第百五十幕 酔星(すいせい)

ポケットに手を突っ込んで、不機嫌そうに空中を歩く幼女。


対峙しているのは、光に包まれた一柱の女神。




随分ケチな神様だ、あれだけ必死に救わんとする女にそんなか細い黄金しか貸し与えないとは。


やはり、神は世に不要だな。


「貴女も神の癖に、よく言う…」


黄金がまとまり一本の槍と化し、女神が構える。

眼を閉じたまま肩を竦め、まぁ…そうだなと言った。


指抜きの白いグローブを握りしめ、そして瞬間爆発した。


攻めたのは、翡翠。防いだのは、エノ。

槍は、幾重の光の線となり降り注ぐ。


それを、何でもない様に。最初の一撃以外全て眼を閉じたままかわすエノには、余裕が透けて見える。


両手を広げる様に、エノが一瞬構え正面からみればYのポーズになっていた。


そして、エノは三柱に増えていた。

中央のエノが胸の前で腕を組み、仁王立ち。

左右のエノが対称になる様に、ポーズを取っていた。


「ふざけているのですか」


翡翠はしかと、眼を細め睨みつけるがエノはどこ吹く風だ。

全員が左手を水平に引き、右手を握りしめて斜めに突き上げた。

瞬間、エノ全員の首に漆黒のマフラーが巻かれ。ボンボンのかわりに、巨大な眼玉が二つ。


背後で、核のキノコ雲がごとき爆炎と見紛う程の神威のオーラが吹きあがる。


「何、相手を消滅させずともなれば手加減せねばならんだけだ」

よく見れば、その神威のオーラはオーラなのに様々な獣を模っているのが判る。


ドラゴン、虎、フェニックス。


「相変わらず、ふざけた神だな貴女は」


(メモリアルソルジャー:滅却酔星(めっきゃくすいせい))


「「「戦えっ、気迫の獣。貫け、我が魂の誓い」」」


ワン、ツー、スリー。と同じエノが掛け声をあげ声をあげる度にまるでドミノ倒しの様に綺麗に翡翠を睨みつけながら止まった。


全員が、それぞれの獣にちなんだポーズを声を揃えながら取るエノ。

翡翠が、力を溜めて踏み込めばスリーの掛け声をあげたフェニックスのオーラを纏ったエノがわざと貫かれて槍を両手で掴む。


「槍を止めてしまえばお前はどうする?」


ワンと叫んだドラゴンのオーラを吹くエノと、ツーと叫んだ虎のオーラを吹きあげるエノが左右から突っ込んでくる。


それを、槍を手放していったん下がる事で翡翠はかわした。




…かに見えたが、膝から崩れ落ちる。


「なっ!、何が…」


前のめりの倒れ、槍が黄金に戻り霧散する。


「触れた場所から毒を送り込む、吐きだす息を毒とする。まだまだ常識の範囲の攻撃だと思うがな、もっとも神に毒などきかないから別物ではあるが…」


エノは、まだ目を閉じたまま。

口元だけ吊り上げて、その様な事を宣う。


「善なる神には、邪のオーラはきつかろう」


貴女は、善なる神なのに邪なオーラも扱うと言うのですか。


「私は善なる神などでは無い、私は位階神。つまり、どちらでもないのだ。だから、自分の都合でこの様に神威やオーラの属性すら自由にできる」


そう、私の根幹は精査と改竄。

相反する属性を扱い、こうして眼を閉じながら全てを把握する事も造作もない。


翡翠、お前が善なるもの正義だというのなら。

私という理不尽を見事退け、己の正しさを世に知らしめれば良い。


「私の様なものが存在する限り、この世に正義はあり得ない」


唯一の思想など、腐るだけだ。

人は、お前が思う程高尚な事は出来はせん。歴史がそれを、証明している。



「…、夢か」



社で大の字で寝ていた、エタナは自分の涎を乱暴に拭いた。

かつての戦いの一部を夢に見て何故今なのだと思いきょろきょろとした。

よく見れば、かつて翡翠に見いだされたクラウが社の前で手を合わせていた。


怪しい仮面と、エタナの眼と眼が交差する。


エタナは寝ぼけ眼で焦点があっておらず、夢うつつ。

怪しい仮面は、クソでか溜息をついて踵を返す。


他のモノには、幼女の姿には見えていない。



いると、何となくわかるだけだ。



ダストやクラウの様な一部のモノには、幼女が大の字になって耳をほじりながらゴロゴロしている様子がはっきりと判る。


クラウは乱暴に三百コインを賽銭箱に投げつける様に、入れていったのをエノは本体のログで確認した。


「賽銭なぞ入れずとも良い、どうせこの社に来るのは箱舟の連中だけ」


幾ら不要といった所で、なかなか習慣というのは変えられないか。


それでも、毎年律儀に祈りに来るのだから奴はやはり聖女になるべくしてなったというべきか。


「難儀なものだな、性分というやつは」


社から外を見れば、両サイドに悪魔と天使が波をうつように頭を下げていく。



社からみて右側には天使、左側には悪魔。

光の軍勢と闇の軍勢。

聖神と邪神のその全てが、まっすぐ社の周りを埋め尽くす。



クリスタと大路が二人並んで社に向かう度、数多の邪神と天使長がその後ろを歩き。


その歩いている場所の両サイドが深々と頭を下げ、その順番に下げていく様がまるで海を割る様。


「我らが神よっ!新年あけましておめでとうございます!!」


クリスタが声を張り上げ、後ろの天使長に持たせていた大量のコインをお賽銭にどかどかと入れた。


この賽銭箱すら、周りから置けと言われて置いたものだ。



深々と社に頭をさげ、真横の大路を見た。


「邪神の長、私は貴方達が好きではない。だが、箱舟の労働者である限り。我々は、同僚ではある。我らは我らの神の前で誓う、貴方が箱舟に弓をひかぬ限り。箱舟の為に働く限り、我らは友だ」



そっと、右手を差し出す。

毎年必ず、交わす誓い。



「善なる神クリスタ、ワシらもお主達は大嫌いじゃ。じゃがの、箱舟の労働者である限り。我らは同僚じゃ、ワシらの神の前で改めて誓おうぞ。貴様らが我らが神の僕として粛々と働く限り、ワシらはどの様に思っていようともお主らに協力しよう」


そっと、大路も手を差し出す。

毎年必ず、エノの前で交わす誓い。


両サイドの天使と悪魔が、拍手でそれを祝福する。


「全ては、我らの神の為に」

「全ては、箱舟の民の為に」


善なる神達は、箱舟の民たちの為に。

邪なる神達は、己らの頂点の為に。


人としての企業を、善と悪の神が力を合わせて回す。

どんな組織よりも利益を積みあげるが、それはお互いの目的の為。

それもまた、ログで確認したエノは溜息を一つ。


「私の為に等ではなく、己らの為に働けドアホ」


なんとも言えない顔をして、天使達がいれたお賽銭を見てはまた溜息をついた。


「このコインで、何か振舞ってやれば良かろう」


働かない神なんかより、余程現物や現実の方がありがたがられるぞ。

まぁ…、いい。ダストに、これは渡しておこう。

正月に入れられたお賽銭全てを、ダストに丸投げする。


「私の様な神は一コインたりとも貰う資格等ない。しかし、入れてもらった以上は箱舟の為に使わせてもらおうじゃないか」


「必ず、どういう風に使ったか教えろと言ってな」


力を使えば判る事でも、話を聞くと言う形が大事なんだ。


クラウ、楽な仕事なんてない。

楽な様に見えて、えげつない仕事ばかりだ。


「私が知る限り、この世で最も楽な仕事は神様さ」


どこか悲しそうに、エノは言った。


「それも、頑張れば頑張る程尽くせば尽くす程辛くなる仕事だがな」

だから、神は働かない。


始めやすい仕事はライバルが多く、既存の仕事は慣れあいばかり。

他者を絞り上げる仕事もあれば、他者を慈しむ仕事だってある。


私が居なくても、己ららしくあれ。

私が居なくても、互いの手を取れ。


「それが不可能と知りながら、それがどれだけ無謀か知りながら」


この箱舟は、私が居るから回せているか…。


「また外の世界では、善意を食い物にしたゴミ共が居るのか。相変わらず、叩いても叩いても沸いてくる」


人を裁くのは人でなければならん、なれど人は証拠を隠滅し言葉で時間稼ぎをし御しがたい程に反省の色がない。


あげく、自分さえ逃げきれれば後はどうでも良いと考えてやりたい放題するものが後をたたぬ。


「権能を用いて、証拠と金の流れと言質を押さえよ」


自身の本体、その魔眼であるアジフに命じ怒鳴る。


全ての証拠の場所、全ての言質の日付時間を完璧におさえそれを裁判所と国家の長の所に投げ込んで来い。


場合によってはダストと大路に話を通して、放送局の枠をぶんどって放送しろ。

仮想も、ゲドのチームと連携して絶対に逃がすな。

癒着している所は黙るだろうが、真実を知らしめてどういう反応をするかとくと見せてもらう。


「本当に己らが何一つ悪くないのなら、知らしめた後で誰かは庇うやもしれん」


私は庇った脳なしごと叩き潰すつもりではあるが、それほどまでに私は許せんのだよ。


「それでも、まだ反省の未来がないというのなら。私が、叩き潰そう。叩いても沸いてくるのが判っていても、目障りなのには相違ない」


何故、自分だけがと叫ぶものには答えよう。


「私という害悪にとって、目障りというだけで万死に値する」


金も地位も失わせ、そして生きながら治療法のない壊血病を引き起こさせて精神と体の両面から殺さずに削りぬいてやろう。


「全く、天使共もダストも本当に懲りない連中だ」


お前たちの努力と気持ちがあればこそ、救われるものは多い。


(それは、私もさダスト)


箱舟は、箱舟として機能しているからこそかろうじて回っているに過ぎない。


「夢か、私が夢を見る等というのも久しぶりかもしれん」


よっこらしょと、どこかゆったりと立ち上がるとのっしのっしと社を出ていく。

「おしるこでも、食べてくるか。それとも、きざんでミートソースをかけてアレンジグラタンか」


腹を温める飯は数多あるが、心を温める手段はそうは無い。



「だからこそ、大切にしておけ」




エノは、腰の後ろに両手の拳を結んで腰を曲げ寂しそうに歩いて行った。

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