第百六十六幕 薄汚れた仮面

ポケットに手を突っ込んで、二十台の姿をしている女神エノ。


その神々しいまでの、獰猛類の純白の翼と黄金の神威を身にまとい。


白いタキシードの姿で、クリスタ達とダストの前に立っていた。


「クリスタすまんな、忙しい所来てもらって」。



真っすぐにエノを見つめ、クリスタはいいえと返す。




「あの政治家は思ったよりも搾取をしていて、実態経済がズタボロになっている。そうだったな」




横に跪く黄金が、はいと答えた。


「補助金の着服、弱者への補助からのかすめ取り。増税につぐ増税、上げればきりがありませんが余りにも状態が酷く俺の手に負えません。申し訳ありませんが俺の完全な力不足です、どうか力添えをお願いしたく」


申し訳なさそうに、黄金が答えればエノは肩を竦めた。




「という訳だ、クリスタ。今から直ちに、箱舟所属の天使と神全てに救う仕事を頼みたい。もちろん、これは箱舟のルールに従い暇でないものややりたくないものはやらなくてもいい。選択肢は、常に君達にあるのだから」


まず、箱舟連合の総力をもって物価を下げにいく。

それと並行で、水や医薬品の安定供給もだ。

食料品は、箱舟連合所属の業務用スーパーで常に安全と安心を安く提供しろ。

具体的には、野菜を全て旬の値段で統一する事を目標にだ。


転売や闇市に流したものに容赦はいらん、そういう連中は闇の一族どもに狩らせる。


楠種の施設を使う訳にはいかないから、現地で建物から確保する必要があるな。

潰れた会社のでかい倉庫を買い取って、改造して急場をしのげ。


ダスト、お前は箱舟連合の総帥として何としても減税を飲ませろ。


目標は年負担二割、六割は取り過ぎだ。

いかな金がいるとて、己の身を削らぬものなど全て叩き伏せる。


今のままでは、実態経済が壊れる。

国民の疲弊がピークに達し崩れるまでにはまだ猶予があるが、かじ取りを間違えれば三年以内に国という形が崩壊する。


場合によっては、こちらも闇の連中に狩らせる。


「重ねていうぞ、ダスト。一人でも多く救いたいなら、必ず飲ませろ」。


魔国に本店がある我々には、対岸の火事だろうがお前は対岸に渡って首を突っ込むのだ。

困難は承知しているだろうが、それでもやれ。

減税など最初の一歩に過ぎない、それだけで救える段階はとうに過ぎている。


「御意」



ダストは、今までにこんなにはっきりと指示を出されたことがなく今回のこれはそれだけの危機と捉えていた。



「天使達に頼みたいのは、政治以外の配給運送治療等だ。ダストの分体の指示を仰ぎつつ、事に当たれ。お前らの働きしだいで、どれだけ救われるかが決まる。流通全般を、仕切っている闇の長老には私から命令を出せばいいだろう。邪神に従うのは難しかろうが、大事を成すには協力が不可欠だ」



こんなタイミングでも、隣の国がちょっかいをかけてきおって。


「これだから、人は。それで領土を主張し資源をかすめ取ろうというのか。正しき競争ならともかく、弱きを叩くのは勝負の常道とは言えダストが救おうという場所を攻撃するのは私に戦争でも売っているのか」



眼を閉じ、しばし考える。


「済まない、クリスタ。どれだけが参加するかだけ、三日以内に教えてほしい。返事は急がないが、遅れた分だけ救えないものは増える」


軽く頭を下げ、エノは頼むと言った。


「判りました、可能な限り声をかけてみます」


クリスタは、心の中でまぁ全員参加するだろでしょうけどと苦笑した。


「ダスト、四年以内に一区切りつけよ。でなければ、またろくな事をしないやつが嘴を突っ込んでくる」


未来が見えるからこその忠告、力を使う事に遠慮がない所を見るとますます危機なのだろう。


クリスタとダストは、それを頭を下げながら覚悟を決めた。


「天使達や神達、汚染が酷ければ精霊達も声をかけよ。強制はならんが、救済に参加するものはダストを通して私に報告しろ」


話は以上だと、エノは消えた。

残された、空間に天使と黄金。


「申し訳ございません、クリスタ様」


ダストが頭を下げれば、クリスタは気にしないでと優しく声をかけた。


「救済に参加するものは…か、そんな風に言われて光の種族で参加しないものなどおりませんよ。全く、あの方は相変わらず卑怯だ」


何処か笑顔で、クリスタは愚痴る。


流民の流入はスパイとセットだ、余裕のない国に流民が入ればそれだけリソースを食いつぶす。しかし、だからといって全て殺せば非難を浴びる事になる。


物価を強制的に下げに行くと言う事は、それを見込んで仕入れたものは死ぬだろうな。


「しかし、それは商売における読み間違い。すなわち、自己責任だ。貴女は、そういうのでしょう」


やるぞ、ダスト。

段階的に下げれば、死ぬものは少なくて済むだろう。


しかし、四年で決着をつけろと言われている以上期間を長くは取れない。


「ふるいにかけられて死ぬ奴は出る、あの方が必ず飲ませろという言葉を出した以上飲まなければ叩き潰す気でいると言う事」


全てを正す気はない、すべて面倒を見る気はない。


「しかし、認識すれば彼女は容赦はしない」


神も天使も本来は、人の営みに首を突っ込む事自体がおかしいのだよ。

何故なら一度でも救えば次も救ってくれると勘違いする。

その、気まぐれが当然であると錯覚する。


何より、己の都合で道徳などという戯言をほざき大した見返りも用意せずにそれをやってくれという者達の如何に多い事か。


「もっとも、エノが納得する様な見返りを出せるものなど殆どいないのでしょう」


相応でなければ、あの方は怒る。


「俺は、どんな手つかっても必ず飲ませます。俺が、関係各所へのかじ取りをします。本来権力が一人や一匹にある事は望ましくない、エノ様程なんでも出来る訳ではないし、いつ腐るとも判らない」


なので、どうか力不足の俺を助けて下さい。

俺は俺に出来る事を、めいっぱいやらせてもらいます。


クリスタは背を向けて、右手をひらひらとした。


「判っている、エノ様は自分でやれば次の瞬間にはあの方が望む結果がでるだろう。それでは、いかんのだ。だから、私達にやれとおっしゃる」


これ程までに、はっきりと命令を口にすると言う事は放置できぬと言う事だ。

ダストが望む結果を手に入れるのが、それほど困難だと言う事。


「お前が救いたいと望み、それには私達の力がいる。だから、エノ様は光側の長である私に直接話をつけにきた」


クリスタは溜息を一つつくと、本当に眷属には何処までも甘いなと呟く。


「国民すべてが奴隷と化して、何世代にもわたって地獄の苦しみを味合わせたくないのなら。今やるしかない」


お前は確かに自身を増殖できるが、自身の能力以上の事はできん。

つまり、お前がその無限の寿命で一族として生きている様に見せていても。


男としても女としても、元々性別などないスライム。


「まぁ、だからこそエノ様は我々に頼んだのだろう。我々が誰一人手を貸さないのならもっと強制的な力技でやる、あの方はそういう方だ」


成長を喜び、研鑽を喜ぶからこそ。


翼をしまい、キャリアウーマンの服装に人化するクリスタが背を向け歩いていく。


「お前が、不正を暴こうとしたあの時からこうなる事をエノ様は知っていた。そして、あの方が暴れまわると言う事は経済版地獄の日がこの地上に顕現する」


不正を放置しろとはいわない、やむえないなどという言葉を使って放置する役人も同罪には違いない。


「それでも、あの方の力と違って。箱舟連合は所詮巨大なだけ、有限なんだよ。私は、それでも幼子が路上で死ぬような世界には戻してほしくない。飢えてクソの様な大人に騙され、その後の人生まで食い物にされる様な世界には」


神を信じ代償で廃人になった聖女すら、エノは救ってみせた。

ただ、あの方は涙を流して怒り狂い全ての奇跡すら握り潰し。


我々天使とて、数多の神に食い物にされてきたのだ。

元々人とは違い、我ら天使は従う神の言葉のみが絶対。


不正をしろと言われればその通りに、人を殺せと言われればその通りに動く。

不正をするなと言われれば必ず、不正などせん。


それが、何処までも天使という種族なのだから。

そして、今従う神はエノ様だ。


「己で考えて、それが正しいと思った事をしろ。望みは、ポイントでのみきこう。あの方が、人を救うのは仕事だと言うのならそれを我々は自らで選ぶ」


でも、その命令をされることが何処か嬉しそうにクリスタは去っていく。


「貴女を、エノには絶対にさせません。私達が従う神は、優しいエタナ様なのですから」


ダスト、我らは一人でも多くを救済する。

そういって、クリスタは転送の光を残して消えた。


「クリスタ様、申し訳ありません。今後、俺はもっと精進いたします」


その後姿に向かって、頭を下げ続け。

箱舟は有限、そう人も物もだ。

本店という力を借りて、外部からみれば無限にある様に見せているだけなのだと。


それは、エノ様がそうであれとしているからに過ぎない。


あぁ、俺は何と無力なのだ。

黄金は闇に浮かび、悲しそうに唸る。


「成程、エノ様がお前の望みは夢物語の中にしかないという言葉の意味が良く判る。それを噛みしめ、それでも俺はそれを望む故に苦しむ」



無いものを求めるのが、生きる事なれば。


「例えその行為がクソ以下でも、俺は俺に出来る事を」


スライムも、その場から消えていき。

静寂の中で、声が響く。


「そうだ、選択肢はお前らの頭上にあるし。その選択肢で正しいも間違いもあるのだろう、許せぬを怒り正しいと思うを貫く」



だがな、覚えて置け。

搾取を怒るのに、搾取をしているようなゴミ屑と同種になる事は許さん。


犠牲になるのは選択を誤ったものや、原理に元ずく競争で敗れたもの達で構成されるのが望ましい。


競争無き世界に研鑽など無い、己の求むるものなくして研鑽などないのだ。

そこに、強制力などあってはならない。本来は、だが今回それを破ろう。


競争は本能に働きかけ、それは自然の摂理。

私が何故結果を求めず、研鑽だけを求めるか。


「競争で、人は幸せになれはしないからだ。知識は欲を満たし、溺れ幸せにするが競争は更なる競争でお互いを削りぬく。孤立させ、協力する力を奪う」


私の様な絶対の力を持たない限り、個が群に勝つ事はない。

ダストはみんなで幸せになる事を望んだのなら、箱舟で幸せになれない事は巌に禁じなくてはならんだろうが。


制度そのものを全部取り消して、一から直さなければならない。

だが傷つき過ぎて、それを再構築するだけの経済的体力も残っていないのだ。


「猶予などあるはずがない、しかしあいつらにあわてず騒がずやらせる為にはそういう言葉を選ぶしかない」


貫頭衣のポケットに手を入れ、ポケットの中で左手を握りしめ。


「どいつもこいつも、ろくな事をせん」


己だけがと思うのは勝手だがな、なら己だけ死ぬ事も頭にいれておけよ。


武器防具にも金はかかる、食料にも。

そして、貿易には関税や為替などもな。


エネルギーなど、常に取り合って争いの温床だ。

箱舟連合という外の組織にすら、箱舟本店の供給能力を知られる訳にはいかんのだよ。


今回は、それを破る。

業務用スーパーの値段と品質を抑え込むために、全てのスーパーに対して本店から供給を行う。


流石に業務用スーパーまでこれないやつの面倒なんかみれない、水場にこれない命は滅べと言うのは自然の摂理だからだ。人だけ優遇する訳にもいくまい、一企業連合として出来る事に留めなければ。


人は際限なく要求する、それが当然と錯覚し何処までも浅ましくな。

金にすら価値はある、すなわち金の値段だ。

元本を保証しようと時と共に金の価値が変わる以上、それを元にした借金や債券にすらその値は変動する。


だが、そこに暮らす人間にとってはその地域の金でやり取りする事が普通だ。

だから、病の様に蝕まれる。


だからこそ、病魔としても兵器としても金の有用性は群を抜いているのだよ。


「ダストもダストだ、国など滅べばよいというのに。誰が犠牲になろうと我々には問題なかろう、それでもお前は首を突っ込むか」



どこか、愉快そうにくつくつと笑う。


「首を突っ込む以上、結果を出せ。救ってみせよ、必ずだ」


折角私も己で決めた事をやぶるのだ、相応の結果が無ければ働き損。


「私への報酬は、お前の喜びという訳だダスト」


結果を出して、報酬を支払ってもらわねばな。

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