第百四十四幕 金竹灯(かねあかり)

ここは、豚屋通販(とんやつうはん)本社最上階。


ここには、闇の一族の長老たちが年末に集結していた。


豚屋は、箱舟専用の特別通販と外向けの仮想ポータルでその事業を分けている。


壁の三分の一を占める巨大な額縁に入った、屑の一文字に深く一礼をしているのがこの最上階を城にしている妙齢の女性。


闇の一族、長老格の一人であるマルギル・ナターシャ。


「マルギル久しいの、豚屋は相変わらず繁盛しとるようじゃな結構結構」



踏ん反り返って、椅子に座っているのは同じ長老格が五人。



「ふん、大路。貴様こそ、調味料屋が繁盛しているようだな。通販の分の売り上げだけでも、相当でている。全く、本業は別だというのに大した爺だ」



そう、大路の本業は調味料屋ではなく投資銀行創設者兼最高責任者。

投資銀行ではあるが、箱舟関連の銀行業務も兼ねる巨大な組織のドンが大路だ。


「我らが神は結果ではなく、研鑽を尊ぶ。ならば、金の絡む所で我らが後れを取る事は売り上げが振るわん以上の恥じゃからの」



それはそうと、狂撞(きょうどう)。


「先日の、魔導機の大量搬入助かったぞい」


軽く頭を下げれば、狂撞と呼ばれた、オールバックの四十代の男が優しく微笑みながらいった。


「何、我ら総合商社斑屋(まだらや)は調達が基本ですから。豚屋の在庫もどんな希少品も、金さえ積んで頂ければご用意いたしますよ。大路さんも、マルギルさんも金払いは一括前払いですからね。しかも、殆ど値引き交渉もしない。ならば我らは、我らの可能な範囲で可能な品物を調達しなければ」


それらの会話を、他の長老格も笑顔で聴いていた。


「今年も一年、ご苦労じゃった」


大路は、短くそう言うと竹で作られた灯りが蛍の様にグラスを手に乾杯を促す。


「ふん、大路。今年も我らのボーナスは微増だった。そう、微とは言え増加したのだ。我らが神は毎年評価を上乗せして下さっている。実に、喜ばしい」


我らは外の金なぞ腐るほど持っておるし、商圏も世界全てに及ぶ。


「我らが欲して手に入らぬものは、金で買えぬものばかり。例えば、我らが神の評価等がそうだ。そして、それを手にした時の喜びは何物にも勝る」



マルギルは紺のスーツに、真っ赤なネクタイをきりりとしめ。

椅子に、どかりと座り直した。


それを、大路は百万ドルの笑顔で頷きながら聴いていた。


「そうじゃな、そしてお前らに集まって貰ったのはこれが本題じゃ」


そういって、大路が取り出したのはラベルの無い一升瓶だった。


「量はないが、我らが神から忘年会用の差し入れじゃ。それと、実際に働いた現場の連中に配る分はこっちじゃな」


そういって、フルネームで名前のかかれた茶色の封筒が末端の作業員に至るまで用意されていた。



おぉぉぉぉぉと、年甲斐もなく子供の様に声が上がる。


「エノ様の差し入れと言えば、普通ではないのだよな大路」


計量カップで測りながら、各長老の前にグラスを置いていく。


「まぁ、のんでみぃ。マルギル、特にお主の様な多種多量の商品を扱うものにとっては知らぬものは衝撃的だぞ」



一口、そう一口。


口をつけようとした瞬間に、広がる芳醇な死の香り。

マルギルは眼を見開く、これ以上ない程。

女性がしてはいけない程の顔を、香りだけでしてしまう。



「大路、これはヤバいもんだろう。香りだけで、笑みが止まらんぞ」

ボーナスとは別に、現物支給で渡されたこれ…。


「まさかと思ったが、これもエノ様は売るというのかポイントで」



震える手で、もう飲む前から結果が判っている様な。



「一口で、四百年は戦える様になるほど限界濃縮された欲望のオーラじゃよ。それらが液体になり、香りだけで魂から力がみなぎる」


各長老たちのグラスは、マルギルと大路の分を除いて既に空になっていた。

余りの出来事に、飲んだ記憶が飛んでしまう。


文字通り、気が付いたら空になっていたレベルだったのだから。



「ポイントで何でも売る、何でもか」


自身も可能な範囲で、可能な品物を多種多用に扱うマルギルは自身の調達できない素晴らしいものが他にもあると知って奮起する。


「欲望を扱う我々が、欲望を糧に生きる我々が。欲しいと、即決しそうなものを。最高の年越しだよ全く」



老舗の職人に特注させた、天ぷら蕎麦と共に。



「美味い、この蕎麦もこの七味も最高に素晴らしくはある」

だが、我らにとってはやはり欲望こそが源泉。


マルギルは右足を上に足を組みながら、静かに微笑み大路を見た。


「ワシにとっては、どの様な素晴らしいものを出されるより謁見の権利が欲しいがのぅ」


大路も他の長老衆も、どちらの意見も判ると頷く。


「足りんな、全然足りん。これほどまでに魅力的なものを並べられては、欲しいものを手に入れるのも一苦労よ」


渦埜(かの)は、天井を仰ぎながら言った。


「欲望を糧に生きる我らが、まさか自分が欲するモノの為に働くなど全く」


全員、まるでギャグのようだと笑っていた。


「全くじゃ、足りないと思うからこそ止まらんのじゃがな。絶対買ってやると言う気にさせる商品ばかり並べおってからに。邪悪、邪悪じゃ。最高じゃよ、我らが神は」


邪悪を連呼する大路に、マルギルも頷いた。

マルギルも、軽くおでこに手を当てて肩を震わせる。



「くっくっく、通販大手の豚屋としては欲しいを並べろというのは実に理に適うのは痛い程判る。欲しいものを、手が届く価格で並べればうっかり買ってしまう」



うっかり買えば、稼いだポイントや金は消える。



「金は使ってこそだが、ポイントもまた使ってこそ。しかしな、欲しいものが高いとやはり貯めねばならん。それが、難しい」



「そういえば、その茶封筒には何が入っていたんだ?」


本人の許可を得て、眼の前で開けてもらったが引換券だったそうだ。

今回、現場で無茶を聞いてもらったからだとさ。


「引換券?」


エネルギーを牛耳るベルサイユの長老、十三(じゅうぞう)が首をかしげる。そう、今回の搬入に従事したものや調達に参加したもの。

とにかく全員に、一枚の引換券が配られたようだぞ。



「使用期限付きで、なんか適当なものを頼めとさ。引き換えの範疇にあるものなら、引き換えられるっぽいぞ」


試しに、現場の一人がボーナス五倍欲しいなんて言ったらその場で引換券が消えてボーナス五倍分の現金が口座に振り込まれた。


他にも、家族との時間が欲しいなんて言った奴は家族全員で旅行言って笑顔で帰ってきたしな。


全員真顔で無言になる、そして目を閉じて叫んだ。


「ふっざけんなっ!!」


えぇ?給料とボーナスの他に、きっつい仕事やり遂げた奴には引換券がつくのかよ。



「ワシらも、現場で汗を流して働きたいのぅ」



うんうんと頷く、最高責任者たち。


「長い休暇が欲しいって言った奴は有給で九十日貰ったらしいぞ。辞令で、もう印鑑ついたやつがな。他にも、父親の病が治って欲しいとかも即治って退院したとさ」



拳を握りしめて、悔しがるがそれが自分達が崇める屑神のやる事なので嫉妬の気持ちを顔に出すだけに留まる。


「普通引き換え券っていったらカニとか、まぁ高い肉とかだろうに」

何とも言えない顔で、長老の一人が苦笑した。


もっと、いい設備くれって言った奴が居てそれは置く場所掃除しろって事で掃除道具が空中から落ちて来たそうだがな。メモと一緒に、そいつは笑顔で掃除するはめになったらしいぞ。



掃除が完了したら、ちゃんと新しい設備が即設置されたようだ。



「そうか、流石じゃのぅ。クレームばかりで払いが渋い客と縁が切りたいっていう、営業六課の要望も通った様じゃし文字通りの引き換え券って事じゃろ。ポイントと違うのは叶う幅が決まってる事と期限が切られてるから期限が来れば使わずとも権利喪失してしまうことぐらいかの」



しかも、プロジェクトに参加するしないは各個人に選択肢があるのじゃからな。


「真に、呆れたお方だ。我らには我らの、彼らには彼らの欲するものを与えるというのだからな。但し、誠実に確実に研鑽し働けと」



いい事も悪い事も、光の速さで対応されるからのぅ。


「箱舟の同僚がいっておったわ、俺らが気にしなきゃいけないのは女神のご意思であって世間を変える事でも無けりゃ客の都合でもねぇって」


違いないと、笑う長老たち。


「なんせ、我らが神の聖域はカウンター席五席のあのクソちっちゃい居酒屋じゃからな」


我ら闇の一族が平伏する程の偉大なお方の住まいとしては、余りに小さくみすぼらしい。


「じゃがの、こうも言える訳じゃ。組織と言うのはトップがどの様な所に住んでいるかでトップの考えは大体透けて見えると」


恐ろしいにも程があるわ、箱舟の事実上の頂点が段ボール箱で寝ているもの。


「私だって、流石にベッドで寝てるわよ」

マルギルが頬に手を当て、唸る。


「ダストには判らんじゃろうな、あのボケナスには」


人から恨まれないというのは難しいんじゃよ、とても難しい。


「実力が近い奴が抜擢されたら嫉妬されて、法律を守れば利益を圧迫し。さらに理由も事実もなく、組織に居た年数の少ない者を組織で引っ張り上げる事の難しさもな。それでいて、全員に仕事と報酬を用意しながら客にすら恨まれないというのは難しいなんて言うものではない」


殆ど不可能じゃよ、組織がゆるければそれだけで組織は腐る。


学問と研究以外で、それを叶える事は出来ん。

資本主義である限り、利益や軍資金とは選択肢でもあるからの。


選択肢が多ければ、自身の思う最良を選べるが利益が無ければ軍資金を捻出する事も難しい。


ヤリガイ等と言うものは夢想の似非で、我々よりも邪悪な連中が考えることじゃ。


「漢研究所のエルフみたいに趣味と生き様が合体していたり、秘密工場のアクシス位誇りに生きていれば別でしょうが。そんなのは天文学的確率でいるかどうかってとこでしょうね」


箱舟連合には、音楽系の将軍も確かそんな奴が仕切ってたはずじゃ。


「粉雪さんでしたっけ、若手の自分が才能を認めた人に衣食住全部提供して毎月音楽を作らせてアドバイスしながらそれを売ってって事をしながらアーティストとして認められるまで面倒を見て。その間は、給料も保険も将軍がもつって公言してるんですよね」


あいつは、音楽を聴く才能はあるし。音楽を愛してやまないからな、潰れていく才能が許せないんだろうぜ。


「それらの軍資金も、箱舟本店や大路さんとこから出てるらしいじゃないですか。それと、落石でしたっけエノ様がお薦めしていた作曲家が出したって曲。あれ、私も買って聴きましたけど粉雪さんが両手と両足ついて。また、俺の知らない才能がって呻いてたそうですよ」


エタナからダストへと、プルダウンしていってデビューした作曲家を思い浮かべていた。


我ら一族一同、貴女様の為に不足なく揃えてごらんにいれますとも。


流通、通販、商社、金融といった各分野。

その最高責任者達が、会議室で再び屑と書かれた額縁をちらりとみた。



「来年も忙しくなりそうですね、結構な事だ」



大路とマルギルは邪悪に笑う、眼を細め心から高笑いする。


「来年も、ボーナスを増加させて貰える様に。我らの欲しいものに手が届く様に、粉骨砕身頑張らねばなぁ!諸君っ!!」


頑張り過ぎると折れますよ、なんて冗談を交えながら年越しそばが消えていた。


「判っとる、判っとる。箱舟連合じゃ、働き過ぎはご法度じゃからの。払っとるものがデカい顔が出来るのは世の理じゃが、それでは我らが神は喜ばん」


箱舟グループは、働く者もそれを使うものもすべからく文句があるなら声をあげろというのを徹底されておる。


「声を、意見を言えと。その意見が、神に認められたならそれは直ちにグループ全てで実施される。ワシ等も、ダストも、天使共も。外に居る最高責任者達にすら、認められさえすれば必ず」



それにな、エノ様は年越しラーメンだそうじゃ。



「「「ハァ?!」」」



一同が声をあげるなか、大路が説明する。


「我らは年越し天ぷら蕎麦を職人に頼んだじゃろ?、じゃが我らが主は黒貌の所で年越しは醤油ラーメンを頼んだだけじゃと。チャーシュー二枚、ナルト四枚、ネギ少々メンマ十本のレトロな奴をの」



全員が戦慄するなか、しみじみと答えたのが流通系の長老である戯穏(ぎおん)だ。


「マジかよ、ってかマジだわな。あの方が、黒貌さんとこ以外で食べるのは大抵自販機とかだ」


溜息交じりに言葉を紡ぎ、遠い眼をしながら天を仰ぐ。


「一度贅沢を覚えた我々は、なかなか下げる事など出来ん。そんな事が、人に出来るはずがない」


大路は頷く、そして言った。


「下げる事が出来んからこそ、我らは繁栄できるのじゃよ。そして、それを苦も無くやるからこそあのお方は我らの神なのじゃ」


全てを改ざんし、全てをなぎ倒す力を持ちながら。

大切なもの全てに心を配り、それでいて初心を忘れない事を永遠に続けるなど。

操る力を持ちながら、操ることなく導く。


貴女様が欲しいといった、幸せな労働者の為に。我らもまた、幸せな労働者の一柱である為に。


「よいか?今年も箱舟の内部だけは幸せでいてもらうのじゃぞ、我らが神の為に。そして、我らが箱舟の敵に、一切の手心はいらぬ」


我らは、邪神や悪魔なのじゃからな。機械で雑巾を絞りぬくように悲鳴を聴き続ける事が喜びなのじゃからな。


そして、長老全員が声を揃えて言った。


「「「「「「我らの神に、栄光あれ!」」」」」」

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