第百六十四幕 天凱鏡(てんがいきょう)

うみょーんと、伸びきった体で雑巾の様に倒れる。


エタナは、芋虫のような動きでごろごろと地面を転がった。



「あぁ、やはり湯たんぽは陶器でなくばな」



昨今、プラスチックの安物も大分良いものが増えた。


安く頑丈で、実に素晴らしい。

型でうてば量産も可能で、高速に製造できる。

時間こそかかるが、古き良き金物も悪くはない。


しかし、私は陶器の滑らかな肌触りが好きだ。


そういって、抱きしめながら寒い寒いと転がっている。


ちなみに、わざわざ天気屋に寒い空間を用意させてやっているのだが。

この寒いのに、湯たんぽを抱きしめて転がっていると昔を思い出す。


ころころと転がっていると、不意に警報が鳴った。


「ん?、あの政治家の国のミサイルが魔国に向かって飛んできてるのか」


おもむろに、三体のエタナそれぞれがエノの姿になる。


「魔王ども、人間の国が魔国にミサイルを撃ってきているが迎撃はこちらでやる」

「ダスト、一度箱舟本店に救うべきものを引っ張って避難させろ今すぐだ」

「闇の軍勢共、お前達にも本店に一度戻れ」



あの、政治家が暴発してしなばもろともと箱舟本店にミサイルか。


(メモリアルソルジャー:凱蛾燐導墜葬(がいがりんどうついそう))


「愚かな、人相手ならそれで一矢ぐらいは報いられよう…が」


そういうと、全てのミサイルが飛んでくる途中の地点で法則を無視してピタリと空中で止まった。


そして、爆発もせず霧散。

爆発の威力だけをエノはその手の中に隔離し、その隔離した力ををぶっぱした政治家とその関係者の頭上に顕現させ。



ミサイルの周囲の空気にすら原子元素は含まれ、掌握出来ている。


「自らの、ふりおろした拳(ぶき)で死ね」


全ての原子元素が私のレーダーの様なもので、構成された人工物にすらそれは及ぶんだ。現象も物体も曲げる改変する事、私には児戯にも等しい。


関係ない建物や、人には当たらぬようにしてやろう。

当たり判定を改竄すれば、それで事足りる。


僅かに左手でくいと動かすと、ミサイルは頭上を補正しながら狙っていく。


「私には通用せんよ、お前に次は無いがそれでもきちんと感情に任せず調べるべきだったな」


混乱せぬように、政治家とその関係者以外の時間を止め当たり判定を無くす。


全てのミサイルの威力は、エノが定めたもの達へだけ全てが余すところなく敵の体中だけに伝わった。


「それが核であろうと、放射能の影響だろうと細菌兵器だろうと関係ない」


全く、大人しく観念する事もできんのか。

誰かを巻きぞえなど、もっともやってはならぬ事だろうが。

全てを救って全てに天罰など下らぬ、だが私は私にとって目障りな奴だけは許さん。


「魔王共、邪魔した」


そういうと、魔王側の通信を切った。


もっとも慈悲深い顔を作ると、ダストに話しかける。


「もう避難させた連中を戻してもいいぞ、不足があれば手取り足取り助けてやるといい。水でも食料でも何でも必要なものは本店から用意してやれ、お前が救うと決めたなら必ずやり遂げろ。必要なら、天使と共に造水車や移動式病院等も出して構わん。資金は私がだすし、足りなければ闇の連中に言え、用意させる」



流石の私も、ミサイルなんざ向けられたらびっくりするからな。

などと、嘘を宣い。


ダストへの通信も切ると、闇の神の顔になった。


「あいつと取り巻きだけ地獄に落ちてくれる方が望ましかったが、最後に面白い見世物をしてくれたものだ」



嬉しそうに、エノが拍手をしながら邪悪に笑い。

それを、大路も満面の笑みを浮かべながら。


「いえ、もっと長く苦しむ生を生きて頂く予定でしたのに残念残念」



我らは、撤収準備が終わり次第本店に帰還いたします。

との報告をに聞くと、その通信窓も切った。


瞬間、エタナに戻って一言。


「バカなの?、相手が私じゃなかったら大惨事だわ」


不正をばらされて、周囲から袋叩きにあって最後はミサイルぶっぱだと?。


相手側に落ちても国際問題にしかならず、今回の着弾地点は魔国。


自分側に落ちても、関係ない連中が数多被害にあう。

自殺なら一人でせんか、アホンダラが。


武器を持たず身を守る事など出来はせん、お前らが私と同じなら別だが。


ミサイルだってただじゃないし、身を守るための装備もただじゃない。

だが軍需産業を満たすだけの武器等製造し続けて、それに己の金以外を投じ廃棄しそれら無駄になった金で一体どれだけの人が救えたのか計算したこともなかろう。


まぁ、そういうのはダストの様な善良なモノにやらせておけばよいか。


私は、どこの誰が苦しもうが楽しもうが知らん。

ダストが許せんと言い出し始めた事を、全て先回りして私が大路の様な連中に流しただけだ。


ぶちぶち言いながら、また湯たんぽを抱きしめてころころと転がる。




「あぁ~、ぬくい」



こうして、何もせずゴロゴロと湯たんぽを抱きしめているだけで私は幸せだと言うのに。


「また黒貌とダストは二人して、被害者のサポートでもするのかな」


くそ、出前が出来んじゃないか。


黒貌が外でボランティアなんぞやっていると、臨時休業になってしまうのだ。

外の国は給水車ですら数が足りず、電波を経由する移動拠点ですら台数が足りていない。

一つの国で給水車が千台程度なら、実際に災害が起これば対象の民の数次第ではスプーン一杯程度の水しか運べまい。


どうやって、それで命を繋ごうというのだ。

もしもに、備える事が出来ていないのならそれは怠慢であろうが。

エルフやドワーフには、造水車だとばれるのは問題だから給水車って事にして見た目も機能も手順を踏まねばロックしとけとは言ってるが。


外で転送魔法を使う訳にはいかないので、本店から給水フロアからありったけ汲んでいくしかない。その時ダストはまた、臨時労働者を募って運ぶのだろう。

大気や宇宙や星などの何処かに水蒸気があれば、それで酸素も清潔な水も無尽蔵に作れる装置などあるとばれただけでまたロクでもない連中がたかってくるのが眼に見えるからな。


移動式の病院に積んである、造血機も水とふりかけサイズの造血の元だけあればコンビナートサイズを満たすバイオ輸血用血液を創り出せたり。放射線を使わないで、同じことが出来る魔導型レントゲン等の設備をいくつも搭載している。


だが、私には関係がない。

私に関係あるのは、居酒屋エノちゃんが臨時休業になれば黒貌の飯が食べられん事だけだ。


そう言えばとなんか無かったかと、引き出しを漁り始める。



(いんすたんとちゃんぽん)


と書かれた袋が、思わず両手をあげガッツポーズ。


一瞬稲光の様なバックが表示され、勝ち確の表情を体いっぱいで表現した。


冷凍うどんに、このいんすたんとちゃんぽんをぶち込んでレンジでチン。

後は適当な調味料で味を調えれば、完成だ!!



~♪~♪


「旨い!!」


何故か、古風な電子レンジを使っているエタナ。


※指を鳴らせば完成するが頑なにそれをしない神様


「やっぱこれだな、インスタントは革命だ」


引き出しには、お茶やインスタントや調味料がパンパンに詰まっていてエタナのズボラ具合が滲みでていた。


「濃い味のちゃんぽんスープに安物のカニカマをほぐして入れ、後は適当なコーンでも居れれば最高だ」


ふと、あの靴磨きの老人の所に居た事を思い出す。


「こんなインスタントでも、ごちそうだった」


ふと、寂しそうな顔でスープを見つめ憂い顔をしながら割り箸でカニカマを持ち上げた。


「特にこれ、カニカマなんて入ってたらどんないい事があったんだとワクワクしたものだ」


もっとも、私は嘘をついて横で水を飲んでいただけだったが。


食べずとも味は判る、見て居れば何が起こったのかも判る。


「でも、私は老人が嬉しそうに話すのを聴くのが好きだった」


もちろん、レンジなんてものは無く。

湯たんぽのお湯だって何度もヤカンにもどして、ダルマストーブの上にヤカンをのせてストーブで調理する事でガス代もケチったものだ。


その金物のヤカンすら、量がはいるだけの古ぼけたもの。

今やれば、灯油の方が高くつくかもしれん。

外はガソリンも百四十を超えたと聞く、電気も燃料も水も上がっていくか。


ふと、エネルギーフロアの出荷量をみて苦笑した。


「無料で無限の供給だと、こんなに贅沢にエネルギーを使うのか」


まぁ、だからといってやめる気は無いがな。

湯たんぽを床において、脚をのせる。


「あぁ~、たまらん」


すこしごろごろやっていると、袋がめくれてしまい。そこに、脚がふれた。


「あっつあっつ」


ふぅふぅと自分の足に息を吹きかけ、思わず苦笑いした。


「私は、何をしているのだろうな」


ちゃんぽんの入ったカップを手に取り、残りを全て食べ。



飯の後はティータイムだ、なんかないか。


また、引き出しに頭を突っ込んでごそごそとやるエタナ。


恰好としては、引き出しを半分だして子供用の服をかけていたらこんな感じだと言わんばかりにじたばたした。


インスタントコーヒーと、グータラチョコレートという包み紙をみつけ再び両手にとって万歳してガッツポーズ。


無駄に太陽の様な効果が、表示された気がした。


インスタントコーヒーをカップにいれて、備え付けのポットからお湯をチャージ。

グータラチョコレートの包み紙を乱暴に破いて中身を取り出し、一口。



「うげほぉ!」


そう、このインスタントコーヒーはブラックで今のエタナは六歳児ボディなのだ。

苦すぎて思わず変な声が出たが、慌ててチョコレートをかじって難を逃れる。

ミサイルの様な兵器はきかないのに、苦いコーヒーは良く効く。


自身の改竄の結果とは言え、悶絶してごろごろしている姿はマヌケである。



グータラチョコレートを引き出しから乱暴に取り出し、袋を破いては口の中に入れた。


「この、ホワイトチョコレートがたっぷりかかったクッキーが甘ったるくて丁度いい」


少しづつゆっくりとブラックコーヒーを消耗し、ひとごこちついて口から白い息がもれた。


そして、もう一度湯たんぽに足をのせてのんびりと。


「次は、インスタントのカフェオレを買い込んでおこう」


どうせ引き出しの容量も沢山あるし、電話一本でくるんだし。


「黒貌やダストへ以外の電話は面倒だからな、面倒事は少ないに限る」


湯たんぽに足をのせたりおろしたりしながら、ゆっくりお茶の時間を楽しむ。


幸せとは・・・、ささやかな贅沢なり。

贅沢とは・・・、ささやかであるべきなり。


でなければ、あの錯乱してミサイルを撃つような恥知らずが出来上がる。



「あぁ~、外は雪がふるな。箱舟でも、どっかのフロアでかまくらでもやるか」

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