第百六十五幕 釣堀瑞希(つりぼりみずき)

ここは、怠惰の箱舟本店の釣堀フロア。

~の一角にある、釣堀り瑞希。


緑色のやすっぽい屋根、釣堀らしく四角い水槽に流れを作る為の装置ではなく水の精霊が今日も自分の力で水をコントロールしていた。


水温や水質など、釣堀ではやらなければならない事は多岐に渡る。

水の精霊が、水の管理をしていて魚の最適な環境を創り上げている。


ちなみに、ここは釣堀だけど針ではなく魔導の力のこもった樹の棒を釣り竿の先端に付けている。


あくまでも釣りの形を楽しんでもらうという釣堀なので、当然確率で逃げられる。


それで釣れるのは、ここの魚は水の精霊と会話して釣られるという労働者扱いだからだ。


今日もまばらな釣り人を魚が水の中から見つめ、釣り竿さえおろしていればここは釣れる。


魚の気分に任せているので、釣り人によってはオケラもありえるが。

あくまで釣堀なので、当然魚達も駆け引きをする。


水の中ではロックやアニソンが流れ、掃除をしているのは人魚達。


波形として、クリアな音を水の中でも聞こえる辺り全力でこの世の常識に逆らっているがここが箱舟である以上さもありなん。


人魚が水槽の横に付けられた従業員入り口から休憩室へと行き、休憩から戻ってきた人魚と変わる。


「おおー、今日はセリアが釣られたね。釣り人はギンさんか、しゃーないしゃーない。次はもう少し粘って、楽しませてあげよう」


休憩室で、釣堀の水中の中を見ながらみんなで談笑していた。


「にしても、針を使わない釣りたぁ考えたね~」


あの無駄に高性能な樹の棒、魚の意志をくみ取って外れたりギリギリで水圧や水流を生み出して釣り人に楽しんでもらえる。あれも、ドワーフが削り出して漢研究所のエルフが術式彫りこんだって話じゃない。


「名前が、ベルゼナイトだっけ。いつの時代のセンスよ、あそこのエルフは」

相変わらず酷いセンスと、凄まじい技術力は箱舟の名物。


「それでも、釣堀に来てくれるお客さんがいるのはありがたいわね」


そうそうと、仲間の人魚が相槌をうつ。


「みんなが想像してるのとは全然違うけど、お互いにメリットがあるし。水は汚れず針の様な危険も無し、一族で使ってる岩場まで帰るのも転送陣で五分以下」


水龍様につれてこられたここは、おかしな事だらけの職場だけど。


「毎日、首傾げてばっかだけど。危険はなくて、報酬はいいのよね」


釣堀にいる、魚の種類が恐ろしい事になってきて先日はろわからは水槽の面積を増やしますか?と打診がきた。


そう、打診だ。


「広げたら、私たちの仕事は確実に増える。だけど、私達も水龍様も魚たちは是非増やしたい。だからこその、打診なのよね」


ふぅーと、全員が一堂に休憩室の天井を見て。

本当、ここの最大のアキレス腱は労働者不足よね。

思わず、全員で頭を抱えた。



「どこの部署も労働者は欲しい、そして天使や龍様達はどんどん外からここに招きたい」


でも、招いて教育して労働者になってもらってもここの制度があれだからね。

はぁ~~~、と全員で溜息をついた。


「向上心があると上を目指して、ガンガンやろうとするし。大それた願いを持つ奴は大体爪に火をともす様な節約してるし。そして、私達みたいなのは出来れば現状でそのまま推移して欲しいのよね」



客がまばらな、自分達の釣堀という職場をみて苦笑した。

かといって、連合はもっとすごいのがごろごろいる。



「望むのが平穏な私達にとって、今が丁度ぐらいなのよ」


少なくとも、労働者が増え続ける限り箱舟本店の娯楽施設の客が減る事は無い。


というより、この同じ釣堀だけでフロアが埋め尽くされるぐらい数あって客が減らないって今この本店の労働者どれぐらいいるのよって話よ。


ショッピングモールと商店街が同じフロアにあってどちらも同じぐらい人が流れていく、さらにその路地には個人店が並んでいても全く問題なく客は好きな店に入っていく。


これで、通販まで稼働させて。その通販と個人店とモールの値段は殆ど変わらない。

モールの向こう側には百貨店がビル群みたいに並んでるし、ダンジョンなのに地下街も作ってる。


渋滞もしなければ、店に並ぶ必要もほとんどない。

でも、自分達みたいな釣堀は程々の大きさであってほしいと願わずには居られない。


そういえば、人の国がここに向けてミサイルぶっ放したらしいわよ。


「ごふっ」


人魚が煎餅をのどに詰まらせて、茶を盛大に吹きだした。


「本来だったら、私達は慌てふためくとか右往左往しなきゃならないのだけど。途中で霧散したそうよ、霧散よ霧散」


全員がイヤな顔をした、そりゃそうだミサイルだって高速に飛ぶしある程度高い所を飛んでくれないと迎撃は難しい。


普通なら、対空砲火で打ち落とすので当然ハズレ分の弾も用意しなくてはいけないのだ。

自分達なら、魔法も魔導もあるがそれでも魔力にだって限界はある。


「まさに神様、同じ神を労働者としてこき使ってる時点で判っては居たけど」


ねーと、頭を抱えた。

その威力だけを、そのバカやった連中の頭上にだけ落として他には影響ゼロって。


全員の眼が遠い眼をして二本の棒の様になった、そして深いため息。


「そんな事が、いとも簡単に出来るのならなんでって思う連中もいるのでしょうけど。内部で働いてる私達は嫌という程知っている」


そんな、神が労働者募って願いきいてエネルギー好き放題用意してなんていうのはね。


自分で働く気がないんでしょ、それ以外ないわよ。


「だって、名前がエターナルニートで愛称が屑神よ。そんな神が、神様らしく働くわけないじゃない」


周りを見渡せば、みんな笑顔で苦労してる。

周りを見れば、幸せな家族がいろんな場所で手を繋いでるのが判る。


でも、貴女はいうんでしょうね。


作りものの大嘘の世界だって、私達みたいにただ平穏に過ごしたい人魚から見ればなんだっていいわよ。難しい事だって考えたくもないし、進化も進歩も興味ないわ。


難しい事なんかいらない、病にも寒さにも人間に狩られる心配もしなくていい。

それだけで十分、それがより長く続けばいい。


「じゃなきゃ、こんな平穏極まる釣堀の仕事なんてやらないわよね」


エサを使えば、掃除もそうだが餌だって体力仕事。


綺麗な水を用意するのだって、水流を作り出すのだって水質を一定に保つ事でさえ普通は難しい。


「文字通り、ナノレベルのろ過を施してやっと蒸留水がまともになってそれをかき集めなければならない外と比べるのはおこがましいにも程がある」。


それをここじゃ、天気屋とか環境屋に言えば電話一本で個人ごとでも変えてみせますだっけ冗談じゃないわよ。


腰から下が魚の私達が足にしなくても空中を歩けるし、足りなければ増やせばいいって簡単にいくかバカじゃないの?。


それで簡単に増やせるなら、誰も困らないでしょうが。

どんだけ、法則に逆らって環境を用意してんのよ。


「それにしても、何処の誰か知らないけど愚かよね。龍も邪神も天使も精霊もこきつかうのような神に向かってミサイルだなんて」


相手が普通の国なら、雨の様にミサイルを撃てば大惨事。


そこで、どれだけ阿鼻叫喚になるかなんて判ったもんじゃない。


龍や精霊にだって、効かないわよ。

龍は若ければ効くかもしれないけど、精霊だって存在値や神威を込めた武器でなければ無効なのよね。


「だから、本来そいつらは我儘放題生きてるんだから。そして私達の様なその他は、水面にただよう海藻みたいに不安定な環境で生きてる」


食料もなくて、水も汚染されて。


ラストワード様みたいに、武器に力や魂を込められるなら話が違うかもだけど。

もしくは、聖女みたいに限界以上に己を高めて神威を借りられるような器があれば。



私達みたいな人魚に、そんな力はないもの。

人魚に釣堀やらせて、人魚も魚も貝もなんだって釣れますがちゃんとリリースして下さいねみたいな仕事してた方がマシでしょ。


その気になったら、空気中の元素全部寄生虫に変えたりとか水素や酸素を水爆に変えて星や宇宙ごと吹っ飛ばすのも難しくないなんて。


何やってもおかしくない相手に、普通が通じる訳ないでしょうが。


「それを知ってて、挑むってのは益荒男や光無みたいな連中ぐらいでしょう」


ここの箱舟の連中みんな思ってるわよ、働けっ。お前、働けって。


「その後、闇の一族放って社会的と経済的に追い込みかけたんでしょ。白いハンカチでも振って逝ってら~とかやってそう」


右手で、ひらひらとハンカチを振っているフリをしていた。


「やりそー、ってか絶対やってそ~」


両耳に親指をあててひらひらさせながら、苦しかい?私は楽しいぞとかやってそー。


やってるやってると、盛り上がる一同。


「そういえば、釣堀は結局大きくするの?リーダー」


そう尋ねれば、リーダーはバツが悪そうに。


「増やしたくないのが本音だけど、魚の大きさだってまばらだからね。大きい魚を数いれたら、水槽足りないのよ」


全員で溜息をつき、肩を竦める。


流石に釣堀に百キロ級以上はいれてないとはいえ、かなり窮屈になってきてるのは確かだ。


「しゃーない、一個分だけ大きくしよっか。それ以上はごめん被るとかいって、渋い顔しときましょ」


いいね~と、人魚達は盛り上がった。

そして、ふと全員で真剣な顔になる。


「私達は程々でいい、そうでしょ!」


おーと魚と人魚達の楽しそうな声が、休憩室に響いた。

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