第百六十一幕 灰被り(はいかぶり)
そっと、片目をあけそれでいて現実から目を背けたそうに。
「まじか」
その手にあるのは、一枚のチラシ。
箱舟では腕輪にお知らせや回覧板もどきで、電子チラシの様なものが送られてくることがある。
<新春かるた大会のおしらせ、予選と本戦で本戦はトーナメント方式で以下の日時日程で開催します>
問題は、景品と試合の形式の欄だ。
「これ、箱舟の電子チラシって事は本当にこの商品でやるって事だよな?。その上今回はスチュームと連動してVR式に参加できるシステムも搭載するって事だよな?」
こんなん出来たら革命ってなもんじゃねぇだろ、
以降のゲーム大会はスチューム放送者との視聴者参加型だけならず、参加者側からも便宜アバターを作れたりアバター制作依頼を出して連動して表示もできるって事だろ。
三次元で、ホログラフでリアルタイムで動かせるって?。
どこまで、テクノロジー先取りしてんだよそりゃ。
一瞬、仮想部隊の長ゲドのやさぐれた顔を思い浮かべる。
「俺は、超生物でも神様でもねぇ。ただの、技術者だからさ」
何処がだ馬鹿野郎、何処にこんなもん短期間で作ってのけて実装して大会に組み込む技術者がいるんだよ。おめーらも、十分チートだ馬鹿やろう。
大変、感謝してます。
さっき、外のスマホアプリで不意打ち気味にアイテム回収をしました的なアナウンスと補てんと称してゴミアイテムがほおりこまれ。
ユーザーのヘイトを大炎上させた、様子を見てきたからこそ苦笑した。
「箱舟の息の届く所は、補てんも確定チケットとかだからな」
それも、決定までにゲド達長老チームに電話かけるだけで実現したっていうんだから。
「むしろ、普段の確認は慎重にやるくせに対応は光の早さってのはユーザーからしたら安心しかできねぇよ。ミスは誰にでもあるけど、その対応力は何処でも出来るって訳じゃねぇからな」
チラシを握り潰して、勇者がごちる。
「やっぱ、元の世界に帰りたくねぇ。あんなろくな金も出さねぇのに普通以上の対応させようとする所になんか」
狩人と聖女と、三人できたこの箱舟。
「もう、魔王なんてどうでもいいよ俺」
仲間も居て、幸せもあって、ゲームもやり放題。
せめて、この充電もアップデートも一切心配しなくていい不滅のスマホだけでも持って帰れたならって思うけど。
これ、怠惰の箱舟の備品だから外に出すならまた相応のポイントはらわにゃならん。
「そりゃーこんなもん出されたら、何が何でも欲しがるだろいろんな奴が」
空気か光があれば充電が切れず、接続が切れず。
色んなOSにも完全な互換性があって、足りない機能は要望ボックスから要望しろと来たもんだ。
お時間いただきますってきたら、半年以上待たなきゃいけないけど。
普段は、日数で明確な答えが返ってくる。だからこそ、時間くれの返答は無茶苦茶かかるって事だ。
実装が無理ですって返ってくることもあるけど、返事が来ないなんて一度もないしな。
普通、機能追加や修正は有料。当たり前だ、後ろでどれ程の仮想屋が頑張ってるか判ったもんじゃねぇからな。
調査だって、ただじゃねぇ。
箱舟本店で殆どがタダなのは、全部はろわが払ってるからだ。
あの行政機関もどきの、名ばかりの職業斡旋所。
利用者全員が心を一つに、そろそろ名前変えろよと職員ですら思ってる機関。
顧客満足度はぶっちりぎり、対応も迅速。
全員の不満が、「名前詐欺」ぐらいだからなあそこ。
まったく、そう言いながら財布の残高を確認すると約四千コインとだけ表示された。
「かぁ~、これ絶対子供のお小遣いより少ないぜ」
もっと割のいい仕事ないかなーって思うけど、ここじゃそんなんはろわに聞けばかやろうって言われるのがオチだな。
「いや、まったくもってその通りなんだけどさ」
俺が来る前に居た世界のはろわなんて、ほぼ会社の手先みたいなブラックだらけの嘘だらけであれの何信用しろってんだってぐらいだったけど。
「ここ、箱舟のはろわは全然違う。てめぇの力が足りないとか、性格がダメだとかちゃんとした理由がなければほぼ全面的に条件全部聞いてくれる」
無料の食堂がある所、生理休暇が取れる所、育児休暇がある所に、年齢の節目ボーナス休暇がある所。怒鳴る上司が居ない所、わからずやの客が居ない所。条件自体はなんだっていいし、どれだけでも書いていいんだ。
但し、言ってない事は知らん顔される。そりゃー言わないお前が悪いぜってなるさ。
「そして、転職を何百回しようが評価が下がるとか再就職できないとかは無い。代わりに、窓際族とかそういうのは光の速さで評価が下がる。無駄な残業とかするやつなんか、軍に殴り込まれるからなここ」
窓際族や無駄な残業をしなければ、まともな報酬にならない俺の世界の企業と違って。
ここじゃ、最初から条件もフルオープン了承できないなら次行きなだからな。
そりゃー、言い分通すために力も上げて努力もしようってなるわさ。
おためごかしの実力主義なんかじゃねぇ、完全な数値化。
何が足りねぇかは教えてくれるが、どうやってたどり着くかは自分で考えろだからな。
「それも、たどり着き方さえポイント払えば教えてくれる親切設計だ」
行政がはろわに集約されてはいるが、やつらは結局俺達と同じ労働者。
激務のかわりに、高給取りだってだけだしな。
口をそろえて言われるぜ、じゃぁお前変わってくれって。
にしても、かるた大会ねぇ。
また、怠惰の箱舟本部の突発的な思い付きイベントなんだろうけど。
「参加しようかね、参加賞だけでももらえれば今月もなんとかやりくりできるだろ」
イベントはあてにしてたら、生活崩すけど。
それでも、箱舟のイベントがある度に俺みたいな奴は助かるってなもんだ。
収入が少ない訳じゃない、むしろ多い。
だが、それ以上に誘惑が多すぎて吹き飛んでく。
充実してるけど、それ故あっという間に時間が過ぎてく。
それに、俺はさ…。
本当は知ってんだよ、聖女がエノに会ってきたこと自体は。
だが、あの聖女は笑って言った。
「正真正銘、神様の名を騙るただの化け物よ。神すら駆逐する程の力を持ち、あらゆる事を想いのままにする。それでいて、我儘で独りよがりでおつむの足りてないね」
箱舟がこれだけ素晴らしいのは、そんな化け物が手を貸す本物の善性が必死にやってるからよ。
「恐怖で従える事は正しくない、力で従える事は正しくない」
でもね、もっとも正しくない存在こそが屑神様よ。
もっとも正しくない癖に、言い訳ばっかしてるから箱舟以外で自分が手を出すのは間違ってるって思ってるのよ。
「箱舟は、頼まれたから。約束があるからって言い訳できる、でも外はそうじゃない」
あれだけ、凄い神様なのに。
おつむが足りてないから、ずっと悩んで考えてずっと暗闇にいるの。
聖女は寂しそうに笑ったが、どこか納得も得心もいったような顔で。
自分という恐怖で押さえつけずとも、自分というものに祈って欲しくも従って欲しくもないなんていう我儘を言い続けてる。
大馬鹿よ、あれ。
屑じゃない、ただのバカよ。
「そうか」って俺は聖女に言っちまったけど。
聖女はただ、苦笑して笑ってたな。
「最高の大馬鹿、それを叶える力があってそれをやり遂げる組織をもってるだけの」
普通はどっかでくじかれる、普通はどっかで負けている。
普通はそこまで熱が続かず、普通だったらとっくに潰れてる。
普通は誘惑にまけて、普通だったら転げ落ちてる。
あれだけの眼を、耳を持ちながら取捨選択が瞬時で行動も迅速。
所が、屑神は普通じゃない。それを、全部ひっくり返してる。
聖女の私が、神を全否定する日がくるなんてね。
「神が最低だって、屑神は言うんでしょうけど私はこういうわ」
(貴女は、ぶっちぎりで最低よ)
夕暮れの中、それを思い返して土手を歩く。
偽物の夕暮れの中、沢山の子連れが岐路についていく。
その中に、時代遅れのハーモニカを吹きながら。
黒貌がエタナちゃんを肩車して、二人して笑顔で帰っていく。
それを、勇者がちらりとみればエタナちゃんの背中の神乃屑の文字が揺れていた。
「どんな屑でも、バカでも俺にとっては関係ねぇよ」
ここ程報いてくれる、そんな職場(ばしょ)は無かった。
「最高の環境をくれる所で働きたい、それの何がいけねぇんだよ」
すれ違いざま、やさぐれた勇者の声が空へ消えていく…。
黒貌の耳が一瞬それを拾い、黒貌はハーモニカを吹きながら優しく笑う。
エタナだけが、黒貌に肩車されながら頭をぺしぺしとかるくやっていた。
「エタナちゃん、今日は何にしましょうか」
ハーモニカの曲が吹き終わると、多少の手入れをしてハーモニカをケースに戻し声をかけた。
「餅、そうだな。七輪で、焼いた奴がいいな」
そうですね、いい奴はもうないですけど。普通のなら沢山ありますし、焼きましょうか。
そういうと、二人で笑顔でエノちゃんに向かっていく。
勇者はふっと、自分の財布の事を思い出して苦笑した。
「向こうでもこっちでも素寒貧には変わりねぇ、でもこっちはまだ気分は悪くない」
今日も、安物のプラント産はちみつとプラント産のパンで済ますかね。
プラント産といったところでどっかのコンビニみたいに底上げされるわけでもなけりゃ、スカスカの余分な空気が入ってる訳でもない。
柔らかくするための空気だけはたっぷり入ってるが、内容量に嘘はねぇ。
腹いっぱい食える程中身ぎっしりで、顔と同じ大きさのものが六十コイン。
「本当、助かるよ。もやし買っても九十コインだからな、それなら何とかしのげそうだ」
それでも、アクリルスタンドやらに囲まれて。
「俺、アイテムボックス無かったらモノに埋もれて眠りそうだわ」
そんな、情けない声をあげながら帰路につく。
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