第百四十七幕 便り(たより)

天使達が、光の城で自分達の羽についた雪を払っていた。


天使達が、その雪を微笑ましくみて。


箱舟に降る雪は作りもの、但し本物と紛う事のないもの。

そっと、手を出せばすっと溶けて水も残らず消えた。



一定の高さ以上には積もらず、スキー場などの特定の場所だけ膝まで積もる。


箱舟本店の娯楽施設は、毎日フル稼働しているが客足が遠のく事がない。


クリスタは、和傘を指して雪の中を城に帰ってきていた。




飛ぶ事も自由だが、クリスタは雪の中を歩くのが好きだから。

ポニーテールを揺らして、ゆっくりと歩くのが何より好きだ。



「我らが神は、些かも変わらず健勝であった。本職の自分が舌を巻く程の手際で作られたケーキ」


小さな箱に入れられ、慎重に持って帰ってきたそれは小さな天使が三人デフォルメされてケーキにのっていた。


「あぁ、貴女はこの時から私達を知っていたのか…」


貴女は、我らが天使が幼き頃から。

こうして、笑いあって将来に夢をはせては語り合った事。


現実をしって、何度もうちのめされた事。

貴女以外の神の口車にのせられて、貴重な時間を失った事。


眼を閉じれば、走馬燈の様に思い出し。

眠れば偶ににうなされて、余りの事に飛び起きる。



「もっと早く、貴女と会いたかった」



飛び起きる度に、思わずそう愚痴ってしまう。


「内緒にしているが、ある程度記憶を消した状態で私は蘇生を頼んだ」


現実を忘れて欲しかった、あの頃の理想のまま嫌な事等何もなかったのだとのびのび生きて欲しかった。


「だから、私の胸にだけそっと留めておこう」


グロリア達には、幸せになってほしい。


本当は他の神の所でボロ雑巾の様になり、この様に羽を手入れすることなく髪の輝きも失せていた事など。


「最後に残った、私だけが覚えて居ればいいのだ。初めて従う神が貴女で、その神の元で精一杯生きる」


私の様に、うなされて飛び起きる等。


外とは、これ程邪悪だったのかと。

考える時間を与えない、それがこれほど邪悪だったのかと。


「正しいと思いこませ、常識等と言うあいまいなものを信じ込ませ。弱者を食いつぶすのが、正しい姿等と」


我らが親友達には、どうか私が消える日まで秘密にしなければな。


「親友たちが実は一回過労で消滅し、ここで私が願って蘇生してもらい。過労や暴言で苦しめられた記憶だけなくし、学問を治めた直後からここで働いている事にして欲しいと」


願いは、確かに叶えられた。


「まったく、同じ邪悪なら貴女の方がなんぼかマシよね」


思わず、苦笑してしまう。

大体の苦悩は無い所からくるもんだし、大量生産品だって実際毎年コストダウンして来年は原価十コイン下回る品もちらほらなんて話も出てる。


工場関連で大量生産品として回してるものの原価は、介在させる余地を減らしてはマシンに任せてソフトで品質保証までやれてれば恐ろしい勢いで下げる事が出来る。


まぁ、単純に箱舟事業部で一番ひっ迫してるのは予算じゃなくて教育済んだ社員人数の方だから言える事だが。


箱舟本店は、豚屋通販と流通センターに流してしまえば在庫がつまれる心配なんてものはしなくていい。


大量生産品で無い、一品物の価値は恐ろしく高い水準。


例えば大量生産品の包丁一本が二百コインとするなら、一品物は同じ型のものが、八十万コイン以上のものとか普通にある。


お菓子類ですらその技術を認められたものだけが一品物と呼ばれるものを製造販売できる。


例えば金平糖ならば、大量生産品は五コインだが。一品物は最低が四百コインだと言えばその差が理解できるだろうか。


職人が自ら、その技術を認めさせた分だけの値段をつけてもいい。

技術と研鑽に、高い報酬を用意するのが箱舟本店の基本だから仕方ないとはいえ。


その差分が全部懐に入るといえば、その意味も判るだろう。


その両極端の構造故に、箱舟本店はラインやプラントとは別に文字通り魂込めて一個を創り上げる連中も一定数居る。


箱舟グループの流通は、飛行機や飛行船。海上タンカーからダンプまで、運輸に必要なものまで作っている。


流通グループで運んでいるだけではなく、流通グループ内で使う道具を製造グループが作っているのだ。


物理的な倉庫もあるのに、時間停止倉庫もあり。

流通グループそのものを持っているのに、転送魔法の使い手までが流通グループに組み込まれている。


初期投資が幾ら必要であろうとも、銀行部門が必ず用意し。

借金する相手がグループ内にある為、利息なく審査も書類で回せる体制が揃っている。


年金も、保険も自社にたいしてのみ特別なものが用意され託児所から専門学校や大学院までも持っているからこそあらゆる教育にも対応する。


搾り取るフランチャイルズではなく、与えるフランチャイルズと言うべきか。

それぞれに一人、最高責任者が置かれ特別顧問の命令無くば好きにやれという。


そして、口座の残高保証等も自社内の保険を駆使して保証する徹底ぶり。

銀行が潰れても、グループ内だけは必ず何とかする体制があらゆる所で出来ている。


ここで本来なら国等が絡んでくるのが普通だし、外部監査等の面倒な事例が入ってくるのが普通ではあるが箱舟はグループは普通ではない。


箱舟は魔国にあるが、魔国のトップである魔王に従う組織でありながら。その実、特別顧問はその魔王に命令できる魔族の神でもある。


エノは神の頂で、幾つもの神を喰い散らかしその全ての椅子に一柱で座っているからこそできる離れ業。


箱舟本店はダンジョンであり、ダストの意思一つでフロアという土地を無限増殖できる関係で必要な機能を全てフロアでやってしまい。外に回すための場所は小屋に机一つと、そこから出入りする為の出入り口さえあれば成り立ってしまう。

そこを事務所にして、それ以外はその国に昔からある会社とかを連合に組み込んでそこから取引している。


つまり、モノがないから監査のしようがなく。

最低限の土地しか使用していないため、最低限の金額しか飛んでいかない。


本店の住所が魔国にあって、あらゆるものが一方通行の転送陣で出力されるのにダンジョンから材料調達等していれば当然外から買っているものはゼロだ。

流通だって、豚屋通販に頼んで出現先を小屋の方にしてもらえれば倉庫しか必要ないのだが倉庫すら本社の方にあって出入口はダンジョンだから必要ない時はけしてしまって壁だけとかできる。


外の流通を通さず、欲しいものが欲しいだけ直ぐ手に入って外の金額が小屋の維持費しか動いていない。

通しても自社がもつ流通組織を通して、税金以外のコストが殆どかかっていない。

なんせ、メンテナンスも燃料も本店が用意する分にはただ同然だ。


外の会計に合わせた帳簿を作るだけで、後は本店から湯水のように好きなだけ社員割で買う事が出来る。



これが、他社とくらべてどれ程有利か判ると思う。

はなから、材料費と土地に関する価格は考えなくて良く。

エネルギーの料金もダンジョンから持ってくるため考えなくて良く。


監査などは、はろわとダストと女神の監視が常にある場所でやるだけ無意味。


インフラも自分達で作り、ウェハなどのパーツからソフトまでが自前であり。

箱舟で自前で用意していないのは、他国の金と兵器類位しかないだなんて言われている有様である。


実際は外の商品もアルカード商会と通販で買い集めている訳だが、アルカード商会という馬鹿でかい国もどきの世界規模の商会が買い集めて一部門である箱舟本店に回している構造の為外からすれば、アルカードに売らなければ箱舟は買えない。


逆にアルカード商会は何処の国で干上がろうとも、他の商会が悲鳴をあげようとも箱舟本店からあらゆるものを買う事が出来る。


その他国の金も、貿易と金融で叩き出した利益で賄っている。

一回、アルカード商会を通して売る事で箱舟の取引先は常にアルカード商会一社で固定されているのだ。


アルカード商会は、魔国では商業六幹部の一角で大型商会である為に大量に運用していたとしても何の問題もない。


クリスタは、そう言った箱舟の有利な部分を思い出して邪悪だといった。


「余計な嘴を突っ込まれないだけの環境を創り上げ、個人の研鑽は報酬を約束する事で担保する。無能を許す代わり、相応こそ正義を徹底し客より強い立場を常に維持しながら相手が喧嘩を売ってきたらあらゆる業種がタッグを組んで無限の軍資金をもって排除にかかる」


ワンマンに見えて、その実態はカリスマに認められたい連中が切磋琢磨して社内政治なんて概念がないのだからな。


「細かい指摘をしないかわり、違反にも手柄の横取りも光の速さで対応される」


私の様な個人にも、相応の悩みがある筈だが。

客足が、落ちない為に日々どういうものをつくるか悩むだけでいい。


「まさか遺物混入の心配がなく、摩耗や劣化に対するものも電話一本で対応する体制が出来ているなんて外の奴は夢にも思わないだろう」


外じゃネズミが居たら是正させられ、異物が見られたら全部回収が基本。


そもそも、箱舟内部では塵どころか結界に拒否されたものは存在できないのだ。

即時原子分解する、我々天使とても大路の様な邪神だろうが弾かれるのだ。


要するに、結界のある所は常に半導体の工場レベルでクリーン。

従業員や作業員も、安全に弾かれる為結界が止まっている場所以外はそもそも入れもしない。


そして、その結界は道具単位どころか部品単位で好き放題にかけているのだから。


「負ける奴は己の努力が足りない、己の才能が足りないという。それは、この箱舟本店ではリスクが徹底的に排除されているから言って許される」


天気や気候まで個人に合わせて好き放題している場所で、空調などというのも無いのだ。

仮に天気や天候を頼む事が出来なくても、作業員に服に付与で仕込まれたエアコン付きの作業着みたいなのは申請すれば無料で貸し出されてる位。


本店内は天気屋に頼めるが、外は流石に別対応。



「申請しない奴が悪いを、これほど徹底的にやってる所もないだろう」


クリスタは思う、病も怪我も二分以内で対応できる病院が内部に存在している場所はここぐらいだと。



「全く、我らも恩恵にあやかってる側だから言いたくはないのだが」


この箱舟本店は、マジでふざけてる。

箱舟グループの中でも、外にある場所は外の水準で可能な範囲でバックアップしているが本店は文字通りやりたい放題。


審査する神があれだから、スパイなんぞ支店にしか入れない。

まぁ仮に支店に入れたとしても、ダストが見逃したとしてもだ。


「文字通り、箱舟の中しか救わない」ねぇ…。


聖女クラウディアが、銭ゲバになる理由はよくわかる。


「ここじゃ、報酬で望む事が叶える最短」


クリスタは、拳を握りしめ。


「私も、もっと頑張らねば」


どんな事を望んだとしても、構わないと言われた時。

報酬を望むという、真の意味を知った。

そんな事を考えながら、そっと足が止まる。



「木の実や香り高いハーブ等も、農場フロアまでいけば自分で質を確認できる」


通販ではランク分けしかされていないから、直接買い付け程の信用はない。


「ケーキ屋の自分に出来る事なんて、美しく美味しいケーキを作る事だけよ」


養殖場にいる、水の精霊王を思い浮かべ。

農場フロア等で、働く風の精霊王を思い出し。


他にも知り合いの顔を、幾つも思い浮かべ。



思わず、苦笑いした。



「我らが神よ、便りが無いのは健勝な証拠と言いますがやはり貴女の姿を見ないと安心できませんね」

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