第百四十八幕 鈍朧(にびおぼろ)

幼女が一柱、両手を頭の上で合わせ。

足は直立不動で、床をコロコロと転がった。



「暇だ、暇だぁ…」



楽しみにしていたスチュームのチャンネルは、今日は寝坊しましたてへぺろと通知が来ててお休みになってしまい。

それを、楽しみに予定をあけていたエタナはこうして暇を持て余していた。



悲しそうな声をあげるこれが、三幻神だなどと誰が思うのか。



多分、誰も思わないだろう。



黒貌の所で、朝ランチを堪能し。


意気揚々と帰ってきたらこれである、全く救いようがない。


「箱舟本店は特別な理由がなければ一月十日までお休みだし、誰が決めたんだそんなこと。」と叫ぶが、決めたのは他ならぬこの幼女である。


全く、己の行動を省みない。


ガチャでも引くか、と最近始めたゲームの年始毎日十連を無料で引く。

「ゴミばっかりじゃないかっ!確率どうなってんだ!!」


最低保証すら怪しい、リザルトをみて幼女が憤慨する。


あー、あほらし。とスマホのゲームを閉じて、ニュースを斜め読み。


※確率操作も情報精査も得意分野なのに、あえて時間を潰そうと時間がかかる仮想サーフィンに没頭するの図


めんどくさそうに立ち上がると、自分専用の自販機から缶コーヒーを一本カシュっと音を立てながら空け乱暴に飲んだ。


「かぁー、やはりこれだな!!」


それで、要望やサポートありましたらお気軽にメールを下さいと言う公式ページから。


年末ガチャがゴミしかでない、何とかしてくれ。

と短く書いて送るが、箱舟本店の返信は極めて速い。


五分後にメールが帰ってくる、どれどれとメールを読んでいけばダンダン何とも言えない顔になっていくエタナ。


返信内容は、大体こんな感じだった。


「ご要望ありがとうございます。こちら、開発運営事業仮想ゲーム部二十一課。

メールの件ですが、こちらでは一度決めた確率を操作する事が出来ません。確率は表記の通りであり、それが全ての情報であります。」


「しかしながら、お客様のログを拝見した所確かに確率以上に外れており当事業部は協議した結果本日中に、当事業部が認める結果の振るわないお客様に対し補てんとして最高レア確定チケットを一枚配布する事に決定いたしましたのでご連絡させて頂きます」


お手数をおかけして申し訳ございませんが、配布まで今しばらくお時間を頂けるようお願い申し上げます。


これが、無料十連の最終日にエタナが憤慨して送ったメールの返信内容だった。


「えっ、マジで最高レア確定チケット」


一瞬目が点になり、理解が及ぶにつれて天高くガッツポーズ。


「いよぉぉぉぉぉぉぉぉっし、流石だぞゲド」


早く来ないかなーと、二本目の缶コーヒーをカシュっとあけた所でゲーム内の箱に確かに確定チケットが配布されている事を確認した。


「仕事が早い!では早速引くしかないっ!!」


むふーと、鼻息荒くガチャをタップ。


演出が、虹色に輝きキャラクターのシルエットが表示された。




「あれ??」



台詞が、聞こえて姿が明らかになるが声を聴いた瞬間頭に青筋が浮かぶ。



「やぁ、私でお役に立てる~かな?」



エタナは、瞬間スマホを投げつける。


「ふっざけんな」という叫びと共に。


ものすごく見覚えのある、黄金の髪のショートボブの美女。




「お前はもう、完凸してんだよ。確定チケットかむばーーく、かむばーっく…」


思わず、両手両膝を地面について床をバシバシと叩く。


そう、イラストと声は悠(注:クラウディア)と書かれたアメリアはエタナが唯一完凸してるキャラだった。


無常にも、チケットに消費されましたの文字が…。


「ピックアップ、仕事しろよぉぉぉぉ」


自分が運命ごと操作すれば済む話だが、それは頑なにやらない。

しかも、これは無料十連の補てんだ。

そして、自分は絶賛ニートであるにも関わらずピックアップに働けと叫ぶ。


力尽きた様に、ぺたりと顔が下にむいてしなびたバナナの皮の様に横たわった。


「どうして、どうして…」


さっきまで、うっきうきで腰を左右にびょいんびょいん踊っていたテンションは砕けて消えた。


ちなみに、今いる場所は一応初詣のお社の中だ。


「おみくじでも、引きに行くかぁ」


自分が叶える側だと言う事はすっぱりきっかり忘れて、おみくじを引きに行く。


末吉の表示を見た時に、微妙な顔をしつつ。


あけてしまった缶コーヒーを、机の上に置くと溜息を一つついた。



「あぁ、毎年年越しはこんなだな」



手を引かれて、除夜の鐘を聴きに行った事を思い出す。


お社に一応いる事はいるのだが、除夜の鐘と年末特番のスチュームを幾つも見ていた結果寝不足で初もうでの来客の祈りなんぞまるで聞いていないのがここ最近のエタナだった。


いい加減、お正月が過ぎた四日辺りから自身のログで祈りの内容を確認しつつ。



「だるい…、神様なんてやだやだ。誰か変わってくれないかな、いやもう面倒」と言いながらも、箱舟本店で祈りに来た主に天使や精霊たちなんかにはちゃんと答えていくエタナ。


祈りに来た瞬間に、眼の前で神が豪快に大の字に腹だしで寝ているのを確認すると。


全員が、こう思うのである。


「我らの、神はいつも通りだ(諦め)」


腹をぼりぼりやって、歯ぎしりしながらお社のど真ん中で寝ているのを見る度全員が思うのである。


「あんなんでも、ちゃんと聞いてくれるんだからあれはフリだよな?」


と誰かが言えば、全員が無言で首を横に振る。


最終日の夏休みの宿題みたいに、慌てて正月終わってからやるだけですよ。と誰かが言えば、更に微妙な空気が流れた。


「ねぇ、なんでお前らそんな神に祈ってんの?」と誰かが言えば。



「そりゃー、この世にいるどんな奴よりも報いてくれるし話も聞いてくれるし解決もしてくれるからだよ」



居るかどうかも判らない神に祈って、ありもしない奇跡なんて願って。増えるのは怨嗟と規制ぐらいで結果も保証しないなんて事は全くないからな。



どこぞの外の会社みたいにリストラ部屋なんて作らないし、制度は守る。

辞めたいと言えば二週間以内どころか今日明日で辞めれるし、何より報酬は金以外でもポンポン叶うと来てる。


「んでも、むかつくかムカつかないかで言えばむかつくんだけどな」

と竜弥がいえば、みんなで爆笑した。


「だから、敬意と信頼とか色々ひっくるめて俺達は屑神様って言ってんだ」


どこか嬉しそうに、竜弥がいえば。


「さて、しけた神様は置いといて俺達は屋台でも回ろうぜ」


竜弥がちらりと社を見れば、豪快に寝ているエタナが竜弥だけには見えている。


「今年もよろしく頼んます、屑神様。いつも、助かってる。でも、もうちょっと威厳とか気にしてくれ。後、マジで働けお前」


煙草を一本咥えて、火をつけずそのまま歩く。

雑踏に、竜弥が消えていく所までをログで確認すると溜息を一つ。


全く、どいつもこいつも。外に出歩いて祈りに来るなんて面倒だと思わないのか、こんなクソ寒い中。まぁ雰囲気を出すために寒くしてるのはそうだが、甘酒などの温かい飲み物を振舞ってはたき火にあたって祭りに消えていく。


箱舟本店では、サービスとして甘酒やら焼き芋を無料で配っていて。本殿横に備えられた巨大なたき火で、薪をガンガン燃やしていた。


火の精霊たちはその中で、焼きあがった焼き芋を横に置いてある網の上に置いているのが判る。


「暇な連中だな、私の言えた事では無いが」

一個一個の、一人一人のログを確認しながらエタナが呟く。


もっとも、暇なエタナには言われたくないだろうが。


「ふんっ、私に威厳なぞあってもしょうがないだろう。働けだ?神様が働いてどうするよ、働くのは生きてるお前らだろうが。神様なんて居ない方がいいし、生きても居ないんだからさ」


自分の事を棚に上げて、エタナは言った。


(世の中に特別なんぞありはしない、あってはならない)


「詞(ことば)より、現実で私は答え続けよう」



そっと、ログを閉じ。


「この箱舟の中でだけは、答え続けなくてはな」


空き缶になったものを、ゴミ箱に投げれば黄金の触手がキャッチしてゴミ箱に缶が吸い込まれる。



だが、しかし…。


ゲームを対応した仮想課はシフトとはいえ、正月はなしか。

後でなんか送ってやろう、外の連中もダストが無理をさせた時に引換券をくれてやったしな。


報いる事を忘れて居なければ、誰も逃げたりはしない。



無能を生かすなら、優秀な連中よりも残念な状態で生かさねばな。

そうでなくては、簡単にやる気をなくす。


脳なしに指示されて嬉しいものなどいないし、醜い責任の押し付け合いに擦り付け合いなどまっぴらだろう。


陰口をたたかれて嬉しいモノなどいないし、言葉が判らないだろうと別の国の言葉を使って会話すればきいてても判らないだろうと高をくくって言いたい放題。


(黒貌、お前の歩いて来た場所にはそう言った屑が沢山いたな)


まぁ、今お前の上司はこうして正月からお社(仕事場)で大の字で寝ているこの私だろうが。


「まぁ、だから去りたければ去れと私はいうのだが」


私も含め、お前の上司になった奴でまともなものは居ないか。


「もっとも、私は報酬で報いる以上の事はしないのだがな。現実というなの報酬で必ず報いる、それだけしか生きているお前らにしてやれることなど無いのだ」


食べなくてもいい、寝なくてもいい、息をしなくてもいい。


この手や眼を使えば、全てを叶えられようが。


「私は、宝ものだけを見ている。見ているモノだけが大切なのだ、神で最も愚物であろうと、ふざけてスマホで遊んでいようと。それだけは、やめられない」


さて、焼き芋でも貰ってくるか。


火の中に手を突っ込んで、焼き芋を一つ拝借した。


「こうして、私は熱さも寒さも感じない。感じようとしなければ、心の痛みすら感じない」


(ん、よくできてる)


「来年も、再来年も。ずっと、お前らの未来が明るいものでありますように」


朧の様な存在の私でも、この想いだけは持ち続けてる。


「お前達の未来に、光あれ」


そういって、またお社の中に帰っていく。

雪が頭につくことなく、透けて地面に落ちて。



(あぁ、いいなぁ…)



一人で、海や空や宇宙を歩いて涙を流していたあの頃よりもずっと。


さてと、年末に見るものが無くなったテレビよりも昔の制限の薄かった頃の番組の放映権をスチュームに取引させた奴を見るか。


外向けには流さず、本店の中だけは選択肢としてもっともっと用意してやらねばな。


そういえば、ポイントで私の手書きの習字を欲しがった奴がいたな。


豚屋のマルギルだったか、文字は貴女にちなんだ「屑」の一字が良いと言っていた。

「なんで、そんなもん欲しがるのか全く分からん。だが、それが報酬として欲しいというのならやるまでだ」


家族の団欒や、あらゆる病の克服すら私は請け負う。


だがな、楠種の存在からも判る通り知を尽くし手を尽くす方が生業としては望ましい。


「それでも、寿命にも努力にも限界があるからこそ。それを曲げる手段を用意してやると言うのは、希望としてはそこそこのもんだろう」


(なぁ、そうは思わないか)


「来年こそダストの仕事が減るといいな、もっともっと本店の連中が輝いて育ってくれるといい」


そういうと、そっと社をさっていく。


正月が終われば、また黒貌に遊んでもらうか段ボールで寝るだけ。

腰の後ろに両手の拳をそえて、折り曲げてよたよたと歩く。


姿が幼女なのに、どこか哀愁を漂わせ。

三十五度に腰を折り、夜の闇に消えていく。



また、来年。私は、お社に戻って来る。


振り向いた先で、透ける様にお社が消えていた。

それは、まるでその建物すらも祈りに来る連中の為に用意しただけと言わんばかり。

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