたというのだ。


この取れた肉の比率は常に違うが店の値段は一緒で提供されているのが普通だからだ。


三十キロも取れて居れば、そこそこ黒だがこれが十キロしか取れていなくても五キロしか取れなくても提供値段が一緒だと言えばその怖さが伝わるだろうか。



※判りやすくするために乱暴な表現にしていますが、本職は苦笑いでおなしゃす。


商品から儲けられる、値段が決まっているので同じ重量で仕入れて捨てる場所が多かった場合赤字に転落する。この切り分けた時の比率は、殆どの店で小数点で黒か赤になる分岐点がある事が殆どだ。


だから、切り分けや目利きはもっともその店の実力が出る。

客がつかなければ消化できず、消化できなければ幾ら仕入れた所でお金にはならず結局次の仕入れが出来ない。


だから、この手の店の肉の値段はそれ込みの値段がついている。


「並の安く出る所が良く無ければ客はつかない、けどいい肉を安くしているとつかまされた時に簡単に潰れてしまう。」


かといって、経産牛みたいな和牛でもグラム当たりが外国産よりも安い肉もある。

ただ、サシや脂身が少ないからとても世間一般の人が見て和牛に見えねぇ。

だからこそ、肉屋でも偽物を疑われるという理由で断られやすい種類の肉もある。


そう言った、ただ肉を扱うだけにしても難しい。

純和牛である事に嘘はねぇから、商品に加工して表記は和牛にしても全く問題ないんだ。偽証してるわけじゃねぇからな、偽証は食品じゃ命取りだからよ。


肉塊で仕入れる以上、削って切り分けてみなければどこぞの神の様な能力でも無ければ見極める事はほぼ無理だ。


同じヒレで、経産牛と和牛は一目瞭然だが。純和牛と交雑牛みたいなハーフもんは素人じゃまず無理だ。


経験則でも、外からつるされた肉塊を見てこれを買うと決めて仕入れる。


肉のランクと何の肉かとかそういうもろもろの値段で仕入れて、切り分けると言う労力を得たのちに判るのである。


「どうすんだこれ、スジを別料理に回しても悪くなるまでに消費出来なきゃ赤だけで店傾くぞ…」




そして、冒頭の台詞に戻る訳である。



ここで、普通のお店ならお手上げになる所だがここは怠惰の箱舟本店。


涙目になりながら、すろははろわ直通黒電話で電話をする。


じーこ、じーこ。

とぅるる、とぅるる。



「はい、お電話ありがとうございます。箱舟本店はろわの肉屋担当南条です、いつもお世話になっております。あれ?すろさんどうしたんすか」


「やべぇ、A5で引かされた…」


とすろが言えば、電話の向こうに居た南条もうぇぇぇと声を出した。


「どの位いかれたか判ります?、つか今からそっち行って確認しますんで三十分体あけといてください」


南条は、電話を切ると三分で店にやってきた。


そして、保管庫を確認すると「亜阿ァ唖アァ亞亜唖ァ?!」みたいな声をあげた。


「これ、殆ど外の見た目だけ良さそうな肉で内部が脂肪じゃないですか。こりゃーひでぇな、これすろさんじゃなくても引かされますよ…」



しかも、骨を取った時の縦部分すら切り分けが難しい脂の入り方をしていたのだ。



「これ、外から買ったもんです?。判りました、はい」


内線で、マスクの中に仕込んだマイクに向かって上層部に掛け合う南条。


「今回はいい勉強したと思って、これで売って下さい。脂はこっちで回収しますよ、回収分の値はグラム六百でいいすか」


正直、グラム三百にもならないのでこの申し出は普通にありがたく直ぐにサインした。


「じゃ、この後回収班が来ますんで申し訳ないっすけど後一時間ばかし体と店あけといて下さい。すんませんが、よろしくお願いします。回収班が受け取って計量して、その時にコインはお支払いしますんで」


そういって、頭を下げると南条は光の速さで帰っていく。


何故、箱舟の外で買ったのかと聞かれたが箱舟の中では豚屋通販で当然の様に肉塊も売っている。


そして、豚屋通販では肉の脂比率や肉のつき方などは千分の一グラム単位で測定し状態も含めて表記されて売っている。


では、何故外の肉を仕入れる店が一定数居るのかといえばそういう需要があるからに他ならない。


箱舟は選択肢は各々にあるのだから、当然注文する事も注文を受ける受けないも全て選択肢として存在する。


「はぁぁぁ、にしてもグラム六百だったらこれ全部切って売るよりギリ黒になるラインだな。流石、箱舟はろわは目利きもはぇぇや。」


己の不甲斐なさを噛みしめ、背もたれの無い丸椅子に座って天井を見つめた。


「これ外だったら、首釣らなきゃいけねぇレベルだぜったく」


そうぼやいていたら、はろわ回収班がなだれ込んできてさっき南条がおいてった契約書の値段で回収していく。


「にしても、あんな値段で脂買ってどうすんだ。こっちは助かるけど、どうやって消費する気なんだか。」


実は、箱舟最終フロアの光無がおやつとして大量消化している事実をこの肉屋は知らない。


コックローチという邪神は、油を飲んで脂を喰う。


今頃、フライドポテトみたいな形状に切り分けられておやつ代わりに食べているだろう。


一匹のコックローチで、箱舟本店の肉屋全部の脂なんて食いきれるのかという話だがコックローチの胃袋は虚数空間になっていて蓄積できる。


つまり、食いだめする事ができ何も飲まず食わずでも体内の脂が底をつかなければ飢えない。


光無が、何日も睡眠もとらず飯も不定期で修行と戦闘を継続できる理由でもある。


邪神のコックローチは、台所にいるやつとちがって最初はしぶとくない。


なんなら首が取れる蟻より脆い、ただ食いだめが出来ると言うより出来なければ話にならないのだ。


なんせ、風でさえ強い風に当てられたら表皮が捲れて死んでしまう程脆い。


共食いでしか生き残れないのは、共食いぐらいしか食べる事が出来ない程最初は歯も胃袋も弱い。


それが、長い時間をかけ時をかけて強くなっていくのだ。


だから、当然食料を取れる時に無限に腹にいれておいてその食料が尽きない限り水も睡眠も食料も酸素も必要としない。


変換効率にこそ違いはあるが、余すところなく消化しエネルギーを蓄える事ができる。


中でも油は特に好物で変換効率が良く、一滴。具体的には雨の一滴程の脂があれば一年は飲まず食わず睡眠など要らずでフル稼働できる。


重ねて言うが、邪神のコックローチは悪霊なんかよりも最初は弱く脆い。

その位の体質を備えなければならず、そもそも飲み食いする事が極端に少ない。

だって、食べられないのだから。


光無はそういう意味でもコックローチとしては規格外で、油をジョッキで飲んだりこうして肉屋の余分として出た油を自費で買い取る事により殆ど無限に修行だけをしていられる体を手に入れている。


まぁそんな事情がなくても、ダストが消化できるものはゴミでも買い取り対象にはなるのが箱舟本店であり値段に納得できるかどうかがなのだが。


「買取価格で不満に思った事がねぇのが救いだよな、目利きも本職の俺らと同じかそれ以上の職員が来るからなんだけどさ」ってか本当、本店のはろわはやべぇな。


「別に南条さんじゃなくても、他の職員でも大体同じ対応って」


俺が前居たとこじゃもっと、公務員ってもっと無知で偉そうで我儘な奴が来たんだけど。頭の後ろをぼりぼりとやりながら、溜息をついた。


「いい勉強したと思って…ね、普通は許される事無く死ぬぜ。」


ロクな保証もしないくせに、カバーもしないのに結果だけ持ってくのは上司や国だけじゃねぇんだから。


「いい勉強させてもらえるだけ、良い環境ってこった」


そうだろ、南条さん。


「後が無いのに、笑って勉強出来ましたなんていうやついねぇって」


さて、座ってたってしょうがねぇ。

肉屋なんだから、肉きりわけねぇとな。

ここじゃ、何屋だって一杯あるんだからさ。


「客も店も選択肢の一つでしかねぇんだからさ、ここじゃ。だったら、選んで貰える努力をしねぇとな」


いいとこだからこそ、しがみついてでも追い出されたくねぇと頑張れる。

いいとこじゃなかったら、さっさと出てっておさらばした方がいい。


いいとこじゃないのに情にほだされたり、妙な責任感じたり。

クソ以下の連中に、食い物にされるだけだぜ。


「俺が前居た、外の世ってのはそんなんばっかりだったからな」

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