第百四十九幕 四季社(しきもり)
ここは、箱舟本店内。
床屋四季杜(バーバーしきもり)
軽快なハサミさばきと、髭剃りとシャンプーを生業にしている。
床屋は源流が、医療関係の為白と青と赤のラインが回っている。
現代の美容院との大まかな違いは、美容院は曲がりのカット技術があるのに対し床屋は基本直線であるという事が一番違う所だ。
そもそも論、この四季杜はどちらかと言えば店員が四人の小さな場所であり。
魔導椅子も、六個並んでいるだけで内一つがパーマ機専用になっている。
一台の予備だけで回す小さな個人店の類でありながら、外とは違い協会には入っておらず。しかし、箱舟本店の客足は全然落ちない為にやっていけてるという経緯がある。
箱舟本店はそれ自体が巨大なダンジョンであり、どっかのバカスライムが労働者を採用しまくった結果人員が常に飽和状態にあるが。それ以上に、仕事の選択肢と量が殺人的な上で全てにホワイトルールを強制し税金などの概念が全くない結果どうなったかといえば労働者は消費者としても飽和状態になり。
店は開いてれば、客が入る。という、実に訳の分からない状態になっている。
箱舟本店では、高級店として認められない限りは常に単価は安値であり。
その割には、利益が全部自分達に入ってくる関係で悪くはない収入になってしまう。
例えば飲食店なら、仕入れリスクと廃棄リスク等は常にあるのが普通だ。
所が仕入れは農場フロア等が責任を持ち、廃棄リスクは処分場が無限に分解可能な為持っていくだけ。
なので、客の方も安価でハッピー。店舗経営者もリスクを取らなくてハッピー。
ハッピーにならないのは、その書類を回しているはろわだけだ。
労働者にも経営者にも、手厚すぎるのが箱舟であり。
だからこそ、大型モールの横に個人店があったとしても。商店街があったとしても、どちらもやっていけるという経緯がある。
通販が超便利なのに、割高で実店舗に行く方が安い。
箱舟の基本は便利で有利なものには値段が高く、不便なものや大量生産可能品はおそろしく安くあえてしている経緯がある。
特別な石鹸以外は、人間の手ぐらいの大きさの石鹸一個の値段は三十コインであり。
パン一個の値段も五十コイン程度になっている。
※販売価格がそれであり、仕入れ価格はもっと安いと言えば想像できるだろう。
つまり、床屋のシャンプーやリンスや香油等も当然本店から仕入れる分には安いのである。
品質などにかんしても、審査を通したものしか出荷できない。
それで、例の結界の仕様のせいで申請さえしていれば病等に係る事は無いなど衛生管理もばっちりと来たもんだ。
普通ガスや電力や、魔石やらとエネルギー代がバカにならないはずが箱舟本店ではエネルギーフロアから無尽蔵に持ってこれる為に必要なのはエネルギーをこれだけ下さいという申請のみである。
※多めに申請する分には問題ないが、足りなくても責任は店舗側。
※店舗に設置されたエネルギー貯蔵庫以上のエネルギーは申請できないし、貯蔵庫の拡張には費用が掛かる等制限はある。
ダンジョンなので地震がなく、天気を自由にしている為に雷がないというような立地。そんな、環境で床屋を営んでいるのはコボルトのリテーナー。
今日も、常連が笑顔でやってきては椅子に座りおしぼりでひげを柔らかくしたり髪の毛の状態を整える所から始める。
コボルトの様に毛が多い種族が床屋なんて出来る訳がと思うのだが、成りたいものに技術と努力があればなれるのが箱舟。
リテーナーは、通常の種族の倍の時間こそかかったが床屋の技術を習得。
はろわから、個人店経営の許可をもらって現在に至る。
「はぁ…、年はじめの仕事は多くてきついねぇ」
カットした髪の毛を、無造作に箒で集めては収集ボックスにいれていく。
衛生上清潔ではあったとしても、常に床を綺麗にしなければ外聞は良くない。
箱舟は、ライバル店等掃いて捨てる程沢山あるのだから細かい差や努力を怠れば直ぐに見限られてしまう。
はろわから、余りにも状態が酷ければ監査が入り。ただ客足が遠のくだけだったならば、特に何も無いが。店側に著しく問題があれば、指導がはいる。
その先にあるのは許可の取り消し。
箱舟で許可を一度取り消されると、三年は取り直しが出来ないのだ。
必然、収入が落ちるし。評価のポイントも、落とす事になる。
だからこそ、個人店ですらモラルやルール厳守はある程度担保されている。
はろわ担当者側からすれば、ただでさえ自分の子供の世話の様にかいがいしくやっているので許可を落とす程の不正なんぞやれば間違いなく大目玉だ。
行政や監査に睨まれて、良い事が一つもないのは箱舟も変わらない。
しいて言えば、箱舟の役人は役人らしさはみじんもない職員しかいない事位だが。
ただ、申請書類がややこしい等の程度であれば懇切丁寧に一軒一軒対応してくれるし。基本的にルールがどの担当者でも一緒なので、それだけ抑えればというものが存在する。
要は、理解や成長に時間がかかる連中向けの根気と理解があってあらゆるフォロー能力がないとはろわ職員にはなれない。
※だからこその、高給取りであり好待遇ではあるのだが。
そして、余程の事がない限り是正勧告なんてまず来ない。
※それだけ、来た場合の対応は厳しい事になる。
リテーナーは、シャンプー台を綺麗に掃除しはじめた所で入り口のベルが鳴る。
「あぁ、いらっしゃい」
リテーナーは、来た常連に笑顔を向けた。
「あぁ、店長。あけましておめでとう、今日はシャンプーだけ頼めるかな」
リテーナーは内心、ありがたいと思いながら。お席にどうぞと、外から二番目の席に案内した。
「そういえば、店長は初詣行ったかい?」と常連に聞かれ、リテーナーは苦笑しながら。
「えぇ、行きましたよ。相変わらず、我らの神はお腹だして寝てましたけど」
※一般のお客には幼女には見えず、もやが地面に転がっている様に見えている。
「そうだな、だがそれでも俺は初詣は行くんだ。出される甘酒が好きでね、温まる」
どこか、眼を細め嬉しそうに言った。
「あはは、そうですか。まぁ、ここの神様はそれ位で丁度いいと言うでしょうけどね」リテーナーも、眼を細めて嬉しそうに笑った。
箱舟の労働者や経営者でも、初詣に行かないものはいる。
でも、ただのお祭りでただの行事。
「行かない…、という選択肢もある」
当然だ、箱舟は箱舟という組織に所属する全てのものに末端のバイトから一兵卒に至るまで一人一人に選択肢があるのだから。飲み会も、懇親会も、初詣やクリスマスさえだ。
「意志をはっきりもち、そしてはっきりと口にするがいい」
箱舟の神は、エノは絶対厳守のルールにそれを置いている。
「可能な範囲で、全てを許容しよう。可能な範囲で全てを許そう、但し不可能である場合には何故不可能であるかの理由を説明する」
それでも、床屋の常連のおじさんのように。
初詣に行くものは、割と大勢いる。衛生管理の行き届いた屋台、無料で配られる焼き芋や甘酒。たき火の横では、初詣に来た客に振舞われる温かい品々。
ダストや大路そして、クリスタなど一部の連中が自分達の神を崇めにくるものたちにサービスしている。
「好きにしろ、好きに生きろか。この世でそれが一番難しい、そうは思いませんか」
誘導するなら、有利な選択肢を作るかそもそも選択肢を与えないかすれば良い。
「「しかし、その逆を全ての命に与える事はとても難しい」」
外の世界から箱舟に来たものは皆思う、そして必ず口にする。
全てを努力で実現できる場所か、研鑽無きものには何も与えられない場所。
「だから、欲しいものがある奴は頑張らざるえない」
それが何であれ、どんな事であれ。
「私は、こうして床屋になるのが夢でした。しかし、コボルトでは修行もさせてもらえない。何処に、許可を取りにいっていいかも判らない。しかも、手先が器用なだけで才能もある訳じゃなかった」
ここ、箱舟ははろわに行けばいい。頭を下に向けた、常連のオジサンも同調した。
「俺もこうして、有料のシャンプーなんて贅沢はなかなかできなかった」
箱舟は物価も安い、一品物と呼ばれる凄まじい手間のかかったもの以外は外の半分から四分の一程度で大体揃ってしまう。高くても、三分の二位か。
知ってるかい?今度ドワーフ共が作ってる、子供用汽車の線路一周五百メートルあるそうだぜ?
そして、一周百コインで乗れる。
観覧車も、大中小に加えて特大を作ってるそうだ。
特大は、直径の高さが二百五十メートルあるそうだぜ?
そうやって、毎日何かしらのもの作ってて。
でも、ゆっくり動く動物の乗り物みたいなのもずっと置いてあって。
「俺が子供の頃に屋上にあった遊具は大体網羅されてたけど、無造作に規則正しく並べられてたよ」
余りに懐かしくて、もう爺に片足突っ込んでるのに年甲斐もなくのって動かしてた。
「まるで、少年の様に想いを馳せてもう死んだ両親と行った洋食屋で何か食った事を思い出したさ」
床屋の店長も、お湯で丁寧に泡を流しながら。
「そうですか、思い出に浸っていた所でこの箱舟では誰も白い眼では見ませんものね。だって、自分も一度は通る道だから」
かつて、自分も来たばかりの時そうだった。
懐かしくて…、何故か安っぽい干し肉を買ってしまってた。
「かつて、これしか食べるものが無かった時の事を思い出しては辛い時はこれを食べる事にしていますよ」
丁寧に梱包された、干し肉が棚に入っているのをお客さんに見せ。
「やっぱ、みんなそうですよね。この箱舟に居る奴は、精々自分もそんな事があったなぁとしか思わない」
ここじゃ、そんなものからモノレールから。
重力軽減装置やら時間停止倉庫なんてものさえ、当たり前の様に存在している。
「どんだけ作るんだって言う、ものばっかだからなここは。維持もメンテもタダじゃないってのに…、ダストの野郎は無茶ばかり言いやがる」
そんな無茶に付き合う、はろわの職員も大変ねとリテーナーは相槌をうった。
「それでも、外からきた俺らはそれに救われているから誰も何も言わねぇし言えねぇ」
ドライヤーの音だけが店内に響き、そして髪が乾いていく。
「店長、ありがとよ。やっぱりここでシャンプーだけでもしてもらうと始まった気になるよ」
常連のおっさんは短く笑うと、お金を置いて出て行った。
「ありがとうございました~」
いつも、送り出す声をあげてまたシャンプー台の掃除をし始めた。
いつまでも、いつまでも。
体の動く限り、私は床屋を続けよう。
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