第百四十三幕 ある筈のない希望(あるはずのないもの)

ここは、ケーキ屋クリスタ。


ここでも、十二夜と同じくクリスマス商戦を終え屍もどきの天使達が転がっていた。



チョコと、生クリームと、スポンジケーキと。


飾りも倉庫にあったものは全てはけていた、これは来年までにもっと魔道具を増やさないとダメですねと大の字で天井を見つめながら天使長の一人クリスタはごちる。


機械や魔道具を導入するにあたって、普通は見積りを出したりするだけでも相手の時間がかかる所はとことん外ではかかるが豚屋通販は最大解答日数を一週間できっている。


もっとも、大路の息がかかっている場所は最大で待たされても三日以内で解答がくるのだが。



遅れがちなのはエルフやドワーフ連中ぐらいだ、ゲドんとこも余程切羽つまって無ければ二週間以内に解答自体は来る。


あそこは仮想に関する事は、インフラも開発も軒並み全部対応してる部署だからこそ切羽つまってる時はそもそも見てる暇がない状態だとも言えるが。


そんな時は督促でもしないと、見積り出した事すら気づかれてない時もある。



つまり、最大に遅れに遅れても豚屋通販では見積りに一週間までしか待たされない。



他にも、アウトレンジカバーと言ってコイン又はポイント決済の場合に限り。見積りを出した瞬間の為替が記録され例えば豚屋以外に見積りを持って行って為替がずれたり材料費が高騰等して値段が見積もりよりずれ込むとはろわが介入してくるのである。



材料が安く手に入らないのであれば材料をはろわが調達するし、為替がずれすぎて居れば大路やはろわ等が備蓄している金融資産から切り崩して無理矢理帳尻を合わせるのである。



そもそも論として、箱舟本店では用意出来ない材料や部品なんて存在しない。

買った所に記録が残ってるから、使用年数が終わりそうだと同じものを買うかより良いものを買うか販売した所から連絡がくるしな。


コインが出せないと、そろそろヤバいですよとはろわに連絡が行く。

壊れなければ、何の指導もないが壊れたらはろわがかっとんでくるんだ。


そん時に異物混入や怪我なんてのは起るが、その時には女神の拒否結界はないから大問題になる。


あれは、申請してその期間はってもらう関係で日常業務ではろわがかっとんでくるような問題起こせば評価が光の速さで下がるからな。




これが、コインとポイント決済に限られるのはあくまでこれが箱舟本店のシステムの一環だからだ。



つまり、箱舟では見積り金額がずれる事は無く。書類不備で帰されるのははろわのチェック時点で弾かれる最初なのである。



はろわ担当者の能力にもよるが、担当稟議確認印鑑が六個(六人分)付いた時点で書類そのものが確定し以降書式や図面の見やすさから金額に至るまで確定した書類をいじるのはできない。



※例外として女神にポイントを払えば、完璧にやってくれるがその場合のぼったくり具合はお察しレベル。




このアウトレンジカバーがある為に、箱舟本店では魔道具やら機械を購入しても。部品調達においても、大体電話一本で済む様になっている。



そもそも、搬入できなければ建物を空間魔導でずらすか建物を叩き壊して搬入できるようにするわけだが。


女神の結界は、設定した内容の拒否。つまり、安全面も怪我を拒否する結界を事前に貼って貰う事で何がどうなろうとも労災なんて起きようがないのである。

結界をはって貰った場合、建物を叩き壊しても結界の力で綺麗に元通りで建物に何の影響もないからできる力技だしな。



「最初にこれを知った時には思わず我ら天使ですら、石を投げて蹴りをいれたくなりましたとも」



何処の世界に、トラブルすら拒否が出来る結界を作る様な神がいるのかと…。


そして、それを苦も無くやってのけてあらゆる場所に張り巡らせてはそれをシステムと言い切るふざけた存在。



「そんな事が貴女に可能なら、貴女は外の世界もそれをするべきだと私は思いますが」



外の世界で過労に倒れ、怪我で再起不能になった天使達は枚挙にいとまがない。



「大路殿の様な、邪悪が粛々と言いなりに従う理由がよくわかる。粛清しても阿保は減らないそんな外の世の中と違って、ここでは、そもそもあらゆる空間に条件にマッチしなければ動けもしない結界がそこら中にあるのだから」



そんな結界すら規模も、出し入れも一瞬で行うのだ我らが神は。




「効率化で一番手っ取り早いのは、私が一柱でやる事さ、為替も材料も空間も時間も何の憂いも無く指を鳴らしただけで全て思うままに出来るとも。だけどそれでは、ダストが望んだ幸せな労働者は何処にもおらんだろうに」



貴女はそう言ったのだ、私達天使に対しても。



「それに、私は非効率が好きなのだよ。効率を追わないのは愚者だが、非効率から生まれる効率も世の中にはある。そうだな、ニ十パーセント。己の全力から考えて常にゆとりを持てば、それだけでも長持ちするさ。機械もそうだ、ギリギリのガチガチでは直ぐに摩耗し役に等立たなくなるし壊れる。生き物は神ではないのだから、存在値でどうこう出来る存在でもないしな」



だからこそ、私は効率を追う努力をしながら日常ではゆとりを持つ事を求める。



「それでも、ダストがここに連れてくる労働者が増える度に、我ら個人店を始めはろわの業務量は膨大となるのだがな」



あの、スライムの言い分はよくわかる。

女神は箱舟の中しか救わない、ならば箱舟を何処までもデカくするしか救われるもの達を増やす方法はないのだと。



我ら天使一同も、それには大いに賛成だ。



だが、それでも年々風船の様に膨らむ業務量にはほとほとあきれ果てる。


これでちゃんと報酬がでないのが、天使の宿命なのが箱舟では報酬自体はちゃんとでる。


ルールさえ守っていれば、どれだけの職業を兼任してもいい。

要するに副業すら自由なのだ、この箱舟は。



一番安いのが、雑草むしりの仕事で日給一万五千コインと聞いた時は意識が何処かに飛びかけた。


じゃぁ、スチュームや我々ケーキ屋の補助など技術や能力が必要になる場合もっと貰えるのかといえば貰えるのだ。


タイムカードに記載されてなくても、箱舟側が業務と認めさえすれば一分刻みで報酬は出るし。有給も、就業前までに電話一本で休める。


何より凄いのは有給の単位は、十五分刻み。


通勤は、腕輪の転移機能があるから遅延証明なんてものはないし。

どれだけ、住まいから離れていても転移し放題だから出張なんて概念もない。



資格も、能力も、態度も、はろわが認めさえすればより上の待遇を目指せる。


週一日働いて、月八十万コイン欲しいとか言っても箱舟のはろわは能力さえあったらその職を用意するだろう。絶対落とされる事は無い、面接一回でフリーパスでだ。

それが、一日三百万コインだろうが四億コインだろうがその職を用意するだろうよ。


そんな、はろわ職員の業務量と給料なんか想像したくもないがね。

あそこが兼ねてる業務量は青天井だが、最高責任者のダストが一番全業務に精通しててどこのサポートにも入れる癖に分裂し放題で監視能力の一助を担うのにも関わらず。


あいつが権力中枢なのに、女神の命令以外で間違いが起こる筈もない程クソ真面目だ。


我々は、ケーキ屋クリスタという店一軒で精一杯だというのに。


外で、働いてる時は我々はいつも。

「うぇぇぇぇぇぇぇぇぇ、おぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」等と悲鳴と嗚咽と吐き気が入り混じったような声を毎日の様に上げていたものだが。



いつも、いつもだ。


「この場所で上げる悲鳴は、希望に満ち溢れている」


それでも、やはり悲鳴をあげながら生きるのは我ら天使族の定めなのか。

嫌な宿命だ。

今まででは一番マシな、そして一番まともな。


「もう、今日は腕があがらない。鍛練が足らないのか」


生クリームを混ぜる事も、ケーキに塗る事も機械化したけど絞り袋で飾り付けたりフルーツを扱う事は未だ手作業。


「まさか、天使の我々の手が上がらない理由がケーキの作り過ぎとは」


苦笑しながら、両手を見つめ。


「これで、年明けまでは我らは休みだ。ならば、のんびりと光の園で英気を養うのもわるくはない」


貴女は何でも買えと言う、ならば我らの願いも又買う事が許されるのでしょうか。


「他の天使達に聞いても、断られた事はないという」

救いも武器も、値段を払えば叶えてくれる。

「ここは、ある筈のないモノだらけだ」


貴女は売る以上の事をしない、希望も絶望も買えという。


「よぉ、死んでんな」


一瞬驚き過ぎて固まったが、白いタキシードに桃色髪のロングストレート。



「神よ、我らが神よ」


慌てて、大の字で倒れていた連中が跪こうとするが手を振って休んでろと言った。


「どの様な、御用でしょう」


エノは笑って言った、ケーキ屋に来る理由なんてケーキ買うかケーキ作るかだろう?って。


「申し訳ありません、既に材料も品物も全部売れております」


クリスタは頭を下げたが、エノは苦笑するばかりだ。

「材料も自分で用意するから、調理器具だけ貸してくれ。すまないな、やっぱ手作りしたいんだよこういうのは」


指を鳴らせば出来る事でも、工場や機械などが数を作り供給できるようになっても。


「非効率が大好きな私は、愛する男とペットの為にケーキを作ってやりたいんだ。まぁ、ここで買った事にするけど」


白いタキシードなのに、汚れる事など一切なく。

材料を調理器具の中に入れては、泡だて器などで素早くケーキを作っているエノ。


「サプライズするのに、居酒屋エノちゃんの台所借りてたらバレバレだしな。まぁ、ダストにはどうせバレてるけどあいつは黙っててくれる」


クリスタは、手際よく作るその姿を見て驚く。


「力を使わない、私が手作りするのがおかしいかね?」


エノは優しく問えば、クリスタはいいえと首を横に振った。


「ケーキ屋の店長として、ケーキ職人として誰かが作るのを見るのもまた勉強だと思いまして。いけなかったですかね、無料で見るのは」


エノは肩を竦めると、ケーキを作る手だけは止めず。

「構わんよ、いけないというのなら休みにおえらいさんが来て設備を借りてく事の方が問題。」


クリスタがあまりにおかしくて笑う、それも滅多に見せない程心の底から笑った。

「世間では大問題で、大迷惑でしょうがね。私個人でいえば、貴女に限ってはいつでも来て頂いて構いませんよ。我ら天使は従う神が目の前に来るというだけでも、大変喜ばしい事です」


我らは、ポイントが振り込まれる事でしか貴女の評価を実感できないのが割と辛いのだから。


一柱(ひとり)と一人で笑いあうのを、周りの天使達も大の字で倒れながら豪快に笑った。


エノが去ったあと、クリスタと店員たちが笑って肩を組むデフォルメされたお菓子がのったホールケーキが一個机の上に手紙と共に置かれていた。


クリスタと、店員の天使一同はそのケーキをみんなで食べた。


「貴女は、ケーキすら最高に作るのか。みんな、休みが明けたらまた美味しいケーキを目指そう」


クリも、芋も、クルミも。それに、合わせる。紅茶や緑茶にも拘ろう、そして。


「我らは、貴女に従うのであって。ダストの理想に付き合うのは、我らの目標と重なるからだ。お菓子は幸せの味で無ければならないし、ここでは幸せは作るものでなくてはならない」


そして、それは作って売る我々の幸せも作れてなければならない。


「私には、店一軒でもしんどいですよ」


クリスタの呟きは、誰も聞こえず溜息と共に消えた。

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