第百五十二幕 蒼穹は白く(そらはしろく)
「「豪運先生~、働いておくれよ」」
ここは、アディクション広場。
そこに、勇者とエタナの二人の叫びが木霊する。
言うまでもなく、この二人がやっているのはスマホゲーム。
ゲーセンも、据え置き機も持ち運び機も遊具センター百日紅(さるすべり)に行けば大体そろう。
しかし、この二人が喚き散らしながらやっているのは新作スマホゲーム「精霊の花園」だ。
さっき、その辺で買って来たホットドックをぱくつきながら脂ぎった手のままガチャを引く。
無論、箱舟のスマホは汚れも傷もつかないので見た目がよろしくないだけだが。
エタナは、華の精霊(さくら)を欲しがっていた。
やはり、火力。火力は正義だと言わんばかりに、盛られたスキルが眼を引いた。
勇者は、太もも面積の広さから(アサガオ)を欲しがった。
どちらも、最高レアの星六だ。
「「なじぇぇぇぇぇぇ!?」」
通算、二百七十連が溶けいよいよ顔面も溶けかかっていた。
「スチュームの、餞(はなむけ)さんは十連で四枚抜いてたというのにっ!」
とエタナが叫べば、勇者も横で。
「シュバルツ・ローズさんも五十連でフィニッシュしてたぞ…」
瞬間、二人で遠い目になる。
「「なじぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」
エタナも勇者もぷりぷりとしながら、二百八十連目を引く。
「あっ、限度額だ」
勇者の、崩れ落ちる声と膝。
思わず、輝く笑顔になるエタナ。
エタナは、こんな事もあろうかと便利屋ササキでプリペイドチケを数枚買っていた。
※最高額で
「下手鉄砲数うちゃ当たるっ、出でよ天井我に力を!!」
「俺に最後の希望をっ!!」
二人の画面で確定演出の、シルエットが流れる。
「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」」
二人して、スマホを掲げ詳細を確認する。
「えっと…、あのっその。ボクでいいかな」
画面に表示されたのは、百合(ゆり)。
「いいわけないだろ、アホー」
叫んでスマホをぶん投げ、背後にあった噴水に落ちた。
瞬間、両手を頬にあててムンクになるエタナ。
「アホはほっといて、俺の確定演出はっと…」
画面のシルエットを見た瞬間、勇者が首を横に傾けていく。
「盟友よ、共に歩もうっ!」
そこには、ブーメランパンツと両肩にエゾエンゴサクがのせられた筋骨隆々の漢が親指を立てたイラストが表示された。
「肌色面積しかあってねぇよ、漢はおよびじゃねぇぇんだ!!」
エタナと同じようにスマホを天高くぶん投げ、同じように背後の噴水にちゃぽんという音と共に着水。
同じように、両手を頬にあててムンクになる勇者。
二分弱ムンクになった後、勇者が噴水の中に入って二人分のスマホを取ってきた。
「へっくしょい!あーさみぃ」
エタナが、ありがとうと受け取ると二人でごしごしと自分のスマホをふいた。
※箱舟のスマホは、水没しても壊れません深海七万メートルでも安心。
「あぁ~、あぁ……」魂の抜けるような、声。
エタナは、汚い貫頭衣の汚いポケットからチケットを出してスマホにかざす。
チケットが吸い込まれ、画面にチャージされましたの文字。
途端にどや顔になって、ちらちらと勇者の方を見た。
勇者は顔真っ赤で、地団太を踏む。
「きぃぃぃぃ、羨ましい」
自分の服の裾を、かじりながら悔しがる勇者。
※とても勇者には見えない。
「月夜に我は咲く、そなたも一献どうかな?」
シルエットと共に、紅の着物が揺れ。
流し目をくれる、一人の女性型精霊のイラストが表示された。
「よっしゃ、キタキタキタっ!!勇者ざまぁぁぁ」
おもむろに、クルクルと掲げて回って居たら無言で勇者がエタナのスマホを取り上げてぶん投げた。
もちろん、噴水の中に再び着水。
「ガッデム!!」
エタナの叫びが広場にこだまするも、周りはあぁいつものだわと思いながらクスクスわらって去っていく。
「アホ勇者、何をする」
エタナがぷりぷりと怒れば、勇者もエタナの両ほっぺを挟んで真剣な顔で言った。
「エタナちゃん、流石に勇者ざまぁは聞き捨てならないよ」
その瞬間、あっ…となるエタナ。
※全次元の神二位であらせられるがマジのぽんこつ神である。
なるべく話しかけられない努力をしている時は無表情だが、こうして感情を表してる時もある。
それを、腕まくりした黒貌が拾い上げた。
「流石に、ざまぁは言いすぎですよ。はい、壊れないとは言えそんなに乱暴に投げないでくださいね」
「ありがとう、黒貌」と微笑むエタナに頷く黒貌。
黒貌がそれを返す前に、丁寧にハンカチで拭いてくれたそれを受け取る。
「甘いなぁ、黒貌さん。優し過ぎにも、限度があるでしょう…」
良いんですよと、黒貌が微笑む。
「そろそろ、夕方で寒くなりますから迎えに来ました」
今日は、鍋にしましょうか。温まりますよと、黒貌が微笑む。
その瞬間、両手を上に万歳気味のガッツポーズ。
「ゴマダレがいい、お肉多めでな」
微笑んだまま、ゆっくりと頷いた。
「はい、大路さんとこのゴマダレですよね。ご用意してますよ、帰りましょう」
手を引かれて帰っていくエタナを、何とも言えない顔でみている勇者。
「全く、黒貌さんは甘すぎだ」
しっかし、限度額かぁ~。今月も厳しそうだな、聖剣よ。
背中に背負われた、聖剣から声がする。
「頑張りましょう、そして今度こそ引き当てましょう」
あぁ、そうだな。
大好きだった声優の声で、励まされて気持ちが落ち着いてくるカズヒト。
給料日までの、スマホのカレンダーを眺めながら俺は今日も作り置きかな。
と呟けば、頭を叩かれた。
「後で、うちに来なさいよ。なんか、作るわ」
叩かれた方を見たら、リュウコが拳を握りしめて顔を紅く染めていた。
夕日に照らされてか、それとも…。
「全く、私達は魔王を倒しに行くんじゃなかったの?」
苦笑しながら、リュウコが言えば。
「俺は、なるべくなら国に帰りたくねぇ。魔王倒したら、帰らなきゃいけないだろうが」
異世界きてさ、スマホもなけりゃご馳走もねぇ。
あっちに帰っても、まともな職場なんてありゃしねぇ。
だったら、ここに居つきたいって思うのは仕方ねぇ事じゃないか。
リュウコは苦笑しながら、そうねと笑った。
「このアホ勇者、全くなんでこんなん好きになってんのよ私は」
最期の声は、とても小さく。
二人は、黒貌がエタナちゃんの手を引いている後姿をみた。
「俺らも、手を繋いで帰るか」
なんて勇者が言えば、リュウコが再び拳骨を落とした。
「気持ちわるいから、やめなよそういうの」
耳まで真っ赤にした、リュウコの表情は。
痛がって下を見て、頭を抱えてる勇者には見えなかった。
「人生判んねぇもんだな、異世界きても元の世界に居ても大していい事なかったのにさ。ダンジョンの中に、最高の場所があるなんて」
その言葉に、何とも言えない顔になるリュウコ。
「それ、私の前で言う?」
所詮、俺の勇者もお前の聖女もジョブだろ。
それに、ここは女神のお膝元って言うじゃねぇか。
リュウコはかつて、女神に会った事を思い浮かべた。
「確かに居るわよバケモンが、魔王や邪神なんてあれと比べたら耳糞かなんかよ」
そうか…、とカズヒトは笑う。
「バケモンじゃなきゃ、こんなのは実現できねぇって事だろ。結構な事じゃないか、俺はそう思うぜ」
リュウコは溜息をついて、苦笑した、
「おめでたい頭してるわね、それ位の方が幸せなんだろうけど」
何かの上にある、そういう世界は砂上の楼閣っていうのよ。
「本当おめでたいわね、カズヒトはさ」
両手を頭の後ろに、当てて天を仰ぐ。
「なぁ、神様。もうちょっと、外の世界にも手を差し伸べてやってくれよ」
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