第百六十二幕 明日という日(あすというひ)
髪留めにクマをつけた赤髪のツインテール、長めのピンク髪のポニーテールに黒と蒼の羽をつけたセットに短パンにハイビスカスをつけた衣装。
ゴスロリにゼブラのベレー帽、黒いネクタイで髪を縛ったオールバック。
今日も様々な恰好で、レッスンを重ねている。
額や肩口からは汗がにじむ、だが表情にそれを出す事は無い。
アイドルは、舞台の上でそれを出してはいけないのだ。
ボクサーが何ラウンドも戦う為に、ひたすら走りこむ様に。
カメラの精度が上がって些細な変化も映像で残ってしまうが故に、レッスンの後もトレーニングを欠かさない。
ただ、衣装も軽いモノから重いモノまで存在し。
靴も、ハイヒールからスニーカーまである。
それ故、本番以外は衣装を着ずに衣装と同じかそれ以上の重りをつけてボイトレするなんて事もやる。
たた一回の舞台の為に仕上げ、ただ一回の試合の為に減量と戦うボクサーと同じぐらい己を絞り上げる。
あでやかな世界の下なんて、みんなこんなものだ。
白鳥の足元はいつも、無様に足掻いている。
それをおくびにも出さないからこそのプロ、それを知らない人に夢を見せ続けられる。
大体、スチュームだってライブはサムネ作るだけでも一苦労で機材がショボければそれだけ目や耳の肥えた連中からは口さがない事を言われる。
音響だって、防音室だけでなくクリアにするためにはノイズと無限に戦わなくてはいけない。
結局自分の声を強調する為に、出力をあげなければならずその信号レベルで調整できる機器はアホみたいな値段するのだから。
掘り下げれば、コンデンサレベルで拘って。
物販も、個人でやるなら梱包まで全部自分でやる必要がある。
更に、申告などの細かいところで送り返されるクソみたいな紙まで来る。
その点、箱舟本店は職業として登録してやる場合その辺のバックアップも全部はろわがやってくれる。
趣味としてやる場合と、明確な差はそこだ。
ただし、はろわにバックアップを頼む場合、はろわだって無制限にバックアップしてくれるわけではない。
ちゃんと、ルールにそった制限がある。
ただ、申告などでミスする事はほぼ無いといっていい。
当たり前だ、箱舟はろわは箱舟連合とセットの機関。
通信記録から、運営会社、行政機関の機能などが箱舟連合内でデータ統合されているし。
通信の個人情報は腕輪の固有マックに統合されていて、かつ自分達の連合の中にほぼ全ての機関が内臓されている。
つまり、自分達の申請書類を自分達で作って自分達で保管する形になる為上司に戻される以外で弾かれる理由がない。
リアルタイムで収益計算して、日毎計算ではじき出したものを何日づけまでやってのける。
なんと、飲み物や機材まで経費で落ちる。
変な髪の女が、マイク代でアップアップになってたのは全額落ちる訳ではなく折半だったからだ。
認められさえすれば、外のイベント参加費用やチケット取得までやってくれる。
通販が連合内にあり、通販の手の届く業種すべてに遍くその力が届く。
この、申請を通す事が「完全実力主義」にそってルール化されている。
※クラウドサーバーサービスの様に、選べるコースなどが仮想マシンのパーツ組み合わせみたいにサービスを選択して組み合わせ出来るイメージ。
仮想マシンでは料金に応じて、選べるパーツのコースに制限があるが箱舟はろわは実績と実力に応じて選べるコースが増えていく。
人気が無くなってくると、数字がへり来期からサービスが停止しますなどの告知が届くのである。
そして、その告知を貰って震えているのが一人。
「なんでよっ!」
そこには、停止される予定のサービスの内容が告知されていた。
そして、理由にはライブアクティブ人数の低下に伴い以下のサービスが停止します。
<特権用コラボ申請券>
特権用コラボ申請券は一月に二枚まで、はろわから送られてきて金と日程調整で解決できる場合に限りどんなスーパースターにでもコラボを申し込む事が出来る権利。
アイドルグループならグループ全員に対してだし、個人でも可。
ちなみに、金で解決する場合相手の言い値ではろわが払ってくるのだ。
それを、職業として登録してるスチューム放送者全員に対しサービスの一環として用意している。
ただし、申請券がもらえるのははろわ側が条件を突破しているのを確認して通してる場合だけだ。
アクティブユーザー数が下がった事により、来月から申請券がもらえなくなるとなるとコラボは実費になる。
無論、はろわがおかしいのだが利用できていた側からすれば青天の霹靂には違いない。
「うぬぬ、最近雨の日の後のたけのこの様に同業者が増えて来たとは言えコラボ券のはく奪は痛すぎる」
他にも、音源使用券などもありこっちは将軍経由で登録された音楽を将軍側で権利関係を全部処理しているものを使い放題にする権利などもあるがこっちは継続使用可で胸をなでおろす。
「確かに、視聴する側は一定数でそれを取り合う側が多ければそれだけ分散してってのは理解できるんだけど」
リーダーである、赤髪ツインテールの碧葉(あおば)は頭を抱えた。
一生懸命やってても結果がでないのが、この世界だ。
客を取り合うわりに、キャラを大事にしていかなければならず。
何処までも、上げ足取りが湧いてくる。
貯めたポイントで、コラボ券と同じような事は出来るでしょうけどそっちはポイントが無くなれば本当の素寒貧。
「コインよりも出来る事が多い代わり、貯めるのは難しい」
箱舟本店経由ではろわから申請されるコラボは、支払いが良いので断られにくい。
しかも、世界企業のネームバリューもある。
箱舟内部から箱舟連合相手のコラボは、ポイントの関係もあってさらに断られにくい。
余程のへそ曲がりだと、申請された配信者が嫌いだから断るみたいな事もあるがその場合コラボ券は返却されるから申請側はノーリスクだ。
「あぁ~、これなんて説明すればいいのよぉ」
もう一度、コラボ券停止告知のメールを何度も見るが書いてあることは同じ。
もちろん、これがサービス選択の中の一つであるので「原因が解決できれば」復活もありえる。
コラボ券無しで、コラボを申し込む場合。交渉は自分達でしなければならず、予算も自分達で出さなければならず。
何より、ネームバリューも使えない為中々通して貰えないという現実がある。
外との交渉は、難航を極めるのである。
他にも予算が少ない所だと事務所がアパートの一室みたいな所でスタッフは少数で、トイレは一つで鍵が壊れてるなんて事もある。
はく奪されたのがコラボ券だけなら、実は全然悪く等なっていないのだが。
一度上げた水準を落とすのは難しいし、ましてやトイレットペーパーの補充だけでももめるのが割と横行している事もある。
※箱舟事業部で職業登録されている場合、最下層でも二十四階建てビルの一室で会議室やらトイレシャワー室まで整っている会議場が使えて補充もビルの管理側がやるというから実はそこまで酷くはないのだが。
最上層レベルになるとお菓子ジュース酒機材までが本店側持ちという所まで待遇があがり、送り迎えとマネージャーとコンシェルジュとモデレーターが全部専属でつくレベルになる。
というより、ヒーターやクーラーなども借りたいと申請すれば普通に無料で貸し出される。
本店側のグループ企業内のものなら直ぐに、グループ外なら買えるものは直ぐ買ってくるし買って来れないものは買えませんでしたと報告がくる。
あえて言おう、待遇が下がるごとに割とお通夜配信をしているスチュームチャンネルは多いが。限界まで下がっても、世間一般の水準と比べれば天国に近いのが箱舟の実態だ。
だが、下げられると言う事は間違いなく実害であり。それを理由に、グループ内がまたもめる可能性が有ると言う事だ。
「みょ?リーダーどしたのそんな顔して」
(キター、きちゃぁ。)
内心で悲鳴を上げているが、そんな間にメンバーがひょいっと通知書をぶんどる。
そして、みるみる顔が変化していった。
「「「みょーん」」」
全員の顔面が両サイドに目が垂れ下がり顔が溶け、前のめりに倒れる。
「という訳で、来月からコラボ券無しで頑張る事になりました」
「機材権やら事務所権やらはまだ取り上げられてないのよね?」
リーダーは頷く、それを聞くと胸をなでおろすメンバー。
「残念だけど、まぁ次頑張りましょ」
そうね、そうねとメンバーは頷く。
「だって、以前いた企業勢とは名ばかりの小事務所で頭をぶつけあって正座してこたつで企画悩みまくる様なトコにまで落ちてないんでしょ。やれるわよ、まだ私達はやれるわ。報酬だって、下がってないんでしょ。頑張れるわよ、あのどん底からやってきたんだもの」
リーダーは苦笑しながら、そうねと頷いた。
(もめなくてよかったぁ…)
なんて本心を押し込んで、通知書を保存するべき書類の棚に入れた。
大体、世間じゃ打合せが夜一時とかあってそっから三時まで打合せして。
四時に朝日がうっすらあるかどうかの街あるいて、ふらふらで次の配信スケジュールに合わせてなんてやってると熱意があっても三年から五年で力尽きる。
売れなかったら売れなかったで、モチベーションなんて続かない。
外じゃ二十時間働いてから、五十ページ超える同人誌作ってなんて事やってる奴だっている。
箱舟は、職業としてスチュームをやる場合労働時間として計算されるので休む時間を取れないと強制停止を喰らってしまう。
その分、人数と金と仮想で細分化し分散し限界まで効率化する事で負担を極限まで減らしている。
要するに、先進国上層部レベルの待遇を全員にしながら、途上国レベルの人海戦術をハイテクとローテクを駆使して融合しAIとハイレベル人員でサポートしつつ世界企業を回しているのだ。
外から来たこのバンドチームの、表情は仕方ないわねと苦笑しながらも明日を目指す。
この、二か月後。
蓬莱 渚とこのバンドはコラボするわけだがバンド用の環境を聞いて渚がまた憤慨するのを視聴者が判る判ると盛り上がるまでがワンセット。
「私が雑荘で頑張ってたのは何だったんだっ!職業登録して、事務所借りればもっといいとこで無料でねれたじゃないかっ!!」と叫べば。
「箱舟じゃ知る努力をしないものは、報われないんだぜ」と誰かがいう。
クソーなんて声がそこら中から聞こえる、そんな箱舟の日常。
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