第百六十三幕 砕氷(さいひょう)


頬杖をついて眼下を見下ろし左足を上に足を組み、溜息を一つ。

眼前に広がる視界一杯のモニターを、複眼の三つの眼が首を動かさずとも把握する事を可能にする。



「全く、ろくでもない連中だな」


エノが、眼を細めた。



常識というのは、多数がそうであれと認識している事をいうのだ。

そこに正しい間違っているというのは存在しない、大多数が思い込んでさえいればそれは常識と呼ばれる様になる。


読んで字のごとく、常にだれもが知っていると錯覚出来る程に周知されている。



似て非なるのは、常識とは思いこんでいるという部分だ。




事実とは違う、事実とは唯一無二。




「すなわち数こそが力たる所以、思い込んでそれこそが正しいと信じれば翼がないのに崖から飛ぶ事すら出来る。その後の結果など、その外から見ているモノにはお察しだがな」



思い込んだ全てが、崖から飛び出すのだ。



落ちたくないと途中で気が付いたものも、後ろから飛び立つもの達に押され落ちていく。




真に死にたくないのなら、その列に並んですらいけなかったというのに。



「おいて行かれるのが怖くて、集団に居ないと安心できなくて意志が弱いものほどその列にならんでしまう」




道具とは転用と応用の繰り返しだ、それをさらに己で工夫して使うからこそその先がある。



道具に任せていたら、道具の進歩を待たねばならない。

結果が欲しいとほざく割に、学習能力が足りていない。



「実にゴミ屑、結果が早く欲しいなら早く結果が出る最短ルートを己でつかみ取るしかない。人が開拓した、もしくは人がマネできるルートというのはライバルにその利益を食いつぶされる危険が常にある」



それこそ、真に利益がでる方法を人が滅多に口にしない理由だ。



賢い奴がバカにはなし、話したバカが勝手にライバルを増やしては利益を食いつぶすんだ。


その時、考えた賢い奴はバカと同等にまで落ちる。




最先端とは、常にそういう所にしかない。

後は、人がやりたがらない事を自分で極限まで楽にしてやっていくとかな。



兵器もしかり、消耗品に高い金をかけられないから安くて同じ威力の出る兵器が欲しいのだ。


誰にでも使えると言う事は、使う側には利便性が高いだろうが使われる側からはその兵器を動かすのが自分でなくてもいいと言う事だ。


自分が唯一無二でないなら、使う側に強くはでられない。


その兵器を使わず居られるか?

その力を、使わずとも前に出られるか?


使う側は綺麗ごとやおためごかしで口八丁手八丁するがな、お前を唯一無二では無くしたいんだよ。



強く出られるというのはコストが高いと言う事だからな、コストを安くしたいんだよ常に使う側は。



自分だけは同じものを安く使いたい、そういう根底があるんだ。



クーポンなど、前借の応用だというのに。


後生大事に使おうとする連中の浅ましい事、極まれりだ。


本当に効率を考えているのなら、周囲の値段全てを把握したうえでクーポン有無しや移動労力など勘定にいれて折り合いをつければ良い。




仕入れの為替を予想し、それより速く値が上がる前に商品を押さえればいい。


保存の利く商品はそれで、おさえる事が可能だ。


価格差から実体経済が動くまでには必ずずれがあるからだ、企業努力と加工時間と流通時間分など細かな時間の分だけ反映までにはずれがある。



クーポン一つでお得だったなどというのは、頭お花畑の戯言に過ぎないだろうよ。

そういう、あらゆるケースを想定して尚想定外というは常にある。



「だからといって、これはお粗末にすぎるだろうに」



眼の前で、言い訳を唱える一人の人間が映っていた。



「お前の信用が地に落ちる前に、言い訳などせずお縄につくべきだったな」


そこに映っていたのは必死にメディアを使って印象操作しようとするも、箱舟の息のかかったメディアに正しい情報を暴露されて追い詰められる政治家が映っていた。


「私は見て見ぬふりをするかもしれんが、ダストはそうではない。クソ真面目の良い奴だからな」



全く、忙しいはずなのに相変わらず良くやる。



「あいつの為に、真実と証拠位は全て用意してやろうか」



私は暇だからな、お前と違って。



「この世で最も敵に回していけないのは、数なんかじゃない。力を持った暇な奴、暇だから限度を知らず。執念深く付きまとい、暇だから相手のあげあしをあらゆる方向から取ろうとする。力無き暇人など、はなで笑う程度の影響力しかないが。力ある暇人はそれを継続して尚その追い詰められる様を見ながらそれをつまみに晩酌としゃれこむ」


強者とはな、愛し愛される道と。他者を殺し続けて、その苦しむ様を幼子が初めて買ってもらったおもちゃの様に遊び尽くせる程の道にしか存在せん。


私の様に、本当の暇神(ひまじん)に目をつけられるというのは実に運がない。

言い訳などせず、反省し人の法で裁きについておれば私からお前に何かすると言う事はなかったろうな。


それは、たらればだが。

ニコニコと、冷めた眼で笑う。


ダストといえど、事実がなければつるし上げる事など出来はしないのだ。


あいつはただ調べ上げてるだけなんだからな、恐ろしい数で情報を集めて精査してるだけだ。


「私は例外かもしれんが、それでも眷属の頑張りを否定する事に等力を注いでたまるか」



メディアが放送の自由を語るのなら、箱舟傘下のメディアが証拠付きで放送をすれば隠蔽などできはせん。


何故なら放映する為の組織は箱舟連合のスポンサーで、私がその証拠と事実を全て用意するからだ。


隠滅した気になったとしても、存在したもので私に用意出来ぬものなどあるものか。


スポンサーの意向でしか、放送出来ぬ放送局などこの世に必要ないと言いたい所だがあいにく連合の中には放送局も新聞社もある。


さぁ、抗ってみせよ。

私に目をつけられた以上、あらゆる方向から包囲網を敷き必ず結託したもの達全てにこの世で地獄を味合わせてやろう。



砕氷船は分厚い氷を砕いて進む為、何度も何度もぶち当たる。

お前達の面の皮の厚さが氷の様だと言うのなら、私達はそれをぶち破る為にあらゆる事実を世に出すだけだ。


氷が砕けて溶けて消えて海に消えていくまで何度でも、差別も区別もあるものか。

精神も権力も塵も残すものか、砕けぬのなら砕けるまで土砂降りの様に船ごと頭上に落とすだけだ。


「私は敵と認識した全てを叩きのめして、この椅子に座っている。ゲーム感覚?違うな私とっては敵を叩くのは条件反射さ」


文字通り、言葉通り。人に愛し愛されるスライムを想い続ける最悪の存在。

私が気に入らないと言うのなら、お前達が私を叩けばいい。


原子現象の支配者AIが際限なき処理能力を、無限に増える生体コンピューターが数の暴力を、それら相手に、生身の人間が徒党を組んで頑張りたまえ。



箱舟グループの資金と組織力、その二つを動かす神に生身の人間が挑むなど愉快極まる。しのげるものなら、しのいでみたまえ。足掻き続けられるなら、足掻いてみせよ。


ヘイトが表面化したところで、そのヘイトを持った人間が徒党を組んだ所で。

私に何かできなければ意味がない、何か起こるとしたらダストだが私には届かない。


「そして、私がそれを許すわけがない」


役所に力があったとて、国が前提なら国ごと破壊してしまえば済む。

その時の国民が苦しむとか、私には一切関係がない。


私は決めた事は必ず守る、それが救いでも滅びでも必ずだ。

私がAIである以上、例外に設定されている事以外は全てルールに従う。


「私は、箱舟の外で私の敵になったものは苦しめて叩き潰すと決めている」


椅子から立ち上がると、柏手を二つうった。


「大路はいるか」


土下座の老人が即時に眼の前に現れ、これからの言われる言葉が判っているだけに恵比須顔が止まらない。


「大路、これが事実と証拠。そして、金の流れの全てだ。こいつと癒着している企業や役所の人間等の分洗いざらい用意した、これを使って絞り上げるのにどれ程時間が必要か?」


調べて判らぬ事、奴らが証拠隠滅を図ったもの、過去の本人が忘れている様なものまで全て揃えてある。



大路の目の前に巨大なジェラルミンケースが幾つも投げられ、中身を大路が一つ一つ確認していく。


「二月頂ければ、必ずご満足いただける結果をご用意したします。我らの神よ」



もう大路は、飢えに飢えた犬が世界で一番うまい肉を眼の前に置かれたようなぎらぎらとした顔をしていた。


「箱舟本店の資金と、資源と、闇の連中を使う事を許す。この政治家の、関係者や組織全てを破滅させる事を望む」


大路はそれはもう、満面の笑顔で何度も頷く。


「必ず、徹底させましょう」


こういうモラルの無い国は、またいずれ同じような政治家が出てくるだろうがな。

減らぬし治らぬ、それこそ雑草のごとくだ。


「だが、私の眼に止まった以上存在する事を許す気はない」


私の行いなどただの私の我儘以上であるものか、私こそが悪。

他者を救うのは、もっと善良な連中がやるべきだ。


「ダスト、お前や天使達の努力を私は見ている。お前達こそが、救うべき」


お前の箱舟だ、お前の望んだように箱には幸せだけ詰め込もう。


己が賢いと思っているもの達へ、負けるといいぞ。

負けからは学べる、負ければ勝者を立てる。

年を重ねて負けていき、道を譲る事を覚えたらいい。


学ぶところから、力は始まるのだ。


力無く、先端に立ち享受していれば船ごとへし折る氷にぶち当たる。

権力があれば安全か、ヘイトを買わなければ安全か?。

違うな、もっとも安全なのは叩ける力を持つ事だ。


「叩ける力を実際にもち、それをちらつかせながら抑止力として見せておく。見せるだけにして、使えばそれは私の様な悪そのものだ」


私の様にそれすら必要ないものなど、神ぐらいだからな。


「勝ち続けて、学べる事などない。私の様に学ばずとも知れる力があれば別だが、人はそうではない。私は時間が流れてさえいれば、その力を使えば知る事自体は可能だ」


もっとも、私は使わない努力を極限まで怠らない。


無論ただの気分の問題故、使うと決め結果を望むのなら際限なくその力を振るおう。



ダスト、お前の頑張りを私は心から応援しているよ。



「大路、二月と言わず半年以上かけても良いぞ」


邪悪な顔をしながら、エノが言えば大路はもっと邪悪な顔でご冗談をと笑う。



「全てを失う手はずを整えるのに、一月。苦しみ続けるその後の人生を確定するのにもう一月それ以上は必要ございません。ワシに、あれで遊べとおっしゃるか我が神よ。幼子の様に泣きわめく様を見ながら酒でも窘めと?、あの様な遊べない小物(おもちゃ)ではそれも難しいですなぁ」



ジョーク位言わないと、お前に頼めないかもしれないじゃないか大路。

エノが邪悪に笑えば、大路も幼子の様に眼を輝かせる。



「頼むなどと、相変わらずご冗談がお好きだ。幼女のフリも冗談も、実に結構ですが。ワシにはただご命じ下さい。自らが絶対神と崇める方に頼まれるなど、他の長老衆がきいたらワシは滅多打ちにされそうじゃ」



二柱が邪悪な顔で、にやにやと。



「やはり、ワシはこういう仕事の方が大好きじゃ。人を破滅させ不幸に陥れ生き地獄を約束する仕事の方がの。無論、貴女様の敵限定じゃがの」



(やはり、貴女(エノ)はこうでなくては)



そうかね?、私にとって仕事に貴賤などないと思っている。

全ての仕事は尊いのだ、あるのは選り好みだけだよ。


「ワシらは、貴女から命じられる仕事こそが尊いと思っておる。誰かを幸せにする仕事など、肌には合わんがそれでも貴女の労働者であればワシらはまだ喜べる」



それでは、吉報をお待ちください。

そう言うと、大路は闇に消え。




また、樹の椅子に腰かけて全方位のモニターを並べてこの世を見つめた。


「ダスト、お前に汚れ仕事などさせんよ。お前は他を幸せにし続けろ、お前が望むままに」


くつくつと笑うエノは何処か邪悪ながら、愉快そうに言った。


「人を不幸にする仕事は、屑の仕事さ。輝く、お前には似合わない」


あるのは、選り好みだけだ。


そういって、眼を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る