第百四十五幕 幼女の年越し
相変わらず、エノちゃんの一番奥の席でどっかり座るエタナ。
「黒貌、しょうゆラーメン」
黒貌は微笑みを浮かべながら頷くと、トッピングはどうしましょうか?と尋ねる。
「いらん、お前が一番最初に驕ってくれた具がちょろちょろとしかのってないやつがいい」
畏まりましたと、黒貌は厨房の中に消えていった。
スチュームでは年越し特番が随所で組まれ、外のテレビも一昔前程ではないとは言え年末特番でテレビ欄が埋まって。
ぐでっと、カウンター席に突っ伏して顔だけ横に向けたエタナが居酒屋特有のメーカーのロゴの入ったちっちゃいグラスに氷をしこたま入れて出された王冠のついたこれまたちっちゃいジュース瓶からオレンジジュースをちびちびやっていた。
オレンジジュースを日本酒にでも変えれば、くだをまいているおっさんの出来上がりだ。
クリスマスに、少々天使達のケーキ屋におじゃまして頑張って作ったケーキ。眷属性達は大変に喜んでくれたのだがそのだるさが年末になってもまだ抜けなかった。
なめる様に、もはや色がついてるだけの氷水と化したそれを飲む。
しばらくすると、ラーメンがことりと出されて。黒貌が、お待ちどうさまですと笑った。
「今日は年末ですよ、蕎麦じゃなくていいんですか?」
黒貌は世間話をする様に、エタナに声をかければ。
エタナも、苦笑しながら答えた。
「いい、神(わたし)が縁起を担いだ所でって話だしな。それに、年の終わりにお前との出会いをおさらいするかの様なメニューを頼むのも悪くはあるまい」
面接を落とされた黒貌を、初めて見た時。
あの靴磨きの老人と、余りにもそっくりな黒貌を見て驚いた。
「服装が違っていなければ、他人とは思えなかった。瓜二つだった、私は今でも重なって見えるよ」
黒貌も一つ頷く、そして言った。
「あれが無ければ、私はまだ当てのない就職活動をしていたのでしょうね。初めて給料をもらった日に、貴女と一緒に屋台のラーメンを食べて俺が驕ったのでしたっけ」
エタナはラーメンに息を吹きかけながら、しみじみと言った。
「好きでこの姿をしているんだ、初手で見破れる奴が居たらそっちの方が問題だ」
笑みをこぼしながら、やはり屋台のラーメンよりお前の方がスープが丁寧だな。と言えば、黒貌もありがとうございますと言った。
「お前は凄いなぁ黒貌、あれからお前は隠しメニューを相当増やしたろ。どれも美味しく、そして丁寧だ。この醤油ラーメンも、一杯四百コインだっけか。今時、こんな値段では出ないぞ」
黒貌は、苦笑しながら言った。
「箱舟から仕入れる事ができて、時間停止倉庫があるからこそできる価格ですよ。一般的な飲食店は消却リスクも込みで考えれば利益率三十パーでやりくりするのも大変だ」
エタナも苦笑しながら、約束したからなと言った。
「私は現物支給すると契約したろうが、だがそれは料理を安く作る努力や美味しく作る努力はお前がしてきたことだ。客がまた来たくなるような、店づくり等もそうだ。頑張りを正当に評価する、相応こそ正義が箱舟のルール」
天使も、邪神も、妖精も、ドワーフも、エルフも、ドラゴンでさえ一切お構いなしですか。
「全く、どいつもこいつも」
黒貌は、空になった小さなグラスにオレンジジュースをそっと注ぐ。
「あぁ、年末まで働かせてすまないな、本来なら二十日から例外を除けば休みになるはずなのに」
黒貌は笑って、いいえと言った。
「客が来るわけではないですし、貴女が来るのなら俺は毎日でも構いませんよ」
天使達にもそう言われたよと、エタナは苦笑した。
「俺は、採用されてから一年後から隠しメニューを増やし始めましたが。それは、貴女に作れませんと言いたくないからだ。俺に出来る、精一杯の努力です。お客がきても、屋台を引いても、結局俺は精一杯の努力しかできませんよ」
俺はボンクラですよ、真面目だけが取り柄のしわがれた爺さんだ。
と黒貌がいえば、エタナもだがそれがいいと続く。
「過去を誇るものがいて、休日を邪魔するやつも居て正しく毎日を過ごせる奴は精神病かなんかだ。なかなかできる事ではない、だから私は褒めるさ」
どんぶりを空にすれば、ラーメンの底にはありがとうございましたの文字がしっかりと。
「このラーメンのどんぶりの様に、役割を果たすだけという事がまず難しい。自らに与えられた仕事をこなし、自らの身の丈を知り。そして、スープや具を溢れさせない。華やかに盛る事ばかりを考えて、スープの味が薄まりラーメンとしての価値を下げてしまう」
若い事は価値だ、可能性もな。
だが、年寄にしか出来ない事もあるし。年寄だからこそ、任せたい事だってある。
ダストはよく心得ている、伸ばすには任せて責任をとってやる事や守ってやることがどれだけ大切かをな。
「人を変える事も、世を変える事も人ひとりにはできはしない」
エタナが真面目な顔で、独白すれば。
「そうですね、貴女じゃありませんし。」と黒貌は笑った。
「私は、自分の権能が何より嫌いだ」
肩を竦めて、きっぱりと言った。
「存じてますよ、だからクリスマスケーキも手作りだった。本職の自分からみても、素晴らしいケーキでしたよ。老人の俺に合わせて砂糖はかなり抑えられていたし、甘みも申し分ない。どうです、俺の店にケーキおろしてくれませんか?」
と冗談交じりに黒貌がいえば、エタナは冗談はよしてくれと笑った。
「私はゲーセンでゲームして、ガチャして、仮想で言いたい事いって。今の生活が気に入ってるんだ、働きたくなどないよ」
黒貌は、残念ですとニコニコしていた。
「この前のふれあい広場の様な失態があっては叶わんからな、無いものはガンガン増やさねば」
笑顔で、エタナがいえば黒貌は困った顔で言った。
「また、大路さんやダストが悲鳴をあげますよ。まだ増やすのかって、言いながら」
いやいや、一番困るのは仮想関係全部担当してるゲドの一族連中だと思うぞ。あいつ等の部署から、はろわへ増員願いがずっと出っ放しだ。
「みんな、ふざけんなって言いながら笑顔で付き合ってくれますよ。なんせ、箱舟は気前も景気もいいですからね。働かないぞオーラだしてるのは、貴女だけだ」
黒貌はにこにこと、しながらそうのたまった。
「選択肢はある、だが努力は求める。どこぞの商会とちがって評価基準があいまいなんて事は無い、欲しければ請求しろが箱舟のスタイルだ。情報を集める事もまた努力、それをしないものには相応のものしか落ちてこない」
解答期限は長が決めて良い事になっているが、解答期限を変えられるタイミングは月末申請月始めだけで決められた解答期限を守れないのはNGだ。
出来る出来ませんだけでもいいし、難しいでもいいし。
金や人が足りないでも、勿論構わない。
ただ、解答が返ってこないのがダメなんだ。
結果は求めないが、努力は永劫求めていく。
「商売において結果というのは、ただこうなったというだけの事実に過ぎんよ。チャンネル登録だってそうだし、どうでもいいガチャ配信の方が伸びる事だってある。それは、本人の魅力で無くゲームの魅力が足されているからだ」
雑談配信だってポテンシャルや返しの弱い配信者が流行る事もあれば、専門的だからこそみに来るチャンネルだってあるだろうよ。
見に来る人の時間が一つしかないから、それをパイとして取り合ってるに過ぎん。
まぁ、私の様に結果も過程も改ざん出来る訳ではないだろうからね。
私は、絶対その様な事はしないが。出来る、出来ない、でいったら出来る。
というより、私に改竄できない事が無い。
真剣に、そして悲しそうに苦笑するエタナをじっと黒貌は見ていた。
「箱舟は、努力を永劫求めていく。ならば、その長も努力ぐらいすべきでしょう。貴女は力を使わず幸せになる努力をすればいい」
そうか、とオレンジジュースの残りを瓶からあおる。
「欲丸出しなのは問題ですが、無欲は貴女を苛立たせる。だってそうでしょう、貴女が求めるのはいつだって前を向いて歩けって事なんですから。前に目標がないのに、歩けるやつなんかいませんよ」
そうでしょう?と黒貌が問えば、エタナも頷いた。
道があろうが、無かろうが。
手を引くものがいようがいまいが、人は目指すものの為に生きるし働くんだ。
「搾取だけされて、目指すものが手に入らないのなら努力する意味はない。しかし、目指すものが高ければ届かない事はあるやもしれん。私は答えを知っているが、答える義理などないしな」
ただまぁ、届くか届かないかを見せてやる位は出来る。
「安い報酬で偉そうに人を救った気になっている醜いゴミムシ共や、正しい情報開示もしないのに横領紛いに毟り取る連中を私は箱舟という組織で許す気はない」
聖女や天使どもは、世に広げろと言うだろうが私は世の中を愛している訳ではない。
私の宝物は、箱舟の連中だけだし。愛しているのは、お前達だけだ。
「無論ダスト達が、今も死に物狂いで広げているのは承知しているがそれはあいつらの努力だ」
管理職だろうが一兵卒だろうが、決定権から選択肢まで。
己で選択し、己で走り。必要があれば手をとれ、難しい事かもしれんが窓際に追いやるぐらいなら私は首にする。
無能にも相応の待遇はやるが、無能であり続けるならそこから上がる事は無い。
箱舟の評価基準は、調べようと思えば調べられるしどの様な努力と結果と時間の使い方をしたかも私はそいつの生き方をログとしてもっている。神だからな、死ぬまでの運命すら判ってる訳だ。
取り繕う事などできないし、見え透いている。
もちろん、外の話で言えば有能が安く欲しいんだろうさ。
「私は人ではないし、普通でもないからな」
育てるというのは労力がかかる、労力には見合うが人は結果だけが欲しいのさ。
「結果だけが欲しいですか、貴女がいうのは笑えますがそれはそうですね」
だって貴女は、伸びるか伸びないかも判ってるんでしょう。
もっといえば、何故こうしないんだで出てくる意見は大抵誰かが実践して失敗したものが殆どだが貴女は未来にある成功例だけをつかみ取る事が可能なんだから。
貴女の権能で掴めないものがない、邪悪な両手。
「原価が十五パー前後の油そばだって人気商品になれるポテンシャルがある様に、見方や価値観を変えれば輝けるものだって世の中には沢山ある。それを受け入れられるか、受け入れられないかだけだよ」
ラーメンがスープに浸かって居なければならない理由はないが、スープは残される事が多く。そして、殆どのラーメンが差別化で力を入れるのはスープだという現実。
即席麺ですら、出汁やスープと麺への拘りで勝負しているのだ。
言い方は悪いが大量生産品よりも、美味しいか安いかでなければ誰も買わん。
「欲しいものが、自分の手の届く位置にあれば買ってしまうもの」
例えば、お前の店にくればお前の手料理が食べられる…みたいにな。
「私が欲しいのは、お前との思い出の品をお前に作って貰えるという事実さ」
それが、一食四百コインなら実にお買い得というものだ。
「なら、逆さにした瓶の底をぺしぺし叩いてないで新しいの買って下さいよ」
とあきれ顔で、黒貌が溜息をついた。
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