第百六十幕 月兎恋慕(げっとれんぼ)
今日も月兎達が、もくもくと餅屋キングで餅をついていた。
月兎はゴブリンたちと違い、種族的に少女しかいない。
餅屋キングでは、様々な餅の種類と大きさを対応している。
見た目十四歳前後の少女が、ねじり鉢巻きをして杵と臼で二人一組でついているのだ。
プラントフロアの餅とは別の、手作り。
もち米を炊き、いれるものを練り上げ。
そして、臼と杵でつきあげる。
休むものは、バックヤードの休憩室でだらけて倒れているが。
人にはとてもお見せ出来ないような倒れ方で、ジャージで倒れているのである。
ちなみに、初期の頃はジャージですらなく凄い恰好で倒れていたのだがそれだと色々問題がありすぎると言う事でジャージがルール化された経緯がある。
餅屋キングは、とにかく手作業手作りにこだわる餅屋だ。
居酒屋エノちゃんに、出荷されている事からも高い信頼を得ている事が判る。
値段を好きにつけられる権利があるわりに、凄まじく理にかなったお支払いをしてくれる居酒屋エノちゃんは出荷側からはむしろありがたられていた。
なんせ、エノちゃんと取引があるだけで三段は高く評価が貰えるのだから。
そして、この箱舟では評価は現金以上の価値を持つ。
「あぁ~、あぁ~」
乙女が上げてはいけないほどのおっさんっぽい声をあげ、バックヤードにまた一人倒れこんで来た。
「注文多すぎぃ…」それを最後に、使いつぶされたボロ雑巾よりも酷い状態で倒れた。
チーフと呼ばれる、月兎の少女。名前を詩趣(ししゅ)の茶色の巻き髪が床に散らばった。
「ししゅ~、身だしなみもいい製品には必要なのよ。気持ちは、死ぬほど判るけど」
そういって、窘めたのはエメラルドグリーンのツインテールの寂燕(じゃくえん)だ。
ちなみに、座椅子で胡坐をかいて横倒しになってる為説得力はない。
種族的に顔も身長も似たり寄ったりなので、髪型と髪色で判別するしかない。
「あたし達は年末年始位しか、修羅場にならないけどその年末年始がこれなのよね」
もう、毎年の様にこれを繰り返している。
「最初は、みんなで放心して真っ白になってたわよね」
スタンピードをしのいだ時も、こんなひどい忙しさにはならなかったわよと愚痴る。
「外じゃプラントが手作りを駆逐するなんて、安さで売ってるけどここじゃむしろプラントもっと頑張れよって思うわ」
そう、ここ怠惰の箱舟本店ではスペシャルな高値を付けても手作りは飛ぶ様に売れる。
それこそ、月兎の美少女たちが服をスケスケにしてべったり汗をかきながらつくような餅は一部のアホ勇者の様な連中からは大好評大人買いをされる傾向にある。
つきたてのお餅に餡子だきなこだと手作業でパックに詰めてくれるのだが、可愛い笑顔で手渡しされて喜ぶ男は多い。
ちなみに、餅屋キングで働く男は上半身ピチピチのシャツを着て餅をついているがそっちは腐な方々にとても人気である。
餅屋キングの月兎達は、耳が長い事を覗けばおよそ十四~十六歳前後の男も可愛い系顔の従業員が多い。
「転売されないのに、なんでこんなに量が出るんだって文句いったのよね確か」
そしたら、誰が幾らかってどれだけ食べられたか。そして、どんな事を想いながら食べたのかみます?みたいなリスト渡された訳。
「私達も生産がわで美味しい美味しいって全部自分で食べてもらってたら、悪い気はしないんだけどいくら何でも忙しさで死ぬわって思って」
そしたら、どれぐらいなら良いんです?って全部そのとうりに出荷調整してきたんだっけ。
「「マジでありえないよね、この箱舟」」
バックヤードで、冷えたタオルを額に当てながら文句を言う。
もう、慣れてしまった。
「値段も、そとで作ってる時と比べて好きにつけられるし。出る量も自分達で選べるから、私らみたいな餅作るしかできない種族はもう毎日必死で手を動かすしかないわけで」
休憩中に手が動かせないって文句言ったら、音声認識で動くアームをバックヤードに取り付けてくれたんだっけ。仕事場の、餅を作る方は手動だけど。
「クソ樽ども仕事だぜ!!ってエルフとはろわ職員がなだれ込んできてこれつけて、おつかっれっしたっ!っつって嵐の様に帰ってったのよね」
今、冷えたタオルを出してくれたアームを指さしながら似ていない声マネをしてししゅがいった。
「報酬も、仕事量も客の質も選べる。それだけでも、凄まじい事なのに。こういったケアも光の速さで対応してくるのよね、但しテンションおかしいけど」
そう、仕事は丁寧で正確無比。
ただし、とても人にはお見せ出来ないテンションの連中がとても多い。
はろわ職員が、ドワーフに報酬はらってこっちには福利厚生だから支払いゼロでいいですよ。ってどんだけ福利厚生の幅が広いんだって話よね。
「今年は、あとどれだけ作ればいいか聞いてる?」
とししゅが苦笑しながら言えば、じゃくえんが溜息交じりに言った。
「後は、エノちゃん用のミノコマチでついた特別製で全部だったはず」
ミノコマチは甘く粘る、農場フロアの至宝のもち米だ。
そう、粘る。
きいた瞬間げっそりとした顔を二人で浮かべ、言った本人が床に突っ伏した。
「味だけなら、私達が知ってるどんなもち米より素晴らしいけど。あれ凄く粘るから、くっつくと大変だし。ついて餅にするのに、少量なのに多めに叩かなきゃいけないわでこれこそ自動化してよって思う」
でも、ミノコマチは規則正しくたたくと味が光の速さで落ちていく。
機械で判別して変えようとしても、餅がそれを認識しているかの様に味が落ちる難しい食材だ。
「だからリズムを変えて、手で必死に集中をきらさないようにしてこねてつかないと」
かえしのリズムとかが一定でも味が落ちてくから凄く難しい、でも最高の味がでるし何より焼くと固まって持ちやすく食べやすくなる。
そして、一度焼くとなかなか冷めず柔らかいままキープする。
「せめてもの救いはあれ、量はそんなに出ないからね」
と顔を見合わせて、笑う。
「そうね、エタナちゃんと黒貌さん達がちょこっとおしること雑煮するだけって話だし。あれを沢山用意しろとか言われたら間違いなく全員仕事になるわよ」
肩を竦めて、お互い苦笑い。
「エタナちゃんあれをまるでガムみたいに食べてるけど、幸せそうな顔してる黒貌さん達みるとまた出してあげたくなるわよね」
あはは、流石に値段は高くするけど勘弁してねって感じ。
「あんな恐ろしく手間かかるものを、安売りなんてできないしね~」
ねーっと、お互い苦笑い。
にしても…、ふと二人が真顔に戻る。
月兎は、平均寿命六百年を生きる長寿の一族だが見た目が少年少女である事から過去ろくでもない目にあい続けて来た。
そして、最後にたどり着いたのがここ。
「ここは、今まで行った中で文句なしに一番きついとこね。年末年始だけだけど、残りは楽しく暇ばっかだししょうがなくない?」
まるで、一年分働いて。また一年休みもらってって感じで、それでも嫌々やってる奴は一人も居ないんだけど。
「私達が、自分達で希望出した仕事量だもんね~」
「そうそう、ここの報酬はもうがっつり出るから毎年欲張ったかもって言いながらつい受けちゃうって言うね」
二人して、休憩室のテーブルに突っ伏した。
「そういえば、エタナちゃんいっつもスチュームやらガチャやら遊園地やらいってるけど良くコインが続くわよね」
と尋ねたら、ししゅは苦笑しながら手をパタパタやった。
「あの子はほら、黒貌さんがお小遣い出してるから私達より下手したら持ってるわよ」
あぁ~、そういえばと溜息をついた。
「黒貌さん素敵よね~、あのロマンスグレーの佇まいに超低音のイケボ」
私達でも、黒貌さんが好きな子は多い。
いっつも、遊んでもらって。
どっか行ってはつまみ食いしたり、職場に居たり。
「はぁ~自由よね~、あの子」
溜息交じりに、せんべいを一つかじる。
「でも、いっつも神乃屑なんて背中に書いた袖無しの貫頭衣着てるけどさ。あの子もっといい服着れるわよね。なんで、あんなの着てるのかしら」
苦笑しながら、手を頬に当て。
そして、首を傾けた。
そして、二人で煎餅をくわえたまま固まる。
「そういえば、ここの神様も屑神って自分で名乗ってるらしいじゃん」
「まっさかぁ~、だってあのエタナちゃんよ?」
二人して、休憩室の天井を見た。
「ここの神様が屑なわけないじゃん、外の連中の方がよっぽどゴミだったわよ」
何処か、冷めきったような声が出た。
二人であの、豪快に餅を口に突っ込んでみょいんみょいん伸ばしながら食べてるエタナを想像してナイナイと首を振った。
「百歩譲っても、屑神様に憧れてそんな服着てるとかそんな感じでしょ~」
「そうね~、私達もそれならジャージにへなちょこ兎とかいれてみる?」
二人して大笑いしながら、だっさ~い。なんて、笑い声をあげた。
「へなちょこ兎は無いわよ、ナイナイ」
とじゃくえんが手をぱっぱと振った。
「あれはエタナちゃんだから違和感がないだけで、私達がそんなの着てたらなんかの罰ゲームよ」
お互いに、お茶請けを消化しながらたわいない話で盛り上がる。
「はぁ~、こんな楽しい気分になれる日がくるなんてね」
そういえば、箱舟本店はまた外の組織を買収するんだって?
「まっ、普通は買収された組織なんてのは酷い思いをするのだろうけど。ここに限った話をすれば買収された後の酷い思いっていうのは」
二人して、思わず苦笑いした。
「「なんで、こんな組織がこの世に存在してんだよバカ野郎」」
二人の声が重なる、そしてまた笑い出した。
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